悪役令息の俺、元傭兵の堅物護衛にポメラニアンになる呪いをかけてしまったんだが!?

兎束作哉

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第1章 悪役令息と狂犬

02 悪役令息ラーシェ・クライゼルの謝罪

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 広い玄関に、使用人を集め、俺は、彼らと同じ目線に立って全員が集まるのを待っていた。
 使用人は、執事からメイド、コック長や庭師などクライゼル公爵家に仕えている者たちが勢ぞろいで、皆なぜ集められたのかわからないと困惑気味にあたりを見渡していた。それでも、誰一人として口を開かないのは、招集した人間が俺だからだろう。

 悪役令息ラーシェ・クライゼルは、それはもう手のつけようのない問題児だった。
 クライゼル公爵は、旅行が好きな変わり者で、よく他国へと旅行に出かけている。そのため、家のことはほぼ任せっきりで、小公爵である俺にその権利を渡していたりもする。といっても、すべてを使えるわけもなく、本当に重要なことは公爵の許可がないと決められない。だが、それをラーシェは悪用していた。クライゼル公爵が、ラーシェの悪事や素行を目の当たりにしたのは、旅行先で不運に見舞われ帰ってきた日だった。それは、もっと先の話なので、それまでに俺が心改め、善人になればクライゼル公爵に勘当されることはないだろう。
 クライゼル公爵は、旅行好きで、他国との貿易にも関わっている。地位も高くて、お金持ち、それがラーシェにも付随する属性になったわけだ。

 それで、ラーシェの話に戻れば、とにかくわがまま、悪戯好き、悪知恵が働く、嫉妬深くて傲慢で強欲で……あげだしたら、七つの大罪すべてが当てはまるのではないかというくらい汚い欲望に塗れた人間だった。そして、何よりも自分が一番でなければ気が済まない性格だった。
 しかしながら、幼馴染である王太子には勝てず、彼と何かを競えば毎回二位という結果になってしまう。それが、ラーシェの劣等感を加速させ、王太子を毛嫌いするようになる。そのうえで、ラーシェは図太くて、王太子に嫌がらせもするもんだから、周りから嫌われていた。
 もちろん、家出の素行も最悪だ。

「ええ、ごほん……今日集まってもらったのには、理由がある」


 多分もう来ないだろうなと、俺は思って話を始めることにした。ずっと立ちっぱなしにさせるのも悪いし、彼らにも仕事があるからだ。
 みんな体をびくつかせて俺を見る。今度は何をしでかすのかと疑っている目だった。
 嫌われている、恐れられている……その眼に気づけたのは、前世を取り戻したからだ。なんでこんなふうに、見られていることに気づかなかったのか不思議なくらいに。
 そう思ったら途端に、誰も自分のことを好きじゃない、自分は独りぼっちなんだという気持ちになってしまう。惨めだ、自業自得なのに。


「みんなに、かけていた魔法を解除しようと思う」


 俺がそういった瞬間、どよめきが起きる。ざわざわと信じられないといった声が聞こえ、俺は怒鳴りそうになるのをぐっとこらえた。悪ガキだった時間が長いせいで、すぐに怒鳴る癖がついてしまっているのだ。ぴくぴくと指先が震えて、唇を噛んでいなきゃ腹から怒鳴ってしまいそうなほどだった。
 重症な悪役だ。


「もちろん、すぐに信じれられないってやつもいると思う。これがこれまでしてきたことは、本当に幼稚で……それで、お前たちに迷惑かけてきたし、辞職に追い込んだやつもいたし、解雇もしたし、嫌がらせもしたし……」


 言い出したら、ボロボロと出てくる自分の情けない行動に頬が引きつりそうだった。
 ラーシェのせいで、給料はよくても、精神的に病んだ使用人もいた。給料に見合わないと辞職を出したやつもいた。それほどまでに、ラーシェはクライゼル公爵家の使用人を苦しめてきたのだ。
 そして、先ほど言った魔法というのは、服従の魔法。あまりにも辞職するやつが多かったので、勝手にやめられないようにと、見えない首輪の魔法をつけたのだ。俺がその首輪を解除しない限り、俺には絶対服従というわけだ。といっても、殺せないとか命令に逆らえないとかくらいで、逆らったら死ぬまでのペナルティはない。しかしながら、とても不便で転職を考えている人間にとっては、生涯この家に、俺につながれることになる。
 この魔法を解いたら、一気に辞職するやつが増えるかもしれない。そして、解いた瞬間俺を殺そうとしてくるかもしれない。さすがに、人生をかけて俺を殺そうとしてくるやつはいないだろうと思うが、ラーシェのこれまでを見ればありえない話ではなかった。


(モブ姦エンドを迎えないためには、まずは、家の中での姿から変えないとだよな……)


 許してもらおうとは思っていない。ただ、努力して変えていって、俺が無害で大丈夫なやつだと思ってもらえる域にまで達したいと思う。

 脱悪役! それが、俺の目標だ。

 俺の言葉を信じられないように、皆周りを見てはどうする、というように目配せしていた。
 俺は、そんな使用人たちのどよめきを押し切って、ぱちんと指を鳴らす。すると、彼らの首に魔法陣が現れ、それらがカチンと音を立てて外れたのだ。


「これで、お前たちは自由だ。辞職するなり、なんなり好きにすればいい。それでももし、残ってくれるっていうやつがいるなら、俺はこれまでの行動を改めて、みんなに優しく接したいと思う」


 静まり返る玄関。
 辞職したいと手を上げるやつが出てきてもおかしくない空気なのに、皆俺を見て、スッと背筋をただした。どういうことだろうと、思った反応が返ってこずに困惑していれば、老執事長が前にすっとできて、頭を下げた。


「ラーシェ・クライゼル小公爵様。今のお言葉は、本当ですか」
「え、ああ、そうだ。辞職するなり……」
「そちらではなく、心を入れ替えるという話です」


 と、老執事は細い目を開いていう。その瞳は、まるで俺を試しているかのようで、後ろに控えいる他の人たちも同じように、どうなんだと懐疑の目を向けてくる。


「ああ、もちろん。このラーシェ・クライゼルに二言はない。これまでの幼稚な態度を改め……え?」


 俺がそう宣言すると、うぅ、と涙や鼻水をすすりだす人が続出し始めた。それは、長く仕えているものに多くて、新人と思しき人はそうでもなかったが、老執事はそのうちの一人で、ハンカチを出して涙をぬぐっていた。いったいどういう状況なのだろうか。


「長年、クライゼル公爵家で勤めていますが、ラーシェお坊ちゃんが、心を入れ替えると宣言してくれる日がくるとは。感激です……お坊ちゃん、大人になりましたね」
「え、あ、そう、そうなの……か?」


 まさか、そんなふうに感動してくれる人が出てくるとは思ってもおらず、俺は拍子抜けした。だが、これまでの悪行を許さないというように俺を見ている人も何人かいたので、年配の使用人だけが執事のように勘当しているだけだろう。だから、全員が全員そうじゃない。もちろん、そっちのほうは想定内だった。
 心を入れ替えると宣言した以上は、俺をいいように見てくれる人も、見てくれない人も含めて、俺は誠心誠意接していかなければならない。しょうもないプライドはまだ心の中でピラミッドのように残っている。態度がデカいと自分で言葉を紡ぎながら思った。
 だが、とにかくは、モブ姦エンド回避のためにやることはしていこうと思う。


「はい。お坊ちゃんは、初めて魔法が使えるようになった日、王太子殿下が魔法が発現したことにより、最年少魔法発現者の座を奪われてしまいましたよね。そのときから、お坊ちゃんは、いつでも王太子殿下の二番手といわれるようになりました。きっと、それが何よりも悔しくて、王太子殿下に対抗心を燃やしたのでしょうね。それから、嫌がらせを……」


 と、老執事は昔話をするかのように目を細めながらいう。

 ああ、そういえばそうだったと、俺は自分が何で今の性格になったのか、ラーシェ・クライゼルという人間が悪役になったのか思い返してみた。
 そうだ。俺は……ラーシェは、魔法をこの国で誰よりも早く発現させた。だが、その日運悪く、王太子が魔法を発現させたことにより、彼が最年少だといわれてしまったのだ。それが、ラーシェにとっては辛く、苦しいことだった。周りの大人に言っても、誰も見ていなかったのだからや、王太子の顔を立てるべきだろうと味方してくれなかった。その、味方がいないという現状に、自分の言葉を聞いてくれないという現実にぶち当たって、ひねくれてしまったのだ。
 自分の声を聴かせるには、力でねじ伏せるべきだと。変な思想を持つようになった。

 老執事の話が終わるころには、俺は周りの誰かに信じられたかったし、褒めてほしかった子供だったのだと気づかされて、いたたまれない気持ちになった。もちろん、これは向き合うべき自分の弱さではあったが。
 だからといって、そんな過去があるからといって、そんな性格で好き勝手していれば、周りに人がよってこないのもまた事実だった。
 こうして、今謝ったが、謝っただけで、行動を変えないことには意味ないのだと。
 俺はもう一度、「見ててほしい」と宣言する。


「俺のことを見ててほしい。変わるから。これからも、俺のもとで……いや、クライゼル公爵家に仕えてほしい」


 時期公爵としての威厳も、責任も。それもある。
 とにかく、今からでも遅くないから変えるのだ。少し、手遅れなこともあるかもしれないが。


「して、お坊ちゃん。その足元にいるのは、何ですか?」


 と、老執事は目線を下に下げて首をかしげる。
 あ、そういえば、とここにきてやつの存在を思い出した。
 プルプルと、俺の足にしがみつくようにしてそこで黙っていたポメを俺は抱き上げて、みんなに見せるよう突き出す。不服だ、というように、ポメ……ゼロは、俺のほうを見て、目を細める。


「ええっと……心を入れ替えるといった手前で、やらかしたんだけど。こいつは、俺の護衛のゼロ……と、俺がさっき呪いをかけちゃって、ポメラニアンの姿になっちゃったんだ。だから、その、まあ……よろしく」


 ヴァウッ! と、俺がそんな紹介をすれば、ゼロはめちゃくちゃにほえた。また、犬に戻っていると、先ほどあれだけぺちゃくちゃと人語を話したはずなのに、と、俺はよくわからなくなった。
 ただ、呪いをかけてしまったことと、これから屋敷でポメラニアンを見かけてもゼロ打から追い出さないようにということは伝えられた。

 その後は、みんなに解散してもらい仕事に戻ってもらった。何というか、まだまだ前途多難、ここからという感じであの後誰も俺にしゃべりかけてくる人はいなかった。けれどその日、辞職を出してくるやつは一人もおらず、いつものように夕食を作ってくれて、運んできてくれて。使用人たちの表情はいくらか穏やかになっていた気がしたのだった。


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