悪女に駄犬は手懐けられない

兎束作哉

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番外編SS

幸せの花嫁

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「スティーリア様、とても素敵です!」
「ありがとう、ラパン……って、泣かないでよ。まだ、式は始まってないじゃない」
「そ、それでも。スティーリア様のウエディングドレス姿を一番にみることができて、そのお手伝いができて……えぇぇ」
「もう……」 


 べしょべしょと泣く侍女・ラパンを鏡越しに見ていたら、こっちまで泣きそうになった。
 ここまでの道のりは決して甘いものではなく、かといって過酷というわけでもなかった。いや、不安はあったし、上手くいかないだろうなというそんな心配もあった。けれど、奴隷だったファルクスを買って、飼い慣らし――飼い慣らすことはできなかったが、だったからこそ、思いが通じ合うところまでいき、私達は恋に落ち、結婚までたどり着くことができた。これは、ある意味でハッピーエンドなのではないかと。いや、ハッピーエンドだと思う。
(思えば、色々あったわね……)
 はじめこそ、危険人物であるファルクスは手中におさめておかなければと思っていた。けれど、意外にも彼は従順で優しくて、でも駄犬で。ヒロインであるメイベに靡くことなく、私に執着して。どこに、執着する要素があったのか、自分でも分からないが、それについて話し始めたらきっとファルクスは一日中話しているだろうなと予想できる。

 髪の色に合った、純白のドレスは、光に反射するとうっすらと青色が浮かび上がってくる。また、ドレスには、銀粉をまぶしたように細かいラメのようなものがはいっており、それもまた夜空に散らばっている星を彷彿とさせるもので、これにしてよかったと思う。まあ、そういう仕様なのだが、珍しいといえば珍しいのかも知れない。その青が、銀粉の星が、彼の夜色を思い出させ私の頬は緩く持ち上がる。
 ドレスは完全に女性側だけで決めたので、ファルクスはまだ見ていない。はじめにみせたかったというのはあるが、サプライズということで、今回は、ファルクスが最後に見ることになるだろう。彼が以前贈ってくれた、夜色のドレスも素敵だったが、この純白のドレスもきっと――


「さてと、ラパン、最終確認は終わった?」
「ばっちりです! ファルクス様が、式中に倒れないか心配ですね!」
「……っ、確かにね」


 本気で言っているのか、いっていないのか分からなかったが、ラパンはニヤリと笑ってグッドサインを送ってきた。私はそれを見て笑いつつ、こけないようにと式場へ向かう。
 式の手順は、前世と変わったところはなく、花婿の待つ式場に花嫁が入場するというものだった。
 式場の前の扉にたどり着けば、そこで控えていた門番や、使用人たちが一斉に私の方を向き息をのむ。
 その一瞬の驚きの表情を見て、私は軽く口角を上げつつ、少しの緊張を抑え、堂々と歩く。「花嫁、スティーリア・レーツェル様のご入場です」、という言葉と共に扉が開かれる。そうして開かれた扉の先には――


「……っ」


 眩しそうに目を細めたファルクスが立っていた。白いタキシードに身を包み、黒い髪を後ろに撫で付けており、もうすっかり貴族男性といった感じだった。完璧な花婿。
 夜色の瞳には私をしっかりと映しており、隠し切れていない喜びのオーラがこっちまで伝わってきた。まだ、近くに行っていないのに、その幸せそうなオーラだけでもやられてしまいそうなほど、彼は柔らかい笑みで私を待っていた。


(な、なんだか照れるわね……) 


 美しい彼の姿に胸が高鳴るのを感じながら、私はゆっくりと歩き始める。そうして、その中央までたどり着けば、彼の笑顔はさらに咲く。


「スティーリア様……スティーリア。とても綺麗です」
「ファルクス、しゃんとしなさい。皆が見てるわ」
「みせたくないです」


と、彼はいつものように執着心をみせるが、それが恥ずかしくて、私だってファルクスの姿を見せたくないって思っているのに、と彼を制する。

 一応正式な場ということもあり、公爵令嬢として……一人の貴族女性としての誇りを持ってこの式を成功させなければと思った。だって一生に一度だろうから。それと、この式を挙げるに当たって準備をしてくれた使用人や、お父様たちに感謝を伝える場でもあったから。
 この場には、メイベや殿下はいない。彼らの結婚式は私達の後に行うそうだ。また、その準備で出席することはできなかった。お父様はそれに対して少し怒りの言葉を口にしていたが、アングィス伯爵側は、楽観的に「二人だけの結婚式でいいじゃないか」と笑っていた。今回私は、アングィス伯爵側の意見に賛成で、あの二人が私達の式でいちゃついているところを想像したら発狂してしまいそうだったから。だって、これは私とファルクスの結婚式なのだから。
 教会の中はしんと静まりかえり、神父が言葉をつらつらと並べていけば、しんみりと、そして祝福の空気に押されながらも、私は平常心で望む。


「――それでは、誓いのキスを」


と、神父がパタンと本を閉じ、私達に優しく微笑んだ。

 ゆっくりとファルクスの方を向けば、彼は世界で一番幸せな男だといわんばかりにその目を輝かせ、私を熱っぽい目で見ていた。
 これは、一応正式な場の、誓いのキスであって、口づけをするだけでいいのだ。少し嫌な予感がしつつも、さすがにファルクスもこういう場では――と自分の浅ましい考えを振り払う。
 何度もしたキス。けれど、これはこれらからの将来を誓うキスである。これまでのキスとは意味が違う。
 彼は私のベールをゆっくりとおろし、壊れ物を扱うかのように優しく手を包むと、唇を近づけてくる。


「愛してます。スティーリア」


 その言葉と共に口づけを交わす――と同時に割れんばかりの拍手が降り注ぐ。
 私は彼を受け入れ目を閉じて唇を差し出す。柔らかく温かいものが唇に触れ、それだけで幸せに包まれる。きっと触れるだけのキス……でも、もう少し――


「……ん?」
「……」
「ふぁ……んん!?」


 誓いのキスってこんなにも長いものだった? それに、口を開けといわんばかりに唇の隙間からちょんちょんと舌をつきだしてくるのは何?
 目を開こうと思ったが、開いてしまったら最後だと思ったので、私は頑なに目を閉じる。だが、顔に固定された手が離さないといわんばかりに強められ、長い長いキスをされる。会場もざわつきはじめ、このままではダメになってしまうのではないかと、私は、意を決して口を開く。


「ファル、これは誓いのキ――んんっ!」


 口を開いたのがダメだった。待っていましたと言わんばかりに、長い舌が口の中に入ってき、私の舌と絡み合い蹂躙される。


「ふぁっ……んん……」
「スティーリア」
「こ、の……駄犬、この場がどういう場だと……っ!」
「見せつけたいんです。あと、一生に一度ですよ?


 ラパンやお父様の声がするが、私はそれどころじゃなかった。咥内をゆっくりとかき乱され、良いようにされてはもう拒否ができない。飲み込めきれない唾液が口の端から流れていくのを感じつつ、ぼやけていく頭でどうにか必死に応戦する。その間も彼は口づけをやめず、それどころかさらに激しくなってくるものだから私は彼の胸を叩いた。
 会場は騒然としていたが、ただアングィス伯爵だけが大笑いし、その後は恥ずかしそうな、やれやれと言った感じで式は進み、私だけ恥ずかしい思いをしながら、披露宴をむかえた。その間も、ファルクスは私にベタベタしており、離れる気など毛頭ない、といったオーラを漏れさせながら、いつも以上にその顔に笑顔を咲かせていた。


「愛しています。スティーリア」
「……もう、全く。私も愛しているわ。ファルクス」


 この駄犬は、結婚式という場でも、自分の我を貫く男なのだと思い知らされた。けれど、彼のいったとおり一生に一度だけのキス……それが、一生忘れることができないものになったということには変わりない、思い出になった――と、それだけは言えた。

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