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第2章
09 お馬鹿さん
しおりを挟む「きてくださったんですね! スティーリア様」
「ええ、お招きありがとう。メイベ」
パッと顔を明るくさせて、駆け寄ってきた彼女は、やはり何処か貴族らしくなくて、まるで尻尾をブンブンと振り回す子犬のようだった。その愛らしさと、人なつっこさだけは、一級品だと思う。けれど、品性に欠ける……まあ、養子として貴族の家に向かい入れられてまだ日は浅いから、仕方がないと言えば仕方がないのだけれど。
(でも、私は、こんな子に負けて……)
殿下のいった、嫉妬という言葉が頭をめぐる。腹が立ってしまうのは、嫉妬しているからだって。だとしても……いや、これはいいわけ、と私は自分を抑える。今日は、彼女に呼び出されてきた。それだけ。お茶会をして、親睦を深めて、殿下から私の評価をどうにかするため。
まだ、婚約破棄は正式にされていない。撤回させることも出来るかも知れない。何にしろ、自分の命は惜しい。だから、どうにかして、生き延びる方法を、メイベに繋ぎとめて貰わないといけない。本当に情けないことだけれど。
「立ち話も何ですから、スティーリア様。お庭の方に! 美味しい、お茶菓子を用意したので! 男爵家のシェフが腕によりをかけて作ったものですよ」
「そうなの。それは楽しみだわ」
取り繕った笑顔。私の気も知らないで、メイベは靴を弾ませながら歩いて行く。彼女からしたら、私なんて、初めて出来た貴族のお友達程度にしか思っていないのだろう。だからこそ、友達感覚で話し掛けてきている。貴族のことを全く知らない田舎娘にしか見えなかった。それら全てが、自分のプライドからきているものだと分かって、私は自分の心に蓋をする。
生きてきた世界が違うのだから、仕方ない。彼女はきっと何も分かっていないのだろうと私は思い、少し哀れにも感じながら彼女の後をついていく。庭園には一面に黄色やピンクの花が咲き誇っていて、私はつい足を止めてしまった。普段屋敷で見慣れている花とは全く違うもので、まじまじと見てしまう。
(綺麗だわ……)
そんな風に足を止めていれば、メイベが立ち止まってこちらにやってくる。そして、メイベは、そんな私の袖を少し引っ張って、早く来てくださいよ! なんて嬉しそうに顔をほころばせている。その笑みが眩しくて、私は小さく頷くと、メイベの後ろについていくことにした。
「気に入っていただけましたか?」
「男爵家の庭園は、公爵家と違って素朴な美しさがあるわね。ついつい見惚れてしまったわ」
「そうなんですね! 私、もっとスティーリア様のこと知りたいです」
なんて、メイベは嬉しそうに語る。
彼女は私を庭園の一角のテラスに座らせると、目の前に自分のティーカップと美味しそうな菓子がのった皿を置いた。こういうのは、メイドにやらせるものなんじゃないかと思ったが、彼女がやりたくてやっているのだろう。メイベらしさというか、それを私は受け入れることしか出来なくて。ええ……と私が短く答えれば、彼女は嬉しそうに笑ってからティーカップを口につけた。彼女の紅茶にはきっと砂糖もミルクもたくさん入っているのだろうと思いながら私はそんな彼女を横目に紅茶を口にする。ほんのり甘い味がして、少しホッとして口からそれを離す。その味には覚えがあるようでないような不思議な気分になった。
そういえば……と、私はこの間の夜会のことを思い出した。思い出したくもないのだけれど、メイベと殿下を目の前にすると思い出してしまう。
聞くべきか迷ったが、この脳天気な少女ならぽろりと零してくれるかも知れないと。
「あの、メイベ。少し聞きたいことがあるんだけれど」
「何ですか。スティーリア様。何でも聞いて下さい。私達の中じゃありませんか」
「え、ええ……そうね」
いつから、彼女とそんな仲になったのだろうと私は、メイベの眩しいほどの笑顔に若干引きつつ、どうやって聞いたものかと考えた。
「私と殿下のことなんだけれど……」
「スティーリア様は、レグラス殿下の婚約者なんですよね」
「ええ、そうだけれど。あの、今、私が話しているのよ?」
「いいなあ。婚約者……私もいつかそんな人が現われるのかなあ。やっぱり、レグラス殿下から婚約のお申し込みを?」
「あの、メイベ」
私が少し強く言えば、ようやくメイベは私の様子に気づいたのか、すみません、と小さくなった。こういう所が、貴族らしくないというか、人が話そうとしているのに、聞いていない話をべらべらと。苦手だ、と私は思ってしまう。仲良くした方が自分のためだとは分かっていても、この子とやっていける気がしなかった。
メイベは、反省したのか、椅子に深く腰掛ける。
「ごほん……それで、メイベ。ごめんなさいね……そこまで怒っていないから。でも、話を続けるわね」
「はい」
「あの、夜会のことなんだけど。貴方が私に渡してくれたスパークリングワインは、殿下から受け取ったものといっていたわよね」
「はい、そうですけど、それが何か?」
「いえ……その、変な匂いとかしなかったかしら? 殿下が何かを入れていたとか」
「もしかして、毒がはいっていたとかですか!?」
ガタン、と椅子を後ろに倒してメイベが立ち上がる。木々に止っていた鳥たちがバサバサと飛び立っていき、私は今日何度目かの頬を引きつらせるしかなかった。
毒、なんて物騒な。けれど、その様子じゃ何も気づいていないようだった。
「いいえ、毒ではない……いいえ、何も入っていなかったのだけど」
「それならよかったです。スティーリア様が苦しんでいなければ」
「え……?」
「だってそうじゃないですか。もしかして、毒がはいっていて、今、私を疑っていらっしゃるのかと思って」
「……」
「スティーリア様?」
「――そんな、疑うなんてとんでもないわ。まあ、殿下が渡したものだから、何も心配ないでしょう。でも、メイベ気をつけた方がいいわよ。ああいう場で、毒を持って殺そうとする輩はいるんだから」
「スティーリア様は、そんな人に会ったことあるんですか?」
「聞いたことはあるわ。だから、ね、メイベ。貴族社会になれていないなら、全てを疑いなさい。これは、私からの忠告よ。貴方の身を守るためでもあるの」
なんて、私は彼女に諭すように言ってしまう。彼女は、まだ少し飲み込めていないようだったが、彼女なりに頑張って咀嚼して、うん、と頷いた。
「スティーリア様が、そんな私のことを気にかけてくださるなんて。私感激です」
「ま、まあね……危なっかしいから」
「私も、スティーリア様と、殿下の恋応援してますから!」
と、メイベはキラキラと輝く笑顔でいった。本当に邪気も何も感じないそれに、私は恐ろしさすら感じた。何も思わず言っているのだろう。私達の間に恋なんていう可愛らしい感情はないというのに……婚約者がいること、婚約していること、その間に恋とか愛とかがあると彼女は思っているのだろう。そんなの幻想に過ぎないのに……
けれど、それを表に出すことも出来ず、私は乾いた笑みを彼女に向けた。彼女は私の笑顔を疑おうともしない。私の言葉が効いていないのか、それとも、私のことを安全で信頼できる人間と思っているのか。もう、どちらでもいいけれど。はっきりと彼女のことが分かった気がしたから。
「スティーリア様、他にも色々聞かせてください。私、もっと、もっとスティーリア様と仲良くなりたいです」
「ええ、メイベ。私もよ」
ある意味、私の計画は成功したのかも知れない。このお馬鹿さんにつけいること、彼女の友達になること。これで、殿下も下手に私をきれなくなっただろうと私は心の中でほくそ笑んだ。けれど、何処かモヤモヤとしたものがあって、メイベの「恋を応援」の言葉に私はなんともいえない引っかかりを覚え、苦しくなってしまった。
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