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エピローグ

待ち望んだハッピーエンド

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 朝起きたら大好きな人がいて、その人の腕の中で目を覚ます……そんな妄想、もう何回したかなんて覚えていない。


「ん……」
「おはようございます。スティーリア」
「んんっ、おは、おはよう……ファルクス」 


 降り注ぐ日の光。眩しさに目を眩ましながらも目を開ければ、かたまっていたはずの表情筋が仕事をしている婚約者の笑顔がそこに。その髪の色も、瞳の色も夜なのに、光輝いていて眩しかった。
 私は思わず顔を手で覆ってしまい、ひーと心の中で叫んでいれば、彼がその腕を退けるようにと、私の腕を掴んできた。眩しさに目を細めながら開ければ、私の腕に見慣れない噛み痕がついていた。くっきりと鬱血している。


「な、何? これ、何……?」
「何ですか、スティーリア」
「え、いや……」


 もぞりと身体を動かせば、足の間からトロリと体液が溢れだすのが分かって私は内股をすり寄らせた。すると、ピクリと身体が反応してしまい、その浅ましさに、恥ずかしくなる。寝ぼけていた頭が一気に覚醒して、バッと起き上がるけれどその瞬間腰に鈍痛が走る。思わず蹲って痛みに呻いている私を彼は楽しそうに見下ろすのでその顔に枕を投げつけてやった。見事にクリーンヒットしたソレはボフリと音を立てて彼の顔面にあたり、落ちる前に彼が受け止めてしまうのだが。


「スティーリア、勿体ないです」
「何がよ」
「貴方のそこから流れ出ているものですよ。あんなに注いであげたのに、なんで体外に出そうとするんですか」
「い、いい方! 怖い!」


 私は、毛布にくるまって身体を隠す。彼の方に背中を向けていれば、彼が私の真後ろに寝転んでくるものだから私は小さく悲鳴を上げてベッドの上で後ずさる。けれどすぐに壁に背中が当たってしまって逃げ場はなくなった。彼は、よりいっそ態度が大きくなったというか、私を抱けたことに満足したのか、対等になったことに満足しているのか、ニヒルな笑みを浮べている。初めて会った時には想像できなかった笑顔だ。


「私……ファルクスと」
「何をいまさら」
「いや、だって! え、え……何だか、記憶がごっそり抜けていて。媚薬でおかされていたのも覚えているし、貴方と心が通じ合ったのもそこまでは覚えているんだけ……嘘、半分記憶が無いわ」


 何だか嫌な予感がする。
 いや、覚えているのだが、この腰の痛みはそれだけじゃ説明がつかないような気がした。それによく見れば身体の至るところに噛み痕がある。歯形、歯形、歯形……信じられない情事の後。鬱血痕も一つや二つじゃない。見るのも恥ずかしいほど、足にもきっと、身体の至るところについているのだろう。でも、私が意識を飛ばす前はこんなこと……
 まさか――


「……へえ? じゃあ教えて差し上げましょうか?」


 そう言って彼は意地悪そうな笑みを作って私に覆いかぶさってくるので、私は首を横に振って全力で拒否する。ファルクスは「冗談ですよ。無理させたくありません」なんていってクスクス笑っていたけれど、私が拒否しなければきっとまた私を押し倒していただろう。彼なら絶対にそうするから。


(ねえ、そうよね……そういうことよね……)


 彼が手を出してこないことを確認した後、もう一度、昨日のことについて思い出してみた。でも、やっぱり記憶が無い。そして、最後に見た彼の笑顔……
 もしかしても、まさかでもない、ファルクスは私が記憶を飛ばしている間も、私の身体を――


「ふぁ、ファル」
「何ですか、スティーリア」
「その笑顔怖いから禁止」
「でも、スティーリアは、俺の笑顔見ると喜んでくれたので、笑った方がいいかと」
「……」
「ダメですか?」


 シュンと、耳を垂らして上目遣い。恐ろしいワンコだと思った。私の扱い方を知っている。その顔が弱いということを、彼に知られてしまった。私よりも、私の扱い方をよく理解している。もう、私は彼のリードを離してしまった。手懐けるのに失敗した駄犬……でも、そんな駄犬を私は愛している。


「もう、やり過ぎなのよ」
「ダメでしたか」
「だめ……じゃないけど、限度っていうものが」
「スティーリア」


と、先ほどとは違う声色で、ファルクスが私の名前を呼んだ。

 毛布の中から顔を出せば、彼は床に片膝をついて、まるで忠誠を誓う騎士のように私を見上げていた。もう、そんなのしなくてもいいのに、と私が毛布にくるまりながら、彼を見下ろす。朝日を帯びた漆黒の髪はつやつやと輝いて、長いまつげのしたから覗く夜色の瞳は、天の川よりも美しかった。その様に、つい見惚れてしまう。


「やり直しをさせて下さい」
「何のよ」
「貴方にもう一度、愛を誓わせて下さい。ようやく、思いが通じ合って、俺、これでもはしゃいでいるんです」
「らしくないのね」
「好きな人を手に入れた男は、皆こうなりますよ。自分だけの愛しい宝物を手に入れた男は、誰よりも幸せで……ね」


 そう言ったファルクスの顔に嘘はなかった。
 初めて会ったときのことを思い出す。彼が最初に誓ったのは、永遠の忠誠と、服従だったと。遠い日のようにも思え、昨日のことのように思える彼の誓い。はじめこそ、そんな関係で始まった私達だけど、随分と進展したものだと思う。婚約破棄から、婚約……そして、嫉妬、お邪魔虫たちの介入がありながらもここまで来た。やっと……
 これが生れて初めての幸せのように私は感じていた。
 もう何も障がいはなくて、私達を邪魔する人もいない。私が望んだハッピーエンド。いいすぎかも知れないけれど、今私は幸せで一杯だった。


「スティーリア」
「誓ってくれるの?」
「はい」


 ファルクスは頭を垂れ、私の手を取って額をこすりつける。


「私、ファルクス・アングィスはスティーリア・レーツェルに、永遠の愛と貴方を幸せにすると誓います」


 彼はそう言いおえると私の手の甲にキスを落とした。ちゅっと音を立てたそれは、くすぐったくて笑いだしてしまいそうになるけれどぐっと我慢をする。
 これだけの言葉なのに私はキュンキュンして胸がときめいてしまうのだから……愛の力って凄いなと馬鹿みたいな感想が出てきた。平和ボケしているんだろう。胸が一杯一杯だ。これ以上ないほど、幸せに包まれている。幸せの大量供給で死んでしまいそうだ。死んだら、ファルクスが後追いしてくるから、死なないけれど。
 離れていくファルクスを名残惜しく思いながら、私は彼に満面の笑みを向けた。ファルクスにしか見せることがない、この先もずっと、彼だけの、彼のための笑顔を。


「私も誓うわ。ファルクス。貴方を一生愛すると」

 ――だから、私のこと永遠に愛してよ?

 これは命令じゃない。二人の誓いだ。そう見つめ合って、私達はキスを交した。


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