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第1章
08 有識者
しおりを挟む「あら、私を訪ねてくるなんて、珍しいわね」
「あの、迷惑でしたか」
「いいえ。大歓迎よ。スピカ・アルビレオ侯爵令嬢……ふふ、噂通り可愛い人」
「あ、ありがとうございます。ヴェリタ様は、その、お美しいです」
小鳥のさえずりが聞こえる、優しい光が差し込む温室の中。向かい合うように座っている、長い銀髪が美しく切りそろえられ、ほのかに香る、花のような香りは鼻孔いっぱいに吸い込めば幸せな気分になれる。色素の薄い瞳は藤色で、長く白い睫毛は影を落とす。優しく持ち上がったその唇も潤っていて、頬はほんのりと桜色で。爪の先までオイルが塗られており、美しく、どこをとってもかなうはずもない、完璧な令嬢の姿がそこにある。その神々しさに、思わずうっ、と心臓が締め付けられるくらいには、彼女――ヴェリタ・シュトラール公爵令嬢は美しかったのだ。
「スピカ嬢」
「はい」
「スピカちゃんって呼んでもいい?」
「……え?」
(今、なんと?)
聞き間違いだろうか。
あの高貴な方のお口から「スピカちゃん」と呼ばれたのだろうか。名前を呼ばれるのですらありがたいことなのに、ちゃん、づけ、なんて……!
「その、恐れ多いです。でも、その、ヴェリタ様の呼びやすいように」
「じゃあ、二人だけの時はスピカちゃんって呼ばせてもらうわ」
と、パンと手を叩いて、ヴェリタ様は嬉しそうに私の名前を呼ぶ。
その仕草も優美で美しくて、私は思わず見惚れてしまった。
(本当に、お美しい方……)
ヴェリタ様は、帝国でもかなり力を持つ貴族の家の生まれ……ではなく、その家――シュトラール公爵家に養子として迎え入れられたお方なのだ。シュトラール公爵家の長女は、幼いころに行方不明となり、病んだ公爵夫人のために似た容姿の子供として連れてこられたのがヴェリタ様だ。公爵夫人は、ヴェリタ様が本当の子供じゃないと知りつつも、公爵のその計らい、未だに続いている公女捜索のこともあり、大切に二人目の娘として可愛がっているのだとか。
そして、何よりもすごいのが、ヴェリタ様は稀に見ない魔法の才能を宿していて、帝国内でも指折りの魔導士だ。なぜ、スラムにいたような子供にそのような力が宿っていたのか分からず、気味悪がる人もいると聞くが、彼女はその力を悪用するわけでもなく、帝国に貢献していることから、彼女の力や、その気品、容姿にも惹かれて絶賛し、彼女こそが本物の公女だ! なんて囃し立てる人がが多く存在する。
「それで、スピカちゃん。今日はどうなさったの?」
「えと……その」
私は、本来こんなにも身分の高い人にお目にかかれるような人間ではない。でも、今回ばかりはそうも言っていられず、意を決して相談を持ち掛けたのだ。
あの悪夢、最近気づいたのだが、やはり誰かがか夢に介入してきている気がするのだ。私もほんの少しだが魔法が使え、必然的に魔法が使えるものは魔力探知が出来るので、そのほのかな魔力を感じ取り、誰かが魔法をかけて夢を操作している、というように私は感じているだ。だから、それを突き止めてもらおうと、ヴェリタ様にわざわざお願いして、ここまでやってきた。
ヴェリタ様は優雅にお茶を飲みながら、私の話を真剣に聞いてくれて「大変だったわね」と同情するような麗しい瞳を私に向けてきた。
「悪夢を見せる魔法とか、あるんですか……ね」
「ないとは、言い切れないわ。人の精神に介入する魔法というのは、古くから存在しているし。けれど、そんなものを扱える人間は数少ない」
「そんな……何で私に?」
「何か恨みを買うような真似は?」
「そんな、何もありません! あ、でも、ユーデクス様に、好かれている、というのは……その、周りからしたら」
と、私がごにょごにょいえば、ヴェリタ様は、にこりと微笑んで「私はお似合いだと思うけれどね」と、目を輝かせた。
「そんな、お似合いだなんて」
「でも、そのユーデクス様? が、悪夢に出てくるのよね。やっぱり、貴方を怨んでいる誰かの犯行……か、それとも、そのユーデクス様の思いが強すぎて夢にまで介入してきたか」
「そんなことってできるんですか」
「不可能ではないわ」
ヴェリタ様はそういうと、カップをソーサーに置いた。
「その様子だと、心当たりがあるのね」
「い、いえ。そんなことは……あはは」
笑ってごまかしては見たが、そんな可能性もあるのかと思うと少しぞっとした。
心当たりがないわけではないが、ユーデクス様自身を疑いたいわけではない。だって、本当に彼の魔力を感じたわけではないのだから。
けれど、有識者であるヴェリタ様の話も無視できないほど信ぴょう性の高いもので。
「まあ、何かあればまた相談して頂戴。今はまだ、情報が少ないわ。これから、どんな夢を見るか、逐一私に相談して頂戴」
「ええ、いんですか。その、負担には」
「スピカちゃんに頼られるの、私嬉しいの。それに、私って、公爵家の令嬢でしょ? いろいろと言われていて……それで、なんだかみんなかしこまっちゃって、話かけてくれないの」
「た、高嶺の花ですもん」
高嶺の花には、高嶺の花なりの悩み事があるのかと、はあ……と本当に悩まし気にため息をつくヴェリタ様の色気にやられそうになった。 もとスラムで生きていたなんて言う話が信じられないくらいには、ヴェリタ様の気品というか、色気は、普通の令嬢でも放つことが出来ないほど高貴なものだ。そして、彼女に宿っている魔力も、帝国で重宝されるに納得なほどのものである。
(私も、ヴェリタ様みたいになりたい……)
彼女は、皇太子殿下の婚約者候補であり、婚約も秒読みとも言われている。当の本人から、そんな話を聞かないので、もしかしたら、政略的な……周りに押されて、ということなのかもしれない。まあ、どちらにしても、ヴェリタ様と、皇太子殿下はお似合いだし、ヴェリタ様だったら、ユーデクス様とだって――
「そうだわ。前に、お茶会で送ったキャンディ、食べていてくれるかしら」
「ああ、それでしたら、ここに」
「まあ、こんなにも食べてくださったのね。スピカちゃんは甘いものお好き?」
「は、はい! 甘いもの大好きです。あ、えっと……子供っぽいですか?」
「いいえ。可愛いわ。もっと食べて。いっぱいあるの」
と、ヴェリタ様は、私が持ってきたキャンディーを入れる小さな宝箱に追加で小さな小包を入れてくれた。
この箱も、キャディーも数か月前にヴェリタ様主催のお茶会でもらったものだ。色んな階級の令嬢が集まって、この温室でお茶会をした。みんなヴェリタ様を前に緊張していたけれど、その緊張を解くように、ヴェリタ様はこのキャンディーをくれて。
「一日一個食べています。食べると、幸せな気持ちになって……! とても甘くて、美味しいです」
「ふふ、自家製なの。喜んでくれて嬉しいわ。スピカちゃんだけだもの、食べてくれているの」
「え? 何故です? こんなにおいしいのに!」
「みんな、もったいなくて食べられないって。話を聞いているとそんなことばかり言うの。キャンディーなんて、消耗品なのに、宝石みたいに飾っていたら意味ないじゃない?」
「そ、その通りです!」
うるうると、目を潤ませるヴェリタ様もすごく美しかった。もう、本当にこの人を前にしていると、何でもかんでもはい、と答えてしまうほどには、圧倒的オーラに押されている。
私は大事に彼女からもらったキャンディーを箱にしまい、お礼を言って温室を後にしようとする。すると、後ろからふわりと花の香りに包まれた。
「ヴェヴェヴェ! ヴェリタ様あぁあ!?」
「スピカちゃん、ああ、可愛いスピカちゃん。また、いつでもきて頂戴。歓迎するから」
「は、はい。その、抱きしめて、ああっ!」
「本当に可愛いわ。その反応も」
すりっと、後ろから頬を撫でられ、くすぐったさと、恐れ多いそのスキンシップに、私は夢見心地になってしまった。カチコチと固まった指先にもスススッと白い指が絡まって、もう失神寸前だった。
どうやら、気に入られた、ということだけわかり、名残惜しさも残しつつ、有力な情報と、相談相手が出来たことに浮ついた気持ちで、私は侯爵家の自室のベッドに倒れこんだ。
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