上 下
42 / 45
エピローグ

身分違いの恋ってどうなんです?

しおりを挟む


「おい、貴様! 臭いぞ!」
「は、臭いって……にお、におう?」
「むきぃいいっ! だいたいわかるが、わかるが……うぅううっ、いぎいぃぃぃいい!」
「アウラ、めちゃくちゃ人から出ちゃいけないと出てるけど……」


 人じゃないか、獣人か。なんて思いながら、アウラに近づくたび、花粉かってくらい泣かれるので俺はどうしたものかと思った。
 とはいえ、その匂いというのはきっと殿下のもので、俺が殿下の匂いをくっつけているのがアウラは気に食わないらしかった。顔を真っ赤にして、キーとか、ウーとか叫んでいて、ああ、そこは獣っぽいと感心してみていると、下から盛大な頭突きをかまされた。


「アーベント様を幸せにできなかったら、殺す!」
「だから、言葉が強いんだってアウラ。というか、逆じゃない? 告白されたの俺なんだし、幸せにならなきゃじゃ……」
「うるさい! その受け身な態度が気に食わない! 常に、気にかけてもらい寵愛を受けているというのに、まだ怠けるか! この、雑用から成りあがって溺愛されてるクソ野郎!」
「さすがに、語彙力があるのかないのかわからないなあ……話は変わるけどさ、俺はアウラにも感謝してるんだ。グレーセさんにも、コック長にも、庭師にも、殿下にも」
「いきなり感傷に浸ったようなことを言うな!」


 まあ、それもそうか、と俺はうなずく。
 アウラの罵倒は今に始まったことでもないし、それが俺の日常の光景になりつつある。だからこそ、アウラがいつもの調子だと俺は嬉しかった。アウラからしたら、俺は、恋敵のような宿敵のような、好敵手なのだろう。でも俺は、アウラのことを友達だと思っているし、仕事仲間だとも思っている。このずれは一生埋まる気はしないが、それでもいいとは思う。
 アウラは、「それで、話を変えて何が言いたい!」と回答をせかした。


「いやさ……俺は、まだまだ自分の周りのことわからないだらけだけど、元没落貴族で殿下に拾われる前は盗みを働いてたんだよ。殿下に出会わなければ、そして、アウラに出会って稽古をつけてもらわなかったらここまで生きてこれなかったんじゃないかって思ってる。救われた、なんてちょっと安っぽく聞こえるかもだけど、すげえ、感謝してて。今の生活が好きだって思えるんだよ。あーえっと、言葉、見つかんなくなった」
「語彙力は僕を見習え。だが、いいたいことはわかったぞ」
「アウラの語彙力は見習えないけど……」
「その気持ちは受け取っておこう。悪い気はしないからな!」


 と、アウラは耳をぴょこぴょこと動かしていた。口ではひどく言うけれど、身体は正直という奴だろうか。何にしろ、伝わったなら結構だとこっちは思った。

 アウラはこの後稽古場に来るようにとはねるように去っていき、俺は一人取り残された。
 殿下との関係については、グレーセさんにもコック長にも、庭師にもバレた。グレーセさんはそれはもう微笑ましそうに、涙ぐんで「おめでとうございます」と祝福してくれ、コック長も祝いにケーキを作ってくれた。そんなに豪勢でいいのかと思ったが、あの殿下に好きな人ができた! ということは、これ以上ないスクープであり、祝福すべきことだったのだと。俺よりも付き合いが長いからこそ、殿下がそういう気配が全くないことを気にしていたのではないかと。
 俺は恥ずかしくもその祝福を受けて、殿下のお気に入りという枠に収まっている。表立って恋人というにはまだ恥ずかしいというか、身分差がある。殿下が皇帝になれないにしろ、皇族であることは変わりない。そして、聖痕が発現したことによって、皇位継承権を得たわけだ。ようやく皇族として本当に認められるのだと。


(身分差の恋……か)


 それもあって、俺は一度その恋心を心の中にしまおうと思った。けれど、紆余曲折あってその恋心が殿下にばれて、自分でも自覚して、隠そうにも隠せなくなったのだ。
 表に公表しないのは少なからずそういうこともあるから。
 身分差はどう考えても埋められない。元没落貴族の家無し無一文だったやつが、皇族と釣り合うわけがないのだ。しかも、神竜の加護を受けた殿下と、邪竜の器たりえる俺と。交わってはいけないような気もするのだ。
 今だって複雑で、この身分差に悩まされている。というか、勝手に悩んでいる。殿下の気持ちは聞かないで。


「いいの、か……な」
「何がいいのかな、なんだ」
「うああっ!? で、んか。びっくりさせないでくださいよ。は、背後に立つなんて」
「鼓膜いてえ……いきなり叫ぶなよ。耳がいてえだろうが」
「じゃあ、いいますけど、俺も肩痛いです。その鋭利な顎乗せないでください」


 耳元で声がしたと思ったら、トスと肩に重いものがのっかった。はらりと金色の髪が俺の黒い髪に溶けていく。
 まったく、いつも背後から現れて驚かせるんだから、違う意味で心臓に悪い。俺の寿命が縮んだら弄するんだ。そう思いながらも、殿下を振りほどくことはできなかった。腰に添えている手は、添えられていないものとして考えて、俺は要件は何かと聞いた。


「ひでえな。要件がなきゃ、愛しい人に絡んじゃいけねえのか?」
「お遣いかと思ったんですよ。俺は、雑用なんで」
「俺がお前に頼むことなんて何もねえよ」
「ありますよね!? 朝起こしに行くとか、殿下の服を着替えさせるとか! 俺がいなきゃ、そのきれいな髪もぼっさぼさのまんまで! 殿下は俺がいないとなーんも……できなくもないです、すみません」
「威勢がいいのか悪いのかどっちかにしろ。だが、お前がいなきゃ何もできねえ身体になっちまったのは事実だなあ」


 と、ねっとりとした声で殿下は言う。

 からかっていっているのか、本気で言っているのかわからず困惑していれば、殿下は、かぷっと俺の耳を噛んだ。ぞわぞわっと背筋が粟立って、俺は殿下顔を叩くように手を挙げた。殿下はまさか手が飛んでくると思っていなかったのか、顔にクリーンヒットしてしまう。やばい、と思っていると、殿下は案の定俺の名前を怒った声色で呼ぶと、壁際まで追い詰めて、ドンと逃げられないよう足で壁を蹴った。また行儀の悪い……顔の横に足があり、あまりにも長い、ずるい! と俺は舌打ちを鳴らしてしまう。


「はは、俺がいないと何もできない体ですか。笑えますね」
「笑うな。俺は何でも一人でできる。でも、やってもらいたいって思うんだよ」
「……っ。急にそういうこと言うの禁止です」
「照れるからか?」
「口にしないでください、まったく……じゃあ、俺がこれからもアンタをダメ人間にしていいってことですね」
「ダメ人間にか、面白いことを言うな」


 ククと喉を鳴らして笑う殿下。本気にしていないな、と感じながらも、俺は殿下の顔に手を当てる。殿下の顔は冷たくて氷のようだった。瞳は燃えるような、血の通っている鮮血の瞳なのに。
 殿下は俺の手にすり寄るように顔を動かして、それから俺の手を握って、掌に優しくキスをする。くすぐったくて引っ込めようとしたが、殿下はそれを許さなかった。


「身分差について考えてたんだろ」
「なんでわかるんですか。エスパーですか」
「言ったろ? お前の顔はわかりやすいって。気にすんな……っていっても、お前は気にするだろうし、こればかりは仕方ねえよ。でも、俺は皇位継承を手放しても、除籍されても、お前を選ぶつもりでいるぞ」
「はは……そんな簡単に言わないでくださいよ。ようやく、皇族だって認められるようになったんでしょ……ここからなのに」
「俺のことは気にするな。俺が好きなように生きて、好きなようにする。意味のある人生でなきゃつまらねえ。その意味はお前がくれた。だから、お前を手放す気はねえよ」


 と、殿下は恥ずかしげもなく言うと、足を下ろして俺の顎を掴んだ。

 本当にずるいなと思う。
 どうしてそんな言葉が次々に出てくるんだろうか。台本でも用意しているのだろうか。それを言っているのが皇子様だから余計にかっこよく聞こえる。いいや、これは殿下だからか。


(気にしますよ、これからもずっと……)


 殿下が認められていくたびにきっと俺はその差に絶望するだろう。だったとしても、この人が俺を離す未来はこない……それもそんな気がするのだ。つかまってしまったのだから、逃げられるわけがない。
 それはそれで幸せだろう。


「殿下ってキスするの好きですよね」
「あ?」
「だって、俺がまだ殿下を好きになる前から、殿下は俺にキスしてきたじゃないですか。不意打ち食らった俺、どんな気持ちだったと思います?」
「ああ、あー」
「殿下?」


 俺がそういうと殿下は黙ってしまった。口元に手を当てて、それは盲点だったというように視線を逸らす。
 もしかして無意識だったというのだろうか。


「おい、キスさせろ」
「待ってください。めっちゃいきなりですね! まだ、話の途中なんですけど!」
「キスしてえからする。お前に拒否権はない」


 殿下はそう言って俺に迫ると顎を再びつかんだ。だが、無理やりキスをしようとはせず、俺の了解を得てから動こうという意図が見てとれた。それはなんかちょっと尻に敷いている感じでいいかも、と俺も気分がよくなり、頬が緩む。だが、待ちきれないという殿下は、俺の下唇を優しく噛んだ。それを合図に、俺ももう待てないなと唇を押し当てる。決してそのキスは深くはなかったが、優しく溶けるようなキスだった。互いの温度を確かめるようなキス。俺の身長に合わせて少しかがんだ殿下の気遣いにもちゃんと気づいていた。
 離れていく唇を俺は目で追って、下まつ毛の長い瞳がすっと開いて俺をうつしたとき、俺はもう一度殿下に微笑んだのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

執着男に勤務先を特定された上に、なんなら後輩として入社して来られちゃった

パイ生地製作委員会
BL
【登場人物】 陰原 月夜(カゲハラ ツキヤ):受け 社会人として気丈に頑張っているが、恋愛面に関しては後ろ暗い過去を持つ。晴陽とは過去に高校で出会い、恋に落ちて付き合っていた。しかし、晴陽からの度重なる縛り付けが苦しくなり、大学入学を機に逃げ、遠距離を理由に自然消滅で晴陽と別れた。 太陽 晴陽(タイヨウ ハルヒ):攻め 明るく元気な性格で、周囲からの人気が高い。しかしその実、月夜との関係を大切にするあまり、執着してしまう面もある。大学卒業後、月夜と同じ会社に入社した。 【あらすじ】  晴陽と月夜は、高校時代に出会い、互いに深い愛情を育んだ。しかし、海が大学進学のため遠くに引っ越すことになり、二人の間には別れが訪れた。遠距離恋愛は困難を伴い、やがて二人は別れることを決断した。  それから数年後、月夜は大学を卒業し、有名企業に就職した。ある日、偶然の再会があった。晴陽が新入社員として月夜の勤務先を訪れ、再び二人の心は交わる。時間が経ち、お互いが成長し変わったことを認識しながらも、彼らの愛は再燃する。しかし、遠距離恋愛の過去の痛みが未だに彼らの心に影を落としていた。 更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl 制作秘話ブログ: https://piedough.fanbox.cc/ メッセージもらえると泣いて喜びます:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

処理中です...