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第3章

07 sideファルクス

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 どうして俺がこんな目に。


「誰かと思えば、スティーリアの所の護衛か。貴様の名前は載っていなかったはずだが」
「後から、アングィス伯爵に指名されて。邪魔でしたら、帰りますが、レグラス・リオーネ殿下」
「気にくわないな、その目」


 天幕にて、鬱陶しい黄金が目に入ったと思えば、あちらもこっちに気がついてやってきた。わざわざ俺の元にやってくる理由が分からない。それも、こんな小言をいうためになんて、どれだけ皇族の頭はすかすかなのだと。


(こいつが、俺のスティーリアを縛り、捨てた相手……)


 聖女が現われたから、婚約破棄をした。そもそも、スティーリア様に好意など一切なかった。貴族や皇族の間の婚約というのは、行政やしきたり、権力など色んなものが絡み合っていて、考えるのも気持ちが悪い形ばかりだ。政略結婚。スティーリア様もそうだったらしいが、それにしても愛のない相手との婚約など、俺だったら絶対に受け入れられない。俺がまだ第二皇子だったときも社交界で政略結婚の話が上がっていたが、俺の兄はそれを拒絶し、愛する人と結ばれるはずだった。その時、リオーネ帝国の奇襲に遭い、国は滅ぼされた。命からがら逃げたが捕まり、奴隷として売られる羽目に。だが、もし滅ぼされなければ、奴隷にならなければ、俺はスティーリア様に出会えなかったと思うと、それは不幸中の幸いか。どちらにしても、スティーリア様と出会う運命だったのかも知れない。
 銀色の髪は美しく、日の光を浴びて虹色に輝く瞳は、どんな宝石よりも美しい。その佇まいも、彼女が纏うオーラも、匂いも何もかも、スティーリア・レーツェルという女性に俺は一目惚れした。少々刺々しい、如何にも傲慢な貴族令嬢かと思いきや、その中身はそんな貴族令嬢を演じているようで、滲み出る優しさは隠し切れていなかった。俺は、それにつけ込んだ。賢い割に、ガードが緩い。俺に対してだけなのかも知れないが、そうでなければ、彼女を躾けなければならない。彼女は、俺を躾けているつもりだろうが、全くそんなつもりはない。むしろ逆である。


「聞いているのか、ファルクス・アングィス」
「すみません、討伐前で、少し緊張していて」
「フンッ……よくそんなので、戦場に来ようと思ったな。貴様みたいな人間から、死んでいくんだ。そしたら、スティーリアが悲しむだろうな」
「お言葉ですが、殿下。それはあり得ないかと。俺は、スティーリア様の元に戻るといっていますし、彼女にこれ以上悲しんで欲しくありません。婚約者に死なれた悲劇の令嬢になって欲しくないので」
「婚約者だと?」
「ああ、知りませんでしたか。殿下が、スティーリア様に婚約破棄をしたその日、俺とスティーリア様は婚約関係になりました。貴方は、惜しい人を手放したんです」


 面倒くさい。スティーリア様と話すのは楽しいのに、どうしても他人と話すのは苦手だった。それも、スティーリア様を傷付けたこの男と。俺が、同じ権力を、地位にいればこんな男すぐにひねり潰していただろう。この帝国自体、奇襲攻撃を仕掛けてくるような国だ。何が、軍事国家だ。
 けれど、ここで面倒事を起こせば、またスティーリア様が悲しむ。こちらも、嫌味を言いつつオブラートに包んでそこで切り上げようと思った。皇太子を煽り、彼がそれに対し噴気し、戦場でミスを犯して怪我を負えばいいとすら思う。この男は、もっと傷つくべきだ。スティーリア様が傷ついた何倍も。
 明らかに、そのルビーの瞳に怒りが浮かび、俺は図星をつかれて怒っているんだと確信した。これくらいで怒ると言うことは、スティーリア様は彼を怒らすようなことをしてこなかったのだろう。それかもしくは、沸点が低いのを知っていて、それを避けたか。スティーリア様ならあり得る。


「貴様、誰に向かってそんな口を利いている」
「事実です。スティーリア様は本当に素敵なお方です。貴方にも、俺にも勿体ないくらい」
「言わせておけば――」
「殿下?」


 そんな風に言い合っていると、天幕の奥の方から、細身の少女が駆け寄ってきた。皇太子はハッと我に返ったように、その少女の方を見る。少女は、皇太子の顔を見た後、こちらにその大きな瞳を向けた。


「貴方は、誰?」
「…………申し遅れました、聖女様。私は、ファルクス・アングィスといいます。スティーリア様の護衛兼、婚約者です」
「スティーリア様の? 初めまして。メイベっていいます」


 不快そうな顔で、こちらを見ている皇太子。誰も、こんな聖女に魅力なんて感じない、取るわけがないと、俺は溜息が出そうになった。それにしても、俺にキラキラとした目を向けてくるこの聖女は一体何を考えているのだろうか。スティーリア様から皇太子の婚約者という席を奪い、その席だけでは飽き足らず、色んな男に興味を示しているのか。そうだったとしたら、皇太子も苦労しているだろうな、と同情はしないが思う。まあ、精々苦しめばいい。そして、評価を落とせ。


「スティーリア様は元気?」
「はい」
「そう! また、遊びに行きたいですって、いっていたって伝えておいて下さい。スティーリア様のこと、私も大好きなので」


 なんて、満面の笑みでいう彼女。ああ、嫌いな笑顔だ。


(何が大好きだ……そんな好きとは比べものにならないほど、俺はスティーリア様を愛しているというのに)


 お前みたいな貧相なからだじゃなくて、もっと妖美で美しい身体で、髪もふわふわしていない銀色のストレート。ダイヤモンドの輝きのような瞳。美しく透き通る声……何一つ、この女に負けているところはない。完璧な人。
 この女の話は聞かなかったことにしよう、伝えることなんて絶対にしない、と俺は思いふと顔を上げた。すると今度は、天幕に慌てて甲冑に身を包んだ騎士が慌てて入ってくる。


「ビャッコが、ビャッコが出ました!」


 騎士の切迫した様子を見て、聖女は、皇太子に抱き付いた。皇太子はまんざらでもない顔をしていたが、緊急事態だと剣を持ち天幕の外へと出る。何重にも張っていた結界が、予想より早く破られたためである。俺は、残された聖女を見た後、早く終わらせて帰ろうと天幕を出ようとする。けれど、それを聖女に拒まれた。


「嫌です。怖いです。ファルクス様」
「……離してください。俺がいかなければ、沢山の死者が出ます。聖女様も、皆を救うためにここにいるのでは無いですか?」
「で、でも、怖いんです。いきなり聖女だっていわれて、討伐に参加させられて……」
「……」


 甘え……だ。だが、聖女に選ばれたのがスティーリア様だったら、俺は許していただろう。だが、この女は別である。俺は、どうにか彼女を外に連れ出そうと、吐き気を堪えて、聖女に手を差し伸べた。青い瞳に涙を浮べ、聖女が顔を上げる。


「いきましょう。大丈夫です。守ります」
「ファルクス様」


 守りますなんて、本当はいいたくない。だが、ここでぐだぐだしていたら、手柄が取られてしまう。近衛騎士団が参加している以上、ビャッコ討伐に、そう時間はかからないだろう。スティーリア様からご褒美を貰えなかったら、この国を滅ぼしてやる。そんなつもりで、俺は聖女の手を強引に引っ張って外へ連れ出す。聖女が顔を赤らめていたことなんて俺は気づく気づくこともなかった。


「メイベ、大丈夫なのか」
「は、はい。ファルクス様が守ってくださるといってくれたので。それに、私は聖女なので頑張らなきゃって思って」
「……そうか」
「殿下、戦況は?」
「……よくない、見れば分かるだろう。結界を破っただけあって、かなり興奮しているようだ。魔力も帯びて、物理攻撃が効かない。かといって、全身に魔力を纏わせているため、魔道士の攻撃も効きにくい。最悪な状況だ」


 外に出れば、そこはすさまじい戦場と化していた。先ほどまで天幕が張られていたが壊されたものもちらほら見える。騎士達が囲む中心には、青白い光を全身に纏い、ギョロリとした目を気味悪く動かす、虎のような魔物がいた。結界を破ったのはあの魔物だろう。毛並みは柔らかそうでなのだが、その体毛から魔力を感じることが出来る。確かに、あれでは魔法攻撃も通用しないだろうし、動きが素早く興奮状態である為、近付くのも危ない。無理に近付けば、押し潰され、はね飛ばされ死ぬだろう。だが、守ってばかりでは体力を消費するだけだ。


(そもそも、こんな魔物に……これが四大魔獣と呼ばれているのかと思うとあれだな。こんな魔物に苦戦するなど、よっぽどこの帝国の人間は人を殺すことしか出来ない奴ららしい)


 俺のいた国では、魔物の出没は日常茶飯事だ。それに、四方八方を海で囲まれ、その海にも恐ろしく大きくて、強い海洋魔物がうじゃうじゃといた。だが、そんな魔物の巣窟ともいえる国で生きられたのはしっかりと理由がある。


「殿下」
「何だ、貴様も観戦していないで戦え。それとも、怖じ気づいたか」
「いえ。あれ、一人で倒しても大丈夫でしょうか」
「は? 今、何を――」


 許可などいらないだろう。どうせ、死人が出たらさらに戦況が悪くなったと焦り出す。人間はそういう生き物だ。ならば、迅速に敵を始末する他ない。俺は、自身の身体に魔力を巡らせ、引き抜いた剣にその魔力を纏わせる。そうしてから、足に力を溜め一気に駆け出して魔物と距離を詰めた。魔物はそれに気付いて飛びかかろうとしたがそれより早く俺は懐に入ることに成功する。見ている分には早く感じられたが、ビャッコのスピードはそうでもないらしい。本当に、愚図しかいない、この戦場は。
 ビャッコの腹部目掛けて剣を振り上げる。が、さすがは四大魔獣と言われるだけあって一筋縄ではいかないらしい。ビャッコは身体に魔力を纏うと飛び上がり、空中へ逃げる。俺はそのまま剣を振るったが、当たること無く空を切っただけだった。


「くっ……」


 着地と同時にすぐに態勢を立て直して俺と対峙するビャッコは再び飛び上がる。素早いけど馬鹿すぎないだろうか、そんな攻撃まともにくらってやるつもりもないのでもう一度俺は足に力を込めて飛び出す。ビャッコは俺に前脚で攻撃を仕掛けてくるが、それをひらりとかわす。俺が切り裂いたはずの前脚は無傷だ。


(やはりか……)


 通常の魔物とは違うと思っていたから、納得ではあるけれど、物理攻撃も効かないとなるとかなり厄介である。だからと、魔法を撃っても大丈夫かという保証はない。焼け石に水のような威力しかでない可能性もある。だが、ただ防戦一方では俺の気が済まないため、少しばかり本気を出すか。本当は、使いたくないが仕方がない。これも、スティーリア様のため。彼女の元に戻るため。
 俺が魔力を集め始めたことに気づいたのか、それとも隙が出来たと思ったのか、ビャッコは地上に降り、他の騎士達に襲い掛かる。弱いものを狩ろうとしているところを見ると、獣としてのプライドはないのかと思ってしまう。知性はあるが、そもそもが魔物だ。知性なんてあってないようなもの。皇太子と、聖女に向かって走って行くビャッコを見ながら、このままあの二人が食われてしまっても問題ないんだがな、と傍観しつつ、さすがにまた何か言われそうなので、溜めた魔力を一気に放出する。すると、ビャッコは攻撃をやめ、その身体をこちらに向けた。
 この魔力は、俺だけを標的にするためのもの。そして、こちらが標的にした魔物に待っているのは死だけ。
 ビャッコは再び俺に飛びかかったが、単純なその攻撃を避けることなど容易い。そして、背後に周り俺は剣を突き付け魔力を放った。 
 一般的な魔法とちがって、この力は加減が難しい。微量の魔力を放出しても意味がないので、巨大な魔物に放つ時はしっかり狙っていかなければならない。だからか、後味が悪いのだ。別に、魔物を俺が同情するような心を持っていないのも一つの原因だろう。ビャッコがバタバタと暴れるせいで返り血が服に着くが気にもしないし気にならない。
 魔力を魔物の体内に打ち込み、その魔物の魔力を暴走させ理性を飛ばさせる。魔物は、幻覚症状を発症し、水を恐れるようになり、やがて発狂しする。人為的に狂犬病に感染させる魔法だ。そして、最後はその膨れあがった魔力を一気に剣に吸い取らせる。その剣は魔剣として稀少の高いものとして残る。ただ、切れ味はよくないが……
 ビャッコはもの凄い悲鳴をあげ、のたうち回り、そのまま動かなくなった。皇太子は口をあけたままその光景を見つめ、聖女は言葉を失っていた。俺は、ビャッコが死んだのを確認した後剣を鞘にしまった。


(こんなものか……)


 かなり返り血を浴びてしまい、獣臭くなった身体は鼻腔を刺激する。最悪だ、これじゃスティーリア様の元に帰れない。
 そんなことを思っていると、それまで黙っていた周りの騎士たちが、うおおおおっ、と歓喜の声を上げる。ビャッコを倒した、俺が英雄とでも言わんばかりに近付いてくる。そして、誰かが俺に触れようとしたとき、俺はそれをはねのけた。血のついていないほうの手で。


「触らない方がいいですよ。貴方も感染するかも知れませんから」


 俺の声で一気に場が静まる。
 この魔法のデメリットは、魔法を打ち込んだ魔物の血を浴びると同じ症状に感染するということ。魔法はものの数時間で消えるため、それ以降ならその血に触れても大丈夫だが、直後は危険だ。俺は、耐性があるからいいものの、この帝国の人間はそうはいかないだろう。
 俺は、血のついた指を舐め、相変わらず美味しくないなあ、と思いながら小川のある方へ歩く。一刻も早くこの血を落としたかったからだ。そんな俺の後おをってくる奴などおらず、皆ポカンとした表情で俺を見つめていた。だが――


「ファルクス様!」


 タッと駆け寄ってきたのは、聖女で、俺の手を掴もうとしたため、サッと後ろに隠した。


「何でしょうか、聖女様」
「あの、すっごく格好良かったです。ファルクス様!」


 ただそれだけをいうためにきたのか、と俺は呆れてものも言えなかった。早く終わらせるために、俺はまた嘘を吐く。


「聖女様が、ご無事で何よりです。汚れるといけないので、洗ってきます」


 そういってその場を去る。
 生臭い……気持ち悪い。早く、スティーリア様の元に戻りたい。あの人に、満たしてもらいたい。この空虚を、俺の寂しさを、あの人で満たして。


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