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第1部 第4章 邪竜の器と第三の皇子 

09 神竜の加護

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「何――!? グハッ!」


 ホルニッセ卿は、槍で貫かれ、壁に縫い付けられる。ふくよかな身体がカタカタと震えるさまは絶景で、先ほどまで余裕に満ちていた顔が一気に青ざめていた。


「ああ、わりぃ、わりぃ。初めてだから加減が分からなかった。思った以上に威力が出ちまったみてえだな」


 と、殿下は左口角を上げながらわざとらしく笑う。本当に、加減が分からなかったのかはわからないが、魔力を集めるという動作をするまもなく、魔法が発動したのだ。通常、魔法は一度魔力を集めてから、魔法陣を介して魔法が発動するのだが、その魔法陣すら見えなかった。まるで、想像したままに魔法を打つことができた……というように。


「殿下、今のって……あ、傷」
「ああ、すっかり完治したな。想像以上だ」


 殿下は傷なんかあったっけ? というように自分のわき腹を見た。さすがに、切り裂かれた服と、それまでに出て付着していた血は残っていたが、そこに傷はなかった。深く差したはずなのに、血も止まっている。
 殿下の左手の甲にその聖痕ははっきりと表れていた。まだ光っていて少し眩しい。
 いつしか、殿下が聖痕が発現するとその個人の魔力が増幅されるといっていたが、あまりにも飛躍的に伸びすぎたんじゃないかと思った。爆発したのかと思うくらい。いまだって、殿下の周りにいるだけで毛が逆立ちそうなほど魔力がピリピリとしているのだから。


「……えっと、これはおめでとうでいいんですかね」
「ああ、そうだな。生命の危機に瀕したときに発現するって言ってたが、マジだったんだな」
「……うわ、あ、それで、俺の…………」
「何だよ、その顔。嬉しくねえのか?」


 俺の顔を腰をおって覗き込む。
 嬉しくないといえばうそになるし、殿下が望みに臨んだものが手に入ったことに対しては拍手を送りたい。だが、俺に何も言わずに刺されたこと。それが必要だったとしても、何も言わなかったことには腹が立った。俺は、心臓が止まるんじゃないかってくらい怖かったのに、殿下は全くそういったそぶりを見せなかったのだから。
 酷い人だと思う。
 殿下は俺が暗い顔をしているのに気付いたらしく、もう一度聖痕の現れたほうの手で俺の頭を撫でた。そんなもので機嫌がよくなったりしないのに。


「あー悪かった。いわなかったのは……」
「ひどいです。殿下」
「別に、酷くねえ……いや、酷いかもしれねえな。俺はそういう方法しかわからねえ男だから……だが、聖痕の発現には、生命の危機に瀕すること、そして愛する者から愛を受け取ることが条件だっつう聞いたから……な」


 と、殿下は歯切れ悪く言った。
 俺はそれを聞いて顔を上げる。一瞬聞き間違いじゃないだろうかと思ったからだ。


(愛する者から、愛を受け取ること……? は、殿下、それって……)


 見る見るうちに顔が熱くなるのを感じた。あれが愛だったのかなんて知らない。わからない。けれど、殿下が俺を愛するものとしてとらえ、俺が殿下を殺したくないっていう愛を殿下に向けていたとするのであれば、それは立証される。
 本当にそれが、聖痕の発現に必要なものだったのかもわからないが……めでたく聖痕が現れたため、殿下はもう無敵だろう。


「殿下、後からいろいろ聞きたいんですけど、いいです?」
「気分次第だな」


 殿下は笑って言うと、壁に縫い付けられているホルニッセ卿をみた。
 ホルニッセ卿はそれはもう怒りに支配された顔で殿下を睨みつけていた。だが、どうやっても殿下の放った魔法の槍から抜けられないらしくて、血がどくどくと流れた状態でした唇をかみしめている。かわいそうな気もするが、このまま野に放ったらまた何かしでかすだろう。


「クソ、こんなところで……聖痕が発現するなんて聞いていない」
「だろうな。俺もまさか発現するなんて思ってもいなかった。だが、お前がそういう状況を作ってくれたおかげで俺はこうして力を得たわけだ」
「ぐあああっ! く、クソォ……」


 殿下が指先を動かせば、ホルニッセ卿に刺さっている槍が回転し、傷口をえぐる。えげつないことをするな、と殿下を見ればそれはもう拷問を楽しそうに行っていた。見なかったことにしようと、俺は目をそらす。口を割らないところは、忠誠心があるというか、評価に値するが、すでにレーゲンがかかわっているので、いおうが、いわないが一緒だと思ったのだが。


「んで? 誰の命令だ。どうせ、愚兄だとは思うが、他にも絡んでいるやつがいるだろう。吐け」
「誰が吐くと……がっ、あぁ……」
「ああ、手が滑っちまった。これ以上、苦しみたくなきゃ吐け」
「はは、どうせ、解放する気なんてないくせに……神竜の力を授かったとはいえ、そのやり方はやはり悪党だ……恐ろしい」
「知るかよ。俺を勝手に、危険で短気で怒りっぽい殺人鬼にしやがったのはお前らだろうが。俺は、温厚で優しいいたいけな皇子様なんだがな」


 わざとらしく、儚げな表情を作るが、元の人相悪そうな顔は隠しきれていない。どこが、温厚で優しくていたいけな皇子様なんだろうか。そこら辺の海賊や暗殺者と変わらないくらい悪い顔をしているのだが。
 ホルニッセ卿の顔には丸い汗が浮かんでおり、限界であることがみてわかった。これ以上血が流れたら出血多量で死んでしまうかもしれない。だが、どうせ生かす意味もなければ、吐かなければさらに生かす意味がない。殿下はどうしたものかと、指先で槍を弄りながら考えているようだった。
 見れば、外のほうも落ち着いたようで音がしなくなっている。アウラやグレーセさんがどうにかしてくれたらしい。


「往生際が悪いんじゃない……? ホルニッセ卿、諦めたらどうですか」
「ハッ、貴様に言われたくない……ゼーレの器が……」
「まだいうんですか。だから、俺はフェイ……フェイ・シックザール」


 なぜその苗字を口にしたかわからなかった。
 だが、それを聞いてホルニッセ卿の顔色が変わったのを俺は見てしまったのだ。苦しみもがく顔から一気に憤怒に染まっていく。


「シックザール……? シックザールだと!? 貴様は、あの裏切り者の家の生き残りか! 我々の計画を外部に漏らし、同胞を多く殺した……! 忌々しい。その、独特な黒髪と、金色の目……どこかで見覚えがあると思ったらッ!」
「え……?」


 ホルニッセ卿は怒涛の勢いでそういった。
 俺が裏切り者とか、同胞を多く殺したとか……そして、俺の容姿を見て、少し恐怖するように指をさすのだ。ツキンと頭が痛んだが、まったく記憶にないことで、俺はわからないと首を横に振る。しかし、一瞬だけノイズがかかったように誰かが俺の手を引いて森に入っていく映像が頭に流れた。


「……あの方の手にかかれば貴様など、貴様らなど――あああああっ!?」
「……な、なん」


 ホルニッセ卿がぼそりとつぶやいたかと思えば、彼の口からおぞましい虫……ムカデが這い出て、ホルニッセ卿の口から体を這いずりまわる。そして、ぼこぼこと喉の奥や腹を食い荒らし始めたのだ。大きさは、人を絞め殺せそうなほど大きく、口から無限に出てくるように、そのメタリックな身体を動かしていた。
 あまりのことに俺は口元に手を当てて顔をそらす。殿下も目を見開いて驚きを隠せない様子だったが、ホルニッセ卿も何が何だかわからない様子で、がぼがぼと苦しもがいていた。殿下の槍は消えてしまい、ホルニッセ卿はムカデに体を食いちぎられていく。そのムカデからはかすかに魔力を感じたが、誰のものかもわからない、そしておぞましいほど邪悪なオーラをまとっていたものだった。


「あ、な……んで、わたしは、あなたの、ために……」


 ホルニッセ卿はそういったかと思うと、パンッと血をまき散らしはじけ飛んでしまった。その場に青紫色の血が弧を描いて付着する。それは本当に一瞬の出来事であり、ムカデもいつの間にか消えてしまい、何も残っていなかった。


「……チッ。口封じのための魔法か」
「ま、今の……おぇっ……」
「吐くならよそでやれ。これは、愚兄の魔法じゃないな」


 と、殿下は恐れることなくホルニッセ卿がはじけ飛んだところに行くと、床に手を当て何かを調べていた。よくもまあそんなことができると、俺は口元を抑えながら首を振る。
 殿下は、はあ、と大きなため息をついて、あたりを見渡した。
 聞き間違いでなければ、先ほどのムカデに関する魔法というのはレーゲンのものではないと。ホルニッセ卿がいっていた、あの方というのはレーゲンではないのかと、ますます複雑になってきたと俺は頭が痛くなる。ともあれ、今回俺を狙っていた刺客は無事に退けることができた……ということでいいだろう。


「フェイ」
「……っ、んですか、殿下」
「怪我はないか?」
「怪我……? な、ないです。あるのは、殿下のほうじゃないですか?」
「だから、俺は大丈夫だっていっただろ……まあ、お前に怪我がないなら」


 殿下はそういうと、俺に歩み寄ってきて、さらりと俺の髪を撫でた。そうして、耳に髪をかけて、俺の耳をこしょこしょと触る。くすぐったいなと思っていると、殿下は目を細めた。


「なあ、フェイ……」
「……なんですか」
「さっき言ったこと覚えているか?」
「さっき……あっ、はい……ぼんやりと」
「何がぼんやりとだ。その顔、しっかり覚えてるだろ」


 殿下はむにっと俺の顔を伸ばした。今度はくすぐったいじゃなくて、痛かった。 
 俺は一瞬で何を言われたか理解して、理解できてくるとじわじわと顔が赤くなっていくのがわかった。心臓の音の大きさも異常で、手が震えてしまう。先ほどからこれだ……なのだが、まだ収まる気配はないらしい。むしろ悪化している気がする。顔をそらそうとするのだが、顎を指で持ち上げられてまっすぐと鮮血の瞳で見つめられる。


「俺も、もう嘘はつかねえよ。だから、フェイ、俺を――」
「……っ、殿下!?」


 ふらりと体が傾いて、殿下は俺のほうへ倒れてきた。まさか、他に怪我を!? と思ったが、俺の肩で小さな寝息を立ているのを聞いてしまい、疲労から寝てしまったのだろうとわかった。聖痕が発現したばかりだし、無理をしたに違いない。
 本当は、その言葉の続きを聞きたかったのだが、お預けらしい。


(――に、しても……)


 殿下の部屋は無事だろうが、かなり屋敷は半壊している。どうやって修理するのか皆目見当もつかないが、とりあえず今は、殿下がまた俺を助けに来てくれて、なんとなくだけどその気持ちが通じ合ったことに喜ぶべきだろう。


「ありがとうございます……ありがとう、殿下。また俺を助けに来てくれて」


 俺はそっと、貴高い黄金の髪にキスを落とした。


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