元没落貴族の俺が、嫌われ者の第三皇子に執着されるなんて何かの間違いであってくれ

兎束作哉

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第1部 第4章 邪竜の器と第三の皇子 

02 必ず助けに行ってやる

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 カラカラと回る車輪は、少し荒っぽい砂利道の上を走っていた。
 皇宮からあの屋敷への帰宅途中、馬車の中にはそれはもう息の詰まるような空気が流れていた。
 目の前に座る殿下は、舌打ちを鳴らし、足を組み替えては窓の外を眺めてため息をついている。よっぽど先ほどの面会が気に食わなかったのだろうか。


「おい」
「何ですか。その八つ当たりみたいに睨むのやめてもらえませんか?」
「別に八つ当たりなんてしてねえよ。本当に、クソだなって思って」
「俺が?」
「なわけねえだろ。あの厳重な面会のことだよ」
「ああ、手枷まではめられて。外に騎士たちが……って。まるで、俺たち罪人みたいでしたね」


 そう俺がいえば、殿下はむすっとした顔で俺を見てきた。
 いくら皇太子から呼び出されたとはいえ、あんなふうに手枷をはめられ、罪人のように中に入れと放り込まれたらいやな気持になるのはよくわかる。皇宮には殿下の居場所どころか、俺の居場所もなく、常に監視され、敵意に満ち溢れた視線を浴びせられ続けた。殿下が嫌われているというのはわかっていたが、皇太子に呼び出されてきたということでさらにその敵意や殺意というのを身近に感じた。
 皇太子を毒殺しようとした男が、皇太子に会いに行くなんて家臣や、周りの人間からしたら恐ろしくて仕方がないのはわかる。また何かやらかすんじゃないかと、手枷をはめて、魔法を封じて、それでも足りないと、皇太子のベッドの周りには厳重な防御魔法が施されていた。そこまで俺たちを無力化しても、部屋の前に立っていた騎士も、すれ違った使用人たちも全く殿下のことを信用していない目で見るのだ。


「ハッ、ビビりすぎなんだよ。俺が兄上に何かできると思ってんのかって話だよ、まったく」
「……殿下と、皇太子って全然似てないんですね」
「ああ?」
「…………いや、悪い意味じゃないんですけど。その、第二皇子とも、第四皇子とも全然違うというか。ぱっと見弱そうに見えるのに、悠然としているというか。第二皇子よりも、殿下よりも隙が全く無い人だなって思って」
「そりゃ、兄弟の中で一番食えない相手だからな。兄上を敵に回すのは恐ろしすぎて考えたこともない」


 殿下はそう言って足を組み替える。
 殿下は、第二皇子を愚兄と、第四皇子をグレイと名前で呼ぶのに、皇太子だけ兄上と呼ぶのがなんだか珍しかった。兄貴、とか呼んでいそうなのに、どことなく経緯や尊敬を向けるように兄上、と呼ぶのだ。それだけでも、殿下が皇太子に対して思っている感情というのは他の兄弟に向けるものとは違うのだろう。一番まともそうに見えてヤバい人にも見えたから。


「あの愚兄よりも、ちょこまか動き回るグレイよりもよっぽどな。王にふさわしい男だ」
「殿下がそこまで評価するって、珍しいですよね」
「……唯一俺を家族として扱ってくれるしな」


 ぽそりと殿下はつぶやく。少しだけ悲しそうな色が瞳に映るが、それは一瞬にして消え去ってしまう。まるで、過去を回想するような、ほんの一瞬の時間だった。
 俺には兄弟がいないからそういう感覚はわからない。まして、その兄弟の中で順位づけられ、皇位継承争いをするとかも俺にはわからない感覚だった。最も、殿下はその皇位継承争いには参加する権利がないわけだが。


(それでも、第二皇子は殿下を敵視している……)


 第四皇子のグレイはおいて置いても、食えない皇太子、そして素行の悪い問題児の殿下。レーゲンからしたら誰も彼もめんどくさい相手なのだろう。殿下がレーゲンとの関係について多くを語らないため、どう思っていて、なぜ警戒されているのかわからなかった。


「それで、気になっていたんですけど、皇太子殿下が仮病ってどういうことですか?」


 俺にはわからない会話の連続だったが、その会話の端々に気になる単語があった。
 皇太子がいつ、毒を飲んだかは知らないが、かなり時間がたっているのではないかと。まだ抜けきらない毒だったため、療養しているのかとも思ったが、見た感じそこまで弱っているようには見えなかった。他に持病があるのならばまた話は変わってくるが、どうやらそうではないようだった。
 殿下は髪を弄りながら「仮病は、仮病だ」と言って髪から手を離す。


「本来であれば、もうこの時期に皇位継承式が行われていただろう。兄上も年だからな。だが、毒殺未遂があってそれがずれ込んだ。未だいつ、式典が行われるか決まっていない」
「年っていう年齢じゃないでしょ……でも、それはわざとなんですよね」
「フンッ、鋭いな。その通りだ。式典をずらすことで、まだ兄上が皇位継承するかどうかわからなくすることで、あの愚兄に期待を抱かせる。式典がいつ執り行われるかわからない以上、兄上をその間に殺害すれば、継承権第二位の愚兄が繰り上がりで皇帝になるからな。そして、殺害の罪は俺に擦り付けるつもりだろう。そうでなくとも、兄上が病気だといえば、国民も愚兄も次の王は第二皇子だって思うだろうよ。だからこそ、兄上はわざと仮病を使って動向を窺っている」
「……ということは、皇太子も第二皇子の悪事に勘づいていると?」


 俺がそう聞くと、殿下は少し黙った後ゆっくりとうなずいた。
 そうであるなら、皇太子が自分を殺そうとした犯人はレーゲンだといえばいいだけの話ではないかと思った。殿下が証拠があるというのであれば、その証拠を皇太子に差し出すことだって可能なはずなのだ。それをしないところを見ると、まだ証拠が足りないのか、それともレーゲンともども、ゼーレ教をつぶそうとしているのか。きっと後者なのだろう。レーゲンを吊るすだけの作戦ではなく、ゼーレ教ともども根絶やしにするのが目的だと。異分子の根絶が今回の目的であると。
 もしかしたらそれだけではなく、兄弟という情が働いているのかもしれない。皇太子は優しそうに見えたから。


「といっても時間がねえ。早くに愚兄の悪事を暴くか、俺が聖痕を発現させるかだ。これ以上悠長に、式典を伸ばすことはできないだろうしな」


 現皇帝も即位して長いという。そして、皇太子も三十手前。皇太子妃はいるし、そのまま即位すれば皇帝と皇后だ。だが、平和のためにまだ即位するのは早いと先延ばしにしていると。
 思った以上に複雑な問題に巻き込まれているな、と感じながらも、自分もまた、その異分子の一つであることに胸が苦しくなる。ゼーレ教がつぶれれば、ゼーレを復活させることができる人間がいなくなるということで、俺は死刑を免れるかもしれない。だが、もしもを考えて殺される可能性も考えておいたほうがいいわけだ。どちらになったとしても、俺の居場所は殿下のそばである……それは変わらないと。


「兄上は、お前を餌にするといったがくれぐれも捕まらねえようにしろよ」
「はは……肝に銘じています。これ以上、殿下の手を煩わせてくないですから」
「……ちげえ」


 と、殿下はぷいっと顔をそらしながらつぶやく。
 何が違うのかと首を傾げれば殿下は俺の足を踏みつけながら、ものすごい形相で睨みつけてきた。


「ええ、なんですか。俺、機嫌損ねるような真似しましたっけ」
「ああ、したな。自覚しろ、この鈍感。たとえお前が捕まったとしても、必ず助けに行ってやる」
「え、それは、ありがとうございます」
「……」
「だから、何ですか! 俺、察しろとか苦手なんですけど!」


 表情と語りない言葉から相手の感情を補足するのは苦手だった。それに、殿下ともなったらもっと難しい。
 一体何が言いたいのかと殿下のほうを見つめ返したが、その鮮血の瞳からは何も読み取ることはできなかった。


(そりゃ、そんなこと言ってもらえるって……恥ずかしいけど、すっげえ、嬉しくて)


 そこまで考えて、ボッと顔が熱くなる。三週間前に殿下への恋心を自覚したばかりで、先ほどの殿下のかっこいい発言が頭の中で回っていく。まるで薬でも飲んだように体中が熱くなるのだ。
 もしかして殿下も俺と同じ気持ちなのだろうか。そう勘違いしてしまうくらいに、その言葉をそれ以外でとることは難しかった。パタパタと俺は手で顔を仰ぎながらもう一度殿下を見てみるが、殿下は疲れたのかうとうととうたた寝を始めていた。まったく子どもみたいな人だと思う。いいたいことだけ言って、疲れたら寝るなんて。


「はぁー……」


 一体どういう感情なんだと、殿下の寝顔を眺めながら俺はため息を吐くことしかできなかった。相変わらず長い下まつ毛に、はらりと落ちる黄金の髪。その寝顔はいつまでも眺め続けることができるほど美しかった。
 俺もまだ病み上がりということもあって、つくまで寝させてもらうと目を閉じる。馬車には襲撃に備えた防御魔法が施してあり、その上にさらに殿下が防御魔法を上塗りした。だからよっぽどのことがない限り、この中にいれば安全なのだ。外から中の会話も聞こえない優れもの。寝ていてもその魔法は維持されるので本当に殿下には頭が上がらない。
 殿下の寝顔を見ていると、途端に眠たくなってきたので俺はそのまま目を閉じる。まだまだ処理しきれないことはあったが、少しでも長くこの人と一緒にいたい。そう思いながら俺は意識を深い眠りへと落としたのだった。


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