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第1章
06 意識しちゃうじゃないですか!?
しおりを挟む「――どうしたの? スピカ? 顔がリンゴみたいに赤いよ?」
「ど、どうもしていません。あと、近いです」
「スピカが可愛くって、つい」
つい、なんて彼は頬を染め指でかくと、ふわりと花が咲くような満面の笑みを私に向けてきた。
(ああ、もうキラキラしないでください!)
幸せオーラ全開のユーデクス様の、キラキラとした顔を前に、私は眩しさのあまりサングラスが欲しいくらい目が痛かった。彼がそんな風に笑うたび、周りの人が、ほぅ……と見惚れるような声を漏らすのもなんとも言えない、恥ずかしさに襲われる。
昼下がりの、帝都にあるカフェのテラス席。イチゴタルトとガトーショコラが引っ付くように並べられ、ユーデクス様はすでに冷めているブラックコーヒーを飲むこともなく、ずっと私の方を見つめていた。
あの悪夢を見た日、ユーデクス様はお兄様の言った通り家に来て、終末にデートがしたいと押しかけてきた。初めは、あんな悪夢を見た後だし断ろうと心を鬼にしようと思ったが、両手を包まれダメ? とダメ押しの上目遣いをされてしまえば、断ることもできず、約束通り、今日、デート……という名の軽いお茶会をすることになった。家で、ではなく、カフェで、なのでお茶会というか、本当にデート……
「あそこにいるの、ユーデクス様じゃない?」
「本当! なんでこんなところに?」
「甘いもの好きなのかしら?」
絶えず刺さる他の令嬢や、客からの視線は、私が耐えられるようなものではなかった。
「……うっ」
「どうしたの?」
「いえ……ユーデクス様は、周りの視線、気にならないんですか?」
「スピカしか見てないよ?」
「……はい」
多分、この人に何を言っても通じないし、本当に、その二つの美しい群青色の瞳は私以外の人間が視界に入らないようにでもなっているのだろう。だって、後ろにある植え込みとか、全然その瞳に映っていないような気がしたから。
ふふん、と鼻歌でも歌うように頬杖をついて、私を見るユーデクス様。そんなふうに見られては食べづらいしい、何よりも……
(顔がいいのと、この間のことがあって余計顔が見えないんです!)
顔、顔、顔!
顔面の暴力とはこのようなことをいうんですね! と、私はいつぞや読んだ、ロマンスファンタジー小説の一文を思い出した。ユーデクス様みたいなかっこいい人のことを、整いすぎた顔に人を見ると、顔面だけで殴られたようなそんな気持ちになるとかそういう……あの時は理解できなかった言葉が、理解できるような気がして、私は、顔を引きつらせながらミルクティーに口をつける。
(――というのもありますが、一番はあの悪夢のせいです!)
顔が見えないのは、あの悪夢のせい!
悪夢よりも、顔がいいユーデクス様を前に顔が見えないというのもあるが、ユーデクス様を見ると、あの悪夢……私を夢で抱いたユーデクス様の顔を思い出して、あの行為や、起きた後、それに興奮してしまった自分を思い出して、いたたまれない気持ちになるのだ。
今は人畜無害そうなキラキラとしたお顔が、紅潮して、恍惚とした笑みに、熱っぽいと息を吐いて……
「~~~~ぅ」
「どお、どうしたの!? スピカ!?」
「んんっ、げふん、ごほ、ごほっ……! 何でもありません」
思い出しただけで沸騰してしまいそうになり、私は、ソーサーにティーカップを置いた。そうじゃないと、落として割ってしまいそうだったからだ。
(待って、意識しすぎ。私意識しすぎてます!)
あんな強烈な夢を忘れられる方が難しい。
無理やりでも、もうなんでもよかった。よくないけれど。すきな人に抱かれた夢なんて見て、次にその人と現実であってしまったら、意識しないわけがなかった。
変に意識してしまって、顔もまともに合わせられない。顔が赤くなっているのもバレているし、変なふうにとられてでもしたら大変だ。
「もしかして、スピカ。風邪?」
「そー! そうなんです。風邪なんです。なので、今日はもうここでお開きに……」
「嘘だね」
「……い!?」
驚いて、背筋が伸びた際に、ゴキッと背中から変な音が鳴った。
私の、変顔……奇声になど触れることなく、ユーデクス様はにこりと首をかしげて笑った。
「スピカ。それくらいの嘘じゃ俺のこと騙せないよ?」
「あ、あはは……」
「笑ってごまかされてもなあ。ちょっと傷ついちゃうかもしれない」
「ええ、あ、ご、ごめんなさい」
「謝ることないよ。それで? どうして、スピカ。顔が赤いの?」
「うぅ……言えません」
「言って? ね? 恥ずかしいことじゃないでしょ?」
(恥ずかしいことなんですよ!?)
叫びたい気持ちでいっぱいだった。でも、そんなこと言って嫌われたくもなく、かといって、そもそもこんな恥ずかしいことがいえるはずもなかった。夢であっても、どんなに浅ましい、厭らしい女なんだと思われたくない。夢だからこそ、願望が出てしまっているのではないかとすら、思ってしまう。
「うぅうう、恥ずかしいことなんです」
「へっ?」
「へ、って……なんですか、その反応!? ゆ、ユーデクス様!?」
恥ずかしくって、顔があげられずにいると、裏返ったようなユーデクス様の声に、思わず顔を上げてしまった。すると、そこには、私と同じように真っ赤になっているユーデクス様のお顔があった。
なんで私よりも恥ずかしそうに、顔を赤らめているのか分からず、じっと見つめてしまえば、ユーデクス様は、黒い手袋をした手で、顔に手を当て、その後両手で覆い隠すと、首を横に振った。
「スピカ、反則だよ。そんな顔しないで」
「ど、どんな顔ですか!? ユーデクス様だって、ま、真っ赤になって! 私何かしましたか!?」
「スピカの存在が、尊すぎて」
「と、尊い……」
「誰にも見せたくないくらい可愛くて……」
「か、可愛くて……」
「爆発しちゃいそう」
「しないでください!」
耐えきれずに、大声を出して椅子をひっくり返してしまえば、周りの視線が一気に自分に集まるのを感じた。しまった、と私は誰に謝るわけでもないのに、ごめんなさい、ごめんなさい、と口にしながら、椅子を戻して、座り直した。
いつもは余裕でちょっとおかしいユーデクス様がいきなり可愛くなるんだから、こっちも情緒が追いつかない。かき乱されてばかりだ。
でも、夢の中のユーデクス様とはやっぱり違って、愛嬌があって、優しくて、可愛くて……現実のユーデクス様は、私の知らない、知りたい表情を出してくれる。
(やっぱり、あんなの悪夢なんだよね。所詮は、夢は夢なんだよね……)
そう割り切れるくらいには、今のユーデクス様の表情を見ているのが、とても楽しかった。
ユーデクス様に釣り合わないとか、そういう不安が見せた夢なのではないかと、私は思えてきて、釣り合うような努力をしていない自分が情けなくも思ってきた。だって、私は、皇太子殿下の婚約者候補にすら選ばれなかった令嬢なのだから。
「それでなんだけど、スピカ」
「は、はい。どうしたんですか。ユーデクス様」
「オービットから聞いたんだけど、スピカ、今悩みがあるんだよね」
「お、お兄様から!? ま、まあ、ユーデクス様と、お兄様は仲がいいと聞きますし……うぅ、お兄様の裏切り者」
「……スピカが悩んでいること、俺に話してくれないかな。その、俺……が原因で悩んでいるのかもしれないって、なんだかそう思えてきて」
と、ユーデクス様は、先ほどとは違った面持ちでいうと、自身の指を重ね、ふぅ、と息を吐き、群青色の瞳をこちらに向けた。
(……あっ)
その瞳が悲しげで、胸の奥がツキンと傷む。
何を言われるか全く予想がつかなかったが、その顔を見て、なんとなく察してしまった。
「――スピカは、俺のこと嫌い?」
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