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第3章 不遇令息と猟犬

10 告白

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「はあ~結局二位だったなあ、結果」
「二位に滑り込めたほうが奇跡なのではないか? 主」


 怒涛の狩猟大会を終え、俺たちは痛む腰を抑えながら馬車に乗って公爵邸に帰ってきた。クライゼル公爵は屋敷に帰ってくるなり、次の旅行の準備に取り掛かってしまい、まともに話すことはできなかった。それでも、馬車に乗っている最中と、会場に戻ってから何があったのかと血相を変えて飛んできてくれて、心配されていたということだけはわかった。そして、俺が気を引くために騒ぎを起こしたのではないことと、果敢にあの熊の魔物に挑んだとかいう曲解された話を信じて俺のことを誇りだといってくれた。
 狩猟大会では魔法が禁止されていたが、緊急事態だったため俺が魔法を使ったことは減点対象にならなかった。そして、普通の魔導士、および騎士でもかなり苦戦するほどの強さだったらしい熊に挑んだという功績をたたえられて、俺は狩猟大会で二位の座を勝ち取った。といっても、一位はそんな熊にとどめを刺しなおかつ狩猟大会本戦でしっかりと功績を残したジークがかっさらっていったのだが。
 ドべにならないだけましだったし、あれがそんなふうに評価されるとは思わなかった。おかげで、俺は「みんなに被害が出ないよう魔物に一人で立ち向かった英雄」とまで言われ、これまでの行動を踏まえつつも周りの見る目が変わったらしかった。実際には、ゼロがあそこまで追い詰めてくれたので、ゼロが称えられるはずなのだが。ゼロも別にそれに対しては文句ひとつ言わなかった。

 そうして、俺はまだ疲れの取れない身体をベッドに沈み込ませ天井を仰いでいた。やっぱり、簡易ベッドよりも、洞窟の中よりも、ゼロの太ももの上よりも自分の部屋が落ち着く。
 沈んでいく夕日の赤が、俺の白いベッドのシーツに映ってきれいなグラデーションを作っている。


「主」
「主じゃねえよ。二人きりなんだから、ラーシェだろ?」
「……ラーシェ」
「何だよ。ゼロ。ゼロも、疲れただろうし、休んでもいいんだぜ? あ、今日だけいいところで寝る権利だって……」
「ここがいい」
「そう、ここが……ここが!? はあ!?」


 聞き間違いかと思ったが、ゼロは真剣な目で俺のほうを見ていた。だが、俺が慌てていると耐えきれないようにプッと笑って「冗談だ」と訂正した。絶対に冗談じゃなかっただろ、と思ったがゼロの顔を見ているとからかわれたんだなとそれもそれで腹が立った。
 それでもなぜかそこまで怒る気になれなくて、心が穏やかだった。そんなふうに、ゼロは冗談を言うやつじゃなかったからだ。


(それだけ、俺に心を許してくれてるってこと、だろ?)


 まあでも、一緒に寝たいといわれても男二人が並んで寝るのはやっぱり狭いので勘弁してほしかった。せめてポメの状態ならいいのだが、そういうわけにもいかない。


「ごほん。ゼロ、今日はもう休め。お前だって疲れただろ? 俺にかまわなくてもいいからお前もしっかり休みをとれよ……ゼロ?」


 ふぁあ、とあくびが出てしまいもう寝るか、と考えていると何やらこっちをじっと見ているゼロの視線に気づいて俺は身体をゼロのほうに向ける。ゼロはうんともすんとも言わずに俺を見つめた後、少しうつむいて胸に手を当てていた。それが何を示すのかもわからず。そのしぐさも、表情からもゼロの気持ちを察することはできなかった。


(そういや、ゼロの身体に呪痕はまだあったんだよな……)


 そもそも、呪いを解く定義があいまいなのがいけないと思った。今さら文句を言っても仕方がないのだが、『誰かに愛されること』というのが呪いを解く条件で。この定義の曖昧さに今になって頭が痛くなる。
 『誰かに愛されること』で、ゼロの呪いが解ける。だが、ゼロを愛してくれる人が現れなければ絶対に溶けない呪いにもなっているという裏返し。ゼロが誰かを愛して、見返りという言い方はあれだが、愛してもらって、相思相愛になって。そこでようやく解ける呪いなのだ。だからゼロには人と関われと口酸っぱく言うのだが、ゼロは一向に他者とかかわりを持とうとしなかった。シャイなのかもしれない。


「何だよ。ゼロ、黙りこくって」
「もう少し、ここにいてもいいか?」
「は?」
「……もう少しここにいてもいいか。ラーシェ」
「いや、聞こえてるって。何で……?」


 ゼロの口から飛び出してきたのは、思いもよらない言葉で、どう反応を返せばいいかわからなかった。だから、素で「は?」なんて、間抜けのような、ちょっと語感強めな言葉が口から出てしまう。それに少し傷ついたのかゼロはしょんぼりと耳を垂れ下げるようにまたうつむいた。


(『もう少しここにいてもいいか?』って……!? なんだよそれ)


 捨てられた子犬のような目で見てくるのもたちが悪い。ゼロにそんな特殊な才能があったなんて思いもしなかった。一生の不覚。何でこんなに俺はときめいているのだろうか。
 俺よりも大きな男相手に……!


「そんなに、俺と一緒にいたいのか? ったく、しかたねえな」
「ラーシェ」
「何だよ、次は」


 甘え方を覚えた子犬のように、ゼロはターコイズブルーの瞳を輝かせて俺を見ている。だが、その瞳の奥にどす黒いものを感じて俺は一歩後ろに下がってしまう。殺意や憎しみといったものではない。しかし、それを受け止めることができないと本能的に悟っていた。いつのまに、そんな目をできるようになったのだろうか。あるいは、昔から――
 一歩、また一歩と俺のほうに近づいてくるゼロ。何だか逃げなきゃつかまりそうで逃げたいのに、身体は言うことを聞いてくれなかった。逃げる意思は少し残っているのか、ゼロが二歩進むごとに一歩後ろに下がる。だが、こんなのではすぐに距離と縮められてしまう。


「……っ」


 言うまでもなくあっという間に距離を詰められ、俺はちょうどひざの関節あたりにベッドの縁が当たってそのまま倒れてしまった。ボフンと音を立てて俺を包み込むベッド。そして、距離を詰めたゼロは、俺の股の間に足を忍ばせ、押し倒すように俺の横に手をついた。床ドンならぬ、ベッドドンか……そんな名称はどうでもいいのだが、夕日に染まって逆光になったゼロの顔はよく見えない。それでも暗闇の中でターコイズブルーの瞳だけがギラギラと輝いている。
 ドクンドクンと心臓の音が聞こえてくる。だが、その鼓動が自分のものであるとは俺は気づかなかった。


「んだよ、ゼロ。俺は一言も押し倒せと命令してないぞ? この駄犬」
「俺が押し倒したくて、押し倒しているといったら?」


 と、ゼロは質問を投げてくる。答えろというような圧に、答えなくてもいいというようないたわりも感じ、俺はおかしくなりそうだった。
 ゼロは何をしたくて、何を求めていて、それが全く見てこないから怖かった。だって、こいつは俺のことを最近まで嫌っていて、でも和解して。和解したとしても、それはただの仲のいい主従関係で。


「俺の口から言わなきゃダメか?」
「何をだよ! てか、さっきからなんだよ。紛らわしいっつうか、回りくどいっつうか。何、言いたいんだよ……ゼロ」


 いや、わかってる。
 でも、つじつまが合わないというか、本当にそうなのかもわからない。認めてしまうのが怖かった。
 嘘だろって正直言いたいが、この世界がBL小説の世界である以上それもあり得る。いや、そうじゃなかったとしても。
 言い訳と、認めたくないが故の理由をつけようとしたが、なんだか逃げるのもばかばかしくなってきた。ただ、今の俺が堪えられるかどうかは別問題だ。
 ゼロは、するっと俺の頬を人差し指で撫でて、俺の耳にかかっていた黒い髪をすくいあげた。そして、自分の匂いをつけるように頬を何度か撫でて、ん……と声を漏らす。


「ラーシェ、俺はアンタのことが」
「待て、ゼロ」
「なぜ止める?」


 間髪入れずに口をはさんでしまった。まるで告白、いや告白。止める必要はなかったのかもしれないが、反射的に遮ってしまう。聞きたくないわけじゃないし、ああ、そうだったんだと答えを聞けて納得のはずだった。それでも、心の準備ができていなかった。
 沈む夕日は、明かりのついていない俺の部屋を夜の闇に沈めていく。ゼロの顔はさっきよりもうんとみずらくなって、灰色の髪も、闇に溶けてしまっていた。
 その闇の中でもむすっとしたゼロの顔が見えて、少しだけなごむ。


「何でって、そりゃ、こっちの心の準備ができていないからだよ」
「言われることが何か気付いたのか」
「お前がほぼ答えいったからな……」
「ダメか」
「ダメじゃない、かもしれない、かもしれないけど……なんで、よりによって俺なんだよ」


 ポロリと本音が漏れる。
 小説がねじれているのはわかる。俺がバッドエンドに向かいたくないがために奔走して、その結果と、ネルケが実の弟だったというとんでもサプライズのおかげでここまでこれた。ゼロだって、本来であればネルケを好きになるキャラのはずだった。そして、俺を裏切ってバッドエンドへと導く俺にとっての敵キャラ。
 だったはずなのに――


(ああ、もう、そんな愛おしそうな目で見んなよ。恥ずかしい!)


 いつから、そんな目で見られていたのかわからない。でも、今日気付いてしまった。だから、きっと今かそういう目で見られている、俺はこいつにとってそういう対象何だって思いながら生活しなきゃいけない。そんなの、今まで通りでいられるはずがない。
 ゼロは、俺が顔を隠したのを見て小さくため息をつく。


「……じゃあ、お試しとかどうだ」
「お試しってなんだよ。てか、呪いはどうすんだよ!」
「主が……ラーシェが俺を愛してくれれば解けるんじゃないか?」
「何か、テキトーに言うな……はあ。お前にとって、呪いを解くことが優先なんじゃないのか?」


 と、たずねれば、ゼロは何をというようにおかしそうに笑う。


「そうだったな、最初は。だが、気が変わった」


 そういったかと思うと、ゼロは俺の腕を無理やり引っぺがして頭の上で縫い付ける。抵抗しようとしたがびくともしないので、俺はあきらめてゼロを見上げた。ゼロの口角が歪に歪んでいる。それが愛なのか、狂気なのか今はちょっとわからなかった。


「いいな、その顔……とても、そそるぞ。ラーシェ」
「はは……俺、躾失敗したな」


 まあ、いいや。
 きっと、俺はこいつに殺されない。俺がこいつのリードを手放さなければ。

 そんなことを思いながら、俺はゼロにこいよと言って挑発的に笑ったのだった。ただじゃ食われない。だって、元が悪役なのだから。ゼロはそんな俺の挑発にまんまと引っかかって噛みつくように俺の唇を奪ったのだった。


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