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第4章 元悪役令息と元駄犬
02 お前あのときのモブ(仮)!
しおりを挟む気晴らしに王都を散策することにしたが、どこに行くにも護衛であるゼロはついてくる。だが、外にいるときは屋敷の中にいるときよりもべたべたしてこないし、いい距離感だった。これが本来の俺たちの距離感なので忘れそうだが、あの距離感に慣れてしまったみたいで少し違和感がある。
ちなみにあの恋人のお試し期間というのは一か月で、その間に俺がゼロに惚れなかったらこの話も気持ちもきっぱりなかったことにするとゼロは宣言している。そして、俺がゼロに惚れたら、ゼロの呪いは解けるだろうという算段。人の気持ちなんてそう簡単に移り変わるものではないので、惚れたら呪いが解けるとかいうこの曖昧さはどうにかならないものかとも思った。それに、実際すでに気持ちは傾き始めているというか。
「主、すごく機嫌がいいな」
「ああ! さっきな、手紙が届いたんだよ。ジークとネルケから」
「あの王太子からか。そして、あの……あいつか」
「絶対、ネルケのこと忘れてんだろ。まあ、お前はあれか、あんまり関わりないしな」
「そういう主も、そこまでかかわりないだろう」
と、ゼロは自分だけのけものにされたと感じたのかふてくされていった。
ネルケに関しては、弟だからというのもあるが、紺瀬では違のつながりはない。そして、あいつはあいつで今の人生を謳歌しているみたいだから邪魔する気もなかった。邪魔したら、ジークに何かと文句つけられて、バッドエンドいきだからだ。
だが、そんなジークとも長年のわだかまりが少し解消されたこともあって、こうして私事での手紙を送ってくるようになった。俺が高いプライドを持っていたせいで、ジークを恨んで恨んで嫌がらせをしていたのだが、それもなくなれば普通に幼馴染として、それこそいつか親友として気軽に話せる中になるんじゃないかとも思う。
そして、一応あの狩猟大会での熊の魔物の話を聞いたが未だにつかめておらず、もうすぐ捜査は打ち切られるとも言っていた。悲しいことに、未解決事件として闇に葬られるのだろうが、来年はこんなことがないようにもう少し警備と森の視察を丁寧に行うとも言っていた。来年こそは、名誉賞じゃなくて一位をとるために今からでも特訓したい気分だった。
ネルケに関しては言わずもがな、ジークにべったりだった。あの様子じゃ、ゼロに興味はないようだ。
「かかわりはねえけど、あいつは弟分みたいなもんだし。それに、ちょっとかわいいだろ? あいつ」
「そうか? 俺は、はねっかえりのあるやつのほうが好みだが」
「ふーん、強気な女性がタイプと」
「は? 何を言っているんだ、主」
ゼロはガチトーンでそういうと、首をかしげていた。
はねっかえりってことはそういうことなんじゃないかと、俺とは似ても似つかないタイプじゃないかと思ったが、ゼロはまたため息をついてやれやれと肩をすくめている。
「はねっかえりっつうか、お前のほうがツンデレだろ」
「ツン、デレ…………?」
「ああ、わりぃ。えーと、ツン、デレ」
「だから、なんだそれは」
ポロッとこぼした言葉は、こっちでは使わない言葉らしく意味は伝わっていないようだった。前々からツンデレ、ツンデレ思っていたが、口にしても伝わらないだろうなと避けていた言葉はぽろっと出てしまうものだ。ゼロに首を傾げられ「何でもない」とごまかして、俺は空を仰いだ。真っ青な空に黒い烏が飛んでいくのが見え、奇跡的に落ちてきた黒い羽根を俺はつかんだ。
「汚いだろ、主。捨てろ」
「そんないう? まあ、烏だし、きたないかもだけど」
王都の治安の悪いところでは烏がごみをあさっている姿はよく見るし、そういう意味で烏はあまりきれいじゃないのだろう。
(治安、か……)
百パーセントとは言わないが、多分、これ以上バッドエンドにつながる困難というのは襲ってこない。俺を裏切るはずだったゼロは俺にご執心で、クライゼル公爵との親子関係もまあ修復、そしてジークとの仲も改善して、ネルケともそれなりの関係を築いている。だから、これ以上恐れることは何もない。
ただ、この治安の悪さというのはそれだけじゃどうしようもできなくて、夜に一人で歩けば暴漢に襲われる可能性がないわけじゃない。といっても、夜に一人で出歩こうなんて馬鹿なことは考えないが。
それに、ゼロに守ってもらわない生活ももう考えられない。
俺は烏の羽を手放した。烏の羽は風にあおられひらひらと天高く飛んでいく。その様子をボーと眺めていると、途端に進路を変えた羽がとある男の服に落ちた。
鳩にふんをおとされたでもあるまいし、いう必要はないだろ、と思ったが、せっかくならと善意で話しかけようとしたとき、俺はその男が知り合いであることに気づいた。
「ああ! お前、あんときのモブ! …………じゃなかった、クライス・オルドヌング!」
思わず指をさしてしまったが、さすがにこれだけ大声を出せば振り返らないなんてことはまずなく、紫がかった黒髪の男・クライスはこちらを振り返った。そして、俺をそのアメジストの目でとらえるなり、ぱっと花を咲かせたように顔色を変えてこちらに駆け寄ってきた。
そこまで喜ばれるようなたいそうな人間じゃないんだけどな、と思いつつ、ちょっと面倒かもと声をかけて思ってしまった。
「これはこれは、ラーシェじゃないですか。お久しぶりです。元気してました?」
「ああ、まあ、ぼちぼち。それなりにって感じ?」
「ははは。ここで会えたのも何か運命的なものを感じます」
と、大袈裟に喜ぶクライスを俺は冷ややかな目でみつつ、ちらりとゼロのほうを見た。ゼロはすでに誰だこいつ? という疑問符を浮かべている。だが、なれなれしいその態度に少し苛立ちも覚えているらしく、目が吊り上がっている。
「主、誰だこいつは」
「ああ、え? 知らないっけ。ほら、狩猟大会のとき友だちになったやつだよ」
「それはまだ知り合いの程度では? そうだったか、そんな奴がいたような気もするが、どうでもいい」
「だろうな、お前は」
本当に失礼なやつだと思う。この会話が、クライスの耳に入っていないことを祈りながら、俺は顔をクライスのほうに向けた。
クライスは相変わらず笑みを浮かべており、ニコニコと俺とゼロの会話が終わるのを待っていてくれたらしい。
「ところで、ラーシェはなぜ王都のほうに?」
「ちょっと、気晴らしに散歩。つっても、用事があるわけじゃねえし、いきたい場所も決まってないから。な、ゼロ、そろそろ帰るところだったもんな」
「なぜ俺に聞く」
ゼロは、なぜ自分に話題を振られたかわかっていないようだった。俺も、咄嗟に聞いてしまっただけで、別にこの質問に意味はない。
クライスのほうを見れば、彼の肩に引っかかっていた烏の羽はいつの間にか風に飛ばされてしまったようで、そこにはなかった。あ、と俺が声を漏らすと、クライスは首をかしげて「どうしました?」と聞いてきた。侯爵子息といったか……俺よりも、たたずまいというか、いちいち仕草が大人っぽい。洗礼されている。
「いや、お前に声をかけたのはさ。烏の羽がお前の服に引っかかってたからなんだよ。烏ってあれだろ? 汚いっつうか、治安よくない王都のごみ溜めで漁ってるような動物だし」
「僕は、烏は結構好きなんですけどね。烏って賢いですし」
「まあ、そういう意見も一理あるよな」
クライスの髪の色も烏のような闇色だと思う。もちろんグラデーションがかかっているので、烏とは似ても似つかないところはあるが。そんな怪しげな陽気な男が烏が好きだとか言うから、さらに胡散臭いというか怪しげなオーラが出ている。友だちに対して怪しいとかは言いたくないのだが、こいつのことを、よくよく考えれば何も知らないなと思ったのだ。
狩猟大会でいきなり話しかけられたときはびっくりしたし。去年の暴れた俺を知りながら話しかけてきた変人だ。面構えが違う。
「クライスのほうはどうして王都に? てか、お前も貴族だよな。従者とかは?」
「従者ですか? ああ、お留守番してもらっています。一応お忍びで来ていたので」
「そ、そう……ふーん」
お忍びという割にはがっつり貴族の服装をしているんだが、それで忍んでいるつもりなのだろうか。昼間だからいいものの、暗い場所に行けばそういう危ないやつらはいるわけで、一人でいれば狙われる可能性が跳ね上がる。友だちが人さらいにあったなんて次の日、情報として入ってきたら最悪だろう。注意喚起をすべきか迷ったが、クライスはなんとなくそういうのも抜け目なさそうだし、何よりも……
(こいつ、魔力量やべえな。俺ほどじゃねえけど、相当の腕の持ち主じゃね?)
隠しているつもりがあるのかないのか、それは定かではないが、クライスから感じる魔力というのは膨大だった。俺ほどでないものの、一人で戦えるくらいには十分に備わっているといえる。だから、一人なのか。
魔力を感知できるのは貴族くらいだし、暗殺者がそこら辺の平民だったり、それよりも階級が低かったりするものだとすれば、まずクライスの魔力には気づかないだろう。細マッチョなクライスなら大人数でかかれば……という作戦もきっとこいつには通じない。
狩猟大会中は魔法は禁止だったため、気にしていなかったが、こうして向き合ってみると、こいつの魔力は相当なものだったとわからせられる。
「そうだ。ラーシェ。ここで会ったのも何かの縁だと思いますから、お茶でもどうですか」
「いや、だから帰ろうかって話してたんだけど」
「またとない機会です」
「話聞けよ」
勝手に進められても困るし、俺はお茶をしたい気分でもなかった。だが、クライスは一気に距離を詰めると俺の手を取ってぎゅっと胸にあてた。男の胸なんて触っても面白くねえのに、と思いつつも、その圧と、ふわっと一瞬だけ宙に浮いたような感覚になる。その不思議な感覚に酔っていると、にこりと笑ったクライスと目があった。
「ね、お茶しましょうよ。ラーシェ。僕たち、友だちなんですから」
「友だち……ね。まあ、ちょっとだけだぞ。あと、お前のおごりだからな」
「もちろんです」
「ゼロも、それでいいよな」
はじめは勝手に進められて何様だと思ったが、こいつのおごりならとよくなってきた。俺は、一応ゼロにも了解を得ようと振り返るが、ゼロは怪訝そうに眉をひそめているだけだった。だが、嫌だともいえないのか「お茶だけだからな」と本当にまんま言葉の意味をとってゼロは大きなため息をついた。
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