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第1章
03 返事はワン
しおりを挟む「これにて、隷属契約は完了です。またのお越しをお待ちしております」
(またなんてないわよ。もう。こりごり)
ファルクスを買った後も刺さる、他の奴隷たちの目。ここから解放されたい、けれど、解放された先に待っているのは救いなのか、絶望なのか。けれど、ここから自由を、なんてそんな嘆きの目。こんな所にいたら気が狂いそうだと、私は隷属契約を結んだファルクスを連れて奴隷市を出ることにした。
「もっと早く歩けないの?」
「すみません」
「……」
後ろからのろのろとついてくるファルクスに、私は少し苛立ちを覚えた。隷属契約を結んだとはいえ、後ろから襲われる可能性もある。ファルクスは身体能力に優れていて、剣術も作中でかなりの腕前だと評価されている。剣がなくても、後ろから襲い殺す事なんて彼にとっては簡単だろう。まあ、先ほどよりも落ち着いているというか、反抗的な目は見せなくなった。
けれど、私は、もしもに備え、警戒をしながら歩いていた。もう顔も隠す必要なくなったので、フードを脱ぎ捨て、夜風に揺られながらファルクスの方を向く。彼は、一瞬ビクッと肩を上下させたものの、その夜色の瞳で私を見つめていた。瞬きなんてしていないんじゃないかってくらい、じっと見つめている。
「何?」
「……名前」
「名前? 私の?」
「はい、何とお呼びすればいいかと。俺だけ、名前を知られていて、不公平だと」
「奴隷のくせに何よその口の利き方」
「すみません」
シュン、と頭を垂れるものだから、私の良心にまた矢が刺さる。そんな顔されたら酷い言葉なんてはけないと。
(ダメよ。彼に好かれたら困るじゃない!)
隷属契約で如何なることがあっても、主人を殺してはいけない、と命令しているので殺される心配は、まあないと思う。けれど、バッドエンドの多い男だし、好かれたらもの凄いヤンデレになる未来はみえているので、それだけは回避したかった。あくまで主人と、奴隷……護衛騎士、という関係になれればなと思っている。殺意は多少抱かれてもいい。殺されなければ何でもいいのだ。
(私には、一応ね、うん、婚約者がいるんだから)
まあその婚約者も、ヒロインに奪われる可能性はあるんだけれど、奪われたくはないけれど、奪われるまでの間は他の人と不貞行為になんて走らないって決めている。それだけは守る。
「……スティーリア」
「え……」
「スティーリア・レーツェル。これが私の名前よ。リオーネ帝国、唯一の公爵家の公女。それが、私」
「スティーリア、さま」
「ええ」
「素敵な名前です。貴方にぴったりだ」
「んっ」
はにかむように笑うファルクス。そんな顔も出来たのかと、私の心にぶっとい矢が刺さった。その顔は反則だと、胸を押さえる。
(待ちなさい、スティーリア。こうやって、取り入ろうとしているのかも知れないじゃない)
顔は笑っているものの、ファルクスの瞳は全然笑っていないのだ。どうにか、私に取り入って、生き延びようと、そんな意思さえ感じる。計算されているのだ。
(そうよね、あっちも生きる為に必死なんだもん)
母国を滅ぼされ、いく当てもなく、奴隷に成り下がり、公爵令嬢に買われて……屈辱を味わい、絶望の淵にいるかも知れない。彼だって生きる為に必死で、プライドがあって、それを守る為に、彼は私に取り入ろうとしているのだ。
私と同じ、私を利用しようとしている。
(いいわ。それなら、私も遠慮なく彼と関われるから)
「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
「お世辞なんかじゃありません」
「ふふ、そういうことにしておいてあげる」
私は、くるりと彼に背を向けた。後ろから刺さる視線は外されることはない。穴が開いたらどうしてくれるんだと、私は文句を言いたくなった。けれど、さすがに小言を言うわけにもいかないので、グッと堪える。
「ねえ、ファルクス。貴方はこれから私の護衛をすることになるの」
「俺が、護衛を? それは、スティーリア様の護衛騎士になるということですか。俺は、奴隷という身分なのに」
戸惑いが隠せないというような声色。私は振向かずに、そうよ。とだけ答える。
「返事は、ワン以外認めないと言ったわよね」
「……」
「いいのよ、別に。今私が死になさい、と命令したら貴方は自分の首を絞めて死ぬことになるでしょうね」
「………………ワン」
「そうよ。それでいいわ」
演技臭く、クスクスと笑えば、ファルクスは、ピタリと足を止めた。
犬に成り下がったことが、そんなに不服か、それとも一種の抵抗か分からなかったけれど、私が振返れば、その夜色の瞳をどうにかして私に合わせようとしてくる。俺の目を見ろ、といわんばかりのその気迫に、私は押されてしまう。さすがは、攻略キャラ。オーラがそんじょそこらの人間とは違う。
「何よ、その反抗的な目は……ちょ、ちょっと」
後ろに一歩下がれば、その間に二歩、と距離をつめてくるファルクス。壁にとんと背中が当たり、私は逃げられないと悟り、心臓が飛び出そうになる。もしかして、殺されるんじゃ、と目を閉じれば、サッと私の前に跪いた。
「何の真似?」
「私、ファルクス・グレイシャルは、スティーリア・レーツェル様に、永遠の忠誠と、服従を誓います」
「……っ」
私の手を取って、その甲へキスを落とすファルクス。乙女ゲームのワンシーンのようで、ドキドキと心臓が高鳴るのを感じていた。第二皇子だったというだけあって、様になっているというか、騎士らしいその姿に私は見惚れてしまう。しかし、次の瞬間思いも寄らぬ彼の行動に目を剥くことになる。
「ちょ、ちょっと、ファルクス、何を!」
彼は犬のように這いつくばり、私の足を持ち上げると、つま先を舐めようと舌を出してきた。さすがに私はその行動に恐怖を覚え、彼を蹴り上げると地面に転がった彼から距離をとる。
「やめなさい!」
(信じられない! そんな所舐めるなんてありえないんだけど! 足よ!)
私が、恐怖でかたまっていれば、ファルクスはなんともなかったように既にボロボロだった身体を起こして、キョトンと首を傾げた。
「いけませんでしたか」
「何、何……足、私の足に……っ!」
「足へのキスは、服従の意味があるので、した方がいいのかと」
「し、した方がいいって、そんな、私、指示出していないじゃない」
(いや、それに貴方今、舐めようとしたわよね!? キスなんてするつもり毛頭なかったわよね!?)
「それに、俺は、貴方の犬なんですよね。ならば、と、地面に這い蹲ってキスを……」
「わ、私がそんな変態プレイを貴方にさせるわけないじゃない! それに貴方、犬じゃなくて人間よ!」
「そうなんですか。けれど、貴方は俺の事を犬だと。それに、俺の常識でいえば」
(貴方の常識がそもそもおかしいって気付いて!)
ファルクスは、本当に何も分かっていない顔で首を傾げている。これは演技なんかではない。本気で、彼は犬になり切って私に尽くそうとしていてくれている。
けれど、それが帰って気持ち悪いというか、本気すぎて怖いというか。
「と、ともかく、私が命令を下すまで変な行動はしないで」
「……はい…………ワン」
「もういいわよ。はい、で……帰るわよ。こんな所で脂売っている暇はないの。分かった? 今日から、貴方は私の護衛騎士。護衛であり、私だけの犬なの。それを覚えておいて頂戴。分かったわね?」
「はい」
ファルクスはそう素直に返事をすると、私の後を子犬のようについてきた。
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