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第1部 第3章 巻き込まれ役と怪しい教団

03 俺のこと好きなんですか、アンタ

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「――は、俺が、お前のこと好きだって?」


 一瞬だけ全部の毛が逆立ったみたいに見えたが気のせいだったみたいだ。次にはきょとんとした顔で、え、え、みたいな空気勘を出して俺を見ている。


(それはどっちの顔なんだよ……)


 なんか損した、と思いながらも答えを聞くまでは動けなかった。


「だから、俺のこと好きなんですか、アンタ」
「誰が言った?」
「いや、誰って……アウラ…………じゃなくて、アウラから、俺は殿下に特別扱い受けてるっていわれて! で、なんか俺この間、殿下の性欲処理に付き合っちゃって、ああ、性欲処理なら好きでも何でもないのか……でも、アウラが!」
「アウラが、アウラがうるせえな。黙れ」
「ひゃい……」


 アウラという名前を出したらこれ以上いけない気がしたので口を閉じたが、基本的にアウラがいったことは正しい気がしてならなかった。特別扱いを受けているつもりはないが、不思議な関係だと思っていたのだ。それが、恋愛感情であれ、なんであれ、何か一つ、名前が欲しかった。
 家無し無一文を気に入ったという理由で雇うような人だから、変わっているわけだし。


「はぁ……あのクソ兎本当に余計なことを言いやがるな」
「ということは、俺のこと好きなんですか」
「自惚れんな。お前のことなんてちっとも好きじゃない」
「……」
「……ただ、あの日」
「あの日?」


 辛気臭い顔になって言葉を詰まらせるものだから、俺は食い入ってしまった。
 それと同時に、ちっとも好きじゃないといわれて胸が痛んでいる自分に驚いた。名前が欲しいといいつつ、そして、特別扱いされているのならとどこか求めていた自分がいたのも。恥ずかしかった。俺だって別に男が好きなわけじゃなかった。殿下が、殿下のために――


「……あの日、あの夜。俺はかなりいらだってたんだよ。今回お前が気にしているきっかけを作ったのも、グレイの野郎だったし。あいつが、この屋敷でパーティーを開いて散々だった。うまく逃げ出そうと思って会場を見たら、どう考えても偽装としか思えない招待状をもって会場に入った男が目に入った」
「げっ、それって……」
「そうだな。お前だな。それが気になっちまったんだよ。つまんねえパーティーに、周りからの気味悪がられる視線。そんな最悪な日に面白いやつを見つけた。お前を追って屋敷の中はいったらどうだ? フェイ、お前が盗みに入ったところだった」
「ははは……」


 思い出したくもないような出会い。
 確かに、殿下はグレイが嫌いだし、今ならあの日そういうことだったのならいらだっていたんだろうなというのが分かった。そして、俺を見つけて面白いって思ったのも納得というか。
 そして、俺を追ってきて鉢合わせたと。


「それで、一週間も俺のこと探してたって本当なんですか?」
「ああ、本当だ。少し気になることもあったしな。まあ、そういうことだ。お前が気になるっていうのは認める。だが、好きかと言われたら、恋愛的な意味では好きじゃない。あの日は、薬で頭が回ってなかっただけだ。だから、お前が引かないのを見て利用しようとしただけだ。最低だろ」
「……最低ではないですけど。俺のせい、ですね。それは」


 なんだか丸め込まれた気がした。
 だが、前に聞きたかった俺を雇ったという理由がとなんとなく輪郭を帯びてわかった気がしたので、それだけでも大きな収穫だと思った。胸の中にすとんと何かが落ちるような感覚になる。
 やっぱり俺が抱いていたのも、あの夜殿下の性欲処理に付き合って勘違いしただけだと。


(クッソ恥ずかしいな、俺!)


 考えたら考えるほど、自分の恥ずかしさに穴があったら入りたくなる。
 そうだよな、殿下が俺を好きになるわけないもんな、とはやる心臓を抑えて。
 その様子をおかしそうに殿下は見ていた。


「もう、見ないでください。恥ずかしい……」
「ハッ、こんなに面白いのに見るなっていうほうが難しいだろ」
「殿下が思わせぶりするから」
「してねえよ。お前が勝手に勘違いしただけだ」


 と、ビシッといわれてしまう。それが思った以上に突き刺さっていたかった。
 だが、これで殿下を避ける理由もなくなったのだと少しだけほっとしたというか、軽くなったのだ。


「それで、殿下はなんで機嫌悪かったんですか。いや、機嫌が悪い理由はわかったんですけど、最近眠れていないんですか?」
「ああ?」
「ほら、機嫌悪い。俺が避けていたのは謝りますけど、眠れない理由は他にあるんですよね」
「……」
「黙んなよ……じゃなくて、黙らないでください。殿下」


 思わずすが出てしまって引っ込めたが、殿下はむすっとした顔で俺を見ていた。
 寝不足なのを隠そうとしていたらしいが、寝不足のため頭が回っていなかったらしい。


「ほら、目の下に隈があるじゃないですか。屋根裏部屋にこもっているみたいですし、何してたんですか」
「別に何もしてねえよ……チッ」


 流れ弾のように舌打ちを食らってしまい、俺はカチンときた。しかしここで言い返す気にもなれず、俺は殿下の背中を押して三階まで向かうことにする。


「おい、どこに連れてきやがる」
「殿下の部屋ですよ。屋根裏部屋のほうが寝やすいのかもしれないですけど、ちゃんとしたベッドで寝てください」
「起こしに来なかったくせに」
「あーもーまだいいますか。明日はちゃんと起こしに行きますから寝てください」


 俺が背中を押せば、んん……と嫌そうに唸っていた。だが、無理やり三階まで上がらせて、殿下の部屋のベッドに投げ込む。
 本当に寝不足なのだなとわかるほど秒で寝てしまっていた。


(ほら、やっぱり眠れてなかったんじゃねーか……)


 白い顔に手を当てれば、少し熱い気がする。
 そして俺はそのまま部屋を出ていこうとして、ふと思い立ってベッドサイドに椅子を持ってきて座った。別に何かしたいわけではないけれど、なんとなくだ。それからはたと気づくが、意識しなくても、無意識的に殿下のことを気にしてしまっている自分がいることに……


「……別にあれがなくったって、アンタの存在は大きすぎるんですよね。目が離せないっていうか」


 ぽろぽろと口からこぼれる言葉を拾っては口に放り込む。
 俺だって、それが恋だとは思わないし、ただの主従関係であることは十分わかっている。殿下が面白がって俺を雇ったこともわかって、そういう特別性のない関係だったことにも気が付いた。アウラが言っていたことは見当違いだったかといわれたら、半分という感じだ。
 死んだように眠る殿下を見ながら、俺はふと窓の外を見た。先ほどよりも分厚い雲が空を覆い、鉛色の雨を降らせる。殿下と話しても話していなかったとしても、降られただろうな、と思いながら強くなっていく雨を見つめていた。
 殿下は、寝ずに何をしていたのだろうか。プライドの高い殿下だからきっと聞いても教えてくれない。起きたとしてもしらばっくれて話題をそらすだろう。それが目に見えていた。


「……聖痕、のか」


 考えられることの一つとして、皇位継承権を得ることができる聖痕の発現について何か調べ物をしていたのではないかと思った。屋敷の中にある書庫から本が減っていたのもそうだし、わざわざ皇宮から取り寄せた箱があった。その中身は本で、俺にはわからない文字で何かがびっしりと書かれていたのだ。
 もしかしたら焦っているのかもしれない。聖痕の発現に。
 この間のパーティーがあってから、俺は殿下を避けていたけれど、なんとなく殿下も俺に絡んでくるような様子はなかった。あのパーティーで、聖痕のことを触れられ、自分が皇族でありながら皇位継承権を持たない愚図だと、殿下は思ったんだろう。それが許せなかった。第二皇子にも、第四皇子にも見下されるようなそんな自分の立場が嫌だったんじゃないだろうか。だが、聖痕が現れたからと言って、殿下の立場が変わるとは思えなかった。気休め程度に。少なくとも、殿下は肯定の座を狙っているような感じもしなかった。結婚願望も薄い。ならば、何を目的に彼は生きているというのだろうか。


(生きる目的もない俺に何を言われてもって話だけどな……)


 殿下と約束というか、賭けをしたことを思い出した。
 意味のある人生にしてくれと、意味のある人生にしようといった殿下の言葉が忘れられない。そういったのに、彼はいつも体たらくで、からかうことに命かけているみたいで。
 聖痕が発現した後はどうなるのだろうか。皇宮のほうに戻って皇子様になるのだろうか。皇位継承権を得たことで殿下の立場が変わらずとも、周りの環境が変わるかもしれないと思った。
 けれど、そうしたらここには、もう……


「いや、考えるのやめよ。コック長に、桃は買ってこれませんでしたっていいに行かなくちゃ」


 相変わらず何を考えているのかわからない。けれど、抱えているものは一人で抱えるには重く、そして誰にもその責任と重さは分け合うことができないのだろうと俺は彼の部屋を後にした。


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