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第2章
05 無駄な期待
しおりを挟むやらなければならないことは、もう一つあった。
(ファルクスのことですっかり頭に抜けていたけれど、こっちも確かめなきゃいけなかったのよね……)
静かな談話室。向かい合っているのは、黄金の彼……私の婚約者である皇太子のレグラス殿下。いつにも増して不機嫌そうな顔で私を見ている。公爵家の談話室を借りてこうして話し合うことになったのだけど、呼びつけたのは間違っていたのか。多分、それで機嫌を悪くしているんだろうな、というのは分かった。けれど、皇宮に行くほどでもないなと思ってしまったし、定期的なお茶会を開いている私達だからこそ、これでよかったのだと、私は思うことにして、カップに口をつける。
「それで、呼びつけた理由を聞こうか。スティーリア」
「せっかちですわね。殿下は」
「当たり前だ。こっちは忙しいだ。君と違って。聖女が現われたということは、四代魔獣の封印が解かれたということ。帝都を目指して、魔獣四体が侵攻してくる。それを食い止めるための会議で忙しい」
「分かっていますわ。殿下も、戦地へ向かわれるんですものね」
「……」
「これでも、心配しているんですよ?」
四代魔獣。それは、東西南北に封印された凶暴な魔獣のこと。先代の聖女によって封印されるが、その封印は長くは持たず、新たな聖女が現われたことをきっかけに魔獣は目を覚ます。そして、帝都を目指して、東西南北から集まってくるのだ。四代魔獣全てが揃ってしまうと、そこで四匹が合体したキメラが生れ、世界を滅ぼさんと暴れ始めるのだとか。魔獣の侵攻を食い止め、合流させないために、殿下含め、帝国騎士団は各地へ赴き、魔獣を倒す。そこには聖女が向かわされることもあるとかないとか。私には関係無い話だけれど、国の、世界の一大事なので、聖女が現われた今、殿下が忙しくしているのは理解している。
元々、R18のエロ、バイオレンス、ヤンデレサイコー! みたいなごっちゃまぜ乙女ゲームだったから、そのサイドストーリーに関しては気にしていなかった。けれど、ここは今リアルで、魔獣の侵攻を食い止めるのが何よりも重要視されている。そんな、ヒロインである聖女とキャッキャうふふしている時間なんて無いと。
私が、心配しているのだと伝えると、殿下は眉間に皺を寄せてため息をついた。
「メイベはもっと心配してくれた。それに、彼女は僕と一緒に戦地に向かわないといけない。怖いはずなのに、自分よりも僕のことを心配してくれて。口先だけの君とは大違いだ」
「……そうでしたか」
口先だけではないし、何ならメイベのことなんて知らないし、聖女だから戦地に行くのは当たり前なんだけど。といいたかったけれど、全て飲み込んだ。いったところで、殿下の気を悪くするだけだったから。
(私なんて、きっと眼中にもない……寧ろ邪魔なんだろうな……)
何を言っても、殿下の耳には嫌味にしか聞えないらしく、私の言葉がそのまま殿下に刺さることはなかった。仮にも婚約者。長い時間一緒に歩んできたはずなのに。
記憶を思い出す前だって、そこまで大きなことをやらかしたわけじゃなかったし、愛はあった……のに。今は、結婚を、の思いの方が強いのは事実だけど。
「婚約破棄も時間の問題だな……」
「……っ」
殿下がぼそりと粒やた言葉を私は聞き逃さなかった。立ち上がりそうになった足を何とか踏みとどめて、私は膝の上でギュッと拳を握る。
「その、賭けをしましたわよね。殿下」
「ああ、聞えていたのか。スティーリア。所詮、僕達の間でかわしたものだ。上では、婚約破棄の話が進んでいる。聖女が現われた今、君が僕の婚約者で居る理由がないだろ」
「……ですが。それこそ、口先だけの……口約束ということになりませんか」
「仕方ないだろ。僕も、君との婚約を破棄するのは心苦しい」
(嘘ばっかり……)
声も、顔も、全然そんなことを思っていない。寧ろ、ラッキーだと思っているような顔。もう、すっかりメイベに心を奪われているんだと、私は苦しくなった。ここまでの努力が、一瞬にして水の泡になると。何のために、皇太子妃教育に身を捧げてきたのかと。私の人生は無駄だったのかと……
ギュッと拳を強く握って、それでも、そう思っていることが、表にぽろりと出ないように笑顔を取り繕う。それに、こんな話をするために私は彼を呼びつけたわけじゃない。
「この間の、パーティーのことなんですが」
「ああ、メイベが初めて参加したパーティー。それがどうしたんだ?」
「……私、早く帰ったのですが、お気づきになられませんでしたか?」
「見かけないとは思っていたが……それが、どうかしたのか」
「ええ、あの夜。殿下と別れた後、少し体調が悪くなってしまって帰ったのですが。殿下は気づいていらっしゃらなかったんですね」
やっぱり、私に興味がない。婚約者がいないだけで普通はすませないだろう。殿下はそれの何が悪いんだ、何が言いたいんだと言わんばかりに私を見つめている。けれど、この聞き方をして何も思わないと言うことは、殿下は白、ということだろうか。もし隠していたとしても、あのワインをメイベがのんでいないことをしったら何かしら思うところはあるはずだけど、それもない。
(なら、メイベが媚薬を入れたってこと?)
男爵令嬢で、しかも聖女のメイベがそんなものを入手できるわけがない。それに、殿下から貰った飲み物を……といっていたし。
(いや、それが嘘の可能性もあり得るわね。でも、何のために?)
どちらにせよ、目的が分からない。殿下がもしメイベに飲ませようと考えていたとしても、メイベのその後をみれば効果について疑うだろうし、メイベが入手できたとして、私に媚薬を盛る理由が分からない。謎が謎を呼ぶばかりで、殿下を呼んだのに、真相は解明されないままだ。
「それが、僕をここに呼びつけた理由か」
「あ、はい。そうですわ」
「はあ……全く、そんな理由で。メイベに嫉妬でもしているのか」
「……っ、ですからなんで、そこで彼女の名前が出てくるんですか!?」
今度は耐えきれず、叫んでしまった。掴んでいるコップがソーサーに当たってカチャカチャと音を立てている。殿下は、私が嫉妬しているとでもいいたいのだろう。私が殿下の気持ちを確かめるために呼んだと、そう思っているに違いない。それは違うといいたいが、私の聞き方がそれっぽく聞えたせいで、訂正は難しそうだった。
冷たいルビーの瞳が私を射貫いている。完全に私への興味は失せて、邪魔者扱いされている。まだ、婚約者であるけれど、その唯一結ぶものであるそれすらもちぎれそうになっているのだ。
「すみません、こんなことで」
「ああ、そうだな」
「心配して貰いたかったのかも知れません。殿下に……」
「……」
殿下は何も返さなかった。嘘でも、心配しているといえば良いのに、それすらない。言葉をかける必要性を感じていないのだろうか。もう、どうでもよくなって、私は視線を下に落とした。下を向けば、目に熱が集まっているのを感じて、泣きそうになっているのだと分かる。泣いたところでどうにもならないし、私が彼に恋をしていた、という事実が分かるだけで虚しい。婚約者として数十年は一緒にいたのに。思えばはじめから、彼に私への興味などなかったのかも知れない。
「殿下、お忙しいところすみませんでした。私の我儘聞いて貰って」
「ああ」
「では、私の方はもうこれ以上何もないので、殿下の好きなときに帰ってもらっても結構です」
「スティーリア」
席を立とうとすれば、それを引き止めるかのように、殿下が口を開いた。少しの期待で振向くが、彼の表情は依然として冷たいままだった。期待するだけ無駄だと分かっていても、名前を呼ばれるだけで、私の心はこんなにも簡単に動いてしまうのだ。バカだな。
「何でしょうか、殿下」
「いや……その、だな。綺麗になった、な」
「へ?」
「前にみたときよりも、肌つやがいい。綺麗になった。それをいいたかっただけだ」
「で、殿下っ」
それだけいうと、殿下は立ち上がって扉の方へ歩いて行く。引き止めようとしたが、彼はドアノブを掴むと、先ほどと同じ目で私を射貫く。近付くなという威嚇にも見える。
「あの護衛と何かあったのではないかと、疑っているということだ。もし、そのような事実があれば、すぐに君との婚約を破棄するつもりでいる」
「……そんな、あるわけありませんわ」
「最も、聖女が現われた今、君との婚約は意味がないと上で話がかたまりそうだがな。精々、婚約が正式に破棄されるまでは、婚約者として振る舞ってくれ。こちらからの話は以上だ」
ぴしゃりと扉が閉められる。
談話室に一人取り残され、一言一句聞き逃さなかった殿下の言葉を、頭の中でリピートする。
(綺麗、なんていわれて舞い上がった自分がバカみたいだわ……殿下は、疑っていったんでしょう)
不信感が募っていく。
私とファルクスの関係も疑われて、殿下との賭けの話はなかったことにされて。これ以上惨めな思いをするぐらいなら、早く婚約なんて破棄されればいいのに。失恋していると分かっていながら、婚約者として振る舞わなければならないのは辛い。恋愛結婚なんて望むべきじゃないのだろうけれど。ならば、いっそ婚約者の肩書きから解放され、自由に恋愛した方がいいんじゃないかと。
そんなことが出来ればの話だけど。
瞼の裏側に、漆黒の髪と、天の川のような綺麗な夜の瞳を持つ彼が浮かぶ。無性に会いたい気持ちが抑えられなくなって、私も殿下が出ていった後、談話室を飛び出した。
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