悪女に駄犬は手懐けられない

兎束作哉

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第4章

02 厄介オタク

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「スティーリア様?」


 悪気のない青い瞳を見ると、無性に腹が立つ。分かっている。これが嫉妬だと。だからこそ、自分にも腹が立つ。
 ヒロインへの嫉妬、普通の感情なのかも知れない。私が悪役令嬢になるはずだったから……でも、そうじゃなくて、メイベに嫉妬しているのもあるけれど、目線を合わせて、優しい声色で喋っている、ファルクスに私は怒りを覚えていた。どうせ、ヒロインに鼻の下伸びているんじゃないかって思ってしまう。現に、しっかりと目を合わせてくれない。


「メイベ、ファルクスは、私の婚約者なの。だから、その……ね」
「スティーリア様、俺は別に何とも思っていないので」
「は?」


 素で出てしまった声。メイベも驚いて、おどおどとしている。私は、しまったと口元を抑えたが、ファルクスの冷たい夜の瞳が私を捉える。何でそんな目を向けられるのか分からなかった。
 従順な犬だと思っていたのに、私以外に尻尾を振っている? メイベの方が可愛らしいから、そっちを優先したい? ダメな方向ばかりに、思考がいって、私は唇を噛むことしか出来なかった。けれど、ここで何も言い返さなければ、彼との関係が終わってしまう気がして怖かったのだ。


「どういう意味? ファルクス」
「……聖女様が、人の役に立ちたいと、そう仰っているので、それを止める理由はないかと」
「でも、貴方の姿を見たいっていう理由があって!」
「元々、魔獣討伐は、聖女様も同行する予定でしたから。ですが、俺一人でいいと、上の決断で」


と、ファルクスは淡々と告げた。着地点が何処になるか分からなくて、不安になる。だからファルクスは何が言いたいのだろうか。

 メイベを連れて行ってもいいと、自分が守るから問題ないと、そう言いたいのだろうか。メイベと一緒にいたいから?
 私は、ふと、メイベの方を見てしまった。彼女も、やってしまった、という顔で、不安そうに私を見ている。そして、ふいっと顔を逸らし、俯いてしまう。まるで、私が悪いみたいに。ギュッと拳を握れば、その手をギュッとメイベが掴んできた。振り払いたかったが、堪え、彼女の顔を見ると、目に涙を溜めていて、頬が引きつる。泣き脅しでもしたいのだろうか。


「め、メイベ……?」
「それほど、ファルクス様が大事なのですね!」
「へ?」


 私が悪かったんです、とかいう泣き脅しかと思った。けれど、違って、予想の斜め上をいく、メイベの言葉に私はなんて感情をぶつければ良いか分からなかった。怒りのピークは六秒と聞くけれど、本当にそれくらいで霧散してしまったように、彼女の、必死になって私の手にしがみつく様子は、厄介オタクそのものだ。


「ファルクス様を、取られるのがいや! そうなんですよね、スティーリア様」
「え、え、え」
「分かりますよ。私も! 乙女心ですよね。もしかして、スティーリア様、私に嫉妬しているんですか?」
「は、はい!?」


 なんなんだこの子は。
 私の手におえない。今すぐに誰か、翻訳して欲しい。彼女が言っていることは、しっかりした言語なのか。私には、理解できなかった。潤ませた目は、私が泣かせたみたいな物かと思っていたけれど、違って、感激の涙らしい。それも意味が分からない。何故彼女は感動しているのだろうか。
 乙女心? 嫉妬? それも、意味が分からない。いや、嫉妬しているのはその通りなんだろうけれど、それを、口に出さないで欲しい。


(ほら、ファルクスもみているじゃない!)


 ジッと、こちらを見つめている犬の視線が気になって仕方がない。さきほどまで、私の事なんて無関心です、つーん、みたいな態度を取っていたのに、釘付けだ。気になって仕方がないのだろう。私の方が、気になる。見ないで欲しい。


「め、メイベ、落ち着いて……」
「落ち着けませんっ! ああ、これほど、熱い恋が出来ればいいのですが、私も。殿下は、最近私を見てくださらないから」
「で、殿下……」
「それに比べ、スティーリア様とファルクス様は、相思相愛で! ファルクス様は、スティーリア様を試したんですよね?」


と、何故かふられるファルクス。どうなんだと、彼を見れば、コクリと頷いた。

 ああ、もう意味が分からない。グルだったのかと、そう思えてきた。
 私は、大きな溜息が出てしまい、もう一度メイベを見た。嫌がらせも、悪意も何も感じない純粋な瞳。純粋な女の子が、私とファルクスの関係を尊んでいる。ようやく理解してきた。


「メイベは」
「はい」
「私達が、愛し合っている……ら、ラブラブだといいたいの?」
「はいっ」
「……」
「違うのですか?」


と、メイベはこてんと首を傾げる。彼女にはそう見えているのか。

 もう一度大きなため息を吐いて、私はメイベに手を離してもらった。そして、ファルクスの方を向けば、彼は私に何かを求めるような熱い視線を送っていた。
 周りからは、そう見えているのか、と。


(……私から、愛を伝えられていないのに、ラブラブだなんて笑わせてくれるわ)


 メイベのせいで、こっちは感情がぐちゃぐちゃになったというのに、さらに魂ガラが背手。でも、それなら、好都合かも知れない。彼女は、人のものを取るような子じゃないと言うことは分かった。殿下の件は仕方ない。私も、別にもう気にしていないから。彼女は、本気で殿下に恋をしていて、振向かせようとしている。それを、応援してあげなければならない。
 私は、ファルクスの方に歩み寄った。それを、後ろからメイベは見つめている。
 ファルクスの目の前まできた私は、彼を見上げた。キスするにちょうど良い身長差……いや、少し彼が高いくらいか。


「ファルクス」
「何ですか、スティーリア様」
「……私の事好き?」
「はい」
「……」
「愛しています」
「そう……」


 冷たくいっているようで、その言葉の裏に、どれほどの愛が詰まっているか私は知っている。彼が感情を表に出すのが苦手で、でも、雰囲気でそれが表れてしまうことも、分かるようになってきた。
 私は、シワのない彼の騎士服を掴んで自分の方にたぐり寄せ、ぶつかるようなキスをする。後ろからメイベの「ひゃあぁっ」なんて、何処から出しているか分からない声が響く。
そのまま、彼の胸元をぐっと掴んで、唇を放せば、彼は目を見開いていて。


「私も……愛してる」


 恥ずかしくて視線を落としながら告げれば、ファルクスは優しく私を抱きしめてきた。まるで子ども扱いだが、嫌ではない。ああ、けれどメイベがいるから恥ずかしい気持ちもあるのだが……とは思いながらも嬉しさが勝る。私が見上げた彼の表情は嬉しそうで、満足そうにしている様子に私はハッとする。振向けば、メイベは感動して涙をだばだばと流していた。本当に感受性豊かで、羨ましいくらいに。


「うぅ~素晴らしすぎます。真実の愛を見せられた気がしますっ」
「そ、そう」
「私、スティーリア様のこと、もっともっと好きになりました。スティーリア様と、ファルクス様、お似合いすぎます」


 なんて、彼女は、感激して、ずびずびと泣いていた。泣くようなことかと、私は呆れていると、チュッと耳にキスを落とすファルクスの行動にびっくりして、思わず彼をはねのけてしまいそうになった。


「ちょ、ちょっとファルクス!」
「俺も愛しています。スティーリア様。ようやく、貴方からの愛を確認できた」
「そ、そう……そう……」


 恍惚の笑み。もし、ここにメイベがいなかったら、きっと……なんて考えてしまうほど、彼の目は欲にまみれて少し怖かった。その夜の中に、黒い吸い込まれそうなブラックホールを見つけた気がして、ちょっと怖かった。けれど、純粋に喜んでくれたのは……思いを伝えられたことに関しては後悔していない。


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