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第1章

10 忠犬◇

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「ん……ぁ、はあ……あ、ラパン、を呼んできて」
「スティーリア様、ここにいます。ラパンはここにいますから」


 公爵家に帰ると、何事だと慌てて使用人たちが出てきた。お父様は三日ほど家を空けると言って遠方にいってしまったため、公爵家にはいない。ファルクスに抱きかかえられ、服を被せられた状態の私を見て、皆慌てていた。そんな彼らの間をぬって、ファルクスは私を寝室へ連れて行き、ベッドへと寝かせた。ドレスが擦れるのもピリピリと痺れるように痛いし、身体が熱くたまらなかった。飲まされたのは、多分、催淫剤とか媚薬の類いだろう。どちらでもいいが、飲んでしまったことは取り返しがつかない。
 ベッドの上で身をよじらせていれば、侍女のラパンが入ってきて、私の服を素早く脱がせた。薄布一枚になった私は、ラパンに身体をふかれるが、汗は止らなかった。身体の疼きも収まらなくて苦しい。


「ファル、くす……出ていって」
「しかし……」


 私の姿をじっと見つめているだけのファルクス。護衛とはいえ、異性。こんな姿見せられないと、彼に外に出ていくよう命令する。だが、ファルクスはその場を動こうとしなかった。苦しんでいる姿を見て、滑稽に思っているのか、とぼやけている視界で彼を睨み付ける。彼の顔はよく分からない。


「スティーリア様、誰に何を飲まされたか分かりますか」
「ワイン……スパークリングワイン……を、飲んで」
「多分、そのワインに媚薬が入っていたんだと思います……」
「分かるわよ、こうなってるんだから……それしか、口にしていない」


 一体何のためにこんなものを仕込んだのかは理解しかねるけれど。
 ラパンは、グッと唇を噛んで、失礼します、と私の胃がある部分に手を置く。かすかに魔力を感じ、ラパンが、私の中に入ってしまった媚薬を鑑定しているのだろうと何となく分かった。彼女は多少なりに魔法が使えるから。そして、鑑定が終わったらしいラパンは、叫ぶように私に言った。


「凄い効力を持った媚薬です。このままでは命に関わると思います」
「い、み、分かんないんだけど」


 そんな媚薬があの場所で回されていたことを考えると恐ろしい。考えられる事は一つで、ヒロインを我が物にしようと思った誰かの仕業だろう。まあ、渡したのが殿下だって言うなら、殿下が濃厚だけれど、彼がそんなバカな真似をするだろうか。出会うのはこれが初めてだし、準備にもそれなりに時間がいるだろうし。
 誰が何のために。それを考えるのも重要だが、命に関わるとかいうこの媚薬の効果をどう消すかが今一番の問題だろう。


「ラパン、どうすれば……いいの」
「そ、それは」
「いいなさい」
「異性との性交渉か、それに効く解毒薬を飲むことです」
「解毒薬は?」
「今ここにはありません。私なら、その解毒薬の元となる薬草が生えている場所まで行けますが、一時間……調合を含めて二時間ほどかかるかと」
「……っ、構わないわ。とってきて頂戴」
「ですが、その間スティーリア様は!」
「大丈夫……だから、お願い」


 ラパンは、私が何を言おうとしているのか分かっているようで、やっぱり止めた方がいいと進言する。だが、私はそれを聞かずに命令を下す。
 二時間耐えればいい、その間、ここに誰も入らせない。
 ラパンは、私の命令を受け、すぐに部屋を出ていった。ファルクスとすれ違い様何かを話しているようだったが、私には聞えなかった。


「ファル、クス……は、なんでまだいるのよ」
「貴方を守る使命があるので」
「そんなの、いま、は、いいじゃない。出ていって。外で見守っていてよ」
「……こんな状態のスティーリア様を、一人に出来ません」


 ファルクスの空気を読むという能力は、この時は発動しなかったようだ。一人にして欲しいと言っているのに、出ていく気配がない。媚薬が効いているせいか、頭が回らないし、息も苦しい。私は再度出ていってと言ったのだが、彼は嫌ですと首を振ったのだ。


(この駄犬、言うことを聞きなさいよ……!)


 こんな姿見せたくない。だから出ていけと、私は言うのに、ファルクスはそこを動こうとしなかった。一体何を考えているのか分からない。けれど、私に手を出せないのは、隷属契約をしているからだろう。ただ、眺めていることしか出来ない。私が心を許したときだけ、私に触れられるようになっている。


「はぁ……はぁ……あッ」


 体がすごく熱い。その所為で身体全体が汗ばんでいる気がする。シーツはどんどん湿っていって気持ち悪いく煩わしかったのか無意識に服を脱いでいた。もう何も身に纏っていない。


「お願い、出て行ってよぉ。見ないで」
「分かっています」


 分かっているなら出ていってくれ。私に触れることも出来ない、ただのお留守番犬がそこにいる意味なんてないじゃない。私の命令に逆らえないのをいいことに、駄犬はいるけれど……これ以上見られたくない。


「見ないでぇ……」


 下着も何も纏わない姿なんて見られたくない。ファルクスはどこを見ているのだろうか。ここからでは表情も見えないし分からないから分からないけど、今彼の顔を見たくはない。だって、意識してしまうから。異性がいたら、それを欲してしまうから。
 媚薬のせいで、本能が刺激されて、彼の雄の匂いをかぎ分けてしまう。欲しいと思ってしまう。でも、それはダメだとギリギリの理性が繋ぎとめる。もしここで道を踏み外せば、私は殿下との婚約を破棄されるだろう。それだけはあってはならない。この世界の女性は、婚約前に処女を散らしてしまうと、生涯その相手と添い遂げないといけなくなってしまう。そして、それを拒めば娼館送りに。純潔であることを求められる世界で、それは死を意味する。


「出ていけって、いってるでしょぉ」
「……」
「っ、ふぁ……ん、んぁあっ、やっ」


 もうダメだと分かってしまった。口からは出てくるのは拒絶の言葉ばかりなのに、口から出るのは快楽に塗れた喘ぎ声で。熱を放出しない限り、この熱が収まることはないのだと、脳が理解してしまったからだろう。まだ耐えられると思っていたけど、ファルクスに見られながらするのは嫌だけれど仕方がない。自分でやっても切ないだけ。太ももと伝う蜜がシーツを濡らす。
 楽になりたい。快楽に身を沈めたい。でも、ダメだって。


「殿下……殿下っ」
「……スティーリア様」
「出ていかないなら、せめて殿下を呼んできてよ。私は、あの人と添い遂げないといけないの。公爵家のためにっ、私には、それしかないのっ」


 幻滅すればいい。もう、何でもいい。出ていかないというのなら、せめて嫌いになってよ、と私は叫ぶ。だって、だってこんなのってあんまりじゃない。
 メイベが私をはめたのか、殿下がはめたのか、いや、誰も私をはめていなくて、ただ何かそうなっちゃって、不幸がのしかかってきているだけ。
 愛がないって分かっていても、殿下を求めてしまうのは、彼と結婚することが、公爵家令嬢としての幸せなんだと錯覚しているから。


「ひ、ひぐっ……誰か、楽に、してよ……」


 涙でぐちゃぐちゃだ。快楽を求める欲と、殿下を求めてしまう心。あぁ、だめだ。自分が自分でなくなってしまいそう。


「ファルっクス」
「……っ」


 無意識に呼んでいたのは、彼の名前だった。
 私が彼の名前を口にすると、それまで動かなかったファルクスがベッドに乗り上げてきて、私を見下ろした。逆光になって顔がよく見えない。


「ファル、クス……なに、を?」
「スティーリア様。命令して下さい。貴方の侍女が戻ってくる間、貴方を慰めることが俺には出来ます。勿論挿入はしません。貴方が、殿下と結ばれる未来は、俺が守ります」
「嫌よ、いやっ」
「ですが、このままでは、スティーリア様が壊れてしまいます。そんな姿見たくない。貴方が壊れるときは、俺も一緒に壊れます。いや、壊されるなら、俺が壊す」
「……っ」


 ひゅっと、心臓が止るかと思った。首を絞められているようなそんな息苦しさまで覚える。
 けれど、私に指一本触れることが出来ないファルクスを見て、私は無意識にその首へ手を伸ばしていた。そして、ファルクスに抱き着きながら懇願する。


「ファルっ、ファルクスっ……わたしを……たすけてっ」
「仰せのままに」


 ファルクスはそういうと、鎖が外れた獣のように、私の胸にしゃぶりついた。そして、その胸を弄びながら、私の大事な場所に触れてくる。


「んぁあっ!」
「んっ……凄い濡れてますね」


 ファルクスはそう言って私を辱めるが、私はそれどころではない。敏感になった体には大きすぎる快楽の波に飲まれないように、シーツを噛みしめることしかできないからだ。それでも洩れ出る嬌声でファルクスを煽ってしまう。胸の突起を指でこねられ、さらに蜜壷の入り口を撫でられれば簡単に果ててしまう。けれど、一度の絶頂でこの疼きは収まらなかった。さらに加速させるばかりで、足りないと、身体が異性を求める。


「お願、い……欲しいの。あついの、お願いっ」
「ダメです。挿入はしないと約束しました。スティーリア様、耐えて下さい」
「いやぁっ、辛い、つらいのっ、ああぁあっ!」


 私の言葉を遮るように、ファルクスは濡れた蜜壷に指を沈めてきた。何度達しても、熱が収まることはない。快楽は続くだけ、しかも増すばかりで……いっそ狂ってしまえれば楽なのに、と私は思う。


「舌っ、したぁ、やっ、んんんっ!」
「スティーリア様、甘い……」
「吸わないでぇっ」


 クリトリスにしゃぶりついて、溢れ出る蜜をすする。時折息を吹きかけられるとそれだけで熱があがり、私はもっとと腰を揺らす。それを見たファルクスは意地の悪い笑みを浮かべて私の要求に応えてくれるのだ。けれど、本当に欲しいものは与えられない。 
 そのもどかしい感覚に耐えられなくなってきて、私はついに懇願した。欲しい、欲しいとそればかり口にして、涙目で見つめるとファルクスが喉を鳴らすのが分かった。あぁもう早く楽になりたい。何も考えられないくらい。けれど、ファルクスはそれを拒絶する。


「何で、お願い、それを、ちょうだいよ」
「……っ、今の俺が、理性のある『人間』でよかったですね。じゃなきゃ、貴方は今頃腹上死している」


 何を言っているのか分からなかったけれど、ファルクスは、その後も、挿入することはなく、分厚く長い舌を私に挿し込んできた。


「はぁあんっ! ファルクスっ、もうっ、んんっ!」
「んっ……スティーリア様」


 あと何時間、何分耐えればいい?

 ファルクスだって、堅くしているのに頑にそれを拒んで。これじゃあ、私だけみたいじゃないか。


(みたいって……なによ……私は、ファルクスのことなんか)


「ファルッ、ファルっ、あぁあああっ!」
「スティーリア様ッ」


 苦しむ悶える中、彼は挿入もキスも私にしなかった。それだけは守ろうと、頑たる意思があるように。
 舌と器用な指先で、私の身体を満たそうと努めてくれた。何度も果てては、さらなる快楽を求め、私はファルクスに抱き付く。けれど、彼が応えてくれるのは生半可で、それでも強烈な刺激だった。それから数時間だったか、数分経ってか、ようやくラパンが戻ってきて、調合した薬を飲ませて貰った。一気にではないけれど、さああと、波がひいていくような感覚と共に私の意識は遠のいていく。散々絶頂し、限界だった身体は、ベッドに沈んでいく。


「……ん、ふぁ、る?」


 そして、最後目を閉じる瞬間、切なげに、私を見つめるファルクスの顔が見えた気がした。それが、幻覚ならよかったのに、と私は過ちから目を背けた。


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