悪役令息の俺、元傭兵の堅物護衛にポメラニアンになる呪いをかけてしまったんだが!?

兎束作哉

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第4章 元悪役令息と元駄犬

09 悪役なのでこれくらいは

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「ラーシェッ!」
「ああ、もう本当にしつこいですね」


 クライスはいらだったように舌打ちを鳴らす。だが、ゼロはそんなクライスの威嚇ともとれる舌打ちなどものともせずこちらに向かって走ってきた。先ほどクライスに蹴られた体はまだいたそうだったが、そんなこと気にする様子もなく、まっすぐに駆けてくる。小さくてもふもふとした体は、一歩で進む距離は短かったが、高速で足を回転させ、そのうえで飛び跳ねるようにしてこっちに進んでくる。
 クライスは、そんなゼロに向かって魔法を撃ち込んだが、それらはすべてかわされ、徐々に距離を詰められることに焦っているようだった。
 取るに足りない相手だと思っていたゼロが、こんなにもタフだなんて思ってもいなかったのだろう。
 小さくてすばしっこいため魔法が当たらない。クライスはかなりイライラとしていた。だが、ゼロもゼロで万全じゃないので、ずっとよけ続けることもできないだろう。


「ゼロ……」


 本当に助けに来てくれるなんて、どんな白馬の王子サマだよ、と思った。白馬でもなければ、王子様でもない。ましてや今は人間の姿でもない、灰色のポメラニアンだ。だが、そんなポメラニアンが勇敢なお狼のように見えて、俺は目に涙が浮かんでくる。まだ、油断できないというのに、すでに助かったような気持ちで、俺はゼロを見ていた。


「しつこい、すばしっこいですね。ですが、所詮は!」
「クッ……」
「ゼロ!」


 もう少しで、俺に届きそうだったとき、クライスがまたも、ゼロを足で蹴ったのだ。ゼロはスピードが出ていたため速度をおとせず、そのままクライスの攻撃をまともに食らう。顔面に直撃したらしく、顔を歪めて、グルグルと喉を鳴らし、ふらつきながら立ち上がった。小さな体に今の攻撃は酷だろう。
 俺は、クライスにやめろというが、クライスはゼロを先に始末することにしたらしく、弱っているゼロに近づいた。ゼロは、短い足で立ち上がって、何とか咆哮するも、そんなものクライスにきかなかった。あっという間に距離を詰められてしまい、ゼロはクライスに持ち上げられる。
 じたばたと足を動かすが、今のゼロの力ではどうしようもできずにまたキャンキャンと吠えるしかないようだった。


「君を殺したら、ラーシェがもっと絶望してくれるかもしれませんね。ですが、今殺すのは惜しい」
「ラーシェを解放しろ。この薄汚い雑種が」
「はは、弱い犬程よく吠えるってやつですね。特別に、君の大好きな主人がおかされるところを見せてあげますよ」
「なっ! やめろ!」
「ゼロ!」


 俺は、クライスに持ち上げられているゼロに手を伸ばそうとしたが、モブどもが絡みついて動くことはかなわなかった。
 そうして、クライスはゼロを持ち上げたまま俺のほうに近づいてきて、モブどもに再度洗脳魔法をかける。すると、モブどもはさらに発情して、俺の身体に触れ、あるモブは俺の股間に手を伸ばす。性急に、それこそ獣のように。
 涙が出そうになるのをこらえながら、俺は必死に耐える。ゼロの前で気持ちよくなるなんてこと絶対にしたくない。
 俺は、ゼロに幻滅されたくなかった。なんでかなんて、理由は決まっている。
 けれど、俺はゼロの顔を見て安心させることはできなかった。もし、俺のことを見限ったら、俺のこと嫌いになったら。そんな目で見られていたらと思うと怖くて仕方がなかった。
 口から漏れそうになる声を抑え、頬を涙が伝っていく。
 絶望をかみしめることもできないくらい、俺はみっともなくて、情けなくて、どうしようもない気持ちでいっぱいになっていた。きっと、ゼロも。もし、俺を思ってくれているのであれば、主人を守れなかったことに対して苦い思いをしているだろう。ゼロはどうしようもなく堅くて、まじめだから。役割を全うできないことに絶望を感じているかもしれない。
 こんな主人でごめんな、と俺は心の中で謝罪しながら、今はただ見るなと、そういうことしかできなかった。


「ゼロ、みる…………な。みないで、くれ」
「……っ!!」


 消えそうなか細い声で俺がそういったとたん、周囲に殺気のようなものがあふれ出した。
 それはそれまでの気持ち悪さや、吐き気のする快楽を吹き飛ばすほど恐ろしくどす黒いもので、俺はいったい誰がそんな気を放っているのかと目を見開いた。すると、クライスに首根っこを掴まれていたゼロが、殺気を振りまきながら俺の方を見ていた。いや、正確には、ここにいるやつらを恨み殺すような気配を放って――
 そのゼロの表情たるや、まさしく鬼の形相といってよくて、俺は一瞬呼吸を忘れたほどだった。
 姿かたちはただのポメラニアンなのに。


「なっ! この、クソ犬が!」


 ゼロの気に押されたのか、反応の遅れたクライスはゼロが体を思いっきり揺さぶった衝撃に耐えられず手を離してしまう。ゼロは、シュタッと床に足をついて、また俺のほうに駆け寄ってきた。モブどもはクライスに命令されていたのか、ゼロを捕まえようと手を伸ばしたが、それよりも先にゼロは俺のほうに到着すると、ぶつかるようにキスをした。
 湿った鼻が、俺の鼻の先にツンとぶつかって、小さな口が、俺の唇に重なる。人間とは感触が違うものの、そこには確かな温かさがあった。


「ゼロっ!」
「ハッ、戻ったな。これで――ッ」


 ポンと可愛らしい音と白い煙をまき散らしながら、ゼロは人間体に戻る。いつもであれば、癒して満足した後に人間に戻るのだが、その過程をすっ飛ばして、キスをしただけで人間体に戻れたのだ。それは、キスで呪いを解くお姫様と王子様みたいな。魔法のキス。
 ゼロは、人間体に戻ると、自身の身体を確かめる前に、俺の身体にまとわりついていたモブどもを蹴りで一掃した。モブどもはゼロの攻撃を予想していなかったのか、そもそも攻撃をよけろと命令されていなかったらしく、無様にベッドからひっくり落ちてしまった。
 ぐは、うっ、と情けない声を上げてひっくり返ったモブたちは、じたばたと短く太い足をその場で動かしているばかりで起き上がれそうになかった。


「ゼロ……あり、がと」
「礼をいうのはまだ早いぞ。ラーシェ。こいつをぶっ飛ばすまでが仕事だからな」
「ああ、ん……そうだな」


 ゼロは、裸の俺に羽織っていたジャケットを着せて、剣を引き抜いた。モブどもはもう俺に近寄っては来ないだろう。洗脳が解けたわけではないが、ゼロの気に押されてがくがくと震えている。何とも情けない。
 俺は、温かいゼロのジャケットで体を隠しながらクライスのほうを見た。クライスもこの展開は予想できていなかったらしく、珍しく焦りの表情が見てとれた。だが、虚勢なのか「また、犬に戻してやりますよ」と、言葉を吐き捨てる。


「……ゼロ、あいつの攻撃」
「もうわかっている。二度も同じ手は食わない」


 そういうと、ゼロはベッドの上から飛び跳ねるようにクライスに向かって剣を振り上げる。クライスは、ゼロの剣戟を魔法で防ごうとしたが、あまりの速さに反応できなかったらしく、後ろに避けることで難を逃れる。だが、息を切らして顔を上げたときにはすでにゼロの足が迫っており、そのまま横へと吹き飛んでいった。
 ゼロの動きは明らかに先ほどよりも早くなっており、まるで魔法が付与されているようだった。
 クライスは、壁に体を打ち付けられ、よろけながら立ち上がるが、次にゼロの拳がみぞおちに入ると、ぐはっ、と声を漏らしてその場で足をつく。


「その程度か? 無様だな」
「……っ、君、何で、そんな」
「愛の力とでも言っておこうか」


(おい、やめろよ。愛なんて恥ずかしい)


 何真面目な顔で言ってんだと俺は突っ込みたかったが、クライスがゼロに手を伸ばそうとしたので、思わず叫んでしまう。だが、ゼロはそれに気づいていたらしく剣の柄のほうでそれを防いだ。クライスは突かれたところを痛そうにもう片方の手で押さえ、ゼロを見上げる。


「これで終わりだ。クライス・オルドヌング」
「はは、終わりだなんて、はは……」
「往生際が悪いな。それとも、今のこの場で死ぬか?」


 と、ゼロは追い詰めたクライスに剣を振り上げた。
 狩猟大会での魔物騒ぎもこいつの仕業だったが、殺すほどのことだろうか。それに、今ここで殺してしまったらまたあの事件は闇に消えていってしまう。罰が下るのであれば、それは法律にのっとってだ。それが、こいつにとっての絶望だろう。
 死はある意味逃げだから。


「待て、ゼロ」
「何故止める、ラーシェ。こいつのせいで、怖い思いをしただろう。ああ、それともなんだ。こいつのブツを切り落とすことをご所望か?」
「いや……てか、お前物騒すぎ。ちげーよ。まあ、慈悲はかけねえけど」


 俺は、ゼロのジャケットをぎゅっと握りながらクライスに近づく。クライスは顔を上げ、俺を睨みつけた。さっきまで、俺のことを手に入れたいとか言っていたやつが手のひらを返したようで、俺はそんなものかとこいつの気持ちを踏みつける。十年以上俺に恋い焦がれていたのに、あっさりと。人の感情というのはよくわからない。
 俺はゼロがいつでも攻撃を仕掛けられる位置に待機してもらったのを確認し、クライスの股間を踏んずけた。クライスは、「ぐああっ」と、男の痛みに絶叫する。ゼロはそれを見て「えぐいな」と先ほど自分がやろうとしていたことを棚に上げてそう口にする。
 けれど、ゼロはまだ優しいほうだと思う。だって、一撃でこいつを葬ろうとしたから。痛みも感じず、きっと切り殺すつもりだったのだろう。だが、俺は悪役……そう、妹の小説では位置づけられていた人間だ。これくらいで終わらせない。やられたら百倍返し、いや一億倍返しだってしてやる。
 今こそ、悪役の意地を見せるときだ。
 股間を抑えながらなんとも無様に俺を睨みつけているクライスを俺は見下ろして、ニヤリと笑ってやる。これから何をされるのかわかるわけもないクライスは「殺せばいいものの」と悪態をつく。


「殺す? そんな生易しいことするわけねえだろうが。やられたことはやり返すっていうのが、当たり前。俺は世紀の大悪役だからな」
「は? 何言って…………ッ!?」


 クライスは、先ほどまでそこに転がっていたモブが、俺の背後に立っていることに気づいた。そして、先ほどまで俺に興奮していたモブは、今度はクライスに興奮しているようにその生暖かい目をやつに向けている。そこで、クライスは気づいたようだった。
 所詮は、小説に名前が出てこなかったモブ。本当の悪役に勝てるはずもない。魔法のレベルだってこっちのほうが高いのだから。


「ああ、いってなかったっけ。洗脳魔法よりも、服従魔法のほうがレベルがたけえんだよ。上書きなんて簡単にできる。何だっけ、モブどもに輪姦されてプライドべきべきにおられるだったっけ? 快楽の奴隷にって。楽しみだなあ、クライス」
「ま、待て。待ってください。話せばわかります」
「俺は、お前みたいなモブの話を聞く耳はついてないんで。じゃっ、せいぜい楽しんでくれよ」


 待て! というクライスの声は、すぐに悲鳴に変わる。ビリビリと衣服を裂く音が後ろから聞こえる。俺はそんな音を聞きながら高らかに笑い、ゼロを引き連れて部屋から出る。
 モブどもには先ほどクライスがかけた魔法を上書きしてかけてある。クライスを蹂躙しろっていう魔法。まさか、自分がかけた魔法を上書きして、それによってハメられることになるなんて思ってもいなかっただろう。
 殺すなんて生暖かい。だから、やり返してやった。


「……容赦ないな。ラーシェは」
「これくらい当然だろ? 俺は、悪知恵だけは働くんで」


 引き気味なゼロの顔を見ながら、俺は悪役らしい笑みを浮かべた。ゼロはそれを見て、なぜかほっとしたように「そうだな」というと、後ろをいったん振り向いてから、クライスとモブどもがいる部屋の扉を閉め、そのうえで出てこられないようにと机のバリケードを作ったのだった。


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