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第1部 第3章 巻き込まれ役と怪しい教団

06 傷跡

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 雲行きが怪しくなってきた。
 殿下がそう確信をもって言うということは、おおよそそれが事実なのだろうし、証拠があるのだろう。だが、問題はやはり、殿下が言って信じてもらえるかどうか。その現場を押さえなければまた殿下が罪をかぶせられる可能性だってあるわけだ。それは、本人も理解しているようで、少しだけ難しそうな顔をした。


「でも、何で第二皇子がそんなことを?」
「さあ、理由はわからねえし、知りたくもねえ。皇位継承権第二位だったとしても、皇太子がいる限りは皇帝になれないわけだし、その下に二人も兄弟がいるわけだろ? あれの立場っていうのも複雑なんだよ」
「珍しく同情しているみたいですけど」
「同情? 笑わせるな。誰がするか。同情をしているつもりはないし、これからもしない。それに、これの何が問題だっていうのは、神竜の加護を受けている皇族が、その神竜を苦しめた邪竜の手を取ったということだ」


 と、殿下は言って目を細める。
 俺がきにしていた点は、全部殿下によって分かりやすく説明された。これの何が問題なんて誰が聞いても明白なことで、神竜の加護を受けている皇族が、邪竜の復活をもくろんでいることであると。神竜への冒涜行為、裏切り行為である。
 殿下もいうに、なぜそんなことをしようとしているのかはわからないらしい。昼間にあったレーゲンからそういった何かを感じ取ることは不可能だった。だが、どこかに煮えたぎる憤怒というか、諦めの怠惰というか、嫉妬……それがかすかに感じられたのだ。けれども、その腹の底は見えなかった。感情のコントロールがうまくいっているためだろう。悟られてはいけない感情だから。


「証拠、あるんですか。というか、現行犯じゃなきゃまた殿下が疑われますよ?」
「そうだな。最悪俺に押し付けて、俺を消すつもりだろうな。それが一番都合がいいからな」
「都合がいいって……」
「そうだろ? 俺は、皇族の証、神竜の加護を受けたもの聖痕が発現していないんだから。それを妬んで、恨んで、邪竜の手を取った、闇に堕ちたって。最高の筋書きじゃねえか」


 殿下はクククと喉を鳴らして笑っていた。俺は、まったく笑えず殿下を見るしかなかった。
 確かにいざとなれば、計画がうまくいっても、行かなくても罪を殿下に擦り付ける気でいるのだろう。逆のい方をすれば、そこまでして殿下を消そうとしているようにも思えた。どれほど、レーゲンにとって殿下の存在というのは邪魔な存在であるのか、脅威であるのか。どうして、そこまで殿下を敵視しているのかもわからなかった。


「じゃあ、慎重にってことですね。俺には、全貌が見えませんけど。それを調べていて、寝不足……か」
「まあ、この件に関してはこの屋敷にいるやつ全員で探ってもらっている。小さな噂から、その足跡まで。おかげで、だいぶ見えてきたものがある」
「へえ、この屋敷に……って、俺は!?」


 殿下は優秀な部下を持つと楽だ、というようにうなずいていたが、まったく俺にはその話が回ってきていなかったのだ。ということは、グレーセさんも、コック長も庭師も、アウラもということだろう。なぜ俺にはその話をしてくれないのだろうか。


「お前はダメだ。すぐに顔に出る。拷問されたとき、すーぐに吐き出しちまいそうだからな」
「ひどくないですか。俺だって、少しぐらい痛みに耐性ありますし……いや、でも、顔に出るのは否定できない、かも、ですけど」


 それでも、のけ者にされた感は否めなかった。
 レーゲンと接触してしまった身からすると、そしてこの話を聞いてしまった絡みからすると、殿下の力に何か慣れないだろうかと思うのだ。だが、一歩間違えれば自分だけではなく、殿下の首を絞める行為にもつながる。責任があまりにも重すぎるのだ。


(邪竜、教……か)


 前にどこかで聞いたことがあった気がしたのだ。ゼーレ教。記憶の片隅にそういうものがあったなあとか、ぼんやりと輪郭が浮かんでくるが、はっきりと見える前にまたもやがかかるようだった。
 もしかしたら、俺の忘れている記憶の中にそれらにまつわるものがあるのかもしれないとか思ったりもした。


「いいですよ。俺はどうせ使い物にならない雑用なんで」
「そこまで卑下することねえだろ……」
「どうしたんですか。殿下」
「いや、後ろむけ」
「え、殿下のえ……」
「いいから、早く後ろを向け」


 と、低い声で怒鳴られてしまう。ちょっとからかっただけなのに、自分がからかわれるのは苦手なのか、煽り耐性がないのか、殿下は俺を睨みつけて、早く後ろを向くようにとせかした。
 確か前にも背中を見て黙ったことがあって……
 とりあえず、機嫌を損ねないようにと俺は後ろを向く。ちゃぽんと水がはねる音を聞きながら俺は背筋をすっと伸ばした。


「あの、殿下俺の背中に何かあるんですか?」
「……」
「殿下ー?」


 見つめられているのはわかったが、返事はかえってこなかった。なんだか恥ずかしくなって、振り返ろうとしたとき、ぴたりと俺の背中に殿下の手が添えられる。びっくりして、体がはねてしまい、それがまた恥ずかしかった。


「でん……」
「治らねえな、古傷……やっぱりちげえか」
「あの、変な触り方するのやめてもらっていいですか?」
「変じゃねえ。おい背筋を伸ばしとけ、見づれえんだよ」
「ええ…………あの、前に傷がどうとか言ってましたけど、俺背中に何か攻撃受けたとか、拷問されたとかないですよ。確かに、たまに怪我はしますけどそんな大けがは」


 この屋敷に来た当初、殿下は傷がどうとか言っていた。あれから鏡で見てみようと試したが、うまくいかなくてそこに何があるのか見えなかった。
 殿下は長い指で俺の傷があるだろう場所をツゥと撫でる。それがくすぐったくて、変な気持ちになって俺は下半身に熱が集まらないようにと皮膚をつねった。


「痛くねえか?」
「痛くないです、けど……見えないんで、全貌だけ教えてもらえません? 気になるので」
「ひっかかれたような傷だ。それも、人間や動物がひっかいたような傷じゃない。もっと大きな何かがひっかいたような傷がある。爪は……四本か」
「ええ……ますます身に覚えがないんですけど」


 四本の爪、それも人間や動物じゃない何かのひっかき傷。魔物に遭遇したことはあるが、追いかけられる前に逃げたし、そんなに大きなものに引っかかれたら痛みを感じるだろう。それも全く身に覚えがないのだ。
 痣ではないかと殿下に聞いたが、ひっかき傷だというように言われて、さらによくわからなくなる。


「きれいな背中をしているのにもったいねえ……」
「き、きれいって殿下!」
「ああ、目に入った。お湯が目に入った」
「わざとらしい声ですね! もう、きれいとか言わないでください。野郎に……本当に、殿下は」


 これ以上見つめられたり、触られたりしたらヤバい、と思って俺は殿下から距離をとる。あの日あの時に、殿下は俺をそういう目で見ていないとわかったし、俺もただの勘違いだったとわかった。気にしないと決めたのに、そんな触り方をされたら変な気が起きるに決まっているのだ。
 蕩けるような低温ボイスを耳元でささやかれて。俺が女だったら一撃で落ちていただろうなと思った。
 殿下は、俺が離れると手をぐーぱーさせて何やら不満そうに俺を見た。


「何だよ。俺に触れられるのがそんなにいやか?」
「いやかとか、いやじゃないとか、そういう問題じゃないんです。殿下の触り方は、その……やらしいんですよ!」


 その気はなくとも、貞操の危機を感じる。
 相手が全くその気がなくても、俺は感じてしまうのだ。殿下が俺をそういう意味で触りたいと思っていないことがわかっていたとしても。


「ああ、なるほど」


 俺の言わんとすることをすぐに理解したらしい殿下は、ククと笑っていたずらを思いついた子供のように俺を見た。
 ああ……これも完全にわかっている目だ。自分の美貌を振りかざして、この顔をするときは大抵ろくなことを考えていないのだ。そしていつもそれに俺が振り回されていることも重々承知である。


「なるほどな、つまりお前は俺を意識しているってわけだ」
「違いますよ! 殿下のせいだよ!」
「そろそろ、俺に惚れたんじゃないか? なんなら、また抱いてやってもいい」
「あー最低なこと言ってます。あまりにも最低なこと言っている自覚ないんですか」
「ねえな。俺も、お前のその貞操観念の低さに心を痛めてるんだ。誰にも彼にも、触らせそうだしな」
「だから、何で殿下がそんなことを気にするんですか! そもそも、殿下が触ってこなきゃいい話なんですよ!」


 顔を赤くすればいいのか青くすればいいのかわからなかった。そんな俺の表情を見て殿下は満足したのか、ククと喉を鳴らして笑う。
 セクハラで訴えられないだろうか。
 顔がいい、体がいいからって何でも許されるわけじゃない。それをもっと理解してほしいと思う。


(バカ、ほんと、俺が意識しちまう……)


「へえ、俺は善意で、自分の従者が強姦に合わないか心配で気にしてやっているっていうのに。お前は俺が、お前に触れることばっかりを気にしているみたいだしな」
「クソォ~」
「負け犬の遠吠えはいいな。聞いているだけで面白い」


 ハハハッと大口空けて笑うので、俺はこの人に何を言っても勝てない気がした。結局振り回されて、からかわれて。こんなにも、純情を弄ばれたのは、殿下が初めてだ。そんな初めてもちろんいらないと思いながらも、久しぶりに殿下が楽しそうなところをみえて少しだけよかった。ほっとした。
 気になる話は多々あったのだが、それらを忘れることができるくらいには殿下との何気ない会話が心地よかった。この日々が続けばいい、そんなことを願いながら、俺は届く範囲で背中に手を当てた。

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