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第1部 第4章 邪竜の器と第三の皇子 

03 第四皇子の訪問

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「――んで、いやがんだよ。お前が」
「お兄様、きちゃいました」
「きちゃいましたじゃねえよ。呼んでねえんだよ……!」


 朝からあわただしい音で起こされた。ロータリーに馬車が何台かとまっており、玄関のほうがうるさいと服をさっと着替えて玄関に向かうと二階から、見慣れた……とはいいがたいが、殿下と似ている黄金が目に飛び込んできた。


「お兄様と一緒にお茶がしたくて。商人から買い取った茶葉と、ティーセットでお茶をと」
「……はあ。そういうのは、かわいい令嬢たちがやるもんだろ。何が楽しくて、兄弟とお茶会なんか」
「ダメですか」
「……」


 殿下は、いきなり訪ねてきた第四皇子グレイに押される形で顔を引きつらせる。後ろにはグレイの従者が控えており、殿下が断りにくい雰囲気を作り出している。
 殿下はグレイが苦手だし、いきなりの訪問に屋敷の少ない使用人も驚いているだろう。殿下の後ろにはグレーセさんの姿があり、俺を見ると、目で降りてくるようにと言ってきた。俺はあまり波風立てないように、ゆっくりと階段を下りて、グレーセさんの横に行く。


「ええっと、どういう状況ですか?」
「朝早くに、第四皇子殿下が訪ねてきまして。といっても、ものの数十分前ですが。殿下が対応しているところです」
「お茶会がどうとか言っていましたけど」


 はっきりと聞こえてしまったから申し訳ない、と思いつつも、お茶会をしたいがためにいきなりやってきたとは、皇族らしくないというか。でも、いったらすぐに行動に移せるところは金持ちくらいだろう。まあ、グレイは皇族なのだが。
 俺よりも背が高いが、殿下よりも低い。皇太子、レーゲン、殿下と比べるとやや肉づきも顔立ちも違い、彼だけ血が半分であることがはっきりとわかる。それゆえに、あの三人とは違う愛らしさを兼ね備えている気がしてならなかった。それを武器に殿下にすり寄っているところもなんとも言えない。


(というか、第四皇子って殿下に催淫薬を盛ったやつだよな……)


 人畜無害そうに見えてかなりの悪人。
 ああやって笑顔を振りまいてはいるが、その腹の中は真っ黒なのだろう。今回も多くの従者を連れてくることで、殿下が断りにくい空気を作っている。もちろん、こちらに拒否権はないのだろう。殿下が兄だったとしても、皇位継承権を持たない皇族であるゆえに、立場はグレイのほうが上だ。
 殿下は観念したようにため息をつくと、グレーセさんに指示を出す。


「庭でお茶をする。用意をしてくれ」
「はっ、かしこまりました。少々お時間を頂戴します」


 そう言って、グレーセさんは準備をするためにいってしまった。
 俺は、とその場で動揺していれば、殿下が行くなというように目で射抜く。


「フェイ、お前も参加だ」
「な、んでですか。その、兄弟でのお茶会……」
「俺をあいつと二人っきりにしようっていうのか?」
「あー、すみません。行きますから、その腕離してもらっても……」


 ミシミシと骨が軋むぐらい腕を掴まれ、俺は逃げることができなかった。逃げないから離してほしいと訴えるが、殿下はそれはもう怖い顔で終わを見ていたので、そんなことが言える雰囲気じゃなかった。
 もちろん、殿下とグレイを二人きりにするなんて恐ろしいこと考えたくない。何せ、催淫薬を盛った相手。今度は紅茶か、お茶菓子に何か仕込んでくるかもしれない。そうして、逃げられないように従者に殿下を押さえつけてもらって、そのまま殿下はグレイに……


(いや、最悪! そんな妄想する俺も、そう妄想できてしまう第四皇子も、最悪!)


 考えるだけで吐き気がした。
 けれど、そういう可能性がある以上は、殿下を一人にすることはできなかった。もちろん、そうじゃなくとも、殿下を一人になんてさせられない。
 グレイと、レーゲンがつながっている線は薄いのだが、それでもグレイ単体で脅威というか、恐ろしい腹黒少年であることには変わりなくて。


「こいつも同席する」
「僕は別に構いませんよ。アーベントお兄様が好きなように、ね」


 含みのある言い方。そして、こちらに対し明らかな敵意を持った目でにこりと微笑んだ。
 俺を恋敵かなにかと思っているらしい。殿下への恋心に気づく前であれば、その眼はたいして怖くなかったのだが、今となっては殿下を奪うかもしれない存在だと、少しだけ俺も警戒してしまうのだ。とはいえ、殿下からしてグレイの評価はどん底なので、俺と比べようもないが。


(何、対抗心燃やしてんだって話だけど……)


 だからって行動に移さないのは、あくまで俺と殿下の関係が主人と従者だから。殿下とグレイのような兄弟でもなければ、赤の他人。介入することもできない。
 それでも、悶々と考えてしまい頭が痛くなってくる。関係に名前が欲しいわけでも、関係が進展してほしいわけでもないのに。そう考えていると、グレイがぎゅっと殿下の腕に抱き着いた。


「さっ、いきましょう。お兄様」
「おい、気持ちわりぃことするな」
「でも、お兄様には拒否権ないですよね。それに、ただのボディタッチにそこまで警戒しなくてもいいじゃないですか」
「……チッ」


 グレイの鮮血の瞳がちらりとこちらを見る。そして、勝ち誇った笑みを向けるのだ。
 殿下も、グレイを振り払うことができず、腕にしがみついたグレイを見て額を抑えることしかできないようだった。抵抗すれば何されるかわかったものじゃなかったから。
 そうして、グレイはグイグイと腕を引っ張りながら殿下に庭へ案内するようにせかした。場所は知っているのだろうが、それもわざと殿下に。俺への嫉妬か、対抗心か。それを隠すことなく出してくるところは子供だと思いながら、俺はその後ろをついていくことにした。
 庭につけば、すでにグレーセさんが用意をすませており、グレーセさんのほかにも先に準備を手伝っていたらしいグレイの従者が並んでいた。まったくどっちがこの屋敷の主かわからないくらいに、グレイの従者は多かった。グレイがどれほど殿下を好いていようが、殿下は危険人物だと周りには思われ、それほどまでに従者がいないと対処できない存在だと思われているのだ。本当にどこまでもかわいそうだと思いながら、俺はお茶会の会場の入り口で止まっていた。
 グレイは席について、自分の隣へと殿下を招くが、殿下は目の前の椅子を引いて腰を深くかける。長い足を組んで、フン、とあまりにも傲慢で失礼な態度をグレイに取った。従者たちの顔が一瞬にして怒りの色に染まっていくが、グレイはそれを制す。片手を上げただけで従者の気が一気に引いていったのを俺は見てしまった。


(確かに、皇族としての権力、権限はあるみたいだな……)


 なかったらおかしいのだが、ただの子供ではないことをそこでわからされる。
 殿下は、背もたれにもたれかかりながら、俺のほうを見た。


「おい、いつまで突っ立ってんだ。座れ」
「座れってどこに?」
「決まってるだろ。俺の隣だ」
「お兄様! では、僕がお兄様の隣でいいじゃないですか」


 と、グレイは殿下にい向かって叫んだ。駄々をこねるように、「なんで?」と目を潤ませて、被害者面をする。俺のことが嫌いみたいな態度をとるグレイに俺はため息をぐっとこらえるのに必死だった。いい感情も持っていない、殿下が譲らないという意思を見せれば、ググっとこぶしを握って叩きつけるように下におそる。それから、俺を睨みつけた。
 こわっ、と俺はぶるりと身震いしつつ、これ以上たっていても仕方ないので、殿下の隣に腰を下ろした。


「あいつに気を使う必要はねえ。ビビんなくても俺がいる」
「最近、殿下がキザっぽい言葉を使うのなんか慣れてきました」
「キザ? 元から俺はこうだろ」
「どうでしょう……」


 確かに、殿下の隣にいたら少し気が大きくなる。殿下がいるから大丈夫だと安心する。目の前に、ティーカップが置かれ、それに黄金色のお茶が注がれる。ティーカップはいかにも高級品で、見慣れない模様が刻まれていた。光のあて具合によっては、青にも紫にも見える模様で、とても不思議で目が惹かれる。
 お茶会を開くために、ティーセットからそろえるなんて本当に金持ちだな、なんて思いながらも、珍しいお菓子に、お茶に俺は落ち着かずそわそわとしていた。お茶菓子には数種類のスコーンとジャム、それにクロテッドクリームも添えられている。うちのコック長のお菓子もぜひ食べてほしいところだが、グレイにあげる気にはならなかった。
 そうこうしているうちに、グレーセさんがアウラを呼んできたのだが、アウラは自分の席がないことに腹を立て、後ろから俺を睨みつけた。味方陣営にも、グレイにも睨まれるなんてどんな厄日だ、と俺は自分がここに座っていていいのかとさらに小さくなる。


「さあ、お兄様お茶会を始めましょう。今日を楽しみに待っていたんですから」
「ハッ、また何か盛ってるんじゃないだろうな。あの夜みたいに」
「あはは、何のことでしょうか。僕にはさっぱり……ね」


 と、それまで笑っていたグレイの顔から笑みが抜け落ちる。それでも口角は上がっていて、可愛らしい表情をしているのだが、その鮮血の瞳だけは笑っていなかった。まるで、獲物を狙う獣のような鋭く、容赦のない目を殿下に向けて、再度にこりと微笑んだのだ。


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