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第2章
01 意識の芽生え
しおりを挟む「スティーリア様、お体の方はもう大丈夫ですか」
「ええ……よくなってきたわ。ラパンのおかげね」
「そんな。ありがたいお言葉です」
あの後、目が覚めたら全て綺麗に片付いていた。服も着替え終わっていたし、シーツも替えられていた。何もそこに、あの夜の痕跡が残っていなかった。けれど、喉の痛みや、身体のだるさはあって、確かにあの夜は存在したんだと、ひしひしと感じさせられた。
お父様は、明日戻ってくると連絡が入り、私は公爵家の使用人全員を集め、このことは秘密にするようにと口酸っぱくいった。このことがお父様にバレたら、お父様は皇宮に殴り込みにいきかねないから。そして、ファルクスにも……
「まだ、何処か痛みます?」
「ううん。大丈夫よ。そういえば、ファルクスは何処にいるの?」
「ファルクス様ですか……騎士団の宿舎から出てきていないようで」
「サボっているってこと?」
「いえ、鍛錬をした形跡はあると聞きましたし、人目のつかないところで一人で励んでいるんじゃないでしょうか」
「……全く、何を考えているの。ラパン、今すぐファルクスにいつも通り、騎士団の特訓に参加するようにいってきなさい」
「わ、分かりました」
私が指示を出すと、ラパンはすぐに部屋を出ていった。パタンと扉が閉まり、部屋に静寂が訪れる。しんと静まりかえった部屋で、私は大きなため息をついた。
「はあ……」
触れられたところがまだ熱い気がする。そんなわけないのに、私は、自分の身体に指を這わせ、あの夜のことを思い出す。
記憶が途切れ、途切れ再生されるが、ファルクスが自分から宣言したこと、私が守って欲しいと心の何処かで思っていたことを、彼は守ってくれた。約束を破らないでいてくれた。はしたなく腰を揺らして、彼を求めたというのに、彼は私に手を出さなかった。ただ、私が少しでも楽になれるようにと、私の身体を考えて慰めてくれた。それは、彼が不能だからでも、私に興味がないからでもない。私の言うことを忠実に守って、私を大切にしてくれていたから。そんな彼に私は暴言を何度吐いただろうか。
(幻滅……されたかな……)
ファルクスの真意は分からない。勝手に、執着された! なんて思っているけれど、実際は違うかも知れないし、自意識過剰かも知れない。本当に純粋に、忠誠を誓って、従順なだけかも知れない。彼をそういう目で見ていたのは、私の方だった。恥ずかしい。
後悔は後からやってきて、私を飲み込んでいく。
彼がもし、純粋な心で私に接してくれていたとしたら……私は態度を改めるべきだろう。何の心配もない。
(――って、なればいいんだけどね!)
「うわぁあっ、もうムリ、死にたい。ムリムリムリムリムリ!」
まだ痛む身体をベッドに打ち付ければ、柔らかいはずのシーツがべしべしと身体に当たる。
「確かに、ファルクスは私の言うこと聞いてくれていたけど!? でも、途中途中に何かヤバいこと言ってたし!? まだ、さすがに心を許したらダメよね!?」
隷属契約をしていなかったら、もしかしたら挿入されていたかも知れない。いや、隷属契約していなかったら、そもそも私を前にして平常心ではいられないだろう。どれだけ自分に自信があるんだって言葉が出てくるけど、スティーリアは美人だもん。仕方ないもん! と言い訳を繰り返す。
ただ、あの夜紳士でいてくれた、優しくしてくれたファルクスにはご褒美を上げないといけないと思う。ご褒美というよりは、お礼というか、そっちの意味合いの方が強い。けれど、彼と顔を合わせたら、きっと私は平常心ではいられない。今だって、あの夜のことを思い出してしまうから。
「…………」
ドッドッドッドと、煩くなる心臓。顔は真っ赤に染まっていて、ファルクスを意識しているのが自分でも分かってしまう。前世では、男経験がなかったし、感じなくて途中で萎えた、何て言われてそれっきり。だから、あんなに優しくされて、感じてしまって(それは、媚薬のせいかもだけど!)恥ずかしかったと同時に、初めて求められたことが嬉しくて、つい感情が高ぶってしまったのは事実で。意識してしまうのも仕方がないことで。
自分が如何にチョロい女なのか、突きつけられているような気さえした。
「わ、私は、由緒正しき、公爵家の公女よ! ひ、昼間からこん、こんな破廉恥な……んんっ!」
考えれば考えるほど、心臓が飛び出しそうになり、私は気を紛らわせるように大声を出す。そして、ベッドの中に潜り込み枕に顔を押しつけた。
「っ~~~!?」
(なにやってるのよ、私!)
そのときだった。コンコンとノック音が聞こえ、びくっと私の身体が跳ねる。慌ててベッドから飛び起きるが、部屋の外で待たせる訳にもいかないので急いで返事をする。すると扉が開かれて現れたのはラパンだった。
「失礼します……って、スティーリア様どうなさいましたか!?」
「な、何でもないのよ。何でも……」
ラパンは、目を丸くさせて私の方に駆け寄ってきた。部屋で大声を出していたことに気づかれでもしただろうか。そうだったら恥ずかしいな、なんて思いながら、私は布団にくるまりながら、ベッドの縁に腰を下ろす。
「そ、それで、ファルクスの様子は? 大丈夫そう?」
「はい。会いに行ったら、いつもと変わりない様子で……とくには」
「なら、なんで休んでいたのよ」
「さあ。それで、スティーリア様、いいのですか?」
と、ラパンは周りに誰もいないことを確認した後こそりと私に耳打ちした。何のことだろうと、首を傾げれば、ラパンは眉をひそめてさらに小さな声で言う。
「媚薬の件です……殿下には、何も言わなくても良いんですか?」
「あ……ああ、そうね」
それをいわれて、一気に現実に引き戻された気がした。
今回、この騒ぎを起こしたのは、メイベか殿下のどちらかである。メイベを疑っているわけではないが、あの殿下がそんな性急……とは考えられなくて。けれど、知っていたとして、これを直接話にいって良いものなのか。もし話にいったとして、不貞行為を疑われたら? 婚約破棄されかねないのでは……と。
ファルクスが理性に耐え、守ってくれた私の身体、未来……彼の懸命な努力に報いるためには、殿下との結婚にありつかなければ。そんな使命感にかられ、私は、立ち上がった。
「ラパン、手紙を書くからレターセットをとって頂戴」
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