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第1部 第3章 巻き込まれ役と怪しい教団

08 奇妙な目的

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 ポタ、ポタ……と水が滴る音で目が覚めた。
 冷たい地面に頬がくっついていて、体を起こせば誰かに投げられて強打したのかっていうくらい全身が痛んだ。暗くて見ずらい視界の中目に飛び込んできたのは黒いさび付いた鉄格子だった。


「……は?」


 どこだここは。
 痛む体を抑えながらあたりを見渡した。どうやら牢のようなところに閉じ込められているらしかった。水の音は、その閉じ込められている部屋の隅のほうから垂れてきているようで、お世辞にも衛生環境が整っているとは言えなかった。まあ、牢の中だし……囚人を入れるような――


「は? はああ!?」


 さすがに自分は囚人じゃないとは思うのだが、前後の記憶を思い出し鉄格子を掴んだ。アウラと、襲ってきた刺客たちを蹴散らした後、魔法陣が足元に現れて、気づいたらここに。思えばあの魔法陣が転移魔法かなにかの部類だったのではないかと思った。カチといった音は、その魔法が発動した音だったのだろう。気づかず踏んでしまった。そして、アウラはそれを助けようとしてくれたのだが間に合わず……といったところか。
 となるとここは、襲ってきた刺客たちのアジトではないかと思った。そもそも、あの刺客たちは、俺たちを殺す目的で襲ってきたのだろうか。もしかしたら俺たちを連れ去るのが目的だったのではないか……とか。そうでなければあの魔法陣の説明がつけられないというか。


(困ったなあ……)


 まったくここがどこだか見当がつかない。地下なのか、ただ薄気味悪い建物の中なのか。目の前の鉄格子も壊せるほどもろくないようで脱出は不可能だということがすぐにもわかった。先ほどまであった、あの重量のある剣もなければ、俺のしょぼい魔法で壊せる感じもしなかった。アウラだったら素手で壊しそうなのに、なんて思いながら目オン前にある鉄格子を睨みつける。
 こんな意味の分からないところに転移させられ、そして最悪にも牢の中に入れられてしまったんじゃ、もう助けに来てもらうことは不可能だろと思った。ここで人生は終わったかもしれない、と。


「アウラ、必死そうだったなあ……」


 ぼんやりと浮かんでくるのは、記憶が途切れる際に見たアウラの顔。あれだけ俺のことをぐちぐちと言っていたくせに、仲間意識があったのだと少しだけ嬉しくなった。ただ、アウラのプライドとかメンタル面に関しては少し気になるというか、申し訳ない気持ちもあったりする。アウラはきっと自分を責めるだろう。自分がいながら俺が……


(――なわけないか。アウラだし)


 あの屋敷で一番俺が使い物にならないし、いなくなっても代えはいるだろうと思った。俺でなければならない理由もない木がしてならない。でも、そんなことをいったら殿下は怒る気がして、それは心の中にとどめておいた。
 そんなことを思っていると、コツコツという足音が聞こえた。俺をここに監禁した、連れてきたやつだろうか。足音は、一つではなく複数あって、俺は身構える。やってきたのは、先ほどの刺客と同じ、真っ黒な服に身を包み、顔を烏のくちばしのようなものがついた仮面で覆っているやつらだった。体格的には男に見えるが、かなり厚手のローブを着ているため判別は難しい。
 そいつらは首から怪しく光るアメジストが埋め込まれた金色のネックレスをかけていた。それは何かの紋章のようにも見え、よく見てみるとまがまがしい竜の形をしていた。アメジストはその竜の心臓部分に埋め込まれている。


(……ゼーレ教?)


 直感的にそれが邪竜ゼーレに関わるものだと思った。殿下と話していた、邪竜を信仰する教団、ゼーレ教。
 怪しく光るアメジストは、ゼーレの心臓か目を表現しているのだろう。ネックレスは、襲ってきた刺客たちとデザイン、装飾部分が似ており、そしてあの指輪をはめているものも、ゼーレ教の一員だとわかった。
 黒衣の男たちは、互いに顔を見合わせ、それから鉄格子越しに俺を見つめた。何も口にしないため、さっぱり状況が分からない。俺をとらえ、餌にし、殿下をおびき出す作戦だろうか。もしそうだったとしたら、見当違いにもほどがあると、俺は挑発気味に言ってやった。


「俺なんか拉致ったところで何もいいことないと思うんですけど……?」


 しかし、男たちは全く無反応だった。俺を舐めるような目で見て、そして何も言わず去っていく。本当に何しにきたんだよと思った。とらえる人間を間違えたとかそういうのを確認しに来たのだろうか。にしては、反応が愕然や、落胆といったマイナスな方面ではなかった気がするのだ。まるで、俺をとらえるのがあっていたように。
 ここから逃げ出せる望みは薄かったが、もし、ここで有力な情報を得られたら殿下に教えることができる。だからこそ、やつらの目的や、今後の動向については少しでも聞き出せたらと思った。だが、口も開かないやつらばかりだとは面食らった。
 奴らが消えて数分、また足音が鳴り響いた。次はどんなやつがくるんだと身構えたのもつかの間、今度は黒衣に身を包みながらも、その下にきている服は上等な少しふくよかな男が黒衣の男を引き連れてやってきた。


「……おお、なんということだ。さすがは、私の部下たちだ。彼であっている」


 男は、俺を鉄格子越しにみるなり素晴らしいと両手を広げて喜んだ。その男も、仮面をつけていたため顔を認識できず、どこかで見たような姿をしていたが、声にノイズがかかっているようにその人物が誰か識別できなかった。魔法の類か何かだろうが、正体がバレては面倒だということが伝わってくる。
 部下、と周りの男たちのことをよんでいるということは、今回拉致を計画したのはこの男で間違いないだろう。


「アンタたち、ゼーレ教の信者かなにか?」
「……」
「ああ、あたってるみたいで、結構。目的はなんだ」
「ふむ、威勢がいいようで何より。だが、それくらい健康でなければ、器として試練に耐えきれないであろう」
「は?」


 男は、ぴたりと止まると、俺を見下ろすように見た。男は私腹を肥やし、太っているように見えたが、それでも分かるような高貴さがその仕草からは感じられた。やはり、どこかで会ったことがある気がしたのだ。だが、思い出そうにも、その記憶にすらもやがかかったように思い出せなくなる。
 そして、妙なことを言うので俺のあまたの中はハテナで埋め尽くされていく。


「器?」
「我々の目的はいたってシンプルだ。邪竜ゼーレをこの世に復活させ、あのお方に献上すること。ゼーレはあのお方のペットとなり、この帝国を、いや、この星を征服する王となるのだ」


 と、男は俺の前にあった鉄格子を力強く掴むと、語りかけてきた。
 あまりの熱量に押されそうになるが、それでもわからないことだらけだ。ゼーレの復活だけが目的ではなく、そのゼーレを付き従わせようとしているのだ。どれほど大きくて、凶悪な竜かはわからないが、ペットにできるというのだろうか。
 無茶苦茶な話に頭が痛くなり、俺は部屋の隅へと後ずさりする。
 かなり頭がいかれているらしく、その計画を、目的をうっとりとした表情で話すのだ。


(あのお方……って、第二皇子ってことだよな)


 殿下が調べていることがあっているのなら、ゼーレ教を裏から操っているのは第二皇子のレーゲンとなる。そのレーゲンが、ゼーレを復活させ、そしてペットとしてゼーレを飼いならし、帝国を乗っ取ろうとしていると。正規法ではなく、ゼーレを復活させて使役する、というところがあまりに傲慢で、皆が尊敬と未来への期待の目を向ける皇族ではないと思った。何も知らない、悪いことはしていないという済ましたレーゲンの顔が思い起こされる。
 男は、くるりと周り背を向けると、部下たちに何やら指示を出した。次は何をするんだ、と思っていると、豪華な料理が運ばれてきたのだ。それは食欲をそそる肉やスープで、サッと目の前にあった机に黒いテーブルクロスをかけ豪華な料理を並べ始めたのだ。鉄格子が開いた、この隙に逃げようとしたが、外側から杖のようなものを黒衣の男たちに構えられており、逃げることは不可能に近かった。


「何のつもりだよ……」
「貴方は、我々の悲願のために必要な存在。死んでもらっては困るのですよ」
「だからって食事……それも、ずいぶんと豪華な」
「これまで、多くの器が死んできました。これ以上減られては困るのですよ。ストックが」
「……」
「あのお方からのプレゼントだと思ってどうぞ、召し上がってください。大丈夫です。毒は入っていないので」


 そういって男は、また明日くるといって黒衣の男を連れて消えてしまった。目の前には豪華な料理が並べられ、そして静かに準備をした男たちも去っていく。
 器だの、ストックだの、意味が分からないことだらけだった。少なくとも、やはり目的は俺の拉致だったらしく、俺はこれからこのいかれたやつらにいいようにされるのだと絶望の未来を垣間見る。


「……食べ物に、罪は、ない、けど」


 毒入っていないといっていた。それに、俺が必要であるとあれだけ誇張して殺すとは思えなかった。だが、それでもあいつらが出したものに何も入っていないとは言えない。俺はポケットをまさぐって何かないかと探した。すると、銀製のスプーンが入っていることに気づき、それをスープにつけてみる。スプーンは変色せず、他のものも同様だった。毒はたぶん入っていないらしい……
 俺は恐る恐る近づき、丸いワイングラスに入ったワインのようなものを嗅ぐ。真っ赤な血のようなものだったが、その液体からはザクロの匂いがした。


「喉は、乾いたし……毒も入っていないなら、これくらいなら」


 餓死することだけはしたくなかった。遠いようでつい最近まで思っていたことを思い出し、俺はグラスに口をつける。ぐっと一口飲み、舌の上で転がせば、甘酸っぱい独特な風味が広がる。甘いが、血をすすっているようにも思えて、食欲が失せた。


「はあ……とりあえず、目的はなんとなくわかった。あとは、脱出方法か……」


 助けはあまり期待できない。隙を見計らって出るしかない。殿下たちが俺を探してくれているとは思わないし、そもそもどこに監禁されているのかも不明だから。
 俺は、もしものためにと食事と一緒に出されたナイフとフォークをポケットの中に突っ込み、ザクロジュースで汚れた口を真っ白いハンカチーフでぬぐった。

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