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第2章 公爵子息と駄犬

03 実は○○の獣人でしたって、嘘だろ……

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「これにて、契約は成立です。またのお越しをお待ちしております~」
「はあ~また次があれば、な!」


 最後まで食えない店主で、俺は店主に見えないよう中指を立てた。二度とこんな店くるもんかと思ったし、闇市ももうこりごりだ。
 店を逃げるように出て、俺はツェーンの手を引いて闇市を歩く。
 ぼったくられたわけじゃないが、こんな小さな獣人でもかなりの値段がした。持ってきたお金が全部なくなる、なんてことはなかったが、ほぼ財布は空に等しい。
 あの息の詰まる空間から解放され、俺は大きく息を吸って、吐いた。
 きっと、あそこにいた獣人たちは今後もあそこを訪れる人に買われていくんだろうな、とそう思うと胸が苦しかった。俺みたいに、助けたいとか思って買う人ばかりじゃないだろうし、何なら私利私欲のためにあそこを訪れる人のほうが多いだろう。実際に、俺も初めはそうだったのだから。良い人ばかりじゃないことを、俺は知っているから。


「顔が暗いな、主」
「そう……? まあ、そうか。ゼロもありがとな。俺のわがままにまたつき合わせちゃって」
「それが、俺の仕事だからな。無知で何をしでかすかわからない主を守るのが、俺の仕事だ」
「ひゅ~かっこいい。ゼロってたまにキザだよな」
「キザとは何だ」
「え、知らなくて、それなの? いや、でも、傭兵というより、騎士に近くなってきた気がしないでも……うん、いいと思うぞ。ゼロ」


 と、俺はゼロを褒める。ゼロはそっぽを向くが、顔はまんざらでもなかった。
 日はかなり沈んでおり、馬車に乗って帰ったら屋敷につくころには夜になっているだろう。馬車を読んである場所まで向かう際中、まだ空いていた靴屋で、ツェーンに赤い靴を買ってやって、それからちょっとした食べ物を買って買い食いしながら歩いていた。
 その間もツェーンは一言もしゃべらなかった。


「ツェーン大丈夫か? 歩き疲れたか?」
「獣人だろ。これくらいどうってことないはずだ。それに、俺の後任なんだろ。それくらいでへばってもらったら困る」
「ゼロって、子供にも厳しいのか? ちょっと、今の発言は子供に対してかわいそうじゃないか?」


 ゼロの後任が務まるわけがないだろう。こんなにも小さくて、かわいくて、ちいこきいのちなのに。ゼロがポメのときよりはちいこきいのちではないのだろうが、それでも非力で、守ってあげなければ凍え死んでしまいそうな子猫の獣人にそんなことを。
 俺がゼロを睨みつければ、ゼロは、はあ~と大きなため息をついて髪をかきあげた。


「また、主。勘違いしているようだな」
「勘違いって何だよ。てか、その入り方俺嫌いだからな!? 俺が、バカみたいに聞こえるその言い方!」


 なんだかカチンとくるし、癪に障る。
 俺がぷんすこ怒れば、ゼロはターコイズブルーの瞳を鋭くし、ツェーンのほうを睨みつけた。子供を睨むような目ではないと、俺はさっとツェーンを後ろに下げる。
 なんだか、ゼロがかみ殺しそうな勢いでツェーンを見るからだ。


「おい、だからそんな殺気出すなって。ツェーンがかわいそうだろ?」
「かわいそうに見えるのは主だ。そんな、下種に騙されて」
「げ、下種って!」
「いい加減、喋ったらどうだ。ライオンの獣人」


 そう、ゼロは言って、腰に下げていた剣を引き抜きツェーンに向けた。おいおい、剣まで引き抜くのかよ、と思ったがそれよりもゼロのいったライオンの獣人という言葉が気になって仕方がなかった。
 店主からツェーンを引き渡してもらう際、店主は妙にニヤニヤとしていた。俺が猫の獣人というたびに笑いをこらえきれないような顔をしていたと今になって思い出す。
 だが、ツェーンは多少耳が丸いなとか、しっぽは切られたみたいでないな、とかそれくらいで。こんなか弱い子供がライオンの獣人なわけがないと、俺は思うのだ。


「な、何かの間違いだろ。ライオンの獣人って……な、ツェーン……ツェーン?」


 俺が後ろを振り返れば、先ほどまで手をつないでいたツェーンはおかしそうに口元に手を当てて笑っていた。クックックと、どこか悪人のような、老人のような笑い方で。
 俺がそれにギョッとしていると、ツェーンは頭を抱えて大声で笑い出した。そして、目元まで隠していた手を退ければ、見えたのは獲物を狙うようなぎらついた黄金の瞳だった。


「あ~いつかバレちゃうと思ったんだけどさあ。こんなに早く気付かれるとは……吾輩の演技も鍛えなおさなきゃならねえみたいで」
「わ、吾輩……」
「ほら、いった通りだろ。主」
「いや、吾輩って」


 突っ込むところはそこか、というような目でゼロに見られてしまい、俺はツェーンとゼロを交互に見た。
 先ほどまで本当に儚い、ちいこきいのちだったはずなのに、今はどうだ。
 声はさっきまで舌足らずな子供のようにしか聞こえなかったのに、今は成熟した青年のような落ち着きがある。こんなの詐欺だ! と俺は声を荒げたかった。店主も先に言ってくれればいいのに、やはり優しさのかけらもなかったな、と俺はあの店主に中指を立てるしかできなかった。
 そんなあたふたしている俺をすっと後ろに下げて、ゼロは剣をツェーンに向けながら俺を守るように前に立つ。初めて、護衛らしいことをされたのだが、あっちも一応俺の従者……なのだが、と俺はツェーンの顔を見る。あどけなさはぬぐい切れないが、放つオーラは、子供のそれではなかった。


「まっ、旦那には感謝してるよ。吾輩を、あそこから解放してくれたんだから。吾輩にお金まで払って。それに、吾輩男だし。傑作」
「おい、アンタは一応、主の所有物だ。あまり舐めた口きかないほうがいい」
「いや、俺そんな怖くないって、ゼロ」
「ふーん。まあ、さっきかけられた魔法のせいで、吾輩は逃げることはできないみたいだし? 旦那のお屋敷にお邪魔することにはなるが、命令違反にならない程度には、サボらせてもらう気でいるぞい?」


 と、ツェーンはクスクスと笑う。
 もうめちゃくちゃだ、と俺は思考を放置したくなった。
 買ったかわいい子猫の獣人は、実はライオンの獣人で性格の悪そうな男だったなんてあっていいのだろうか。俺が見抜けなかったのが問題ではあるが、それでも、解せぬ。


「それにしても、貴様も、獣臭いが、何の獣人?」
「……俺は、獣人じゃない」


 クンクンとツェーンは、命知らずに剣を向けたままのゼロに近づいていく。ゼロは嫌そうに眉間にまゆをひそめて、ツェーンから一歩また一歩と距離を取る。


「獣人じゃない? じゃあ、何?」
「……答える義務はない」
「まあ、いいや。吾輩には関係ないし。同族の匂いってやなんだよなあ。貴様とは仲良くなれそうにないぞ」


 そういいながら、ゼロにどんどん近づいていきそしてゼロの首筋に顔を近づけたかと思えば、くんくんと匂いを嗅いだ。まるで犬がマーキングするように。だが、ゼロはツェーンを薙ぎ払って、俺のほうにすり寄ってくる。なぜだ……と思っていれば、自分についた臭いを消そうとしていたらしかった。


(だから、なんでお前も、人間の状態で犬みたいな行動すんだよ……)


「ああ、貴様は犬か。元は人間らしいが、何かの拍子で犬に……ほんほん。旦那、貴様面白いぞい」
「お前のキャラ掴むのにあと、一週間かかりそうだから待って……」


 キャラが濃すぎる。さっきのかわいい子猫ちゃんを返してくれと俺は肩を落とすしかなかった。
 ゼロもゼロで、警戒心マックスな状態でツェーンを見ている。犬と猫……片っぽはネコ科のライオンの獣人だが、どうやら仲良くしてくれそうになかった。とくに、ゼロがツェーンを嫌っているように見え、これから仲良くなるような兆しが全く見えない。
 それに比べて、ツェーンはのらりくらりと、自分のペースで体を揺らし笑っている。
 面倒なのが増えただけだった。


「とにかく、帰ろう。あまり遅くなると、治安よくないし、襲われでもしたら」
「そうするのが、正解だぞい。あと、吾輩お風呂入りたいぞ!」
「お前も、図太すぎるだろ……」


 ゼロも対外だが、ツェーンもかなりの男だと思った。せめて、女の子であればと思ったが、しかたがない。
 俺は、二人を乗せて呼んでいた馬車に乗り込んだ。


「あれ、ゼロ、俺の隣なのか?」
「いいだろ。あいつの隣よりましだ」
「ええ……仲良くしてくれると助かるんだけど」
「命令でなければ、断固として断る」


 馬車に乗り込んで早々、いつもは俺の真正面に座るゼロが俺の隣を陣取った。ツェーンは、俺の正面に座って、こてんと横に倒れてあくびをしていた。
 いつもは嫌がって隣に来ないのだが、どういう心境の変化。いや、単純にツェーンの隣に座りたくないのだろうが、ツェーンより俺のほうがましと思われたのも意外だった。
 しかしながら、もともと図体でかいし、足を開いて座るため、スペースがない。


「ゼロ、もうちょっとそっちいけ」
「動くのが面倒だ」
「面倒って、俺狭いんだけど。ああ、もうこういうとき、ポメラニアンになってくれれば問題ないのに!」
「確かにそうかもしれないな」
「確かにって、別に自由自在になれるわけじゃないんだから……うぉお!?」
「おお、デカブツが、いっぬになったぞ!」


 先ほどまで寝る気満々だったツェーンも起き上がり、目を輝かせる。
 ボフンという聞きなれた音と、煙。そして、いつの間にか、俺の膝の上にはポメラニアンの姿になったゼロが陣取っていた。


「すごいぞい。先ほどこいつから匂ったのは、この獣臭だったんだな!」
「ふぅううう、ガルゥウッ!」
「ツェーン、あまり近づかないほうがいいかも。今、めっちゃ威嚇してる」


 どうして、またポメラニアンなんかに。自分の意思でポメラニアンになったのだろうか。それとも、俺がつめろとか、ツェーンに絡まれてストレスがかかっていたというのか。後者だと考えても、タイミングがあまりにもよかったなあ、と俺は膝上のゼロを撫でる。すると、威嚇していた口を閉じて、スッと目を閉じる。耳もぺしゃんと垂れて気持ちよさそうに寝息を立て始めた。


(まあ、お疲れ。ゼロ)


 一日中つき合わせてしまったし、疲れたのだろうと俺は優しくゼロを撫でる。ツェーンも眠そうにもう一度あくびをすると、丸くなって寝てしまった。俺も、屋敷につくまで寝ようと目を閉じたのだった。


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