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プロローグ

悪女と駄犬

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 躾か、あるいはご褒美か。

 ベッドに深く腰掛け、床に膝をつき見上げる彼に、私はガーターを口で外すように命令する。自分でも恥ずかしいことをしている自覚はあっても、これは、彼の忠誠心と理性を試すために必要な行為だった。夜の闇に包まれた寝室。天蓋付きのベッドに、私と彼だけ。男女が夜に二人、なんていかがわしいことが行われる予感しか感じない。けれど、これは違うのだと、私は自分に言い聞かせる。
 私の護衛騎士、ファルクス・グレイシャルは頭を垂れた後、私がまくし上げたドレスの下、さらけ出された足を、熱く狂気めいた瞳で見つめていた。飢えた獣の目をしている。そのぎらついた目で射殺され、足に歯を立てられ、殺されるかも知れない……そんな想像が容易に出来てしまうような、彼の獣の目に、私はゴクリと固唾を飲み込んだ。


「何をしているの? 早く、外して頂戴」
「……仰せのままに」


 一瞬大きく目を見開いたが、ファルクスは命令通り、私のガーターに歯を立て器用に外しずらしていく。そして、少しずつ現れる白い肌と黒いガーターに彼は何度も喉を鳴らしていた。それでも、噛みつくことも、舐めることも許していない。もし破れば、どんな罰が与えられるか、彼は理解している。ファルクスは私が買った奴隷。でも今は、護衛。けれど、護衛騎士である以上は、主人に逆らうことは許されていない。


「これで……宜しいでしょうか?」


 ファルクスが私の右足から口を離し、見上げてくる。その眼は心なしか潤んでるし息も少し荒い気がした。彼の唾液で濡れた右脚が空気に触れてスース―するのが気になってしょうがないが、私は彼の頭を右足の裏で撫でる。ファルクスは、そんな屈辱ともいえる行為にすら喜びを感じているようで、耳を赤く染めていた。彼をこんなふうにしたのは自分だと分かっていても、ゾッとしてしまう。けれど、ここで狼狽えてはいけない。


「いいえ、もう片方。早くしなさい」


 彼の返事を待たず、私は催促するようにつま先でファルクスの頬をさする。すると彼は嬉しそうに目を細め左脚へと再び口を近づける。もう片方のガーターを外し終わった所で、私は足を組み替えた。


「いい子ね、ご褒美を上げるわ」


 外気に晒された細く白い自分の足を、ファルクスの顎先に突きつける。彼は、この行動の意図を理解したのか、両手でそっと私の右足を包み込み、足の甲にキスを落とした。左脚も同じように甲に、そして、足の裏にキスをしていくファルクス。足の甲は強い服従心、足の裏は忠誠心や依存心だったか。彼は、私の足を舐めるように見つめ、そしてまたキスを落とした。くすぐったくて仕方がない。こんなことをいつまで続けていればいいのか。そう思っていると、ファルクスは私の足の指に歯を立てた。


「いたっ……」


 何をされたか理解するまで時間がかかってしまった。見下ろせば、ファルクスがあの獣の目で私を見上げている。もっとくれと、そう催促しているようだった。


「何をするの。これは、命令違反じゃないかしら」
「ご褒美を下さるんですよね」
「もうあげたじゃない。由緒正しき公爵令嬢の私の足に触れさせて貰っているだけでも、感謝しなさい。これ以上、何を望むというの」


 獅子が守護するといわれるリオーネ帝国。長い歴史の中で、一度も戦争に敗れたことがない軍事国家。未だ無敗で、先の戦いでも小国を滅ぼし、領土を広げている強国……そんなリオーネ帝国を支える柱、レーツェル公爵家。私は、その公爵家の公女、スティーリア・レーツェル。皇太子とは婚約関係にあり、未来の皇后になるはずの女。ならば何故、彼とこんな不貞行為ともとれる行為に及んでいるのかといえば、ここはR18の乙女ゲームの世界で、私は断罪される悪役令嬢だから。バッドエンド回避の為に、私はどうしても彼、攻略キャラの一人ファルクスを手懐けなければならなかった。彼は最も危険な人物だから。


「ファルクス、やめなさい。これは命令よ」


 叫んでみるが、私の声は届いていないようで、ファルクスは、今度は私の足の親指にしゃぶりつく。先ほど噛みついたところから血が溢れ、それを吸い取り、舐める。舌先で指と指の間を舐められるとゾクゾクする。けれど、ファルクスの舌が動くたびに彼の唾液が絡まって生暖かくて気持ち悪い。
 ああ、これは犬だ……舌なめずりをして、もっと欲しいと強請る駄犬で、躾けることは私には出来ない。誤算だ。こんな駄犬を護衛に選んだ私がバカだった。彼は、最も危険な人物で、ヒロインに攻略されれば私の敵となる、超のつく鬼畜ヤンデレキャラ。ほかの攻略キャラともめ事を起こすだけでなく、ヒロインですら誘拐監禁バッドエンドがあるぐらいのどうしようもないヤンデレキャラ。けれど、とくに凄かったのは、スティーリアへの態度だった。社交界からの追放、徹底的に絶望を味合わせ、そのプライドをへし折り、顔をずたずたに、身体なんてもう誰も抱きたくないというような悲惨な姿に……そしてこれでもかと絶望にたたき落とした後、最終的にスティーリアを殺す、そんな残忍なヤンデレキャラ。


「スティーリア様は誤解しているようですが、俺は『待て』の出来るお利口な犬じゃないです」
「……っ」


 私の足に指を這わせ、まとわりつくように太ももへ上がってくると、そこにまたキスを落とされる。ちゅぅっと強く吸われれば、そこに赤い花が咲く。
 これは、まずいと本能的に察し、私は彼を蹴り飛ばす勢いで足を振り上げようとしたが、いとも簡単に受け止められてしまい足を拘束される。


「ファルクス……やめなさいッ」


 スカートの裾を捲られ、内ももに舌が這わされる。その感触にぞわりと肌が粟立つ。そして下着に手をかけられそうになって、私は慌ててその手を掴んだ。


「何をしているの!」
「ご褒美の続きを所望します」


 そう言ってファルクスは、私をベッドへ押し倒した。逃げようと暴れれば、頭の上で手を縛り上げられ、馬乗りになってくる。


「っ……やめなさい。これ以上やったら、貴方を解雇するわ」
「酷い人ですね。貴方が俺をこんなふうにしたのに……」


 冷たい瞳が私を見下ろし、そして片手で押さえつけてくると、もう片方の手であっという間に下着を脱がしてしまった。ファルクスの指に引っ掛けられたそれは私の足元へ落され、私は羞恥から顔を赤く染める。
 ファルクスの獣のような瞳には、涙すら浮かべている自分が映っている。そんな私の表情に興奮したのか、獲物を目の前にした野獣のごとく喉を上下させると、太ももに思い切り噛みついた。深く彼の歯が突き刺さり、肉が裂ける音と激痛に私は顔をしかめる。血が溢れて伝い落ちれば彼はそれを指で拭う。


「甘い」
「この変態っ」
「ああ、今すぐ貴方が欲しいです。スティーリア様。この駄犬にさらなるご慈悲を、ご褒美をくれませんか」
「何を今更……」


 するりと、私の頬を撫でるファルクス。私よりも年下で、少し甘えたなところがある彼に心を許してしまった私がバカだったと今では思う。だって、そんな目で見つめられたら、求められたら、どうしようもない気持ちになる。少しだけなら……と、思ってしまった。それが間違いであることに、私は気づくことが出来なかった。


「少し、だけ……なら。きゃあっ」
「ああ、本当に貴方は……バカで、優し過ぎます」
「ファルっ、あ、ああっ」


 彼は私の返事を聞く前に、そこに顔を埋めた。嫌だと叫んだのも束の間で、蜜の中に舌先が遠慮なく入ってくる。私は羞恥と痛みから悲鳴を上げたが止めてはくれず、むしろ彼は舌に絡めながらじゅるじゅると出し入れを繰り返したり、奥をかき乱しながら吸い上げたりと好き勝手しているようだった。
 何処で間違ったのか、私にもよく分からない。でも、ただ一つ分かることと言えば、私にこの駄犬は手懐けられないということ。


「ファル、ダメ、お願い、まってぇ」
「待てなんて出来ません。俺を買ったのは貴方なんですから、最後までちゃんと面倒見てください。そもそも、俺が待てのできる従順な犬だと思っていたんですか?」


 そう言って、ファルクスはクリトリスを思い切り吸い上げた。私は悲鳴と共に背中を逸らせるが、彼は私の腰を押さえ逃げることを許してくれない。


「ファル、クスッ……も、やっ」


 器用な舌先が膣内を掻き乱し、ぐちゃぐちゃにかき回す。やがて指を入れられれば、わざとなのか私の感じるところを重点的に責めたててくる。私はひたすら喘ぎながら彼を止めようとするが、全く効果がない。
 彼の舌が私の敏感な部分を執拗に責め立てていく度に腰が浮く。まるでもっとと強請っているかのようで屈辱だ。再びじゅるじゅると水音を立ててクリトリスを舐め上げられれば、大きく体が弓なりに反り返る。それと同時に目の前が真っ白になってびくびくと絶頂をむかえる。けれど、彼は許してくれなかった。

 ああ神さま、どうかこの駄犬に首輪をつけてください。わたしでは、到底この駄犬を飼い慣らすことは出来ません。
 恍惚の笑みを浮べ、私の見下ろすファルクスは、とても幸せそうで。彼は私に再びキスの雨を降らせた。

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