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第1部 第3章 巻き込まれ役と怪しい教団

07 ラビットと雑用、それから白昼堂々暗殺者

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 いつもは一人のお遣いを、二人で。帝都の石畳を踏みながら、緩やかな坂を上る。真昼間の空には白い太陽がさんさんと輝いていた。


「珍しいな。アウラが一緒なんて」
「僕は、武器を新調するために来ただけだ。貴様についてきたわけではない」
「あーはいはい。わかってますよー」
「なんだその眼は!」


 俺のお遣いはコック長に頼まれた食材と、グレーセさんに頼まれた……というか、殿下にプレゼントをしたらどうですかと言われ、髪飾りをと、一応は一人でこなすつもりだったのだが、帝都に用事があったというアウラと一緒に行くことになった。本人は嫌だといったのだが、殿下が二人のほうがいいだろうとのことで二人で行くことになった。邪竜教の動きもあるし、俺がレーゲンに目をつけられたんじゃないかと心配した殿下が、アウラを護衛にと、意訳すればそういうことだった。アウラもそれには気づいているらしく、腰には剣を携えていた。
 アウラは小さいので俺が引率……には見えないのかもしれないが、こうして二人で買い出しに行くなんて機会はないので少し楽しみだったのだが……


「そういえば、その騎士服って……」
「オーダーメイドだ!」
「声が大きいな、アウラ……そう、なんだ」
「ふふ、これはアーベント様が僕のためにくださったオーダーメイドの騎士服。僕の美しい白い毛並みとあうように、白を基調にしてある。あとは動きやすいように収縮性もあって……だから、なんだその眼は!」
「いや、いいなと思って。ところで、気になってたんだけどさ、アウラのあのバカでかい斧ってどこにあるの?」


 アウラと俺が初めて会った日、俺を女狐だといって攻撃してきたアウラは、その体に似つかわしくない大きな斧で攻撃してきた。だが、あの斧をあれ以来見かけたことがなく、あれをしまえる場所も限定されているだろう。あの件があって、使用禁止になったのかもしれないが、と思ったが、だとすればアウラが何か言いそうだし。
 俺がそう聞くとアウラはぱっと左手を俺に見せてきた。白くて小さい、けれど見た目の柔らかさとは裏腹に手のひらには豆ができていてがっしりと肉が詰まっているようだった。その左手の中指にはめられていた黄金のリングがきらりと光る。


「ここに収納してある」
「ここに……って、あのバカでか斧を!?」
「そうだ。あれも、アーベント様からもらった貴重品なのだ。僕の相棒でもあり、戦友。あんなものを持って移動するのはどうかとなって、魔法で収納できるようになっている。今はここで見せることはできないが、唱えればこの指輪からあの斧が出てくる仕組みになっている」
「そ、そりゃ場所を取らなくて便利な」
「ふふん、そうだろ。もっと褒めろ」


 褒めろといわれても、それは貰い物であって、アウラが何かしたわけではない。それと、多分アウラがほめろといっているのは、自分の相棒に対してだろう。あのバカでか斧をどうやってアウラが振り回しているかいまだに謎ではあるが。
 白い騎士服に身を包み、真っ白な髪に、小さなウサギ耳。そんな服装をしていれば目立つわけで、行きかう人はみなアウラを見ていた。


「慣れてるの?」
「何がだ……? ああ、見られるのか。全然慣れている。それと、この白い騎士服と、髪色、そしてクールな耳はよく目立つ」
「目立たないほうがいいんじゃないか?」
「たわけ。目立ったほうがいい。目立つつくりなのは、わざとだからな――ッ!」
「……っ!?」


 ブォンと音が鳴ったかと思うと、アウラが先ほど言っていた指輪からあの斧が現れる。その斧は飛んできたナイフをすべて弾き、無に帰した。
 一瞬何が起こったかわからなかったが、街角から、そして建物の屋根の上に黒服に身を包んだ男たちがナイフを構えてこちらを見ていた。いつの間につけられていたのだろうか。


「自分に注意を寄せるためのものだ。群衆に紛れるよりもよっぽど周りに被害が出ない。それに、僕は強いからな」


 と、胸を張りながら斧を片手で握る。
 確かに、そういう戦法というか作戦はよく聞く。主人よりも目立つことで、先に攻撃をさせるというのを聞いたことがある。自分に注意を向かせることで、他の人を逃がすことにもなるだろうから。幸いにも、この事態を察したらしい街の人々はすでに非難したようだった。
 これなら、あのアウラのバカでかい斧を振り回しても問題ないだろう。


「白昼堂々狙ってきて……後悔させてやる」
「暗殺者……刺客?」
「目的はわからないな。けど、こういうのは慣れている」


 と、アウラは言って斧を振り上げる。
 アウラを狙っていたのか、はたまた俺とアウラ両方なのかわからなかった。ただきっとこれは仕組まれたことであり、レーゲンかそれにかかわる人物が仕掛けてきたものだろうということは予想できた。アウラからしたら日常茶飯事なのだろうが、こうして命を狙われるという状況になったのは俺は初めてだった。
 殿下の従者というだけで命を狙われる――それを、身をもって体験した瞬間だった。
 これを使えと、丸腰の俺にアウラは腰に下げていた剣を渡す。鞘に入れられた剣を俺は引き抜き、その重さに驚いた。


「こ、こんな重っ……!?」
「僕の剣は特別だ。貴様には重いかもしれないが、」


 アウラの剣は、俺では両手でやっと持てるような重量だった。見た目は片手剣だったのに。そ引き抜いた時点で重くなったということは鞘に魔法がかけられていたのだろう。でなければ、あんなふうに腰に下げて歩くことすら難しい。
 アウラは片手で軽々と持ち上げ、斧を振り回すのでこれくらいの重さどうってことないだろうけれど。俺が持つには重すぎた。そんな俺の様子を察したアウラが俺に言う。


「重くないとイメージすればいい」
「イメージして変わるものじゃないだろう……」
「練習の成果みるにはちょうどいい機会だろ……フェイ」
「……っ、おっと、どういう風の吹き回しで、俺の名前を?」
「戯れている時間はない。こいつらを片づけて、早く屋敷に戻るぞ」


 と、アウラは俺の名前を呼んだことに対し照れたのかすぐにも刺客に向かって走り出した。俺も何とか剣を両手で握って応戦する。アウラほどうまくは扱えなかったが、それでもアウラとの特訓が無駄ではないと思った。

 数は思った以上にいて、十数人……魔法を使うやつはいなかったものの、毒の塗ってあるようなナイフを飛ばしてくるので危険だった。それらを全部剣ではじく……それが俺には精いっぱいだった。それに比べてアウラは、あの大きな斧を振り回して、目にもとまらぬ速さで敵を薙ぎ払っていく。場数が違う、なんて思いながらも、助けてもらうなんて恥ずかしいことはしたくなくて、俺もどうにか押し返す。
 にしても、アウラがいれば大丈夫だろうとは思うのだが、こんな街中で、白昼堂々と現れて攻撃してきたのはなぜだろうか。
 アウラからしたら日常的な犯行のようにも思える。殿下のそばにいるということは、常に命を狙われ続けなければならないと。けれど、俺には嫌な胸騒ぎがした。定期的に俺は帝都に来て買い物をする。その様子をレーゲンにみられていたのだ。この間のこともあって、それが重なる。俺は殿下の言いつけを守って、あれ以上踏み込まないよう、考えないようにしていたが、一度接触をしてしまうとどうも頭から離れないのだ。
 アウラの身のこなしはさすがだった。兎の獣人としての跳躍力と、すばしっこい身のこなし。手にはあの巨大な斧を持っているというのにどうしてそんなふうに動けるのだろうか。重そうなその武器をやすやすと持ち上げる姿は、やはり小さな体には似つかわしくないが、時々少年というには成熟している大人に見える。男らしい……そんな姿をしたアウラにあっけにとられていてもしょうがないので俺は目の前の敵をなぎ倒す。


「どっちかというと、俺は軽い武器のほうが好きなんだけどな……っ!」


 俺には俺の適した武器が欲しい。まさか、狙われるとは思ってもいなくて、護身用の短剣しか手元になかった。それでこの数を相手するにはあまりにも心もとない。けれど、それを補うためにアウラに剣を習ったのだ。重くても、何とかなるはずだ。


「あがっ!」


 けれど、疲労により一瞬の隙をつかれて俺の頬をナイフがかする。赤い血がたらりと垂れた。すぐにそのナイフを投げてきた相手を俺は睨みつけるが、相手はギラリとナイフをちらつかせてこちらを睨み返しただけだった。
 別に、接近戦ともならなければ大丈夫だ……そう考えているうちに、斧を振り回して十数人の敵を薙ぎ払ったアウラが、その敵の背後を取って一発で仕留めた。真っ白な服はすでに敵の返り血で真っ赤に染まっており、見るも恐ろしい血濡れの兎がそこに立っていた。敵に命を狙われたときよりも、その姿を見るだけで肝が冷える。


「ぬかったな」
「はは……ちょっと、へまこいただけだし。アウラは無事みたいで」
「当たり前だろ。貴様とは、場数が違う。こんな雑魚に負けるはずがない」
「すげえ自信」


 アウラからしたら雑魚もいいところなのだろう。
 俺はこういう経験は初めてだったため、うまくいったことにほっと胸をなでおろしたというのに。俺は、自分たちを襲った相手が一体誰だったのか確認すべく、死体の転がる道を見渡した。アウラと反対色に真っ黒な服に身を包み、仮面で顔を隠していたため顔の判別はできなかった。そしてとある男の遺体のそばに近づくと、何やら見慣れたような指輪がはまっていた。怪しく光るアメジストが埋め込まれている指輪。それはいつだったかどこかで見たことがあるやつだった。
 どこだろうと、記憶をたどりながら他に何か手掛かりになるものがないかと探していると、ふと、カチという音が足元で響いた。なんだ、と下を見てみると次の瞬間にはブォンと先ほどアウラが魔法のかかった斧を出現させたときのような音が響き、足元には紫色の魔法陣が浮かび上がっていた。ちょうど、俺を包むように光り輝く。


「は、これ……っ」
「フェイ!」
「アウラ!?」


 つかまれ、というように手を伸ばしていたアウラの顔は必死だった。まるで、早くそこから出ろといわんばかりの切羽詰まった顔。しかし、俺はアウラのほうを振り返り手を伸ばした瞬間、プツリと意識が途絶えるように目の前が真っ暗になってしまったのだ。


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