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第3章
04 やっぱり駄犬
しおりを挟む「調子のらないでくれる? とても、鬱陶しいのだけれど」
「舞い上がってはいけませんか。婚約者として認められたので……」
「喜ぶのはまだ早いわ。色々と問題は山積みなのだから」
お父様に切り出し方が分からなくて五日かかってしまったけれど、ファルクスとのことを伝えると、お父様は、腰を抜かしそうになったが、この間いってくれた言葉通り私とファルクスの関係を認めてくれた。アングィス伯爵に関しては「近いうちにそうなると思っていた」なんて笑われてしまい、アングィス伯爵と、ファルクスにはめられた感じで何か癪に障った。けれど、これをお父様に話したらまた揉めそうなので私のうちにだけ秘めて、四六時中ブンブンと尻尾を振り回しついてくるこの男をどうにかしなければと思っていた。
ラパンにもこの話をしたのだが、まず殿下に対しての怒り、ファルクスへの嫉妬で、顔がころころと変わったのが印象的だった。でも最後には祝福してくれて「スティーリア様が幸せなら、それが私の幸せです」なんて嬉しいことをいってくれた。彼女も虐げてしまった側だけど、そんな風に思ってくれたのが、何よりも嬉しかった。
そうして、今に至るわけだが、一人の時間が作れないほど引っ付かれているせいで、ろくに休めず、私は刺繍を中断しファルクスの方を見た。整った顔立ち、感情の読めない表情、夜色の瞳に、漆黒の髪……攻略キャラというだけあって、容姿は申し分ないし、少し幼くみえるが、それも彼の美しさを際立たせるだけでしかない。
私は、悪役令嬢だし、彼を攻略することはできないと踏んでいたが、今のファルクスからの感情は紛れもなく私を向いている。こんなことってあるんだと、他人事のように思いながら、過ごしている。
彼の重すぎる好意は少しうざかったけれど、今ではそれを受け入れてしまっている。ヤンデレの片鱗が見え隠れするのが怖いところではある。
嬉しい誤算といえば、誤算なのだが、最初の作戦からは大いに反れてしまっている。まあ、死なないならいいし、私が他の人に好意を向けなければ、ファルクスがヤンデレ化する事もないだろう。一番の問題はそこなのだ。
(……攻略キャラの中で、ううん、ゲームの中で一番ヤバいキャラ…………時間が経って冷静になって考えたけれど、ヤバいわよね……)
前世の感覚でいえば、こんなヤバい奴と婚約してしまうという状況がおかしいのだが、そこを突っ込んでいたら何も始まらない。私はこのファルクスと婚約をしてしまったのだ。む撤回出来ない。
でも、どうして彼がそんなに愛に飢えているのかは分からない。そこがよく思い出せないが、大方元いた国でも虐げられてきたか、無関心だったかなんだろう。
「視線が煩いのよ。もっと、離れてくれない?」
「何故ですか。俺は、スティーリア様の婚約者であり、護衛です。貴方の側にいて当然です」
「護衛っていうのをいいように利用しないで。大丈夫よ。公爵邸は強い結界で守られているし、この間みたいに魔物に襲われることはないわ。それに、刺客が入ったとしてもすぐに対処できるセキュリティだから」
「スティーリア様は俺に離れて欲しいと」
「そうよ。一人の時間ももてやしないわ。気が休まらないの。分かったのなら、出ていって頂戴」
「俺の事が嫌いなのですか」
「そういうのが、鬱陶しいっていっているのよ!」
悲しそうな顔を見せれば、許して貰えるとでも思っているのだろう。けれど、私はそんなに甘くない。強く言えば、ファルクスはまたシュンと耳を垂れ下げる。わざとなのか、無意識なのか。その顔を見るたび良心が痛むからやめて欲しい。けれど、本当に休めていないのは本当のことで、殿下の事もあってから怒濤の日々で疲れがたまっていた。マッサージでもして貰えれば、身体の疲れが取れるのだろうが、いい整体師は公爵家にはいない。そもそも、そんな職業の人間がそこら辺にうじゃうじゃいる世界でもないので、呼ぶにしても一日はかかるだろう。
刺繍糸や、針を片付け、ファルクスを暫く無視していれば、耐えきれなくなったのか、ファルクスは口を開いた。
「あの、スティーリア様」
「何? まだ、何かあるの? 鍛錬に励まないと、その腕、おちるんじゃない?」
「……それはそうですね。肝に免じます」
「そう、じゃあ今すぐ訓練場にでも」
私がそう言うと、ファルクスは音も立てずに私を後ろから抱きしめた。いきなりのことで手に持っていた刺繍糸の入った箱が床に散らばる。
「ちょ、ちょっと危ないんだけど」
そうして、ファルクスは私のうなじに唇を当てて、軽いリップ音をたてた。
「ひゃっ」
「疲れているんでしたよね。肩も、腰もこっている」
「だ、だから何。変な触り方しないでっ」
「ほぐしてあげようと思ったんです。マッサージ……変なことを考えているのは、スティーリア様の方では? 俺はただ、貴方の疲れを癒やしたく……」
「だったら、なんで、うなじにキスをする必要があるのよ!」
変なことを考えているのはそっちだろうと言いそうになるのを堪え反論すると、ファルクスは「失礼します」なんて、また許可してもいないのに私を抱き上げて、ベッドに運ぶ。足をじたばたさせたり、彼の胸を押したりしたが、全くびくともしない。そうしているうちにベッドにたどり着き、優しくうつぶせに寝かされる。
「ちょ、ちょっと、変なことしたら許さないから!」
「だから、マッサージです。整体師を呼ぶかどうか考えていたんじゃないですか。それなら、俺にやらせてください。他の男に触らせたくない」
「貴方、思考でも読めるの?」
「いえ。スティーリア様の顔がそう仰っているように思ったので」
「……」
「ほぐしますね」
だから、許可していない、といおうとしたが、シュルリとドレスを脱がされてしまっては、もう抵抗のしようがない。確かに肩こりもひどいが、それこそ整体師に頼めばいい話で……
「あっ、ちょっ……」
下着姿で戸惑いながら彼を見つめると、彼は優しく私の背を撫でた。反応してしまったのが恥ずかしくて私は顔を枕に埋めた。けれどそんなことお構いなしに、ファルクスは私に優しくマッサージを始める。力が強すぎて痛かったり強かったりするわけではないので、丁度いい力加減だった。いきなりベッドに運んだことも、ドレスを脱がしたことも驚いたが、マッサージをするためだというのなら仕方がない。
そんな風に思っていると、たらりと、背中に冷たいものがかけられる。
「こ、今度は何!?」
「ラパンさんから貰ったアロマオイルです。これを塗ると全身ほぐれるそうなので。痛いですか?」
「痛くはないけど、冷たいわ」
「体温で温かくなるので、大丈夫です。はじめは冷たいかも知れませんが……」
背中に塗ったオイルを丁寧にアロマボールという道具にのせて温め、背中全体に塗り広げていく。確かに血流が良くなっていくように体がポカポカとしてくるし、冷えて固まった筋肉が熱でほだされていく気がするのだから不思議だ。体全体が温まった後に手や足に移動していかれるのだがそこが問題ではなく、背中と違ってスースーして、恥ずかしい。それに、何だか、変な気分になってくる。本当にただマッサージをして貰っているだけなのに、あの夜会のことを思い出して、触れられるだけで火照ってしまう。
足先まで塗られる頃にはもうオイルの冷たさには慣れ、されるがままになっていた。
「気持ちいいですか。スティーリア様」
「え、ええ……あっ」
「……っ、気持ちいいならよかったです」
足の裏を揉み、指の間まで丁寧にほぐされてしまい、声が出てしまった。まるで喘ぎ声のようなそれを聞いて、ファルクスも一瞬動揺したのか手が離れる。けれど、すぐに揉んでいた足に手を当ててほぐす。何だか、我慢しているようで、それか若しくは私の声は別に興奮材料でもないみたいにスルーされて私は何だか複雑だった。
「もう片方、やりますね」
「……え、ええ……」
反対の足も同じようにして揉まれる。今度は足の裏ではなく、太ももの部分を柔らかく揉む。
「ファル、クス……気持ちい」
「それはよかったです。スティーリア様」
「あっ」
いつの間にか気持ち良さを与えられるがために喘いでいることに気がついた。ファルクスのテクはマッサージをして貰った事がない私でも分かるくらい気持ちの良いものだった。そのせいで、喘いでしまって恥ずかしい。もう、こんなの、一種のプレイじゃないかと、こっちが痴女のように思えてくる。これはあくまで疲労回復のための行為、そう言い聞かせるが、だんだん彼の手が卑猥になってきている気がしてならない。気のせいじゃない……と思う。
「んんっ……」
「スティーリア様、どうしましたか?」
「ファルクス、貴方、わざとっ!」
「何がですか」
この駄犬。キョトンとした顔をして!
しらばっくれるようにファルクスは聞き返す。もう、完全に分かっていてやっているとしか思えない。けれど、身体を捩って逃げようとするが、腰を持たれて身動きが取れない。
「その格好のまま外に出る気ですか」
「もう、マッサージは結構よ。ラパンを呼んで。ドレスを着させて貰うから」
「……まだ、マッサージは終わっていませんが」
「だから、もういいっていっているのよ」
聞き分けの悪いファルクスを睨みつける。すると、彼は切なそうに目を伏せて私の太ももを撫でながら「そんなに嫌ですか」と呟いた。
「……なら、仕方ありませんね」
諦めたかと安堵したのも束の間、下着をするりと脱がされ仰向けにさせられた。私は、咄嗟に胸を隠し、内ももをすりあわせる。
「何するのよ! こんなの頼んでないわ!」
「でも、嫌じゃないんですよね」
「最初から、これが狙いだったでしょう」
「いえ。ですが、スティーリア様が、マッサージ中に喘ぐもので……」
「私のせいだっていいたいの!? この駄犬!」
叫んでみるが、ファルクスには勿論響かない。分が悪いのはこっちの方で、ファルクスのいうとおり、このまま逃げることは出来ないだろう。だからこそ、彼に退いて貰って出ていって貰うしかないのだが、彼は、私に乗っかったまま、動かない。両者一歩も引かない。命令をしたところで、従順なフリだけをするこの駄犬が聞くはずもない。何かと理由をつけてくるに決まっている。
自分はマッサージをしているだけだった。でも、私が喘いだから、その気になった。知らない、そんな自分勝手な理由!
けれど、身体に塗られたオイルの甘ったるい匂いと、それが内ももに染みこんで、ぬるぬると滑って、じれったい。
見られている羞恥とオイルのもどかしさでどんどん思考が鈍ってくる。いっそ快楽に流されてしまえという悪魔の囁きすら聞こえてきそうだ。
「貴方が、離れろと言えば離れます。出て行けといえば、出ていきます。貴方の命令は絶対ですから。スティーリア様」
「……」
「本当は、貴方が媚薬に犯された夜、あの場で抱いてしまいたかった。スティーリア様の初めてを奪うのも、刻むのも俺が良い。けれど、あの時の俺は奴隷の身分で、貴方には婚約者がいた。スティーリア様に触れることすら出来なかったんです。でも、今は違う……貴方が触れていいと言ってくれれば、俺は貴方を抱くことが出来る。けれど、無理強いはしたくない。スティーリア様から求められなければ行為になんて意味は無い」
夜色の熱が私を浮かせる。私に許可を貰わなければ意味がないとファルクスは言う。私が駄目だと言えば、何もしないと。彼はそこだけは忠実だった。私の心が伴わなければ、行為に意味など無いと。あの夜を忘れずに、もどかしく覚えているのは私だけじゃなかった。
ふっと体の力をぬいて、私は彼を見上げた。中途半端に障られた身体は火照って仕方がないし、彼だって我慢して辛そうだから仕方が無いのよなんて思いながら、彼の頬を撫でる。流される私も私だと。でも、主導権を握らせたら、この駄犬は何をやるか分からない。だから、一つだけ制約を作る。
「分かったわ。ファルクス、私を抱くことを許可してあげる。でも、私が嫌がったらすぐやめるのよ。そして、今回の行為ではキスはしない。貴方に拒否権はないわ」
「……御意」
少し不満といった表情で、ファルクスは静かに応え、私の足の裏にキスを落とした。
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