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第2章

03 要望

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「そう、私の足を……私の足を!?」


 聞き間違いだろうか。今、彼は「スティーリア様の、足を舐めさせてください」って言った気がする。ええ、きっと聞き間違い。酷い幻聴よ。
 私は、こめかみがぴくぴく動いているのを感じながらも、冷静を装う。
 ファルクスがそんなことを言うわけがない。いくら、私が犬でありなさいと過去に言ったとしても、彼が可愛い子犬に見えたとしても、さすがにそこまで人権を失うことはいわないだろう。それに、彼にとって何のメリットもない。公爵令嬢からのたった一つ聞いてくれるって言うお願いをそんなことに使うはずがないのだ。そう、これはこの間彼に全身舐め回された時のことが重なって、こんな幻聴が……


(――って、何よ!? この間、彼に全身を舐め回されたって!?)


 確かに、あの時は挿入は出来ないし、キスも出来なかったし、この世界にそんな大人の玩具があるわけもなく、彼は私を慰めるために、その器用な指先と舌を使っていたけれど……
 いや、舐め回されていた。手よりも、舐められた記憶の方がこい!


(もう! ばかばかばかばか! 最悪! 昼間から何を思い出させてくれるのよ。この駄犬!)


 90%は自分が思い出したので、何もファルクスは悪くないのだが、あの夜、私だけが悪かったということにしたくない私は、ファルクスも巻き込んで脳内で暴れ回る。勿論、それが表に出るはずも、出していいはずもなく、私はファルクスを再度見る。彼の顔は変わらない。


「き、聞き間違いかしら、今私の足を……」
「スティーリア様の足を舐めさせてください」
「そう、私の足を……って、だからなんでよ!?」


 さすがに耐えられなくなって私は叫んでしまった。ファルクスはそんな私を見ても微動だにせず、寧ろ、何が可笑しいんだと言わんばかりに私を見つめてくる。やっぱり、ファルクスの常識というか、考え方はズレている。なんで、こんな貴重なお願いの内容がそんな……
 頭が痛くなってきて、私は倒れ込むように、椅子に腰掛ける。一回出ていって貰おうかと考えたが、彼の夜色の瞳は私を解放してくれない。


「もう一度聞くけど、そ、その、私の足を舐め……舐め……たい、っていうのが、貴方の願いなの?」
「はい」
「もう二度とこんなお願いを聞いて貰える機会があるかも分からないのよ? 爵位とか、剣とか、今よりもいい待遇とか」
「望みません」
「望みなさいよ……」


 もう決めたんだ、譲らない、という顔を私に向けてくる彼は、何を言っても聞いてくれそうになかった。
 本当にどうしたらこんな人間が出来るのだろうか。躾に失敗した? いや、といっても彼と出会ってまだ間もないし、さすがに私のせいでこうなったとはいえないだろう。彼だって、一応自分で思考できる人間なわけだし、元が皇族なだけあってそれなりの教養はあるだろうし。だったら、なんでこんなお願いに人の足を舐めさせてくれ、と言うものが出てくるのか。本当に謎である。
 全く本当にどんなかおをしていっているんだと、もう一度彼をみてみれば、ファルクスは真剣な表情で口を開いた。


「確かに、今のままでは奴隷、という身分で貴方に使えている護衛、という形になります。それでは、公爵令嬢であるスティーリア様の評判も悪くなってしまうかも知れない。だから、爵位が……奴隷という身分を脱却するのは必要なことだと思います。実際に、俺も貴方に見合う人間になりたい。ですが、それはそんな簡単な話じゃないことだと俺は理解しています。奴隷を養子に、なんて貴族は珍しいでしょう。それに、俺はこの帝国に喧嘩を売った敗戦国の奴隷……誰も欲しがりません」
「……ファルクス」
「貴方を守る為に、強い武器は必要です。今以上に鍛練を重ね、貴方にどんな危険が迫ったときでも対処できる強靱な肉体と、強力な剣は必要です。ですが、まだ俺はその域に達していない……未熟者が、素晴らしい剣を振るったところで、その力を発揮することも、持つことも許されないでしょう」
「……そ、それも、そうかも知れないけれど」


 ファルクスのいっていることはごもっともだった。私の認識が甘かったし、彼のほうが色々と考えているのは分かった。爵位の話もお父様が前に話していたから、という理由から引っ張り出してきたし、まだ、公爵家の騎士団に入ったばかりの彼を優遇しすぎては、公爵家に貢献してくれている騎士にも悪い……彼のいうとおり、実力に見合ったとき、剣を、という話は、剣を振るう彼だからこそ、出てくる言葉だろう。

 けれど、だとしても!


(だとしてもよ! 何でそれらを蹴って、まだ足りないからといってこんな足を舐めるっていうお願いになるのよ! 未来の約束でもいいのに!)


 今すぐにじゃないといったのにかかわらず、それすら押し切って、足を舐めたいというのだ。信じられない。人間じゃないのかも知れない。


「ファルクス」
「はい、何でしょうか。スティーリア様」
「人の足を舐めるという行為は、犬のやることよ。少なくとも私は、この間の件で、貴方の事を人間だと……私の護衛騎士だと認めたわ。なのに、何故貴方はそうも、犬に成り下がろうとするの?」
「何ででしょうか」


と、ファルクスは質問を質問で返してくる。自己理解が出来ていないのか。それとも、私が最初に言った言葉に縛られすぎているのか。どちらか分からないけれど、彼がもし自分のいっていることに関して疑問を持っているとするのなら、この願い事は撤回してもいいんじゃないかと。

 私は、少なくとも彼を犬としては見ていない。いや、犬らしいし、たまに、駄犬と呼ばざるを得ないほど余計なこともする。けれど、彼は人間だ。私の足を舐めるなんてことしなくてもいい。


(というか、私が嫌!)


「分かっていないのなら、やめなさい。そんな、綺麗なものじゃないわ」
「スティーリア様の足は綺麗です」
「……っ」


 ふと顔を上げ、そっと私の足に触れようとしたので、私は思わずファルクスの顔をつま先で蹴ってしまった。締ったと思った頃には遅く、彼の左頬にシュッと赤い線が出来ている。


「ふぁ、ファル……」
「大丈夫です。スティーリア様。これぐらいなんてことないので」
「……そ、そう…………じゃなくて! 私の許可なしに、私に触れようとしないで! それに、まだ本当にその願いでいいのか。私は、その願いを許諾していないわ」


 私がそういっても、ファルクスは首を縦にも横にも振らない。ただその瞳で真っ直ぐと私を見ている。欲しいと、飢えた獣の瞳の目を私に向けている。このままじゃ、食べられてしまうとすら思えるほど、彼の瞳に私はおされてしまう。


「ほ、本気なの?」
「はい。本来なら、こういうことはいうべきじゃないでしょうし、スティーリア様は掘り返されたくないでしょうが、俺はあの夜の貴方を忘れられないでいる」


 そう言われた瞬間、ひゅっと喉の奥がなる。忘れようとしていた記憶が雪崩のように流れ込んでくる。命を助けてもらった事実さえ残せばよかった。私はそれだけは忘れまいと思っていた。それ以外は忘れてもいいと。
 けれど、ファルクスがいうから、鮮明に思い出してしまう。媚薬に犯され、記憶は朧気にしか残っていなくても。私の身体に触れた彼の熱を、快感を身体が覚えてしまっている。
 ギュッと、身体を抱き込んで、私はファルクスを睨み付けた。


「あ、あれは事故。貴方に助けてもらったこと、だからこうして願いを聞いてあげると、ご褒美をあげようとしているのに。忘れなさい。貴方は私の護衛騎士、それ以上でも、それ以下でもないのよ。それに、私は殿下という婚約者がいる。貴方に、そう易々と身体を明け渡すことは出来ない」


 全ては公爵家のためだけど。それでも、殿下と婚約している以上、私は簡単に他の人に身体を明け渡してはいけない。それが、ただ触れるだけであっても。
 理解してくれたかと、ファルクスをみるけれど、彼の瞳に諦めという文字は浮かんでいなかった。


「触れさせてくれるだけでいいんです。その先は望みません。ただ、貴方の身体に触れたい。それを望むのは罪でしょうか」
「……っ~~~~」


 バカ、最悪!

 少し潤んだ瞳、垂れ下がった眉。シュンとなった耳が見える!
 そんな風にいわれてしまったら、これ以上きつく言うことは出来ない。分かってやっているのか、それとも無意識なのか。どちらにせよ、私には効果抜群だった。
 私は、口元が歪んでいるのをバレないようにと、手で覆って視線を逸らす。


「そんなに、犬のまねごとがしたいのかしら」
「貴方の犬ですから」
「……、分かったわ。その願い聞き入れてあげるわ。ただし、これ一回きりよ?」
「一回きりですか?」
「あ、当たり前じゃない! そう、何度もあると思わないで頂戴! 嫌なら、他の願いにしてもいいんじゃないかしら? これからも有効的なものに……」
「いえ、結構です。貴方に触れられるなら……それが一度でも。俺は満足なので」


 そういって、ファルクスは頭を垂れる。

 執着だろうか……私は、靴を脱ぎ彼の前に足を差し出した。何も言わなくても、これが合図だと受け取ったファルクスは私の右足にそっと触れ、足の甲にキスを落とす。一度初対面のファルクスにやられたことはあるけれど、そんなところにキスをされた経験なんてまずないものだから、くすぐったくて仕方がない。それから、ファルクスは「もう片方の足にしても?」と聞くので、私は小さく頷いた。彼は私の左脚にも動揺にキスをする。そして、そのまま脹脛へと唇を押し付けてきたので、思わず声が漏れそうになり、私は手で口を塞いだ。するとファルクスは不満げに顔を上げたものだから、慌てて手を外したけれど、その間も口付けは止まらない。足だけではなく、足にも上がってくる舌の感覚にゾクリと快感が走り、声が漏れ出そうになる。
 止めさせなければ……そう思っているうちに、彼は、ドレスの中にも手を入れようとしたのでさすがにまずいと思って足で挟んでしまう。彼の顔が私の足によって何ともいえない形に変化している。


「だ、ダメよ。そこは」
「何故ですか?」
「それ以上はダメ」
「太ももは足ですよね?」
「そういう問題じゃないのよ! この駄犬……膝下で我慢しなさいよ」


 何故だろう。最早自分の首を絞めている気がしてきた。これが犬が飼い主のいう事を聞かない時にいう台詞なのだろうか? それに、彼の言うように私が嫌といえば何でも聞いてくれるのだろうか?


(あ、危なかったわ……)


 私は諦めにも似たため息を吐き出す。ここまできたらやるしかないと自分に言い聞かせながら、彼を見やった。彼はやっぱり不満げではあったが、ゆっくりと膝下から顔を離し、私の足にキスをする作業に戻る。それが擽ったくて声が出そうになるが堪える。でなければ、この行為が完全に厭らしいものになってしまうから。


(耐えるのよ、スティーリア! これは、ただのご褒美! 命を救ってくれたんだから、これくらい……)


「きゃあっ!?」


 そう思っていたのも束の間、彼は私の足の親指と人差し指の隙間に舌を滑り込ませた。


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