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第2章
04 強烈な痛みと歯形◇
しおりを挟む「待って!」
「願い事、聞いてくれるんじゃなかったんですか?」
「そ、いっても……これはっ!」
指の形を確かめるようにして、ファルクスの舌が私の足を蹂躙している。人差し指の爪先をチロチロと舐められ、手のひらは私の足の裏に擦り付けられていた。
ただ、手を口に当てて声を殺すのに必死だった。恥ずかしくて仕方がないし、こんなの知らないし、もどかしい刺激だ。こんなことなら何も知らなかった方がマシだったかもしれない。お願いなんて聞いてあげるべきじゃなかった。そもそも、こんなお願いされるなんて誰も想像できないじゃない! そう思うくらい、屈辱的な行為だと思う。なのに……
(なんで……こんな)
嫌じゃないのよ! 羞恥でどうにかなってしまいそうなのに、この変な感覚のせいで声が出る寸前、いけない気持ちになってしまう。そんな自分が怖くなってしまって、私はファルクスの身体を反対の足で蹴ってしてしまう。けれど彼は逃げもせず、私の足をまた捕まえた。
「お願いです」
「……っ!」
だからその顔は反則だって言ってるでしょう!? 甘えた声に弱いのよ! まるで捨てられた子犬みたいな瞳で見てこられたら何も言えなくなるじゃない!
(あ~~~~もうっ!)
もう好きにして! そんな思いで私は、彼に足を預けた。膝下までといったからそれを律儀に守ってくれるあたり、変な気は起こさないだろうけれど。
それでも、足を舐められているというこの絵面は、頭がおかしくなりそうだった。足なんて綺麗じゃないし、本当に一体彼に何の得があるというのだろうか。
「んんっ!」
「どうかされましたか?」
まるで自分のものではないみたいな声が口をついて漏れてしまい、私は慌てて口に手を当てた。するとファルクスは不安げに私に問うてくるが、彼は主の変化に気づくべきだと、嫌ではないけれど、おかしくなるからやめて欲しい、ということに気づいて欲しいと……そう怒ってやりたくなるのをグッと堪えて「何でもないわ」と伝えた。
彼は満足したのか、私の足から顔を離す。今度は脹脛にまたキスをしてくるのでくすぐったいけれど、抵抗する気はもう起きなかった。
(満足してもらえたかしら……だったらもう……)
足を引っ込めようとしたとき、彼の手がもの凄い勢いで私の足を掴み、親指を噛みちぎらんとばかりに歯を立てた。
「痛ッ!」
あまりの痛さに声をあげると、彼はハッとしたように掴んでいた足を離して、そして、ファルクスは私を見る。まるで「今自分は何をしたのだろう」と言わんばかりに混乱しているようだった。私はそっとスカートをまくりあげて確認する。そこは思ったよりも血は出ていなかったが、赤く腫れてしまっていた。歯形がいっている。
「ファル……クス……」
「……」
ファルクスは私から視線を逸らす。無言ということは肯定という意味だろう。恐らく、足を噛んだのは無意識なのだろう。私はプルプルと身体を震わせる。
「これ以上は、ダメよ」
「……」
「噛んで良いとはいってないわ」
「……すみません」
「……」
反省しているようだし、悪気はないように思えた。本当に無意識なのだろうか。だとしたら怖すぎる。
痛みと共に、先ほど舐められていたときの感覚を思い出してぞくりと背筋が震えた。それは恐怖なのか、それとも期待なのか分からない。けれど、これ以上はダメと自分の中の警報がなっていることだけは確かだ。
舐められた足はなまめかしく光っている。
「もう、いいわ。下がって……ちょっと、だから、もうダメだっていったでしょうが……っ」
さっさと靴を履いてしまえば諦めるだろうと思って靴を探そうとしたが、いつの間にか、靴は私から遠い位置にとばされていて、ファルクスは先ほど噛んだ指に舌を這わせていた。まるで、消毒するように、歯形に沿って。でもそれは傷口に塩を塗り込むようで、痛みと、なんともいえない感触に私は身を捻る。
「も、やめてっ」
「何故ですか」
「いちいち言わなきゃ分かんないの!? 変な、変な気持ちになるからよ」
「舐められて?」
と、ファルクスは感情のない声色でいう。それをいわれた瞬間一気に体中の血液が顔に集中した。恥ずかしくて死にそうだ。ファルクスは口をあけ、傷口に唇を押し当ててそれから流れるように指まで舐め上げた。脳天を何かで貫かれるような強烈な感覚に、私は声を漏らしてしまいそうになるけれど、唇を噛んで堪える。早くやめさせなければいけないのに、口から言葉が出なかった。これでは、もっとと求めているようだと。私は何とか、震える足でファルクスを押し返す。
「それ以上なめたら、か、解雇するから」
「……」
ようやく出たのは、そんな脅しの言葉で、ファルクスは言葉を聞き、ピクリと身体を動かしたかと思えば、私の足から手を離した。
解放された足は、先ほどよりもなまめかしくなっていて、みるのも恥ずかしくなるような状態だった。それに、床に擦れるたび、ジンジンと痛みではないけれどなんともいえない感覚が駆け抜ける。気持ちいいの一歩手前、みたいな。彼に舐められて、性感帯にでもなったみたいだと、考えたくもない事が頭をよぎる。
はっ、はっ……と、息を切らしながら、私は床に膝をついているファルクスを見下ろす。彼は、なんともなかったように私を見上げており、ぐいっとその手で口元を拭っていた。
「スティーリア様」
「そ、そんな顔したってもうダメだから」
「いえ……願いを聞いて頂きありがとうございました。俺の我儘を聞いて下さって。本当に幸せです。一生忘れません。スティーリア様の足が……」
「も、もういいから、下がりなさい!」
羞恥に耐えられなくなった私はファルクスに向かって叫んだ。このままでは、私の足を舐めた感想を言ってきそうだったから。これ以上は許さないと、私が言うと、彼は素直にそれを聞き入れ部屋を出ていった。きっと、私の足を舐めて満足したのだろう。私は、椅子から滑り落ちる勢いで倒れ込む。
彼がいなくなった後の部屋には、また静寂が戻る。
「……本当に、信じられない」
足の痛みも引いたのでゆっくりと立ち上がって足を見る。やはり赤くなっているけれど血は出ていないし、これなら包帯もいらなそうだと安堵した。正直今は舐められて気持ちよかったなんて思い出したくないからさっさと忘れたいのだが。
(あんな強烈なの、忘れられるわけがないじゃない!)
この間の夜のこと、そして、今日の奉仕……これを忘れろという方が無理だ。もう完全に彼を意識せざるを得なくなって、それが彼の戦略にはまってしまっているような気がして怖くて恐ろしかった。執着とか、鬼畜とか、ヤンデレとか考えている暇はない。私が完全に彼に落ちてしまわないか、それだけがただただ不安だった。
彼が無意識でやっているのだとしたらたちが悪いことこの上ないし。
「ダメよ。私には、殿下がいるの……彼は、ただの護衛騎士……で……」
愛のない殿下との婚約を。それが、公爵家のためになる。今世の記憶と、前世の記憶が入り交じっているからこそ、私は家のことを優先してしまう。私の我儘を聞いて、それでいて大切に育てて下さったお父様に私が返せるものといったらそれくらいだろう。それに、奴隷と公爵家の令嬢が婚約できるわけもない。
ファルクスに私への愛があるかも分からないし、考えたくもない。
さっさと忘れることが一番だと、私は、ベルを鳴らしてラパンを呼ぶ。彼女はものの数秒で部屋にきて、私を浴室に連れて行ってくれた。忘れるならこれが手っ取り早いと、私は浴槽につかる。彼に舐められた足を洗おうと手を伸ばせば、数分前の記憶が蘇ってきて、とてもじゃないが、触ることも、みることもできなかった。ラパンに心配されたが、どうしようもなくて、少しの間彼女には出ていって貰った。広い浴槽で、私は目を閉じながら、自分の足に触れる。先ほど彼が噛んだ場所はまだ痛かった。
「……何やってるんだろう。私」
意識しない方が無理だ。それに、ここまで来てしまったら元の関係に戻ることは絶対にできない。だからといって、彼をまた奴隷のように扱うのも違う。
彼を許してしまった自分が悪い。ファルクスのことを理解していたはずなのに、私はちっとも彼のことを理解していなかった。ゲームの知識というのは、案外役に立たないものである。
「……はあ」
ならば、もう時の流れに身を任せるしかない。きっと時間が解決してくれるはずだと、自分に言い聞かせながら私は唇を噛みしめた。
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