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第1部 第3章 巻き込まれ役と怪しい教団
09 脱出計画はあまりにも無謀でむちゃで
しおりを挟む(――なんか、めっちゃ快適に過ごせるんだが!?)
貴族の生活ってこんな感じなのかなー程度に想像していたことをすべてやってくれるというか、俺が普段殿下にやるようなことをさらに細かく、俺を繊細なものとして扱うようにしてくれるというか。
悪の教団のはずなのに、なぜか俺をその教団の王様とでも言わんばかりに尽くしてくれた。風呂も入れてくれるし、きた当初みたいな食事はもちろんのこと、服装は……ちょっと俺好みではなくあの黒衣の上等なものを着せられて。髪色とマッチしていることもあってそれは、それはもうあの黒衣の男たちに似合っているといわんばかりにグッドサインをもだった。だが、一切会話がない。
てきぱきと俺の身の回りの世話をしては、かわるがわる去っていく。だが、ここから逃がしてくれる様子もなければ、返すつもりも一切ないらしい。それと、眠る場所はいつもあの鉄格子の牢の中だ。ぽちょん、ぽちゃんと雨漏りがしているのだけがとても気になり、ベッドは簡易的に作ってもらったものの、殿下と暮らしているあの屋敷よりも質が悪いものだった。シーツもどこか黴臭くて、ほこりっぽい。そこまで尽くしてくれるなら、部屋を移動させてほしいものなのだが、どうやらこの場所には部屋がないらしいということが分かった。いや、実際にはあるのかもしれないが、そこまで設備が整っていない的な。ここから出るときはいつも目隠しをされるのでどんな作りになっているか、ここに来てから一向につかめなかった。
そして、毎日あのザクロのジュースが出される。
ゼーレの復活に俺が必要であるのなら、煮るなり、焼くなり早くすればいいのに。何か準備があるのだろうか。
(だとしたら……もう十分、ここでの生活は満喫したし、脱出計画を練るか)
得られた情報は少なかった。目的はわかったが、俺をどのように活用するかはまだわかっていない。器、という言葉を頻繁に聞くが、どのようなことに使うのかもまだ……それを探ろうと思っても、きっとポロリとこぼすわけもないだろうし、だったら早くここから出たほうがいいと思った。俺がいることで、殿下たちに不利益をこうむったら困るからだ。
だが、問題はここからどう出るかである。
俺はされるがままにここに大人しくいるが、それがかえってあいつらの隙をつけるのではないかと思った。俺が脱出するのをあきらめていると、そう油断しているに違いない。
朝食を運んでくる人数は一人なので、狙うならそこだと、俺は隠し持っていたナイフと部屋の中で見つけたレンガの端を見る。この二つがあればどうにかこの折からは脱出できそうなのである。あとは、タイミングを見計らって。
「……はは、俺かえりたいって思ってるんだ。あそこに」
ここに来て一週間経っているか経っていないかだろう。窓もなければ、鉄格子の向こうに広がっているのは黒い虚空。地上が恋しいという気持ちと、殿下に会いたいという気持ちが日に日に強くなってくる。とりあえず外に出たいというのはそうだが、俺のこと一週間で忘れていないかななんて不安になってしまうのだ。
もう一週間たつなら、俺の捜索はあきらめているかもしれない。そんな悲しいことを思ってしまうほどに、俺はあの温かさに飢えていた。何気に、こき使われてもあそこでの生活に慣れてしまったのだ。俺をからかう殿下がいる、厳しいアウラがいる、気にかけてくれるグレーセさんやコック長、庭師がいる。家無し無一文だったころの俺では想像できないくらいに温かい世界。帰る場所。
一度知ってしまった温もりを手放すには、もう、難しい。
(……殿下)
もっと一緒にいたかったな……いや、もっと一緒にいたい。
寂しいって気持ちが俺の中にあったことが、本当に驚きだった。十年以上も一人で生きてきたのに、いまさら一人が寂しなんて思いたくもなかった。
自分のへまで、つかまった身なのに何を言っているんだと、そう思うけれど。
俺、楽しかったんだよ。毎日が本当に楽しくて、幸せで、だから――
「ありがとうございます。いつもどーりの時間で」
「……」
「はは、無視されるのもこれまたいつものことで」
多分、いつも通りの時間に黒衣の男が朝食を運んでくる。健康に良さそうな青々としたサラダに、ミニトマト。そして、ザクロジュースに、パンとオムレツ。黒いテーブルクロスを敷いて、男は出ていこうとした。
「あのちょーっといいですか」
と、俺は男を呼び止める。さすがに、無下にできないのかなんなのか、男は立ち止り振り返った。
よし、と第一難所クリア。
俺はいつも通りの調子で雨漏りがしていた天井を指さした。
「とーてもよくしてくれるのは、嬉しいんですけど、あの雨漏り気になっちゃって。寒くて、最近よく眠れないんですよねー」
「……チッ」
「ね、あれ直してくれません? 魔法とか、使えたり……ありがとうございます!」
舌打ちをしつつも、牢の中に入ってきて、俺が指さした雨漏りがする天井を見上げる。この男はなんとなく貴族の血筋だと思った。魔法が使えそうだと踏んでいたが、どうやら正解で魔法を使って天井の穴をふさごうと魔力を集めていた。俺はそんな男の背後に立って、持っていた黒いレンガで男の後頭部を思いっきり殴った。グハッと、男はくぐもった声をあげて床に倒れこむ。すぐさま俺はレンガを床に落として、男の服と自分の服を交換する。それはものの数分ほどで終わり、俺は黒衣の男がきていた服に身を包む。どこかで嗅いだことのある甘ったるい香水の匂いが鼻腔を抜けて、頭がくらくらとする。趣味が悪い、なんて思いながらも、殴りつけた男をベッドに寝かせて俺は黒衣の男に扮し牢を出る。人を殴ったことはこれが初めてかもしれない。罪悪感は少しあったが、死んではいないだろうし……と、罪の意識から逃れつつ、牢の外に広がっていた道を歩いた。暫くして、階段が見当たり、その階段をゆっくりと駆け上がる。
だがその途中で階段の上から黒衣の男が二人降りてきた。
「……っ」
「器に、飯を食わせたか?」
「は、はい。ああ、でも今日は調子が良くないみたいですぐに寝てしまいました」
「調子が悪い?」
「え、はい。もしかしたら、ここにきて反抗心が芽生えたのかもしれません」
男は俺を怪しむように見ながらも、そう言った。やはり、俺の前だけ喋らないだけで仲間内ではそれなりに話すらしい。
どうにかバレないよう今すぐにここから立ち去りたかったが、そうするとまた怪しまれそうで俺は笑みを浮かべつつ、男を見る。男たちは、二人で何かおかしくないか? というように目配せをしたが、俺がにこりと笑えば、気味悪そうに「変なもの食ったのか」といって階段を下りて行った。
俺はあいつらがいったのを確認したのち階段を駆け上がる。
「にしても、よく見つかったなあの器」
「そうだな。数十年前に実施した計画の残りだそうだ。今回はうまくいくといいらしいが」
「はは、いかなかったとしても、新たに器を作ればいいだけだ。それこそ、反抗心すら抱かない人形みたいな人間を」
「言えてる。あの器、妙にピンピンしていたからな。でも、それくらいじゃなきゃ、ゼーレの器は務まらない」
「……」
後ろから聞こえてきたのはそんな会話だった。
数十年前の計画、ゼーレの器となにやら気になるワードがいくつか聞こえた。そして、俺はその計画の生き残りだというのだ。全く身に覚えがなかったが、もしかすると俺の抜けた記憶の中にある何かが、それにまつわるものなのかもしれないと。
もっと聞いて痛かったが、あいつらが気付く前にここを抜け出そうと、俺は階段の一番上まで行き、鉄扉を開けて外に出た。扉を開けると外に広がっていたのは、ボロボロの内装の屋敷のような空間で、ほこりをかぶって変色している絨毯に、割れた窓、ガラスが散乱していた。もとは、貴族の屋敷のようにも思えたが、使われなくなってだいぶ時間が経っているのだろう。料理を作れるような衛生環境でもなければ、かわるがわる来ていた黒衣男たちが根城にしている感じもなかった。では、どこから……? そんな疑問も浮かんだが、とりあえず外に出ないことには、と足を進める。
そして、屋敷内をぐるぐると回り、出口を見つけ、俺は外へ出ることができた。だが、その先に広がっていたのは、うっそうと気が生い茂る森で、どこへ行けばいいのか全く分からなかった。見覚えのない場所。来た道を戻ろうかと考えたがバレたら……そう思っていると、パキッと小枝が折れるような音が聞こえ、俺は振り返る。するとそこに立っていたのは、あのふくよかな黒衣の男だった。
「おや、どこへいくのですか」
「少し散策に……気晴らしにと」
「そうでしたか。騙されると思っているのですか? ゼーレの器」
「……っ」
ブンッと男の背後に何か黒いものがうごめいた。表情は変わっていないものの真正面からその殺気を浴びてしまい、足がすくむ。彼からは尋常じゃないほどの魔力を感じ、放たれるプレッシャーからか、体が震えだした。
「はは、わかっちゃうのか……さすが、あっさり騙される部下と違うわけだ」
「彼らは後できつく躾けますよ。さあ、戻りましょう」
「誰が戻るんだよ……あんなところ。それに、アンタらの計画は、俺がいなきゃ始まらないみたいだし? 俺がここから逃げたらその計画がパ―ってわけ」
「……」
「戻る気はない」
そう強く言うと、男はやれやれと首を横に振った。
何を仕掛けてくるかわからない以上、俺は気を抜けなかった。だが明らかに、目の前の男と俺の魔力量は違うし、その差は明らかだ。逃げることに全力を尽くしても逃げられるかもわからない。どうやら、ここ周辺の地形をよく知っている口ぶりでもあるから、俺なんかがこの森に入って帰ってこれる保証はない。
「そうですか、では交渉決裂ということですね。あまり、傷つけたくないのですが、仕方ない」
そういったかと思うと、男の後ろで揺らめいていた黒い物体が一気にこちらに向かって飛んできた。その黒い物体というのは、かなり大きな蜂――それが、数十匹と一斉に俺に襲い掛かってきたのだ。
「……っ」
俺は自分の懐に隠していたナイフを手に持つ。それで何匹かはしのげたものの、その数に勝てるわけもなく、俺はすぐに蜂たちに取り囲まれてしまうのだった。男は、降参するなら解放するといったが、それを飲めばきっと外に出られなくなると思った。ここまで来て……
無謀だとわかりつつも、諦めることはできなかった。アウラとの特訓を思い出し、やられてるとしても、どうせやられるのであれば戦ってやられたかった。俺はナイフを構えて戦う姿勢を示す。それをみて、男はかわいそうにというように、蜂に指示を出した。その蜂は、瞳を紫色に光らせ、俺に向かって一斉に襲い掛かってきたのだ。
(……クソ、この数を一気になんて)
そう思ったときだった――何十といる蜂の群れを紅蓮の炎が一掃したのは。
パラパラと、目の前で焼けこげた蜂が炭となって落ちていく。燃え盛っていたはずの炎もその一瞬で消え、代わりに、俺の目の前に大きな影が揺らめいた。人影……そう、それはまるで金粉が空から舞い降りたようだった。
「この数の魔物相手によくそんな武器で対応しようとしたな。その度胸は褒めてやる、フェイ」
「……でん、か?」
いるはずもない、人の姿が。
左口角をニヤリと上げ、ヒーローとは思えないほど憎たらしい笑みを浮かべた殿下がそこに立っていたのだ。
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