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第2章

02 願い事を一つ聞いてあげましょう

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「……失礼します。スティーリア様」
「こっちよ、ファルクス」


 慎重に扉を開け、中の様子を伺ったのは、漆黒の髪を持つ私の護衛。よそよそしい態度は、この間のことを引きずっているからか……


(いや、引きずっているのは私ね)


 ファルクスに私の部屋を訪ねてくるようにと、ラパンに伝言を頼んだわけだけど、思ったよりも早く来たので、心臓がバクバクと煩くなっている。淑女教育がなかったら、今頃この顔は凄いことになっていたことだろう。彼の夜色の瞳と目が合って、私は取り敢えずにこりと微笑んだ。ファルクスは気まずそうにふいっと顔を逸らす。そんなあからさまな行動をされたら、傷つくじゃない、と心の中で叫びつつ、手招きする。


「どうしたの? 早く来なさい」
「はい」


 大きく肩が上下する。どれだけ、緊張しているんだと、私まで意識してしまうじゃないかと言いたかった。けれど、それも飲み込んで、彼の主として堂々と構える。


「体調はどうなの」
「いえ、なんともありません」
「……本当に?」
「はい」


 この間のことを気にしているのだろうか?  と遠回しに、ファルクスを気遣うように聞くが、彼は大丈夫だと答えた。いつもの無表情で何を考えているのか分からないが、やはり様子がおかしいことは確かだ。何時もより無愛想だし、何か余裕がないように思える。だからか、私まで焦ってしまうし、彼に悟られないよう必死に平然を装っていた。
 この間の件で私の評価が下がったのはまた事実だし……
 このままじゃ拉致があかないと、私は稽古を休んでいた理由について問うことにした。


「それなら何故、稽古に参加しなかったの?」
「それは……」
「貴方は、私を守る為に強くなるといったじゃない。それに、人一倍努力するとも。あれは、口先だけだったのかしら」
「……違います。スティーリア様」


 懇願するような瞳。少しだけ崩れた彼の顔を見て、満足感を得ている自分がいることに気づいた。こんなに、ドSだったかしら? と自分でもびっくりなぐらい、ファルクスにきつい言葉をかけることに悦びを感じていたのだ。性格悪い、と自分に言い聞かせて、私はファルクスをみる。彼は、どう言い訳をしようか考えているようだった。


「何が違うのかしら?」
「それは……」
「いえない?」
「………………俺は、あの夜、貴方に対して酷い無礼を働きました。いつ、解雇されるか……それを待っていたんです。きっと、俺の事は見限ると」


と、ファルクスは俯きいった。

 気にしていた、というのはかなり深刻だったようで、そこまで考えていたのかと、私はまた驚いた。顔に感情が出ないから分からないけれど、あの夜のことを深刻に受け止めていたのは私だけじゃなかったようだ。まあ、ファルクスからしたら、媚薬に苦しむあられもない主を前に、慰める、とかいいだしたわけだし、正気に戻った私があの夜を後悔して、自分を解雇する、と考えるのが普通かも知れない。だから、解雇通告がくるのを宿舎で待っていたと。


(馬鹿馬鹿しい……)


 私が言えたことじゃないけれど。でも、それだけやってはいけなかったんだと後悔しているのが見えた。けれど、その後悔の色をみて、私はチクリと胸の奥が痛んだ。
 それに、ファルクスがいてくれなきゃ、私は二時間なんて持たなかった。その前に、苦しくて、辛くて、熱を逃がすことが出来ず死んでいたかも知れない。あの後ラパンに詳細を聞いたら、あの媚薬は市場には出回っていない薬物と同様な危険な品物であり、人を狂わせるドラッグのようなものだったと。三時間以上経過していたら、本当に命に関わっていたかも知れないと。それを、媚薬と称しているのが、また怖いけれど、普通、皇宮で出される飲み物に仕込むものじゃないと。
 そんな話を聞いて私は身も毛もよだつ思いをした。もし、ラパンが解毒薬を持ってきてくれなければ、ファルクスが、私の相手をしてくれなければ私はあのまま発狂し、狂乱状態になって死んでいたかも知れないと……何にせよファルクスは、私の命を救った。それは事実で、彼はそれを後ろめたく思う必要はない。


「いい? ファルクス。貴方は、私の命を救ったの」
「ですが、俺は」
「約束を守ってくれていたじゃない。私の純潔は守られている。そして、ここで息をしている……貴方が救ってくれた身体よ」
「……」
「誇ってもいいのよ? 貴方は、護衛騎士として主に貢献し、主の命を救った。貴方を解雇するつもりはないわ。ファルクス」
「スティーリア様」


 顔を上げなさい? といえば、素直に従い、その夜色の瞳を私に向ける。先ほどまでの不安は消え、透き通った瞳が私を捉える。綺麗なかおをしているんだから、堂々と顔を上げてればいいじゃないか、と私は思う。一応、攻略キャラだし、顔面は最強! なんだけど、彼はそれを理解していないだろうし。
 そんなことを思いながら、悶々としていれば、じっと刺さるファルクスの視線に気づいてしまった。


「何? ファルクス」
「……スティーリア様が、ご無事でよかったです」
「え、ええ。貴方のおかげでね」


 視線を逸らせば、ファルクスはもう一度、次は消えそうな声で「本当によかった」と呟いた。それは、誰かに付き従う従者ではなく、単純に心の底から漏れた声だったと思う。敬語も何もない、心のそこからの声。それを聞いてしまったから、心臓が早鐘を打つ。顔は見え無かったけれど、きっと優しい顔をしているんだろうな、とか想像してしまって顔が熱くなる。


(もう、私、ファルクスに弱すぎ! てか、可愛すぎるのよ!)


 誰が、彼を鬼畜超ドヤンデレなんていったのか。こんなの可愛いワンコじゃない! 子犬よ、子犬! 私はそんなことを心の中で叫び、彼をここに呼んだ理由について思い出した。
 ごほん、と一度咳払いをして、ファルクスを見つめ直す。彼は、ん? といったように、ほんとに少しだけ首を傾げて私を見上げる。耳と尻尾が生えたようで、もう可愛いワンコにしか見えなかった。顔も、格好いいけれど、何処か幼さが残っているような気がして(私にはそう見えるのよ!)、それがもう母性本能をくすぐるというか、格好良さよりも、可愛さ、愛おしさが先に来てしまう。けれど、先日のことを思い出せば、彼は本当に可愛いのだろうか、なんて疑問も出てくる。そんなことはどうでもよくて、私は自分を見つめているファルクスに微笑みかける。


「そうだわ。ここに貴方を呼んだのには理由があるの」
「理由、ですか?」
「ええ。私の命を救ってくれた貴方にお礼……ご褒美をあげなくちゃって思ってね。私の命令にお利口に従ってくれている、可愛い犬にご褒美を上げようと思うの。そんな大層なものではないかも知れないけれど、私が叶えられる範囲で、一つだけ貴方の願いを聞いてあげるわ。爵位が欲しければ、お父様に頼み込んでみるし、ファルクス専用の剣を作ってあげても良いわ。ね? これからも、私に付き従ってくれる貴方に、私からのプレゼントよ」
「……爵位……剣……」
「ええ。何でも一つだけね」


 我ながら、いいお礼だと思った。
 爵位のことなら、前お父様が跡継ぎを探している知り合いの貴族が~なんていう話をしていたから、頼み込めばどうにかいけそうだし。ファルクスの剣の腕を知れば、きっと養子に欲しいといってくれるだろう。私の騎士なのだから、専用の武器があってもいいのではないか。聞けば、ファルクスは何本も練習用の木剣を折っているようだし、そんじょそこらの剣だったら何本折ってしまうのか。ならば、オーダーメイドで作らせて頑丈な剣を持たせた方がいいだろう、と。
 私は、どんな願いが飛び出してくるかしら、と興味津々で待っていた。ファルクスは、顎に手を当て、頭を捻り、悩んでいるようだった。


「今すぐに決めろといわないわ。私の機嫌がいいうちは、聞いてあげられるから。だからね、ゆっくり考えなさい」
「決めました」


 私の言葉を遮るように、ファルクスは顔を上げる。その瞳は爛々と輝いており、私も自然と背筋が伸びた。


(さて、どんな願い事が飛び出してくるのかしら)


 ポーカーフェイスを崩さないように、ファルクスに「いってご覧なさい?」といえば、ファルクスは言い淀むこともなくはっきりと言った。キリッとした顔は、いつにも増して男らしかった。さすがは、私の護衛! 私の大好きな顔面! と心の中で絶賛する。しかし、彼の口から飛び出してきたのは、そんな男らしい顔と、振る舞いからは全く想像も出来ないものだった。


「スティーリア様の、足を舐めさせてください」



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