6 / 44
第1章 悪役令息と狂犬
05 このクソポメが!
しおりを挟む「このクソポメが! 何回、ポメになるんだよ!」
「……それは、なんだか、すまないと思うな」
「それがすまないって態度か? 俺の腕の中でペションと耳垂れさせてるのが、すまないって態度か!? ああ?」
「主は、本当に口悪いな」
お前にだけは言われたくないな、と思いながら、腕の中から落ちそうだったので、灰色のポメラニアンを抱え直す。
公爵家の庭を歩きながら、俺は何度もポメラニアンになっては癒しが必要なゼロに怒号を浴びせてしまっていた。こんなんでは、ストレスがかかって、よりポメでいる時間が長くなってしまうのに。わかってはいても、呪いをかけて二週間、五回ほどポメラニアンになって癒して、しごいてを繰り返す俺の身にもなってほしかった。
あの後、クライゼル公爵家に仕えている魔導士に呪いのことを詳しく聞くと、鑑定の結果ストレスの種類は一つではなく、感情の起伏によってもポメラニアンになることがあるらしかった。そして、呪いを解く方法は”誰かに愛されること”だと伝えられた。それは、呪いをかけた本人でなくてもいいらしい。だが、ポメラニアンから人間に戻る際の癒しは術者本人でなければならないというのだ。本当に全く面倒な呪いをかけてしまったと反省している。
そんなこんなで、ゼロはここ二週間、五回もポメラニアンになった。本人はストレスの原因を話したがらなかったが、おおよそ俺が原因だろうと予想ができた。
嫌いな俺に癒されなければならないという屈辱、毎回勃起を収めるために俺にしごいてもらわないという屈辱。もとから、粗末に扱われることを嫌っていたゼロが、犬扱いされることにストレスを感じないわけがなかったのだ。だから、何度癒してもその場しのぎであり、ポメラニアンに戻ってしまうと。
癒しが逆にストレスにつながっているんだろうなということは容易に想像できたのだ。
だからといって、ポメラニアンのままでは格好がつかないだろうし、不便なことが多い。そのため、人間に戻る必要があった。
(てか、愛されるって何だよ……誰がゼロを)
ふと浮かんだのは、この世界の、もっといえば小説の主人公の存在だった。だが、その主人公は王太子とくっつく予定だし、まあゼロの境遇を憐れんで同情して彼に手を差し伸べはしたけれど。それが愛であるかはいまいちわからない。くっつかない、Ifストーリーとしてゼロ×主人公っていうのはあるだろうが、きっとこの世界は本編通り進む。
だったら、誰がゼロを愛するというのだろうか。
そもそも、愛って何だと、その定義からあいまいだった。
「おろせ、主。重いだろ?」
「いや別に。さすがに、人間時のお前を抱っこできるほどの筋力はないけど……って、暴れるな! もう!」
もぞもぞと動いて、ゼロは俺の腕の中から脱出した。
本当に人のいうことを聞かない駄犬だな、と俺は短い足ですくっと地面に立っているゼロを見下ろして思った。
こいつを護衛とすると決めたとき、ゼロがこんな性格だなんて想像できただろうか。
(出会ったのはちょうど、一年前……か)
はっきりとではないが、ぼんやりと彼との出会いを覚えている。
それは、俺が悪役令息まっしぐら街道を進んでいるときだった。俺が強い魔物をそばで見たい、なんならその魔物を倒して名声を得たいなんていう私利私欲だらけの危険なわがままを言ったことにより、国境沿いの魔物が出没するエリアにいったときのこと。そこではすでに、雇われの傭兵たちが魔物を退治している最中だった。かなり苦戦を強いられており、撤退するやつもいたが、その中で目立ったのがゼロだった。自身と大差ないほど大きな剣を振り回し、魔物の返り血ももろともせずに剣をふるうその姿に目を奪われた。まるで、ゼロが何か恐ろしい怪物かのように魔物たちはひるみ逃げようとしていた。だが、逃げることもゼロは許さず頭を跳ね飛ばし、羽のある魔物に対しては、羽を素手でもぎ取ってと、本当にそれは恐ろしい光景だった。
けれど、そんなゼロの強さを目の当たりにした俺は、彼が欲しいと思った。俺を守るのにふさわしい、新しいおもちゃを見つけたような感覚だったのだ。あのときは、だ。
そうして、俺は魔物を退治し終えて、生臭いにおいに包まれた汗まみれのゼロに声をかけた。今の依頼人の十倍は弾むから俺の護衛になれと、護衛になる権利をやろうと上から言って、無理やりゼロを連れて帰った。戦闘時は荒々しく怪物のようだったのに、帰りの馬車ではあまりにも静かで驚いたのが印象的だった。多分、俺が提示した額を信じられなかったのだろう。
だが、しっかりと支払い、服も新調すればゼロはようやく信じたかのように俺を「主」と呼ぶようになった。護衛としての仕事は、魔物退治とは違って地味なものだった。それに、俺の護衛だったため、嫌がらせも受けて、それで一年もの間……
(俺の……ラーシェの気まぐれのせいだよな)
付き合わせてしまった彼に負い目を感じている。魔物退治をして生計を立てるほうがよっぽど彼にとっては、幸せだったのではないかと思ってしまうのだ。
思えば、ゼロの過去なんて全く知らない。しろうともしてこなかった。
「散歩したいなら、散歩したいっていえよな」
「誰も、散歩したいとは言っていないだろう。ただ、主が重たいかと思っただけだ。それに、犬扱いされるのが、腹立たしい」
「いや、犬だし。抱っこしてたら、癒されるかなあって思ったけど、まあ、犬だから散歩のほうが楽しいよな」
と、俺はゼロを見た。
口ではそういっていたが、実際散歩という単語に尻尾を振っていたのだ。人間的な扱いを受けたいといいつつも、身体は正直なもので、犬として順応している。
俺も、心を入れ替えるといったのにもかかわらず、皮肉たっぷりな言葉ばかりを吐いてしまうから同じなのかもしれない。変わりたいと思うが、染みついてきた長年の上から目線はそう簡単に変えられないようだった。
「ふーん、俺のこと気にしてくれたわけだ。優しいじゃん、ゼロ」
「気にしていない。俺がストレスに感じただけだ」
「はいはい。そういうことにしといてやるよ。んで、お散歩楽しいか?」
「楽しくはない。散歩などしない」
「犬だし楽しいはずなんだけどな……いや、人間だけどな? 中身は」
相変わらず、可愛げのないやつだ。
ただ、よくしゃべるようになったのは、変わった点というのだろうか。無口だと思っていたが、加害者である俺が下手に出れば、想像以上にコロッと本性を見せた。自分は被害者であると、そう俺に罪の意識を感じさせるように。
とてとてとてと、ゼロは短い足で、尻を振りながら石畳の庭園を歩く。それに俺は、ちょこちょこと後をついて行く。リードはつないでいないが、やはり実質散歩といえるのではないだろうか。ゼロも楽しそうだし、このまま歩かせていれば癒されて人間の姿に戻れるのではないだろうかと思った。
(まあ、今ここで戻って、外で射精させろなんて言われたら困るけどさ……)
魔導士に頼んで、人間の姿に戻ったとき裸にならない首輪を作ってもらった。だが、首輪だったためか、ゼロは二、三度嫌がって拒否した。しかし、やはり人間に戻ったとき裸では格好がつかないだろうとしぶしぶ首輪をつけてくれた。ゼロと同じターコイズブルーの首輪にしてもらったのは正解だろう。
銀色のフワフワとした毛並みは、日の光を浴びて煌めいていた。
ゼロの犬姿は、本当に可愛い。かっこいいとか、強いという印象はポメラニアンという犬種なので受けないが、中身がゼロだと思っていても可愛いのだ。
「――主」
と、ふとゼロが振り返った。
そして、俺に向かって手を差し出す。その小さな前足を。
「ん? え、何、お手?」
「いや……何でもない」
「いや、お前俺のこと呼んだじゃん! てか、今のお手だろ!」
完全にお手という芸だった気がする。だが、頑なにゼロはそれを認めようとせず、ガルガルとうなって威嚇するのだ。もうこうなったら、突っ込まないほうがいいと俺は降参というように手を上げる。そうしたら、ゼロはフンと鼻を鳴らすように俺に背を向けてまた歩き出すのだ。小さな背中を見て、俺はゼロのこと何も知らないなとやはり思ってしまうのだ。
俺の態度や行動が、ゼロとの距離を作ってしまったのは事実であるが、それ以前に、ゼロは深くかかわろうとしてこなかったし、初めから壁を作っているようにも思えた。パーソナルスペースが広くて、寄せ付けない。一匹狼のようで。
知っている情報といえば、隣国の私生児であり、家族にとって望まれない存在であったこと、ぞんざいな扱いを受けてきたことくらいだった。その家庭での話とかも何も知らない。
俺が、足を止めればゼロはピクリと耳を動かしてこちらに戻ってきた。まるで、俺の心配をするかのようにくーんと鳴いたのは、きっとゼロの意思ではなく、犬として飼い主を気遣う本能的なものなのだろう。
「……俺さ、ゼロのこと何も知らない」
「ああ、知ろうともしてこなかったからな。それが、いまさらなんだ?」
「知りたいって思ったというか、知ったらもっとお前が犬にならなくて済むのかな、とか思った。ほんと、ごめん」
「謝るくらいなら、あのとき呪いをかけなければよかっただろ。俺はずっと気になっていた。アンタが、なんであの後改心したかとか、心を入れ替えたのかとか。これまでの仕打ちを、まるでなかったように、他人がしてきたような口ぶりで。第三者みたいに。でも、どうでもいい、こうなっていまったものをすでにどうにかできないのなら、これまで通りでいいだろう」
そういって、ゼロはまた俺に背を向ける。そして、タンタンッ、とはねるようにして庭園の奥のほうに行ってしまった。彼よりも大きな植木がそびえたって、薔薇の迷路はきっとゼロを隠して迷子にさせるだろう。
追いかけてあげなければならない気がしたのに、俺は動くことができなかった。
「ゼロのいう通りだな……」
これまで酷いことをしてきたくせに、いまさら改心なんて、された側にとっては都合の良すぎる言葉を吐いているだけ、救われたいだけ、許されたいだけと思うかもしれない。それは、本当にそうで、俺が改心しようとた理由は自分のバッドエンドを回避するためだった。それを、見透かされているのかもしれない。
俺は、彼のターコイズブルーの瞳に睨まれているような気がして、腕をさすった。
このままじゃいけないのに、どうやって歩み寄ればいいかわからない。きっと、この呪いを解くというのは簡単じゃないんだろうなと、俺は改めて思い知らされた気がしたのだ。
54
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました!
※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる