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第4章
05 あの日の後悔
しおりを挟む「スティーリア様、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。チョーカーありがとうね」
「いえ……本当にびっくりしました。狼にでも噛みつかれたような痕でしたから……」
「……」
ラパンがくれた黒いチョーカーに触れ、私はあの日のことを思い出していた。
婚約者なのだから、対等でいたい。彼から求められたい。私が、待てとか、よしとか、いわなくても彼から……ファルクスは、自分に制御をかけていた。それは、私を傷付けないためだったのだろう。冷静になって考えれば、彼のそのお利口で、頑固な忠誠心に私は救われていたのかも知れない。彼を、私は理解しきれていなかった。彼の奥に眠る、獣の衝動を、私は理解しきれていなかった。
だから、彼を傷つけ、追いやってしまったのではないかと思う。ファルクスがあの日、私の部屋を出ていく際にみせた顔がその答えだ。きっと、彼はあの衝動……というのが正しいか、人を愛するのが不器用なんだと思う。愛したいし優しくしたい気持ちと、滅茶苦茶に暴いて噛みつきたい気持ち、両方を持って、抑えて生きてきたのだろう。だから、私が安易に求めて欲しい何て言ったから、彼はタガを外して……
「……」
「スティーリア様?」
「ラパン。今、ファルクスは何している?」
「えっ、ええっと……スティーリア様は、何も聞いていないですか?」
「聞いてないって何が……」
「ファルクス様は、朝早くに、最後の魔獣討伐にむかいましたよ」
「は?」
何も聞いていない。確かに、後一体残っていたと入っていたけれど、まさか今日出発だったなんて。それは、聞いていなかった。
最近、といっても三日間喋っていなかっただけで、私はファルクスの行動も、予定も何も把握しきれていなかった。いつも、隣にいるせいもあって、何をするのか、あっちが勝手に喋っていて。
(本当に、私って馬鹿……だな)
乙女みたいな恋が、キラキラした恋が出来た。きっと、そうやってはしゃいでいたのだろう。恋愛結婚が出来る、断罪もされない、ヒロインにも好かれているし、ファルクスにも好かれいてる。そう、甘えというか、気が大きくなっていて、自分の理想通りだって思っていて。だから、その理想を崩されて、ファルクスの気持ちを考えずに拒絶して。彼は、私に拒絶されたのと、出ていって、やめて、の二言を聞いて、近付かなくなって。そう言うところが嫌いで、嫌いで……痛々しい。
魔獣討伐にでていったということは、一週間ほどは帰ってこないか。早くて五日くらいいない。その間に、彼も頭を冷やすだろう。帰ってきたら、話し合おう、そう考えて私は窓の外を見る。前はよく彼がこの下をランニングしていたなとか思い出して、懐かしくなる。
もっと、理解して、歩み寄るべきだった。理解した気持ちになって拒絶してしまった。あの時、拒絶した私を見て、なんで拒絶したんだと殺されるかと思っていたのに、彼は傷ついて外に出ただけで。
額に手を当て、ため息を漏らす。不甲斐ない自分、情けない自分、本当に嫌になる。
好きだからこそ、私も、気になってしまう。自分勝手だと分かっていても、あの一件で、私と彼の関係が、主と従者に戻ってしまったらとか、そういう心配をしてしまう。自分勝手、身勝手、最低……
「スティーリア様、あの、聖女様から手紙が……」
「メイベから?」
「はい。朝早くに……中身は拝見しておりませんが、ここに」
と、ラパンは、トレーの上に乗っている手紙を差し出した。確かに、彼女の家の家紋、男爵家の家門が刻まれた手紙。
彼女は、魔獣討伐にいきたいといっていたけれど、結局ファルクスに止められて、妃教育の方に力を入れているとか。頑張って、皇太子妃になるんだ! って、私に宣言してくれて。彼女とは、あれっきりだったけれど、悪い印象は持たれていないようで、こうして手紙が来るところを見ると、会いたがっているのだろう。
私は、レターナイフで封を切って中身を確認する。また、お茶会の招待状。
可愛らしい文字を見て、少しだけ心が和んだ。ファルクスが帰ってくるまでずっとくらい気持ちでいたらダメだし、彼にかける言葉を考えないといけないと思った。まだ、首の傷は痛むけれど、その痛みも、彼が私を求めてくれている証拠だって思うことにした。そりゃ、痛いのも、殺されるかも知れないっていう不安もあるけれど、私が死んだら、ファルクスも一緒に死んでくれる……なら、天国でまた愛し合えばいいじゃないと。まあ、地獄かも知れないけれど。そう思うことにして、私はメイベの手紙に返事を書くことにした。
「いくのですか? スティーリア様」
「ええ、気晴らしにね。婚約者を奪った相手なんて、もう考えていないわ。仲良くなったのよ」
「そう、ですか」
「何? ラパン」
「……いえ。聖女様が妃教育に励んでいるというのは耳にするんですが、殿下が」
と、ラパンは、何処か浮かない顔で言う。
メイベはそれはもう頑張っているだろう。殿下に振向いて貰うために。けれど、その殿下がまた何かやらかしたのかと、私は嫌な胸騒ぎがした。また、メイベを傷付けているのではないかと思って。
「殿下がどうしたの?」
「そんな、大事ではないのですが、最近荒れていると聞きまして。あ、あくまで噂ですよ。荒れているといっても、ため息の量とか、部屋から出てこないことが増えたとか」
「大問題じゃない」
皇位継承式も行われるというのに、いったい未来の皇帝陛下は何を考えているんだと。
(でも、私がいったところで……縁も切ったし、会いたくない)
けれど、このままじゃ帝国の未来に関わるんじゃないかと、一旦話を聞いてあげるのも……いや、それはメイベの役目だと私は首を横に振る。介入しない。私は、まずファルクスとの関係をどうにかしないといけないんだから、他所に首を突っ込んでいる余裕はなかった。
私は、手紙を書き終えて、ラパンにわたし、チョーカーに手を当てた。ドクンドクンと血が流れているのが分かる。
瞼を閉じれば、鮮明にあの日のことが浮かぶ。恐怖と絶望……でも、それ以上の後悔。
「……ファルクス、ごめんなさい。私が馬鹿だった」
貴方を知りもしないで、うわべだけ見て。身体目当てなのかって言葉が出てしまったのも、彼を理解し、信用していなかったから。私は、ファルクスの何を見てきたのだろうと。
鬼畜? ヤンデレ? ううん、そんなんじゃない。それも、彼を構成する要素ではあるだろうけれど、彼はもっと……寂しがり屋で、愛し方が不器用で、かまってちゃんで……可愛くて、格好いい。
私は、一度チョーカーを外し鏡の前に立ってみた。赤黒くなった傷跡を撫でて、痛みを感じながらも、私は不格好な笑みを作って鏡の前の私に微笑みかけた。
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