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第1部 第4章 邪竜の器と第三の皇子 

10 好きって認めろください◆

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「おい、一緒に寝るっつったろ?」
「あーえっと、やっぱりやめません? 一応、ホルニッセ卿を退けたわけですし、ね!」
「ね! じゃねえし。俺の部屋で、他の男の名前を呼ぶとは、度胸あるなあ、フェイ」
「あー目が笑ってないです。怖いです!」
「チッ、早く来い」


 ドスドスと床が抜けるんじゃないかってくらいベッドを叩く殿下のもとに、俺はおぼつかない足取りで向かう。機嫌を損ねないように、とかはじめは考えたものの、多分機嫌が悪いんじゃなくて、焦らされていると思って怒っているのだろう。どっちにしても、よくないのだが、殿下に近づくたびにうるさくなっていく心臓が痛かった。
 だって自覚して、夜に殿下と一緒に寝るなんて、もしかしたらそうかもって、思ってしまうわけで。
 また、自惚れだって、勘違いだっていわれたらクッソ嫌だけど、でも期待はしてしまっていた。殿下の鮮血の瞳がいつも以上に熱っぽくて、俺の身体を舐めるように見てくるから。これも、俺の殿下好きフィルターがかかっているせいかもしれないけれど。
 ポス、と俺は殿下の横に腰を下ろす……が、横といってもかなり距離があるので実質横ではないのかもしれない。殿下はそれを見て、少し傷ついたような顔をした後「フェエ~イィ~?」とそれはもう恐ろしい形相で睨んできた。結局、腕を引かれて尻がくっつくくらい横に座らされ、俺は膝を閉じて下を向いた。
 ホルニッセ卿の一件後、なぜか屋敷には皇太子が訪れ、半壊した屋敷を見て苦笑していた。殿下はその時とても機嫌が悪そうにむすっとしていたが、この屋敷が殿下の母親……つまり、前皇后陛下が殿下が生まれるときにプレゼントしようとしていたものだったらしく、壊されてかなり怒っていたらしい。そんな半壊もいいところな屋敷を、皇太子はゼーレ教の一人を葬ったという褒美として、魔法で直したのだ。それはもう、屋敷を包むくらい大きな黄金の魔法陣を作り、光りに包まれると新品同然に屋敷が元通りになっていたのだ。魔法の偉大さを知ったと同時に、それほどの魔法を涼しい顔でやってのける皇太子に驚いた。こんなの朝飯前といった顔をしていたし、殿下が敵に回したくないというのがよくわかった。
 そんなこんなで、屋敷は無事修復され、俺たちは雨風にさらされることなく生活ができているのだが……


(聖痕が発現してから三日もたってないのに、完全回復って……ほんと恐れ入る……)


 皇太子の話によれば、聖痕が発現した一か月ほどは発熱や、魔力の状態が不安手になることから療養するように言われるらしいが、殿下は熱も出なければ、魔力の状態も非常に安定しており、医者には問題ないといわれたのだ。そして、三日もしないうちに、俺を呼びつけて……


「おい」
「……ひっ、なんです、か。殿下」
「そんな怯えんなよ。俺が悪いことしているみたいだろ?」
「実際は悪いと思いますけどね。もう、俺は一人で寝れますし、殿下はいくら大丈夫だっていっても聖痕が発現したばかりで休むべきだと思うんですよね。それにそれに、いくらキングサイズのベッドだからってやっぱり成人してる男が二人並ぶなんて狭くて……」
「べらべらとよく回る口だな。だが、お前がそうやってよくしゃべるときは、何か隠してるときか緊張しているときだ」


 そういったかと思うと、殿下は俺の唇を親指で撫でる。ぞわぞわっと背中がしびれ、俺は思わず口をつぐんでしまう。殿下はそんな俺をみて、「ほらな」と口角をあげた。


「……別に何も隠してませんよ」
「じゃあ、緊張しているだ……悪かったな」
「いきなり何がです?」
「あの日ぶっ倒れちまって、いえなかったことだよ。いや、もっと早く言うべきだったんだろうな。俺がバカみたいにプライドが捨てきれないせいで、遅くなっちまった」
「でん、か?」


 殿下は俺の頬をそっと撫でる。それはまるで、愛おしいものに触れるように。腫物を扱うように。あの殿下が、俺をそういう愛おしくてたまらないっていう目で見ているのだ。
 胸がきゅっとつかまれて、殿下から目が離せなくなる。


「お前が好きだ。フェイ」
「みゃ、脈絡もなく……その、いつ、から。いや、それに俺は男で――」
「いつからだろうな。気づいたら目で追っていた。お前が連れ去られたとき、心臓をわしづかみにされるくらい苦しかった、焦った。それだけ、お前が大切な存在だって、気づいちまったんだよ。それと、お前が紅茶を飲んでぶっ倒れたときも」
「それは、ただ過保護なだけ、では……」


 俺のほうが逃げていると思った。
 殿下が勘違いしているのではないかと否定したかったのかもしれない。いや、そうじゃない。これは、あまりにも身分が違いすぎる恋だから。
 ほしいと思っていた言葉はあまりにも大きすぎて、それを俺なんかが受け取ってもいいものなのかと躊躇してしまうのだ。一度は片づけた恋心がいつの間にか空いていて、床に散らばってしまったみたいな。俺は、それをかき集めている最中に殿下に見られた。殿下も同じ恋心をその手に持っていた。
 殿下はまた眉間にしわを寄せて、俺の頬に爪を立てる。


「俺のこの気持ちが、嘘だって、勘違いだっていいてえのか?」
「ち、がいます……嬉しくて。でも、それを受け取っていいのか、俺だし。あまりにも、身分が」
「身分なんて関係ねえ。もちろん、性別もだ。俺は、俺が好きだって思ったやつに、本気で告白しているんだぞ? お前は、それに向き合ってくれないのか?」


 揺れたその瞳を見て、何がいえただろうか。
 もう否定の言葉も、拒絶の言葉も出なかった。この人は真剣なんだと思い知らされて、それを無下にできなくて。好きだ、好きだって思わされる。頭が沸騰する。
 殿下はもう一度頬を撫でた。さっきよりも優しく、でもその手が震えていることに気づいてしまって、俺は殿下の手にそっと自分の手を添える。


「俺でいいんですか……?」
「お前じゃなきゃダメだ。じゃなきゃ、そもそもここにお前を入れたりしねえよ」
「確かに……」
「んで? いいんですかじゃなくて、お前の言葉が聞きたいんだが?」


 と、殿下は意地悪く笑う。
 答えは一つしかないだろ、とその瞳は語っているようで、俺の口からそれを引き出すのを今か今かと待ち望んでいるように見えた。
 もう逃げられない。逃がさないと言われているみたいだった。俺はせき止めていた言葉があふれ出すようにこぼれた。


「俺も」
「……」
「殿下のこと、好き……です……」


 絞り出すような声だったと思う。緊張しすぎて喉の奥から音がしないのだ。声帯に謎の穴が開いたかのような感覚でうまく声が出せないと思ったら、殿下が俺の唇を強引に奪った。前みたいな不意打ちの優しいキスじゃなくて、貪るようなキス。気持ちが通じ合ったとわかったその瞬間に、抑えが効かなくなったように殿下はぶつかるようなキスをした。
 頑なに閉じていた唇は、開けろと意地悪で強引な舌にこじ開けられ、俺の口内を蹂躙する。熱い舌がぬるりと這いまわり、歯列をなぞり、舌をからめとられる。


「っは……ん……ぁ」
「……っ、フェイ」


 殿下の切羽詰まった声が耳に響く。俺はもうそれだけで頭が真っ白になって、何も考えられなくなってしまうのだ。ただ、殿下が俺を求めてくれているという事実に身体が震える。


「でんか……っ」


 キスの合間になんとか名前を呼ぶと、殿下は俺の後頭部に手を回しさらに深く口づけをした。それだけで、もう数分と味わって、殿下が離れたときには銀色の糸を引いていた。唇がふやけて、舌はじんじんとしている。
 ポヤポヤになった頭で殿下を見つめていると、赤い舌を出し舌なめずりすると、殿下は俺をベッドに押し倒す。ものの数秒で、服を剥ぎ取られてしまったが、なぜか上はボタンを外すだけにとどまった。でも、下半身は靴下しか身にまとっていない状態だった。なぜすべて脱がさない……と思いながらも、殿下の性癖であると勝手に解釈し、俺は下半身を隠すように上の服を引っ張った。


「おい、後ろ向け」
「だから、命令口調! 俺、嫌だっていったじゃないですか」
「でも、俺のこと好きなんだろ?」
「それと、これは別なんですって。ほんと、性急……ぎゃああ!? いきなりなにすんだ!?」


 敬語が抜けるぐらい驚いた。殿下は俺をうつぶせにさせると、ひたりと、冷たい手を俺の尻にあてたからだ。そして、尻の割れ目……穴をじっと凝視すると、その周りを指でなぞり始めた。


「色気のねえ声だな」
「うるさいです。あと、恥ずかしいので、あまり見ないでもらえますか」
「ああ? こんなに、ヒクつかせてか? バカだな、準備してんのバレバレなんだよ。期待してただろ。こうなるって」
「くそぉぉ~~~~」


 図星すぎて何も言えなかった。実は、こうなるかもしれないって、用意してきたことを。一番ばれたくない人にばれてしまった。
 でも、どうせするならバレるんだよなーなんて、俺は恥ずかしさと悔しさでシーツを握って、殿下を蹴ろうと足を動かす。だが、それはいともたやすく受け止められてしまい、殿下は、つぷりと俺の中に指を沈めた。


「ひぐっ」
「……っ、いてえのか?」
「ちが、違います。ならしたんで、だいじょ……いきなり入れないでください」
「じゃあ、いれるっていったらいいのか?」
「やっぱり、却下で……はっ、あ……勝手に、動かす……な」
「却下っていっただろ。勝手に動かすからな」


 指を二本だったか、三本だったか入れて慣らしたはずのそこは、殿下の指を受け入れたが、俺のとは違って長くて少し太い指は思った以上に圧迫感があった。それでも、中を広げるようにおし進めて、関節を曲げる殿下の指は、正直とても気持ちがいい。


「ここか?」
「――っあああ!?」


 その指先が一点を掠めただけで全身に快楽が走る。自分のものとは思えないほど甘い声に驚くとともに、思わず手で口を抑える。殿下は指を一度抜くと、もう一度確認するようにそこに触れた。そこを触れられるたびに軽く達しそうになるほどの快楽が襲いかかり、頭がおかしくなると思った。


「や、や、め! もうそこ触らな……うっ!」
「……お前、あのときから思っていたが、才能あるよな」


 感嘆の声が聞こえる。
 あのときというのは、殿下が催淫薬を盛られたときだろう。あれは、犬にかまれたと思って、不慮の事故だと処理したが、全部丸まる殿下は記憶に残っているらしい。今すぐに消したい記憶なのだが、あそこから意識するようになったので、消すにも消せない記憶になっていた。
 殿下は俺の反応を見て嬉しそうに指を増やし、バラバラと動かす。指が押し広げるたびに快楽が襲い、もう我慢の限界だった。


「でんか……も、いい、から」
「……っ! お前な……!」


 殿下は指をずるりと抜くと、乱暴に衣服を脱ぎ始める。後ろを見れば、はぁ、はぁ、と熱っぽい息を吐いて紅潮した殿下が俺を見下ろしていた。上から目線とか、支配されるとかは嫌いなのだが、これからこの人に蹂躙されるのかと思うと少しゾクゾクしてしまう。俺はマゾの素質はないと思うのだが、それでも、あの目に見降ろされれば、従わざるを得なくなるのだ。
 俺は、無意識のうちに殿下が入れやすいようにと腰を上げる。それを見て、殿下はまたクソ、と声を漏らした。


「はじめてだろうな?」
「はじめてですけど? え? 俺が、そんなだれかれ構わず股を開くような男だと思って……いたっ!? 尻たたかないでくださいよ!」
「クソ……だったら、お前は煽る才能があるな。天才だ。なら、中はもっと具合いいんだろうな……!」
「は、ちょ、ま……っ、あああっ!」


 ドチュン、と一気に中に入ってきたものに目を見開く。痛みよりも強い快楽が脳まで突き抜け、身体のすべての血液が沸騰するんじゃないかというくらいに熱くなるのを感じた。殿下のものは熱く硬く、これが俺の中に入っていると思うと無意識にきゅうっと締め付けてしまう。それに応えるように、殿下も唸るような声を上げた。


「クソ……もう知らねえからな」
「は? あぐっ! まっ、でか……っ!」
「お前が煽るのが悪い」
「だから、煽ってな……! てか、殿下が、煽り耐性、ないっ、あっ、だけ!」


 そうだ、俺は悪くない。だって、それだけで煽られたって思って俺に当たるんだもん。別に、もう慣れたけれど、一気に押し寄せた快楽を、俺は逃すすべが分からず全身で浴びるしかなかった。逃がせれば、もっと楽なのだろうが、脳が焼けるような、落雷が駆け抜ける。
 素股とは比べ物にならない快楽と、あの日感じたずっしりとした質量のものが、俺の中を出たり入ったりする。
 気持ちよさそうに俺の耳元では、蕩けた低温ボイスが響くし、後ろから抱きしめられるように突かれるしで訳が分からない。


「はっ……フェイ……」
「あぅ、あっ! やば……でんか……っ」
「……ん? ああ、一緒にイきたいのか? ハッ、悪いな、先にイってくれ」
「ちが、ちがうから! 聞け、ばかぁあっ」


 するりと殿下の手が俺の陰茎に触れる。それはすでに先走りでべたべたになっていた。それを優しく包み込み上下に動かされると、俺はもう頭がおかしくなりそうだった。初めてでは中でいけないだろうという殿下なりの気遣いに思えたが、そうでなくとも、もうお腹が熱くて、中が熱くてそれだけでイきそうだった。


「や、やだっ……俺も、すぐいっひゃうからぁ……!」
「はえーな……っ、そんなに気持ちいのか?」


 殿下も息を荒げているくせに余裕ぶったセリフを吐いて笑う。そして、後ろから覆いかぶさるように俺の耳元で囁いた。


「仕方ねえ、一緒にイってやるよ」
「いっ、あぁぁっ!」


 ああもう! なんでこの人はこんなに色気があるんだよ!

 相変わらず、上から目線で、自分が主導権握っているようで。たまらなく嫌だったのに、たまらなく気持ちがいい。クソ、絶対に慣れたら俺が搾り取ってやる……そう思いながらも、今の俺は限界で、中がきゅううっと締まる。自分でもわかるから、恥ずかしくて仕方がない。そして、その瞬間に、俺は白濁を吐き出してしまった。それと同時に、殿下は「ぐっ」と声を漏らして俺の中に欲望を吐き出す。口ではああいいながらも、殿下も限界だったんじゃないかと思った。いったら怒りそうだけど。
 ばたりと二人して倒れこみ、汗でぬれた体のまま、殿下は俺の背中を撫でる。そこには、あの忌々しい邪竜のひっかき傷があるのだろう。


「で、んか……きもち、よかったです?」
「ああ? それを今聞くか?」


 俺はもう指一本も動かせないぐらいに疲れていた。そんな俺に、どこかまだ不満があるといった顔を向けた殿下は、中から垂れてきている俺の足をぐいっと動かして、「もう一回」と耳元で言うのだ。不機嫌なのは、満足していないということらしい。もう勘弁してほしいのだが、と思ったが珍しくねだるように、甘えるように俺の名前をつぶやくので、俺は許してしまったのだ。
 大概、俺もこの人に弱い、なんて感じながらも、地獄のような快楽に叩き落されるなんて、もう一回を許した時点では思わなかったのだ。

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