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番外編SS

兎の獣人とは言いますが兎らしくないですよね、アウラさん

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「――ぜったいに嫌だ! 貴様なんかに触らせるわけないだろう!」
「そこを何とか!」


 くしゃっと、かわいい小さなうさ耳を隠し、アウラは真っ赤な顔で怒鳴った。服も髪も肌も白いため赤くなると余計目立つ。足をダンダンとめちゃくちゃに踏み鳴らして、つぶれたような声でヴーヴーとないている。左手の中指を擦っていたので、あのバカでかい斧を出す気なんだろうなと思って俺は身構えた。
 獣人族というのはとても珍しく、帝都のほうでは見かけない種族なのだ。繁殖能力が低いわけではないが、人の多いところを嫌って帝国内でも辺境の地で暮らしているとか。あとは、田舎で大家族で暮らしているとか、グレーセさんから聞いた。だから、俺にとっては珍しい存在で、しかも兎の獣人ともなれば、その耳や尻尾を触りたくなるのだ。
 当たり前だが、触りたいといったらそれはもう、見たことないくらいに警戒されて顔にしわを寄せまくって睨みつけてきた。


「デリケートな部分を触らせるわけがないだろ、このスケベ雑用!」
「勝手にスケベにされたし……でも、気になるじゃん……俺にはない部位だし」
「獣人族からしたら当たり前に生えているものだ! 人間と一緒にするな!」


 と、アウラはやはりあの斧を取り出して近づくなと威嚇してくる。ここまでくるともう触らせてもらえる見込みはないな、と俺は観念して手を挙げた。
 せっかくもふもふとした耳としっぽがあるのに触れないなんて悲しい。兎は警戒心が強い生き物だというから、アウラも例にもれずそうなのだろう。しかしながら、まったく兎らしくないところもあり、見た目だけかわいい、バーサーカーラビットには俺も頭を抱えるしかなかった。アウラにはお世話になっているし、助けられているし。勇敢すぎる兎というところではみぎにでるものはいないだろう。だが、やはり兎ということで、兎らしく可愛い一面も見せてほしいものである。しかし、常にあわただしく動き回っていて、稽古をつけてくれるときは容赦ないし、口は悪いし……かわいさを感じる場面は一度もなかった。
 アウラの弱みを握れればと思うのだが、アウラにも隙がなく、もし近づけたとしても今みたいに斧を取り出して、首を切り落とさんとするので近づこうにも近づけない。


「じゃあ、殿下にだったら触らせるのかよ!」
「ああああ、ああーべん、アーベント様であっても、ちょ、ちょっとは、抵抗するからな! 耳はダメだ! 尻尾もだめだ! 僕に一切近づくな!」
「うぁっ、あぶな……斧振り回すなよ。この間屋敷を直してもらったばっかりなのに……」


 殿下でも触らせないとなると、相当敏感な部分らしい。触った後の反応がとても気になるのだが、斧を振り回し始めたため、今度はどうにか癇癪をおさめようと俺は死力を尽くす。皇太子に直してもらったばかりの屋敷は掃除も毎日して清潔感を保っているが、穴が空いたらどう修理していいものかわからない。さすがに大工のようなことはできないからだ。


「おい、うるせえぞ。お前ら」
「殿下!」
「アーベント様!?」


 玄関でそんなふうに大声を出していれば、寝起きなのか髪の毛がぼさついている殿下が二階から声をかけてくる。また屋根裏部屋にこもって何かをしていたのだろうが、俺たちの声で起こされた、というようなオーラがひしひしと伝わってきて、頬を引きつってしまう。
 アウラはすぐに斧をしまって、ぴょんぴょんと耳を動かしている。そういうのはかわいいのに、と思いながら、先ほどの奇行を思い出しげんなりする。いい子ぶっているのも、かわい子ぶっているのも殿下の前だけであると。
 殿下は、大きなあくびをしながら一階に降りてくると、何があったと俺とアウラを交互に見た。


「こいつが、僕の耳に触ろうとしました!」
「あっ!? 俺だけが悪いみたいな言い方して! だいたい、触らせてくれないし、暴れ始めたのはアウラで……」
「ピーピー喚くな。耳がいてえ。アウラもちったあ触らせてやればいいのに……まあ、敏感な部分であることには変わりねえな。触られたくないんだったら耳当てでも買え。金なら用意する」
「そういう問題じゃないんです! アーベント様! そもそも、僕のかわいい耳を守るような耳当てはないんです!」


 オーダーメイドにすればいいのに、と殿下はため息をつきながら今度は俺を見た。もとはといえば、この騒ぎを起こしたのは俺のほうで、俺がアウラの耳について言及しなければここまで大きくなることはなかった。
 どう言い訳したものかと汗をかいていれば、殿下がふと俺の耳に触れた。ぞわっ、と体が震え、くすぐったさに、思わず変な声が漏れそうになる。


「でん……何……」
「お前も触られたらびくっとするだろ? それと一緒だ。アウラはそれの数十倍は感じる」
「み、身をも……って、ひぁっ」


 アウラの前で変な声が漏れてしまい、俺は口をふさぐ。だが、時すでに遅しで、わなわなと顔を真っ赤にさせ震えたアウラが俺のことをじっと見つめていた。なぜかアウラのほうが恥ずかしそうにしていたので、俺はむっと口をとがらせる。俺のほうが恥ずかしい目にあっているのに、それを聞いてもっと恥ずかしいといっているように見えたから。
 アウラは、腰を低くして、どこかおずっと引き気味に俺から離れようとした。だが、プライドが邪魔してか俺に指をさす。


「貴様、なんて声を出しているんだ……ひゃううっ! あ、アーベントしゃま、なんで……」
「そこに、さわり心地がよさそうなしっぽがあったからな。触るだろ」
「あ、アーベント様、ひ、ひ、ひ、ひぎゃびびびび」
「どんな鳴き声……」


 酷い、と言いたいのだろうが殿下にそんなこと言うなんて不敬だと、アウラは舌をかみちぎる勢いで何とかその言葉を言わずにつぶれた声を出した。それを聞いて、殿下は面白そうに笑う。俺だけじゃなく、アウラも被害者になったのなら、まあいいか、と思いながら、それでもなおれ俺の耳を触り続ける殿下に視線を戻す。
「あのー、殿下そろそろ離してもらっても? 無言怖いんですけど!?」
 なんで無言で、俺の耳をずっと触っているのだろうか。別に殿下の手が熱いわけじゃないけれど、そんなに触られると茹って、熱を帯びていく。それに心なしか、くすぐったいというより、ぞわぞわして落ち着かない。こんなの、まるで――


「耳が性感帯にならねえかと思って」
「ならねえかとおもってじゃないんですけど、殿下!?」


 思いっきり殿下の手をはたいてしまった。あ、不敬、怒られる、と思いながら顔を上げようとすれば、横からぬっとアウラが体を寄せてきて兎とは思えないほど恐ろしい顔で俺を睨みつけていた。殿下の手を払ったのが原因だとわかって、ごめん、といったが、謝るのは僕じゃないとさらに叩かれてしまう。容赦がなく、あまりにも強いたたきで、俺の頬に手形がいった。
 殿下はその様子を笑ってみているだけだったのだ。


「殿下が悪いんですからね……」
「ああ、今回は俺のせいにしていいぞ? 思った以上に好感触だったからな」
「は、はあ!?」


 にやにやと、左の口角を上げて笑う殿下に俺はカチンときた。それと同時に、少しの刺激で耳がピクンと動いてしまい、自分の体がちょっぴり作り替えられてしまったことに羞恥心が膨らんでいく。そういう関係になったといえ、相変わらず殿下のやることなすことに法則性はない。だからいつだって、こんなにも心臓が破裂しそうなほど痛いのだ。
 殿下はもうひと眠りするといって二階へと上がっていく。取り残された俺とアウラは互いに顔を見合わせて眉間にしわを寄せた。


「アウラ、同盟を組まない?」
「ハッ、何の同盟だ、いってみろ」
「殿下の弱みを見つける同盟……やられっぱなしじゃあれだろ?」


 半分冗談で言ったつもりだったが、アウラは難しそうな顔をした後差し出した俺の手を握ってうなずいたのだった。

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