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第2章
03 正式なデートの申し込み
しおりを挟む追い出されるように私たちは部屋を後にし、皇宮の赤いカーペットがひかれた廊下を一列になって歩いていた。ユーデクス様の腰にはソヴァールが携えられており、護衛もいない状況では、いつ切りかかられても、私は対応できないな……なんて、夢の内容を思い出しながら重ねてしまう。
「もう、レオ。信じられない!」
「ユーデクス様……」
「スピカもそう思うよね!?」
と、それまで黙って歩いていたユーデクス様は立ち止まると、私に同意を求めるように振り返り詰め寄ってきた。いきなりこちらに向かって歩いてきたので、反射的に後ろに下がってしまい、それに気づいたユーデクス様の眉がハの字に曲がる、がすぐに慈しむような優しい笑みを顔に浮かべ「スピカもそう思うよね?」と同意を求めてきた。
「えっと、強引ではありましたよね。あんな……デートをして来いなんて言う皇太子命令初めて聞きました」
「ほんと、こっちのこと何も考えてくれない。はあ~もう」
苛立ったように、ユーデクス様は頭をかくと、ちらりと私の方を見た。群青色の瞳は、どこかしまったというような感情がちらつき、黒い手袋をはめていた手で、口元を抑え、視線を外す。
「ご、ごめん……かっこ悪いよね。いきなり怒ったり、乱れたりして」
「い、いいえ。ユーデクス様はかっこいいと思います!」
「スピカ?」
「あ、えっと。今のは聞かなかったことに!」
ぴょこんと、耳がたったように、そしてぶんぶんと高速でしっぽを振りだすユーデクス様の姿が見えた気がした。拒絶するのも、褒めるのも命がけのような気がして、何をいうのが正解なのか分からなくなる。
「スピカが、俺の事かっこいいって……」
「あの、ユーデクス様! その、デートのことと、お兄様のことなんですけど」
口を押えていても、彼の口が歪んでいることはすぐにでもわかった。緩み切った口はくふっ、と抑えきれない笑みを漏らし、嬉しそうなユーデクス様を前にするとこっちまで恥ずかしくなってくる。自分がそうさせたのに、っていうどうしようもなさと、優越感みたいなものが一気に押し寄せてきて、なんか変だ。
お兄様は、あの後「すまない、用事が……できた。一緒に帰りたいんだが。というか、帰らせてほしいんだが」と青ざめたような顔で言ってきたため、少し心配だった。お兄様には助けてもらってばかりだから、助けてあげたいという気持ちは少なからずあってユーデクス様がいれば、もしかしたらお兄様の力になってあげられるんじゃないかと。
私が少しの期待を込めてユーデクス様を見れば、ユーデクス様は、ああ、といいながら口から手を離した。
「レオは、ちょっと男色が……」
「男色?」
「ああ、えっと、知らなくていいよ。ほら、オービットって綺麗じゃん。レオは、きれいな人好きだから。愛でたいっていうか?」
「でも、婚約者のヴェリタ様はとてもきれいですよ?」
「シュトラール公爵令嬢は確かにきれいだけど、レオの好みじゃないかもしれないね。それに、あくまで、シュトラール公爵令嬢との婚約を――だから」
「え?」
詳しくは言えない、というような顔でユーデクス様は笑ってはぐらかした。その様子が、レオ殿下にそっくりで、側近だから彼の行動がうつるのだろうか、なんてぼんやりと考えていた。
「まあ、要するに。オービットはレオのお気に入りってことだよ。ご愁傷様」
「ご、ご愁傷様……お兄様のあんな顔初めて見ました」
「そうだね……」
「それと、本当にユーデクス様と殿下って仲がよろしいんですね!」
なんだか、その話題には触れてほしくなさそうで、私はすぐに話題を入れ替え、パンと胸の前で顔を叩いた。弾かれたように、ユーデクス様は「そうかな」といったのち、思い出を懐かしむようにふっと笑った。
「レオとは長い付き合いだからね。それに、レオがいなかったら、今俺はここにいないと思うから」
「ユーデクス様?」
「俺が、元は平民だったって話は知っていると思うけど、レオが俺のこと、見つけてくれて。平民で騎士にって……前例がなかったから。それも、近衛騎士団、そして皇太子の側近なんて前例がない。けれど、剣の才を認められ、いつか自分を守る騎士になるだろうと、推薦という形で騎士見ならないになった。もちろん、周りから向けられる目は冷たいものだったよ」
と、ユーデクス様は言いながらぽつりぽつりと話した。
平民上がりの騎士として、そして、レオ殿下の推薦、期待され特別枠として入団したこと。今のユーデクス様になるまでには、相当の努力を積んできたこと。レオ殿下のためにと、身を削り、実力を確かなものにし、今の位置まで上り詰めたと。レオ殿下の支えがあって、期待があって、それの応えようとして……レオ殿下もまた、皇太子という責任が付きまとう地位にいるため、ユーデクス様が諦めてしまったら、放棄してしまったらその信頼は崩れ置ていただろう。互いを信頼し、強くなると信じていたからこそ、二人は今、主と側近という形になっている。そして、ユーデクス様は爵位を与えられたと。
身分を超えた友情。レオ殿下とユーデクス様の間にあるものは、私じゃ理解しきれないほど深く、そして硬いものなのだと。
(美しい友情……本当に、友人とか、親友とか、そういう言葉がぴったり当てはまるような関係なのですね)
ユーデクス様が、レオ殿下のことを、『レオ』と呼び捨てにするのは、その名残というか、親友として、対等な関係として接するときだろう。もちろん、絶対に越えられない身分の差はあれど、レオ殿下もまた、ユーデクス様のことを大切な親友だと思っていて。
「素敵です。ユーデクス様」
「ありがとう。だから、レオの期待に応えられるよう、これからも努力し続けるつもりなんだ。でも、レオだけのためじゃなかったんだ。途中から、頑張ろうって思えたのは」
ユーデクス様はそういうと、私の方を見た。群青の瞳は美しくて、吸い込まれそうだった。
レオ殿下とユーデクス様のつながりは知らなかったけれど、ユーデクス様が努力してきたことは知っていた。誰よりも……ではないけれど、私なりに。
(だって、その時から、私はユーデクス様のことが好きなんだから)
ユーデクス様が優しく私の頭を撫でる。彼の指が、私のミルクティー色の髪を撫で、彼のごつごつとした努力の証の見える指の隙間を通り抜けていく。
「スピカ……」
「何でしょうか。ユーデクス様」
「……レオに、今回言われちゃったけど、その、言われなくても、デートに誘うつもりではいたんだ。ちょっと前から、ずっと前から」
「え?」
ごにょごにょと、最後になっていくにつれ、消えるように言うユーデクス様の顔は、心なしか赤いような気がした。
レオ殿下と、ユーデクス様の美しい友情の話に聞き入っていて、忘れていたけれど、私たちは彼に命令されたのだ。
『デートをしてこい』――と。
(本当に、レオ殿下無茶ぶりすぎます……!)
うう、やっぱり苦手だ、と心の中で思いながら、デート、デートかあ……と頭の中で響きいいデートの言葉を復唱する。ユーデクス様は、この間カフェに行ったときのことも含め、デートは二回目だと言ったけれど、私にとって正式なデートというのは、今回、これからが初めてになる……と思っている。認識のずれではあるだろうけれど、デートとしていく、とはっきりわかっているのはこれが最初だ。そう思うと、ドキドキして、顔が真っ赤になってしまう。
「スピカ」
「は、はい!」
「……改めて、俺とデートをしてください」
「は、はい! も、もちろんです!」
差し出された手を、勢いのまま掴んでしまった。あれほど、悪夢がーといって避けていた彼が輝いて見えたからか、ちょっぴりかわいく見えたからか、理由は分からない。
改まってユーデクス様がいうものだから、つい。
そうして、手を取った私の手を、優しく握りこむと、ユーデクス様はふわりと笑った。
「初めて、うん、って頷いてくれたね。スピカ」
「そうでしょうか。そ、そうですね」
「嬉しいよ」
そういって笑うユーデクス様の顔は、少し幼くて、心から喜び、満ち溢れているようなキラキラとした笑顔だった。
(ま、まぶしすぎます!)
こんな顔をずっと向けられていたら、目が見えなくなってしまうのではないかと思うくらい、彼は優しく無邪気に微笑んでいたのだった。
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