21 / 43
第2章 公爵子息と駄犬
10 歩み寄って一人と一匹
しおりを挟むピチチチ、なんていう小鳥のさえずりで目が覚めたのは記憶に新しかった。
前にも小鳥のさえずりで目を覚ましたなあ、なんて思いながら重たい瞼を開く。すると、目に飛び込んできたのは見慣れた景色、天井。だが、横を見れば、あの灰色頭のワンコがすやすやと寝ていた。人間体であるので、俺の何倍もの筋肉を体にまとい、寝息は規則的なのに、眉間にはしわがよっているそんなゼロの姿が目に入ってきたのだ。
まだ覚醒しきっていない頭で、昨日何があったのか思い出しながら俺は無意識にゼロの頭を撫でていた。ポメラニアンのときはかわいいが、こうしてダメって寝ていれば意外と無害なんじゃないかと思ってしまったからだ。それでも、一度寝起きに顔を舐められたことは忘れない。
俺は一通りあたりを見渡し、自分が、パンツははいているが上はシャツだけ、しかもゼロのシャツであることに気づいてしまった。あまりにも体格差があるため、ゼロのシャツを着ると尻まで隠れてしまうのだ。だから、彼シャツ……見れば、ゼロは、ズボンをはいているが上半身は裸で、見せつけるように筋肉が主張してきていた。いつもより、艶やかな肌を見て、こんなんだったけ? と首をかしげる。
その瞬間、頭に稲妻が走しった。
「俺……何して……ああああ!?」
ゼロ、朝、彼シャツ……!
いや、彼シャツでもないし、勝手に着せられていただけなのだが。ようやくそこで、昨日何があったか思い出した。
ゼロの元家族の伯爵夫人との遭遇。そして、家に帰ってゼロを癒して、人間に戻った後に俺たちは……
今思えばなんであんなことになったのか思い出せない。ゼロがあそこまで乗り気だったというか、積極的だったのも、いまだ理解できていないのだ。あの日はちょっと特別だったのだろうか。飴と鞭というか。俺と夫人を天秤にかけたら俺のほうがいいって、嫌なものを二つ出されたとき、片方の嫌なほうがよく見える現象なのだろうか。
考えると頭が痛くなってきたのでそこまでにしたが、俺たちはまたある一線を越えてしまった気がするのだ。
(いや、抜きあいって男同士するもんな。おかしいことじゃないもんな)
自分なりに納得させてみようとしたが、余計な考えが入ってしまって、納得するまでには至らなかった。
まさか、抜きあいで気を失うなんて思わなかったのだ。
もちろん、疲れていたということもあったが、あんなに気持ちよかったのは初めてで、あのピリピリと脳を貫くような快感というのはそう味わえるものじゃないだろう。人にされるってあんな感じなんだ、と無意識に意識を失うまでの感覚を思い出そうとしてしまう。下半身に熱が集まってきたので、俺は一旦考えるのはやめて、原因となったゼロを見た。すると、あちらもちょうど起きたらしく、ターコイズブルーの瞳と目があった。
思わずその目から逃れるためそらしてしまい、感じが悪かったかと視線を戻せば、ゼロは気にする様子もなくあくびをしていた。
「ゼロ、体調は?」
「なんともない。いや、それを聞くのはこっちだが……主、大丈夫か?」
「え、ああ、俺もなんとも……」
「まさか抜きあいで意識を飛ばすとは思っていなかった。そ、そんなに気持ちよかったのか。主」
「おい、お前、なんつー質問してんだよ。朝から!」
指をさして怒鳴れば、さすがに質問も質問だったと思ったのか、ゼロは頬をかいてぺこりと頭を下げた。
正直に質問してくる奴があるか、と俺が睨むと、ゼロはシュンと耳を下げるようにうつむいた。そんなに攻めているつもりはなかったのだが、傷ついたような顔をされるとこっちが悪いのかとなってしまう。だが、不覚にもそのシュンとした顔に胸を貫かれてしまったのだ。
ゼロが可愛く見えるなんて何かのバグでしかないだろう。
「別に。最近抜いてなかったから、そうなっただけだし。俺が別に、敏感とか快楽に弱いとかそういうんじゃ……」
「主」
「何だよ!」
ごにょごにょと恥ずかしながらも言い訳をしていると、それを遮るようにゼロが俺の名前を呼んでくる。
名前、というか一種の呼び方であり、もう慣れたがやはり”主”と言われるのはどこかに違和感がある。
ゼロの方を見れば、さっきとは打って変わって真剣な顔で俺を見つめ、正座をしている。
「昨日一晩考えた」
「何を。てか、この服、お前の?」
「ああ。あの後、主が気を失って後処理をだな。人に服など着せたことがなかったからな。だが、何もきていないというのも寒いだろ? だから、俺のシャツを着せておいた」
風邪は引いていないか? とゼロは心配するように言って、ターコイズブルーの瞳で俺を覗く。なんだか会話も順序もぐちゃぐちゃになっている気がする。というか、後処理とサラッといったが、嫌いな俺を放っておかずにそこまでしたのか、というのが正直驚きだった。もちろん、そのおかげで風邪もひいていないわけだし。
俺はゼロの心配を無碍にすることもできず、大丈夫だ、といって服を脱ごうとした。だが、脱いでしまったらパンツ一枚になることに気づいて、とりあえずゼロの話が終わるまではこれでいいかとボタンを留め直す。
「それで、何を一晩考えたんだよ」
「……主のことだ。これまでの態度を改めようと思って」
「ほーん、ふーん……って、は? 態度を? いやいや、ゼロ?」
どこかに頭をぶつけたんじゃないかと思った。ゼロにそんなことをいわれる日が来るなんて思ってもいなかったからだ。
俺は、誰かに無理やり言わされているのではないかと心配したが、ゼロは、聞け、というように俺の手を掴んだ。やはり冷たいゼロの手は、俺の手なんかよりも大きくて、男らしい。本当に憎たらしいほど、いい手を、体つきをしている。
これが、可愛い女の子だったらいいのに、と一瞬の思ったのに、強引に手を掴まれてドキドキしている自分がいたのもまた事実だった。どうして、ゼロなんかにそんな感情を抱いているのか自分でも理解できない。
「昨日の件……俺は、本当に感謝している。本来であれば、俺の問題で、俺がどうにかしなければならなかった。だが、主はそれに首を突っ込んで、俺のためにいってくれた。生まれて初めて、庇われたんだ。人に」
「へえ、そうなのか……でも、俺は」
ゼロの言葉から、彼の家での扱いがまた一つ鮮明に浮かぶ。誰も庇ってくれない。貴族と身分の低いものの間に生まれた私生児だから。そして、伯爵夫人も、伯爵夫人だったから。ゼロが生きていた国に彼を庇ってくれる人なんて誰もいなかったのだろう。家に何てさらに居場所がないのだ。
庇ってもらったのが初めて、という言葉はきっと嘘じゃない。
傭兵時代も、庇われたことなんて一度もないのだろう。だって、ゼロは強く見えるから。きっと、誰もゼロを気にかけたりしなかったのだろう、と。
容易に想像がついた。それと同時にゼロが誰かに心配されたかったというようなことをいったのが意外だった。これまでずっと寂しかったのか、なんて今まで見たことないゼロの一面を垣間見た気がした。
(それでも、俺は、俺はこいつに……)
前世を思い出して、自分のやったことのひどさに気づいた。だが、思い出さなければあれが当たり前で罪悪感なんてなくずっとゼロを陥れ続けていただろう。
でも、前世を思い出して態度を改めたからと言って過去にゼロに行ったことは一つも消えない。ゼロはそんな俺を許すというのだろうか。
「主の言いたいことは分かる。もちろん、これまでのことを忘れるわけでも、許すわけでもない。だが、主の護衛として、これからもアンタを守るものとして、もう少し歩み寄ってもいいのかもしれないと思ったんだ。まだ、俺の知らない主の顔を知れるかもしれないからな。心を入れ替えるって言ったことが演技や、嘘の可能性もあるが。少しは、信じてみようと思ったんだ」
「ゼロ……」
そんなにまっすぐに言われて、こいつの言葉を疑うこともばかばかしくなってきた。いや、素直に受け取らないほうが無礼だろうと思うくらいには、こいつの言葉が刺さってしまった。まさか、自分が虐げていたやつにこんなことを言われる日がくるとは思ってもいなかったのだ。
許された気持ちになったが、ゼロの言葉にあったように完全に許したわけでもない。何度も思い出しては、そのときまた怒りがぶり返すことだってあるだろう。
「お前に、そんなこと言われるなんて思ってなかった。だって、俺、必死だったから、さ。ゼロが珍しくおされてるって思って。何とかしなきゃって思ったんだよ。まあ、結果あんなふうにしか追い払うことできなくて、お前にまた嫌な思いさせたかもだけど。でも、ほんと……お前が無理やり連れて帰られるのとか、お前がいなくなるのとかは勘弁だって思ったんだよ。俺も」
恥ずかしながらに出た言葉は何一つ嘘のない本音だった。そこに、護衛がいなくなるという打算が少し含まれていたことは自分で感じつつも、呪いを解くと約束したこともまた俺は忘れていなかった。
「そうか、主」
「そうかって、なんだよ笑うなよ。俺は必死だったんだからな! お前が、もし、あのときポメラニアンになったらとか、いろいろ考えてて」
「耐えた俺も褒めてほしい」
「ま、まあ、うん、まあ……」
そのあと、耐えきって力尽きたようにポメラニアンの姿にはなったが、それは目を瞑っておこうと俺は視線を逸らす。
視線をそらした理由はそれだけではなく、ゼロが初めて俺の前で笑ったから、というのもあった。
(お前って、そんなふうに笑えんのかよ……)
ふはっと噴き出すように笑ったゼロ。朝日を帯びて灰色の頭が、銀のように輝いているようにも見えた。その体に流れている貴族の血がそう見せているのか、あるいは俺の目がそう見えるようになってしまったか。それはわからなかったが、ただ今この瞬間は、少しだけ救われた気がした。
思い出したくもないが、自分は悪役で、まだすべての人間に許されたわけじゃないことを。これからもきっと、許されないこともわかっている。けれど、今目の前に俺のことを信じてみてくれるやつがいたことはほんのちょっとの救いな気がしたのだ。
32
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
推し様の幼少期が天使過ぎて、意地悪な義兄をやらずに可愛がってたら…彼に愛されました。
櫻坂 真紀
BL
死んでしまった俺は、大好きなBLゲームの悪役令息に転生を果たした。
でもこのキャラ、大好きな推し様を虐め、嫌われる意地悪な義兄じゃ……!?
そして俺の前に現れた、幼少期の推し様。
その子が余りに可愛くて、天使過ぎて……俺、とても意地悪なんか出来ない!
なので、全力で可愛がる事にします!
すると、推し様……弟も、俺を大好きになってくれて──?
【全28話で完結しました。R18のお話には※が付けてあります。】
人生二度目の悪役令息は、ヤンデレ義弟に執着されて逃げられない
佐倉海斗
BL
王国を敵に回し、悪役と罵られ、恥を知れと煽られても気にしなかった。死に際は貴族らしく散ってやるつもりだった。――それなのに、最後に義弟の泣き顔を見たのがいけなかったんだろう。まだ、生きてみたいと思ってしまった。
一度、死んだはずだった。
それなのに、四年前に戻っていた。
どうやら、やり直しの機会を与えられたらしい。しかも、二度目の人生を与えられたのは俺だけではないようだ。
※悪役令息(主人公)が受けになります。
※ヤンデレ執着義弟×元悪役義兄(主人公)です。
※主人公に好意を抱く登場人物は複数いますが、固定CPです。それ以外のCPは本編完結後のIFストーリーとして書くかもしれませんが、約束はできません。
悪役令息に転生したので、断罪後の生活のために研究を頑張ったら、旦那様に溺愛されました
犬派だんぜん
BL
【完結】
私は、7歳の時に前世の理系女子として生きた記憶を取り戻した。その時気付いたのだ。ここが姉が好きだったBLゲーム『きみこい』の舞台で、自分が主人公をいじめたと断罪される悪役令息だということに。
話の内容を知らないので、断罪を回避する方法が分からない。ならば、断罪後に平穏な生活が送れるように、追放された時に誰か領地にこっそり住まわせてくれるように、得意分野で領に貢献しよう。
そしてストーリーの通り、卒業パーティーで王子から「婚約を破棄する!」と宣言された。さあ、ここからが勝負だ。
元理系が理屈っぽく頑張ります。ハッピーエンドです。(※全26話。視点が入れ代わります)
他サイトにも掲載。
断罪は決定済みのようなので、好きにやろうと思います。
小鷹けい
BL
王子×悪役令息が書きたくなって、見切り発車で書き始めました。
オリジナルBL初心者です。生温かい目で見ていただけますとありがたく存じます。
自分が『悪役令息』と呼ばれる存在だと気付いている主人公と、面倒くさい性格の王子と、過保護な兄がいます。
ヒロイン(♂)役はいますが、あくまで王子×悪役令息ものです。
最終的に執着溺愛に持って行けるようにしたいと思っております。
※第一王子の名前をレオンにするかラインにするかで迷ってた当時の痕跡があったため、気付いた箇所は修正しました。正しくはレオンハルトのところ、まだラインハルト表記になっている箇所があるかもしれません。
【完結】『悪役令息』らしい『僕』が目覚めたときには断罪劇が始まってました。え、でも、こんな展開になるなんて思いもしなかった……なぁ?
ゆずは
BL
「アデラール・セドラン!!貴様の悪事は隠しようもない事実だ!!よって私は貴様との婚約を破棄すると宣言する……!!」
「………は?」
……そんな断罪劇真っ只中で、『僕』の記憶が僕の中に流れ込む。
どうやらここはゲームの中の世界らしい。
僕を今まさに断罪しているのは第二王子のフランソワ。
僕はそのフランソワの婚約者。……所謂『悪役令息』らしい。
そして、フランソワの腕の中にいるのが、ピンクゴールドの髪と赤みがかった瞳を持つ『主人公』のイヴだ。
これは多分、主人公のイヴがフランソワルートに入ってるってこと。
主人公……イヴが、フランソワと。
駄目だ。駄目だよ!!
そんなこと絶対許せない!!
_________________
*設定ゆるゆるのBLゲーム風の悪役令息物です。ざまぁ展開は期待しないでください(笑)
*R18は多分最後の方に。予告なく入ります。
*なんでもありOkな方のみ閲覧くださいませ。
*多分続きは書きません……。そして悪役令息物も二作目はありません……(笑) 難しい……。皆さんすごすぎます……。
*リハビリ的に書いたものです。生暖かい目でご覧ください(笑)
買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます
瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。
そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。
そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。
不幸体質っすけど役に立って、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
義兄のものをなんでも欲しがる義弟に転生したので清く正しく媚びていくことにしようと思う
縫(ぬい)
BL
幼い頃から自分になんとなく違和感を感じていたシャノンは、ある日突然気づく。
――俺、暇潰しで読んでた漫画に出てくる『義兄のものをなんでも欲しがるクソ義弟』では? と。
断罪されるのもごめんだし、俺のせいで家がむちゃくちゃになるのも寝覚めが悪い!
だから決めたのだ! 俺、シャノンは清く! 正しく! ちょっと媚びて真っ当に生きていくのだと!
表情筋が死にかけている義兄×真っ当な人生を歩みたいちょっと打算的な義弟
溺愛ベースでのほほんとしたお話を目指します。固定CP。総愛され気味かもしれません。
断罪回避のために猫を背負いまくる受けを書くつもりだったのですが、手癖でどんどんアホっぽくなってしまいました。
ゆるゆる設定なので誤魔化しつつ修正しつつ進めていきます。すみません。
中編〜長編予定。減ったり増えたり増えなかったりするかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる