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第1章

02 愛しのお兄様

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「お兄様!」
「スピカか。さっきまで彼奴と一緒じゃなかったのか」


 琥珀色の切れ目が綺麗な美青年……私の実の兄、オービット・アルビレオは呆れたようにそう告げる。銀色の髪は、お母様譲りの私のミルクティー色の髪とは違い、現侯爵のお父様譲りで、格好良く、腰まで伸びたその髪は、女性ですら羨むほどキューティクルがもの凄くて、枝毛一つない。風に靡けば、ダイヤモンドが散るような、そんな美しさを放つ。お兄様は、社交界でも人気で、令嬢たちから、私がユーデクス様から受けるようなもうアプローチを受けているらしい。しかし、決まった婚約者はいなくて、いつも私に優しくしてくれる。もしかして、お兄様も私と一緒で? なんて思った事は、一度や二度ではない。私達は、社交界で仲良し兄妹として有名で、私のブラコンぶりも、お兄様の隠れシスコンぶりも広く噂されている。自他共に認める仲良し兄妹なのだ。
 お兄様に話そうとここに来たけれど、そのタイミングが遅かったようでもう仕事を始めてしまっているようだった。折角の機会を台無しにしてしまたと思い肩を落とすと、その様子に気付いたのか優しく頭を撫でてくれた。大きな手は、私の頭を包み込み、髪型が崩れない程度に撫でると、お兄様はフッと口角を上げた。兄妹とはいえ、お兄様の色気にはいつも当てられ、キュンと胸が締め付けられる。恋に似たこの感情は、何だろうかといつも言葉をつけようとするが、どれもあわず、とにかくお兄様は、自分の兄と分かっていても、恋をしてしまうほど美しく格好いいのだ。ユーデクス様とは、また違った格好良さ。
 そんなお兄様は、私の頭を撫でながら、書類に目を通していた。


「お兄様に会いたくて来たんです。駄目でしたか?」
「いや……だが、お前はさっきまでゆー」
「あー言わないで下さい!」
「何でだ」
「言っちゃ駄目です」
「……」
「ゆ、ユーデクス様の話は禁止です」


 お兄様は、私から手を離し、はあ……とため息をついた。椅子に深く腰をかけると、私の方を見て、どうしてだ? といわんばかりに首を傾げ見つめてきた。その仕草一つ一つが、胸に刺さって、心臓発作を起こしかける。何故、彼が兄なのか。兄でなければ私はもうアプローチをしていただろう。


「お兄様が、お兄様じゃなければ、私はお兄様と結婚していたでしょう」
「お兄様がゲシュタルト崩壊するだろう。それに、そんなこと聞いたら彼奴が何をいうか分からない」
「ユーデクス様がですか?」
「自分がいうのは良いのか……はあ、まあ、そんなところだ。それで? 話が進まない。何故、お前は、ユーデクスの求婚を断るのだ?」


と、お兄様は私に聞いてきた。

 お兄様には、悪夢の話をしてもいいかなと思ったが、そんなことで、といわれそうだったので、「何でもです」ととりあえず、遠回しに答えられないということだけいって微笑めば、お兄様は、「可哀相だな」とポツリと呟いた。
 お兄様にも、ユーデクス様の話は耳に入っているのか、と思いつつ、そりゃ、百回以上求婚しに来ていればお兄様の耳にも入るか、と納得せざるを得なかった。
 お兄様と、ユーデクス様は同期で、戦場にて背中を預け合った仲らしい。お兄様は、自分よりもユーデクス様の方が優秀だというが、お兄様の腕も凄く、お兄様とユーデクス様の隣に立つ人間はいないのでは無いかと思うくらいの剣術を習得している。お兄様は、大剣を扱うユーデクス様とは違い、東の国から仕入れた刀と呼ばれる細く刃渡りの長い剣を使っている。それを一振りすれば、一瞬にして魔物がぱっくりと真っ二つに成る程、お兄様の剣を目で追えるものはいないのだ。深雪のように静かに儚く……そんなふうにお兄様の戦い方はいわれている。しかし、そんな静かな雪が降る道中を歩くお兄様の後ろには、悲鳴を上げることなく倒れた魔物が血を流して転がっているとか。


「それで、俺の元に何故来た」
「お兄様に会いたかったからです。さっきも言いましたよね?」
「……」
「お兄様?」
「仕事をする。ユーデクスの婚約を断るのであれば、他のやつを探せ。でなければ、お前は――」
「私は? 何ですか」
「いや、いい……お前は何も知らなくて」
「変なお兄様」


 お兄様は、何か言いたげに唇を噛んでいたが、それ以上は何も言わなかったので、これ以上仕事の邪魔をするのも駄目だな、と思い私は部屋を出ようとした。すると、お兄様が私の名前を呼んで引き止める。


「スピカ」
「はい、何でしょうか」
「やはり、お前はユーデクスの婚約を受けるべきだ。彼奴なら、お前を幸せにしてくれるだろう」
「そ、その話は、いくらお兄様でも聞けないのです」
「……理由はたいしたものじゃないだろう。釣り合わないなど思っているなら、そんな考えは捨てろ。お前は、アルビレオ侯爵家の誇りだ。立派な貴族だ」
「お兄様……」
「それに、ユーデクス様はお前の事しか見ていない。そんなやつが、他のやつと結婚させられるのは、見ているお前も心苦しいだろう。俺は、彼奴を側で見てきた。お前への思いは本物だ。そんな彼奴がお前に断られても、懲りもせず婚約にくるのだ。もうそろそろ認めてやってもいいだろう?」


と、お兄様は、珍しく情に訴えかけようとしてきた。その目が本気だったため、ついここでも頷いてしまいそうになったが、「考えておきます」とだけ言って私は部屋を出る。


「危ないわ。お兄様の色気に押されて、ユーデクス様と結婚します、って言ってしまいそうになったわ」


 しっかりするのよ、と頬を叩いて、どうにか正気を保つ。
 いくらお兄様の頼みといえど、私は決めているのだ。ユーデクス様が諦めるのが早いか、悪夢の真相を突き止めるのが早いか。どちらにしても、今の状態で、私は婚約なんて、華々しい未来のことなど考えられなかった。
 明るい未来など、確定されたものではないが、それでも嫌な胸騒ぎは収まらない。
 お兄様が先ほど何か言おうとしたことと何か関係あるのだろうか。そんな気もしてきて、ますます、何かがある、と思いつつ、その何かが分からない状態で、裏で話が進められてそうで怖かった。それでも、この悪夢を知っているのは私だけだろうと思い、自室に戻ることにした。
 収穫は何もなかった。皆、私とユーデクス様との婚約を薦めてくる。
 釣り合うって言われるのは、嬉しいところだけど。


「……ユーデクス様のこと、何も知らないし、何を考えているのかさっぱりだわ」


 もし、彼の心が見えるのなら、見たいものだと常々思う。そうすれば、彼が私を好きな理由も分かるのに。
 傲慢だな、と思いながら、私は足を進め、自室の部屋を開けた。


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