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第4章
01 複雑な気持ち
しおりを挟む魔獣討伐は、ファルクスの活躍もあって、残り一体となった。彼は、その事もあって社交界で一目置かれる存在となり、最後の討伐は、ファルクスを中心とするメンバーで構成されるのだとか。本当に大出世したもので、アングィス伯爵は公爵家と伯爵家だけのパーティーを開くなど、とにかく浮かれていた。当の本人であるファルクスは、あまり嬉しそうではなかったのだが、彼も大分アングィス伯爵や、周りの貴族の機嫌を取るのが上手くなってきた。何事も適応ということだ。
自分の婚約者が有名になっていくにつれ、まわりの令嬢から彼の話題が飛び出すようになり、私は気が気でなかった。ファルクスが万が一、他の令嬢に靡いたら……そう考えると怖くて眠れない。きっと、ファルクスも、私が殿下と話しているときこんな気持ちだったんだろうなと考えて、改めて彼の嫉妬というか悲しみを理解できた気がする。だから、彼にもう二度とそんな思いをさせないように言葉や、行動で示してみようと思っていたのだが、なかなか上手くいかない。きっと、主人、従者としての関係が長かっただろう。彼は、鍛錬が終わると、私の元に戻ってきて護衛の顔になる。けれど、討伐になれば、アングィス伯爵家を背負った子息として戦場に出る。彼は、顔を使い分けて、また、婚約者と護衛の間をいったりきたりする。それも何だか落ち着かない。けれど、彼に新しい護衛をつけようと思う何て言ったときには、その護衛の首が飛びかねないので、暫くの間は、ラパンに護衛をかねて貰っている。彼女は、元暗殺者だし、その点は何も問題ない。ファルクスも、「ラパンさんなら……」と嫌そうにしながらも、取り敢えず認める、みたいな感じで了解してくれた。
「お久しぶりです。スティーリア様」
「お久しぶりね。メイベ」
メイベは変わらぬあどけない笑顔で、えへ、なんて首を傾ける。あのパーティー後、一応彼女は聖女として討伐に向かっていたのだが、仕事もそこまでハードじゃなくなり、落ち着いてきたところで、どうしても、会いたいといわれ、公爵家に招待することになった。疲れている様子もなく、いつも通りの笑顔に、目が潰れそうだった。さすがは、ヒロイン。
私が出したお茶を美味しそうに飲むその仕草も、貴族らしくなってきて、でもお菓子を食べる姿はハムスターみたいで可愛い。美しさと可愛さが両立し初めてきた今の彼女は無敵だと思った。
「それで、最近どう? 殿下とは上手くいっている?」
「殿下……ええ、まあ。そうですね。上手くいっているんじゃないかと思います」
「隠さないの。上手くいっていないんじゃない?」
「いえ、いつも通りです。その、関心がないと言いますか、皇位継承式も近いみたいですし、最近忙しいようで」
と、メイベはカップの縁をなぞりながらいう。何度も瞬きをして落ち着かないその様子を見て、上手くいっていないのは一目瞭然だった。
結局辛い思いをしている。殿下のあの態度は、私だけじゃなかったんだと、何処か安心している自分もいたが、過去の私を見ている気がして、心が痛んだ。あのパーティーの夜、私がもっとがつんといって、メイベをしっかり見てあげてくださいと殿下に伝えられていれば、変わっただろうか。いや、あの殿下の事だから、きっと変わらなかっただろう。
私に対して、どんな感情を抱いているのか未だによく分からないし……
「スティーリア様には、隠しごとできませんね」
「メイベ、辛かったらいうのよ。私でよければ、力になるから」
「はい。ありがとうございます」
と、彼女は優しい笑みを浮べる。私が浮べることが出来ないその笑顔に、黒い感情が渦巻いてしまう。ダメだと分かっている。これは、私の感情なのか、元からスティーリア・レーツェルの中に宿っていた感情なのか分からない。でもぶつけちゃダメだと言うことだけは分かる。
紅茶を飲んで心を落ち着かせようとしたとき、メイベが爆弾を投下する。
「その、スティーリア様が、殿下の婚約者だったときのこと、教えて欲しいんですけど」
「うっ……げほ、ごほ」
大丈夫ですか、なんていう心配の声は煽っているように聞えてしまい、私は少し強めに大丈夫と返してしまった。気を悪くしていないといいんだけど、と私は呼吸を整えながら顔を上げる。メイベは、心配そうにこちらを見ている。
どういう神経をしているのだろうか。これが、わざとじゃないと、悪意が無いと分かっているから、さらにたちが悪い。
私は取り乱さないように、必死に堪え、メイベをもう一度見た。大きな青い瞳……クリクリとしてフランス人形みたいだ。
「私が、殿下の婚約者だったときの話?」
「はい。参考までに」
「さんこ……そんな、面白い話じゃないわよ」
「でも、聞きたいです! 私、聖女としてまだまだですし、妃教育始まりましたけど、全然分からなくって! 殿下の事も分からないままで……だから、知りたくて」
「……そう」
前向きなのね、と私は心の中で呟いて、それならと何も思い出なんてないけれど口を開く。すると、私達のすぐ側から、こちらに歩いてくる足音が聞えた。
「ファルクス」
「ファルクス様!」
ガタンと、椅子が倒される。メイベは気にする様子なく、目を輝かせていた。
(ああ、そう言えば、この間のパーティーで……)
チクリと刺した胸の痛みは、気のせいじゃないだろう。ファルクスが、メイベを呼んでいた、というのは殿下の嘘かも知れない。そうだったとしても、話していたとしたら……ファルクスが、私が殿下と喋っていたことに対して嫉妬していたように、私も嫉妬して。
首を横に振って、どうにか頭からそれらの想像を掻き消す。
(なんで、メイベは馴れ馴れしそうなのよ)
私の婚約者だって知っている筈なのだ。なのにもかかわらず、彼女は。
私が、メイベに迫られているファルクスを見ていると、彼の夜色の瞳と目が合った。天の川を連想させるその瞳は、私に何かを訴えようと、ジッと見つめてきた。何か言いたげなその瞳を見ていると、私は言葉が喉の奥から出てきそうになる。けれど、最後まで上手くでなくて、ひっかかってむせてしまうような感覚に襲われる。
「ファルクス様、お久しぶりです」
「お久しぶりです。聖女様」
「聖女様なんて……メイベでいいです」
メイベは、きゃっというように笑顔を振りまいている。無意識なんだろう。その愛らしい笑顔が、憎たらしかった。私はあんな風に笑えない。スティーリアの表情筋は死んでしまっているのかも知れない。笑えるのは、意地悪そうな笑みだけ。
ファルクスも、ファルクスだと思う。ベタベタされても何も言わなくて、それがメイベを勘違いさせて……腹が立つ。
メイベと殿下が上手くいくように願う気持ちと、メイベが私の好きな人を取ってしまうんじゃないかという嫉妬の気持ちが合わさって辛かった。悪い子じゃないのは分かっている、だからこそ、どう対応すれば良いか分からなかった。
「あの……ファルクス様、よければ、最後の討伐ご一緒させて貰っていいですか」
「何故? 聖女様は、今、妃教育で忙しいのでは? 討伐は俺が任されたものですし……」
「それでもです! ファルクス様の側にいたいと思って。格好いい姿、またみたいです」
「そう、ですか……」
メイベがグッと距離を狭める。ファルクスの胸にとんと手を当てて、上目遣い。
ああ、ああ……私の中で何かが崩れるような音がした。
「――待ちなさい」
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