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第1部 第4章 邪竜の器と第三の皇子 

06 バカみたいに過保護

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「殿下ー、あのそろそろ離してくれると嬉しいんですけど」
「ダメだ。買い出しはアウラに任せてあるから、お前は外に行くな」
「ええ……俺の仕事、給料」


 俺が目覚めてから一週間ほど、俺は屋敷からの外出を一切禁じられた。買い出しもコック長が自ら行くか、アウラが行くかとなっていて、俺は本当に庭にさえ出してもらえなかったのだ。軽い軟禁。しかも、殿下が四六時中俺のそばをついて回るので、プライバシーもくそもなかった。
 そして、離れるなと言わんばかりに腰に手を持ってくるのでもうたまったものじゃなかった。アウラには、泣かれ怒られ、グレーセさんにはご愁傷様、といったような顔を向けられた。
 それでも殿下は人目を気にせず、俺を監視し、ついて回る。仕事とか、調査十日はいいのかと聞いたが、「お前が寝ている間にやる」と、不眠宣言をしたので、俺は寝てくれ! と叫ぶしかなかった。殿下はよっぽどあの日の出来事がトラウマになったらしく、寝るときも、同じ部屋で寝ろといって聞かなかった。そうして、一緒の部屋で寝れば、時々というか頻繁に悪夢にうなされ、酷い量の汗をかいていた。俺が手を握って大丈夫といえば、いくらか楽そうな顔になったが、それでも毎日のように悪夢にうなされていた。目の下の隈はいまだに消えない。


「金ならいくらでも出してやるだろ。他に何か欲しいものがあるなら言え。全て取り寄せる」
「いい、いや。そういうのじゃなくて、自由が欲しいです」
「ああ? 俺がいたら自由じゃないっていうのか?」
「あぁ、もう、そういうことじゃなくって!」


 常に気が立っていて、機嫌が悪い状態が続いていた。俺が何か言うたびに、さらに俺の腰を抱いて自分の近くに寄せる。そして、決まって寂しそうな瞳で俺を見てくるから、俺も反論しづらかった。ここまで殿下が過保護になるとは思っていなかったし、前よりも距離が縮まったことで、俺は心臓が爆発寸前だった。
 殿下にはバレていないが、この恋心が静かになってくれることはなかったのだ。


「そういえば、第四皇子はどうなったんですか? あれから、一向に姿を見ませんけど……」
「そもそも、この屋敷に入れねえよ。あんな奴……一応、謹慎処分だな。つっても、勝手に従者をあれだけ連れて外出したっていうことに対しての処分だが。あの茶会のことに関しては一切言及されていない」
「……それは」


 あのお茶会のことはあれからゆっくりと殿下に話してもらった。まず、俺が飲んだ茶葉は魔力を暴走させるというもので、ある程度魔力量のある人間や、魔力を制御し、自分で調節できる人間には害のないものだそうだ。だが、下級貴族や魔力量が極端に少ないものは、それが沸騰させられるように爆発し、内側から攻撃されたような感覚に陥ると。俺はその魔力が少ない部類の人間で、しかも高濃度なお茶を飲んだため血を吐いて倒れたらしい。
 グレイが飲んでも問題なかったのは皇族で、魔力の調節をできる人間だったからで、殿下も多分飲んでも大丈夫だったのだろう。普通あのお茶を飲むのは、敵との戦闘前や、魔力を図る検査時にドーピングとして飲むときくらいだそうだ。だから、普通は飲まない。ただし、定期的にあれを飲むことで、魔力を高める効果があるらしく、皇族や、高い魔力を持つ貴族には喉から手が出るほど欲しい品物なのだそうだ。
 俺が飲んだら毒だった、というだけの話。銀製のスプーンで毒がないか確かめても反応しないわけだ。けれど、殿下は後からそれに気づいて、俺に飲むなと止めに入った。だがその時には遅くてすでに俺は口にしてしまった後だったと。
 魔法についても、魔力の調節についても何も知らないど素人なので、そんなことを言われてもと思ったのだが、今後は気をつけようと……それくらいしか言えなかった。


「俺がいなかったら、今頃本当に死んでいただろうな」
「そ、ですね……それは本当に、ありがとうございましたとしかいいようが…………」


 殿下が三日も寝ずに俺を看病してくれていたという話は聞いたのだが、その理由も、俺の中で暴れまわる魔力を抑えるためだった。殿下はそういったことにも慣れており、俺の暴れまわる魔力を抑制し、逃がしきれない部分は自分に吸収していたのだとか。まったくわからない話なので、それで何かが変わったか、後遺症は? とかも全然だった。ただ、殿下が調節してくれなければ、あの暴れまわる魔力に耐えきれず俺は死んでいたということらしい。
 まさか、グレイもそんなお茶だったとは知らず、俺が倒れて驚くことしかできなかったとか。何度もレーゲンの名前と、商人の名前が出たため、おおよそ黒幕はそいつらで決定だろうが、グレイや殿下にとっては全く無害なものだったので、俺が勝手に飲んで死にかけたということで処理されたらしい。毒殺未遂、というようには処理されず、あくまで事故だったと。事故で死にかけたのだが、それは殿下の不注意、ひいては俺の不注意だと。
 グレイは罪には問われず、グレイに茶葉を渡したレーゲンや商人もまた同様。グレイが、殿下を好きなのを利用した犯行だったと思われる。


(でも、レーゲンやそいつは俺が器だって知りながら殺そうとした……?)


 そうなってくると、少しつじつまが合わない気がするのだ。俺のことは何としてでも手に入れたいはずなのに……


「そうだ、もっと感謝しろ」
「急に上から目線ですね! だから、感謝しているじゃないですか! 俺のしょっぼい、カスほどしかない魔力が暴走したのを止めてくれて! 殿下は命の恩人ですよ!」
「ハッ、そうだろ?」
「ハッ! じゃないです。もう、いい加減にしてくださいよぉ……」


 寝るときも、風呂も一緒。あとは食べるときも、排せつも……逃げようがなかった。そんなふうに付きまとわれて、自由がない生活に、少しだけいらだちも覚える。だが、殿下を拒むことはできず、それを許容してしまうのだから、俺も相当殿下に甘いのだろう。
 それに、殿下にあんな顔、もう二度とさせたくないから。


「お前は狙われているんだ。俺がいたほうが何かといいだろ? 外に出てまた誘拐されでもしたらたまったもんじゃない」
「まあ、それは一理ありますけど……ここまでべたべたする必要あります?」
「……逃げられるからな」
「なんて言いましたか、殿下!」
「何でもねえよ。とにかく、お前は当分外出禁止だ」
「ええ、当分っていつまでですか。まさか、すべて解決するまでっていいませんよね?」
「……どうだろうな」
「どうだろうなじゃないですよ! せめて、庭のほうまでは出させてくださいよ。さすがに、室内っていうのは気が滅入ります!」


 すべて解決するまでなんてどれくらいかかるのだろうか。レーゲンとの賭けは、すでに半年ほどになっているし、その間にすべてを終わらせることは本当に可能なのだろうかと。聖痕のこともあるし、殿下が焦るのはわかるのだが、だとしたら、俺なんか放っておいて、少しでも何か証拠をつかむべきじゃないだろうか。
 殿下の優先順位が全く分からない。
 俺なんか、優先順位低くても問題ないだろうし、むしろ低くてもいいのだが。


「まあ、俺、そういう殿下好きかもですけどね……てか、殿下って、俺のこと相当好きですよね」
「は?」
「ああ、ちがいましたか。あ、あはは、これ、完全に俺の自惚れ……」
「なんつった?」
「え?」


 殿下は俺の腰から手を離し、俺の肩を掴む。その目は真剣そのもので、俺を射抜くように見ていた。俺は思わず、たじろぐ。何かまずいことを言っただろうか?


「今なんて言った」
「え、なんだっけ……完全に俺の……」
「違うだろ」
「……えっと」
「俺がなんだって?」
「……お、俺のことが……好きって……」
「……ちげえ、それじゃねえ」
「えーっと、なんか言いました? 俺」


 あ、やばいと気づいたのは殿下の顔が険しくなってからだった。
 自分がいったことを思い出せなかった。何か口走っただろうか。
 というか、思い出せる言葉である「殿下って、俺のこと相当好きですよね」は、少しからかうつもりで言ったのだ。いつもやってくるからお返しと思っていったのだが、それが地雷を踏み込むことになるとは思わなかった。いや、多分、俺が思い出せない言葉についてキレてるんだろうけど。
 俺は視線を漂わせつつ、気を紛らわせようとしたが、殿下があまりにも肩を強く掴むので顔が歪んでいく。


「痛いんですけど、殿下」
「……自惚れか」
「え、自惚れですか? 俺の?」
「いーや。まあ、いい。少しは俺のこと意識するようになった証拠か……」
「あの、いっている意味わからないんですけど」
「わかんなくていいんだよ。でも、お前の目、常に俺を追ってるぞ? 穴が空くくらいには」


 そういったかと思うと、殿下はぱっと手を離し、ひらひらと手を振って、左口角を持ち上げる。意地悪気な笑みで俺を見下ろしていた。俺はその殿下の表情に、顔が熱くなるのを感じた。


「な、そ、それは」
「無自覚か? それとも、自覚あってしてるかわからねえが、悪い気はしねえな」
「で、殿下!」
「どうやら、賭けは俺の勝ちみたいだな」


 と、殿下は勝利を確信したように笑っていた。
 俺は違うと、どうにかごまかそうと思ったが、殿下の目に射抜かれては反論することも難しかった。隠していたはずなのにバレた? 勝手に殿下が思い込んでいるだけなのでは?
 いろいろと言い訳を作ってみるが、自覚的に、殿下を好きだと知っているので隠しようがなかった。けれど、そういう殿下はどうなんだと。こんなにべたべたと過保護に。寝言で俺の名前なんかつぶやいちゃって!
 俺だけっていわれるのが癪だった。だから、殿下もって認めるまで認めてやらないと、俺は殿下の胸板を叩いた。


「どっちが、惚れてるんでしょうね。殿下のその態度、俺嫌いですから」
「はあ?」
「言ったでしょ。出会ったときに。俺は上から目線で、俺様は嫌いだって。自惚れているのは殿下のほうだと思います! じゃ!」
「おい! フェイ! この野郎、待ちやがれ!」


 俺は脱兎のごとく逃げ出した。殿下も油断していたようで、あのときよりも簡単に逃げることができた。
 別に嫌いじゃないし、恋だって自覚している。それでも、身分差とか、一方通行とか。だったら、しまっておいたほうがいいと思ってしまうのだ。だってこれは賭けだって殿下がいうから。負けたら何がペナルティとして課されるかわかったもんじゃないし。


(あー酷いよな、殿下は)


 純情弄んでくれちゃって。
 俺は、外に逃げるという選択肢を頭から除外し、自分の部屋に飛び込んで鍵を閉めた。

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