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第4章 元悪役令息と元駄犬

07 役立たずポメパート2

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「――ああ、なんて愚かしくて、最高なんですか。君は」


 先制攻撃を仕掛けられた。だが、クライスの顔にはまた余裕が浮かび、ゼロの攻撃をひらりとかわした。ゼロは追撃と回し蹴りをするが、それも悠々と避ける。戦闘慣れしていることがそれだけでわかり、俺はゼロと一緒に舌打ちをする。
 こっちが仕掛けてくることには気づいていないようだったから、反射で交わしたのだろう。それほどこいつの能力は高いということだ。ゼロ自身も交わされると思っていなかったようで、クソ、というように悪態をついていた。


「やるじゃねえか、クライス。身のこなしがただの貴族じゃねえけど、お前何者なんだよ」
「別に、鍛えてますから。それにしても、君の護衛はよく動くね。従順な犬のようだ」
「せいぜい噛みつかれねえようにしろよ。ゼロは強いからな」


 ゼロは俺を守るように前に立ちふさがって剣を構えた。こんな狭い空間で剣を振り回すのはかえって悪手な気がするが、そもそも攻撃が当たらないのだから仕方がない。
 ゼロとどうする? と目配せしたが、いい案が思い浮かばなかった。
 実のところ戦犯がクライスであることを俺はジークに言わずに飛び出してきた。そのこともあって、応援を呼ぼうにも呼べない状況にいる。いってこればよかったが、自分の手柄にしたいという傲慢さから、言わずにきてしまった。ジークにバレたらまた何か言われそうだがそれは後から考えようと思う。
 まずは目の前のこの男を叩きのめさなければならない。


「そんなにカリカリしないでください。少しはお話ししましょうよ」
「話すことなんて何もねえよ! お前の目的は意味わかんねえし、こちとら死にかけたんだぞ!? 恨んで当然だろ」
「その殺意に染まった目もいいですね」
「話聞け!」


 話が通じないやつはここにもいたか、と俺は頭が痛くなる。
 目的が読めないため、下手に近づくことができない。読めたとして、どうっていうことでもないのだが、クライスは本当にただただ話をしたがっているようにも見えた。
 わざわざ、俺がここに来るように仕向け、本気で俺を好いているような目で見てくる。
 ゼロからの求愛とはまた全然違う、こちらはもっとねっとりとドロッとした物にも思える。だからこそ、気持ち悪くて、目をそむけたくなる。


「お話してくれる気になりましたか? ラーシェ」
「ラーシェ、こいつの話に耳を傾けるな!」
「……わかってるよ。だが、こいつの目的」
「ラーシェとおしゃべりしたいっていうのが目的ですよ。ああ、それと、君を僕のものにしたいっていうのが最大の目的で。ふふ」
「だから、気味わりぃ!」


 心外だなあ、とクライスはため息をつくように言う。
 やっぱり、変態か、変態なのか。と俺はゼロの背中に隠れる。
 救いようのない変態な気がして、もうこれ以上近づけなかった。やっぱり、ジークに話してからくるべきだったかと思う。
 ゼロは「動きにくいぞ、ラーシェ」と苦言を呈してきたが、もうクライスの顔なんて見たくなくて、俺はこうすることしかできなかった。ゼロに守ってもらおう、なんて逃げ腰で、両足で立っているのもやっとだった。


「そんなに怖がらないでくださいよ。言ったでしょ? 君をずっと見てきたって。ずっとお話ししたかったんです。君と。ようやくその機会に恵まれて。興奮していても仕方ないじゃないですか」
「ラーシェ、こいつのブツを切り落とす許可をくれないか?」
「許可なくても切り落としていいぞ、ゼロ」


 こいつと対面で戦いたくないと、俺はゼロに許可を出す。ゼロは、御意、と短く言うと再びクライスに切りかかった。だが、クライスは魔法とその身のこなしを駆使して、ゼロの攻撃をよけ続ける。しかしその一方で、攻撃を仕掛けてくることはなかった。もしかすると、攻撃魔法は苦手なのかもしれない。
 ゼロは、クライスに攻撃が通らないことを察すると、剣での攻撃から肉弾戦に切り替えた。
 だが、クライスもそれに応じて防御魔法を展開させる。ゼロの攻撃を防ぎつつ、ようやく反撃を繰り出すがゼロはそれをよける。


「ああ、もう。君、ほんと邪魔だね」


 クライスは苛立った様子でそう吐き捨てる。そしてまた俺を見た。
 そうして、一瞬クライスの隙が生まれた。ゼロはそれを見過ごすことなく、クライスのみぞおちにアッパーをかまそうと腕を振り上げる。しかし、クライスはそれを待っていたかのようにニヤリと笑って、ゼロの腕を受け止めると、代わりにゼロの腹にもう片方の手を当てた。


「邪魔だから、君、ちょっと黙ってください」
「なっ…………ッ!?」
「ゼロ!」


 ポン、とかわいらしい音を立てて二メートルほど近かった体は一瞬にして数十センチの毛玉に変わってしまう。ボールのように、ポテン、コロン……と床に落ちたゼロは何が起こっているのか理解できていないようでその場を回っていた。
 こうなってしまったら、ゼロは俺が癒さない限り元の姿には戻らない。


(今どうやって、ゼロをポメに?)


 だってあれは呪いのはずなのだ。だが、クライスがゼロに触れると、ゼロは一瞬にしてポメラニアンの姿になってしまった。感情の起伏があたわけでも、ストレスがかかったわけでもない。ただ触れただけで。


「……っ、ラーシェ!」
「……っ、くらい、す」


 ゼロに気をとられていると、いつの間にか間合いを詰めたクライスが目の前に立っていた。こうして目の前に立たれると、思った以上に慎重さがあるなということに気づいてしまい、威圧感と気持ち悪さから、俺は動けなくなってしまった。目の前に捕まえるべき相手がいるのに、どうも体が動かないのだ。それは魔法ではなく、ただの緊張だとわかっていた。それでもどうしても動かない。
 クライスは、ニヤリと笑って、俺の頬に触れ、髪をすくいあげるとチュッとそこにキスをおとす。それから、俺の頬をもう一度撫でて、愛でるように鑑賞した後、ポンと肩を叩いた。すると、俺の身体から途端に力が抜け、クライスにもたれかかるようにして前のめりに倒れてしまった。


(は? 今何されたんだ、俺)


 魔法をかけられたのだろうが、今の一瞬で発動したというのだろうか。それとも、俺が気をとられているすきに?
 どちらでもよかったが、形勢逆転、万事休す。


「ふふ、動けないでしょ? 本当に隙だらけですね。ラーシェは」
「お前、何をした……?」
「洗脳魔法の派生形ですよ。といっても、硬化は長くないので運ばせていただきますね」


 と、クライスは言うと俺を抱きかかえ部屋の奥へと移動する。すると、本棚だった場所がガタガタと音を立てて横にずれ、扉が現れる。隠し扉って存在するんだ、とバカみたいなことを思いながら、どこに連れていかれるんだと今度は恐怖がやってくる。まずいことになっているのは言わずもがなだ。
 クライスは、鼻歌を歌いながら俺を大事そうに抱いて扉を開く。俺は、どうにか助けを求めるためにゼロのほうを見たが、ゼロはポメの姿で懸命にクライスの足に頭突きをしていた。だが、そんな力ではクライスはびくともしなければ、痛みさえ感じていないだろう。そうして、今度は作戦を変えて噛みつこうとするが、こちらも効果がなかった。


「ああ、いいこと教えてあげます。ラーシェ。君が気にしていること。何で君の犬が正真正銘の犬になったか。それは、僕が加速の魔法をつかったからです」
「何だよ、その加速の魔法って」
「簡単に説明すれば、そのものにかかっている呪いだったり、魔法だったりを助長させるものですね。だから、この犬はいぬっころになった」


 ちゃんちゃん、とでもいうようにクライスは笑う。

 だからゼロは――


(じゃあ、この間、ゼロがなかなか人間に戻らなかったのもこいつのせい?)


 だったらつじつまが合う。そういう使い方ができるのかは不明だったが、限りなくこいつが黒だと思う。
 きっと条件はこいつが、対象者に触れることなのだろう。
 舐めてかかった俺たちが悪かった。倒せると思っていたが、そう一筋縄ではいかない。自分の読みの甘さに、歯をかみしめるしかなかった。


「その体になっても、飼い主を懸命に守ろうとする姿勢。それはすてきだと思います。ですが、非力な生物には興味ないんですよね。それと、僕は犬が嫌いので」


 そういったかと思うと、クライスは突撃してきたゼロを後ろに蹴り上げる。
 キャン! と痛そうな悲鳴を上げて、ゼロが後ろに飛んでいったのが見えてしまった。


「ゼロッ!」


 自分の大切なものを壊された気分になった。よくもゼロを、と睨みつけてやるが、抵抗できない俺が睨んだところで、こいつの加虐心を高めてしまうだけだろう。
 ゼロはひどく蹴られてもなお、その小さな足で立ち上がってこちらに向かってこようとする。だが、蹴られどころが悪かったのか、立ち上がろうとすると、骨が折れたみたいにカクンと体が傾いて、そのまま倒れてしまう。


(…………俺の、せいで?)


 柄にもなく、傷ついているというか、ショックを受けていることに気づいた。
 それほどまでにゼロが大切なことに、この期におよんで気付き、もっと大切にしてやればよかったとか思ってしまう。そもそも、俺が単独でここに乗り込もうなんて言うから。


「震えているんですか。かわいいですね、ラーシェ」
「俺のこと、どうしてもいい……だから、今すぐゼロを治せ。お前が蹴ったところに治癒魔法をかけろ」
「そうしたいところは山々なんですが、あの犬を治したら今度こそやられてしまいそうですしね。それに、僕は治癒魔法が大の苦手なんですよ。残念でしたね」


 と、クライスは嘘なのか本当なのかわからないことを言って俺に微笑みかける。その笑みが死刑宣告のような気がしてならず、俺は絶望するしかなかった。
 そうして、連れてこられた部屋は先ほどの部屋とは違い甘ったるいにおいが充満していた。色も心なしかピンク色で、嫌らしい雰囲気が漂う。こいつは俺の体目当てかとすぐにわかってしまうくらいの準備の良さ。しかし、俺はあるものを目にしてぎょっと目を向いた。


「何だよ、こいつら……」
「ラーシェ。僕の性癖はかなりひん曲がっていてですね。受け入れられるか心配なのですが――僕は、大好きな人が寝取られ輪姦されるのをみて、最後は上書きエッチで意識を飛ばす前に種付けするっていうプレイが好きなんですよ」


 クライスはそう、この世のものとは思えないほど恍惚な笑みを浮かべ俺を見下ろした。


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