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第1部 第3章 巻き込まれ役と怪しい教団

05 邪竜教

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「――なーんで、見計らったタイミング!」
「別にいいだろ。それとも、主人に出て行けっていうのか?」
「言いませんが!? けど、殿下俺が入るの見計らって入ってきてません? 酷くないです!? 俺出ましょうか!?」
「まあ、落ち着け。俺は気にしねえからゆっくり入れよ」
「俺が気にするんですけどね!?」


 前に三度くらいアウラと風呂場で鉢合わせた。めちゃくちゃ威嚇されて、警戒されて、その後出て行けと追い出されたのが一回目。そして二回目は出て行けというオーラを出しながらも一緒にいることを許してもらえ、そして三回目には何も言わなくなった。ただ、わざとなのか体を洗った泡をこちらに飛ばしてくるようになったのだが……


(まあ今回は、アウラじゃなくて、殿下なんだけど……)


 殿下とはこれで六回目である。いうなら、一週間に一回ほどは殿下と鉢合わせているのだ。というか、多分殿下がタイミングを見計らって入ってきているというのが正しいだろう。それは、ただの嫌がらせというか、からかいというか。意味はないと思う。
 腰にタオルを巻いただけのほぼ裸で、殿下は湯船につかる。相変わらず、いい体をしているし、目立つつくりの顔に、髪に……
 とにかく、割れた腹筋が素晴らしくて憎たらしかった。


「俺も特訓しているんですけどね……」
「ハハッ、元から肉がつきにくい体質なんだろうよ。で、アウラにも劣るな」
「あいつ、何であんな小さいのに、チビなのに、シックスパックなんですか!? ありえなくないですか!? 小さいくせに、ブツも……! 顔に似合わない。詐欺だ詐欺」
「何叫んでんのかよくわからねえが、背はお前のほうが高いだろ」
「背の話をしていないんですよ。あと、殿下めちゃくちゃ他人事だと思って、親身に聞いてくれていませんよね」
「こんなこと、親身に聞いてどうするんだ」


 俺にとってはかなり重要な問題だと思うが。
 働き始めてからというもの、働き始めた当初よりも筋肉痛にはなりにくくなった。アウラのスパルタ特訓のおかげで剣術もそれなりに身についた。筋肉もまあついたのだが、つきにくいため、少し硬くなったかな程度にしかわからなかった。風呂の掃除も、洗濯物も、買い出しも、結構体力がいる。なにせ、屋敷が広すぎる制で掃除は時間がいくらあっても足りないのだ。だからこそ、体力は必須なのだ。
 殿下は、フンッと鼻で笑いながら、俺のほうを見ていた。見つめないでほしい、と俺はブクブクと顔を沈める。


「それで? 買い出しに行っている最中何があったんだよ」
「ああ、気づいていたんですか。子守歌の代わりに、面白い話をと取っておいたんですけど」
「重要ごとなら早くいえ。わかりやすいんだよ。お前は」
「はは~もう、わかっちゃいますね、殿下……第二皇子にあったんですよ」
「は?」


 パシャッと水がはねる。動揺しない殿下が動揺したことによって、風呂場に妙に重い空気が流れ始めた。


「ハッ、そりゃ災難だったな」
「災難ですよ。まあ、何もされてないですけどね。ああ、肩、最後に肩ポンとされましたけど」
「……」
「……いや、睨まないでくださいよ。俺だっていやなんですから。で、あと、ホルニッセ卿? っていうのが現れて。なんか、第二皇子と関係ありそうでしたね。商売上手って言ってましたけど」
「ホルニッセ卿か……伯爵位。あの愚兄とのつながりか」


 と、ぶつぶつと殿下は何か考え始めた。
 俺は、湯船につかりなおして、天井を見るように顔を上に向ける。そして、殿下の筋肉を盗み見た。


(……俺もああなれるかな)


 そう考えて、自分の腹筋をなでる。うん、無理そうだと一人納得した。


「殿下と、第二皇子……いや、あの似ている―っていうはなしじゃないですけど、お互いのこと愚兄、愚弟って呼んでるんですね」
「そりゃ、あいつは愚兄だからな。兄上……皇太子とは違って」
「そういえば、皇太子殿下は大丈夫なんですかね。このままじゃ、皇位継承権第二位の第二皇子が皇帝になる可能性も?」
「まあ、ありえるな。そうなったら、この帝国を捨てて海外にでも逃亡するか」
「それ、本気で言ってます?」
「逆に嘘に聞こえるか? マジだ」
「マジすか」


 海外に逃亡なんて、そもそも、海外のことなど考えたことがなかった。世界は広いから、殿下と隣でそういう世界を見れたら面白いだろうなとは思った。けれど、そうなるということは、帝国はレーゲンの手に落ちるというか、手に収まってしまった後ということで。殿下は、レーゲンは次代皇帝にふさわしくないと思っているようだった。そりゃ、自分をはめてのし上がろうとしている相手だから当然といえば当然なのだが、皇位のため、どんな手でも使うというのは、ある意味それだけ固執している証拠じゃないだろうか。どうしても皇帝になりたい理由とか……そこまで考えたが、あの第二皇子は皇帝になるというのもそうだが、他にも何か企んでいるのではないかと思った。


「だが、この情報を伝えてくれたことには感謝するぜ。今後のあいつの動きについてももう少し探れそうだ」
「第二皇子と関わるんですか? やめておきましょうよ、怖いし」
「お前はそうだろうな。だが、一年の間に聖痕が発現し、少しでもその立場を固めることができたなら……反撃のチャンスはある。それに、俺に聖痕が発現したら、あいつが皇太子を毒殺しようとした犯人だってつるし上げることができるしな」


 と、殿下は悪魔のような笑みを浮かべていた。反撃を楽しみにしているというような顔に少しゾッとしつつも、殿下に一応反骨精神のようなものがあるのだとホッともした。何も思わずに生きていると思っていたが、やはりやることはやろうとしているのだと。


「それで、聖痕って見たことないんですけど、どこにできるもんなんですか」
「場所はそれぞれだ。皇太子は右手の手の甲、愚兄は左手の中指、グレイは左の瞳だったな。別に場所に意味はねえよ。ただ、聖痕が発現したものには、神竜の加護が授けられる。聖痕が発現した時点で、その人個人が持つ魔力は跳ね上がるんだよ」
「なのに、第二皇子は……」
「何か言ったか?」
「いーえ。じゃあ、殿下の魔法も今以上にパワーアップするってことですね」
「ああ。まあ、今の時点でも、兄弟の中じゃトップクラスだが……聖痕がないから、最後の枷が外せねえ」


 つぶやくように言って殿下は自分の手のひらを見た。もうすでにどこかに発現しているのではないかと思ったが、聖痕が発現したことによって体は作り替わるらしい。力を授かるのだから、普通の感覚とは違うのだろう。だから、聖痕がないということが分かるのだそうだ。


「本当に複雑なんですね。もしかして、殿下が最近眠れていなかったのって、その発現方法を調べていたからって感じですか?」
「……」
「ええ、図星ですか。でもいいと思いますよ。で、収穫あったんですか?」
「ねえよ。それと、それだけを調べていたわけじゃねえし、それはついでだ」
「へえ、じゃ何を調べていたんですか?」


 俺がそう聞くと、殿下は少し黙ってから俺のほうを見た。鮮血の瞳は今日も輝いていてきれいだった。


「な、んですか?」
「邪竜教について調べていたんだよ。あと、お前の出自」


 俺のはさらについで、というように殿下は言うと、頬杖をついた。
 邪竜といえば、邪竜ゼーレだが、教ということは宗教関連だろうか。神竜リーブンをあがめている教団があるのは知っているし、ほとんどが神竜教を信仰しているのがフォンターナ帝国だ。それが主流の宗教。それに、邪竜をあがめるというのは、この国に対して、また国家転覆を狙っているものとして厳しく取り締まられているのではないかと。それでも、貴方あるため、きっとそういうところをついて、宗教活動をしているのではないかと容易に予想がついた。
 だが、それを殿下が調べる理由についてはよくわからない。


「最近活動が活発になっているらしい。お前が考えている通り、邪竜を信仰なんてこの帝国では、アウト寄りのアウトだ。だが、いるんだよ。この国、というより世界に絶望してるのか、滅ぼそうとしているのかわからねえけど、邪竜を復活させようとしているやつらが」
「はあ!? 邪竜復活って……ゼーレ……いや、でも、神竜によって倒されたんじゃないんですか?」
「ああ。だが、倒されたうえで封印。絶命には至ってねえ。まあ、それは神話時代の話だからよくわからねえよ。ただ、神竜の加護を受けている皇族がいるっていうことは、これはただの神話じゃなくて実話。邪竜ゼーレは実在していたってことだ。もちろん、神竜リーブンも」
「……で、その邪竜教……ゼーレ教ともいうんですかね、の活動が活発化してきていて、ゼーレを復活させようとしているんですか? 国家転覆案件どころじゃないですけど」
「そうだな」
「それと、殿下と何が関係あるんですか? そいつらをとっちめて、英雄になろうとか言う魂胆なんですか?」
「ものすごく縮めるとそうだな。だが、俺はこう考えている……このゼーレ教の裏で手を引いているのが第二皇子だってな」


 そういった殿下の顔はとても楽しそうで、そして確信を得ている表情だった。

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