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第1部 第3章 巻き込まれ役と怪しい教団

01 変に意識しちゃうじゃないですか

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「――うおおっ!」
「身が入ってなさすぎ。減点!」
「ぐはっ……」


 稽古場に自分の情けない声が響く。カランカランと、木剣が飛んでいき、地面をすべる。
 晴れた日の昼下がり、アウラに稽古をつけてもらっていたのだが、さすがというか隙がないアウラから一本もとることはできなかった。


「アウラ、手加減しないからな……」
「手加減したら練習にならないだろ。じゃなくて、ごまかすな。最近、貴様は身が入っていなさすぎる」
「……」
「大方予想はできているが、アーベント様のことを気にしているんだろ」


 木剣を片付けながらアウラは俺に投げかけてきた。
 ぴょこぴょこと耳が動くさまを見ながら、俺はごまかすように関係ない、と口にしてみる。だが、図星だったため、隠そうにも隠しきれなかった。
 あの夜から一週間ほどが経つ。いつもの生活が戻ってき、屋敷には相変わらず少ない使用人と、平穏な日常が戻ってきた。皇宮での出来事が夢のようで、あの豪華で煌びやかな世界にいたことが今でも信じられない。
 あれから殿下は、いつも通り屋根裏部屋にこもって仕事をこなしているようだったが、俺は屋根裏部屋に行く回数が減っていた。殿下と顔を合わせるのがとても気まずかったのだ。
 クスリが回ったら正気を失うかもしれなかった、体に毒だったかもしれなかった。だから俺は自らの体を差し出したわけだが、それに後悔しているかと言われたらまったく後悔していない。だが、あの夜のことはなかったことにはできなかったのだ。殿下の顔を見るたびに、あの夜のことがちらついた。そして、殿下はなかったことにするなと、そういったのだ。だが、それから殿下から何かアクションを起こしてくることもなく、ただただこちらが意識しているというだけの状況が続いている。それが、歯がゆいような、だからといって進展があればいいと思っているわけでもなくて。悶々とした日々を過ごしている。
 それが、影響してアウラにはバレる始末だった。


「気にしている……っていったら、どうなんだよ」
「別に。アーベント様は貴様に救われた。それは事実だ」
「それはわかっている。感謝もされた。でも、そうじゃない」
「そうじゃないって、まさか貴様、何か勘違いしていないだろうな」
「勘違い?」


 片づけを終わって帰ってきたアウラは、俺の横に落ちていた木剣を拾って俺のあご先に突き付けた。


「あれはただの性欲処理だ。貴様をアーベント様が好きになるわけがない」
「……っ、別に、好きになるとか、好きになっているとか話してないんだけど。そんな勘違いするわけないって。だいたい、俺は、男……で」


 ちらりと殿下がいった、性別はどちらでもいいなんて言葉が思い起こされる。
 バカみたいに意識しているのはこっちなのだと嫌でも突きつけられて、俺は嫌になった。好きになったわけじゃない。それに、下手したら、尻が裂けていたかもしれないのに。


(でも、殿下はぎりっぎりの理性で、俺に乱暴はしなかった……)


 忍耐力がある人、いや、薬の効果がそれほどまでじゃなかったのかもしれない。耐性があるのかもしれない。そんな言い訳を作っては消していき、視線を落とす。アウラは剣を下ろしてはくれなかった。
 軽蔑するような目で見降ろして、俺が次に何か言えば首をはねるという目で見ているのだ。


「好きじゃない、と思う。今のところは」
「……はあ。貴様は本当に勘違い野郎だな」
「アウラには言われたくない、かも」
「それで、話してみろ。あの夜何があったのか。僕が聞いてやる」
「え?」
「え? とはなんだ。話せば楽になるだろう。そして、それが勘違いだって突きつけてやる」
「待って、意味わからないんだけど」


 なぜアウラが俺の話を聞くという形で進んでいるのだろうか。別に聞いてほしいなど一言も言っていないのに。
 そう思って、アウラを見てみれば、興味津々といった目で見ていた。だが、それを隠したいのか、顔が歪んで、眉間にしわがよっている。


「それはもう、いい思いをしたんじゃないのか。貴様は」
「いい思いって、さっき、アウラ……自分で性欲処理だったといってたじゃん」
「だとしてもだ。アーベント様は床上手だと思う」
「出た、殿下大好きファンクラブ会員……別に、そんなんじゃない。多分、上手だったとは思うけど、挿入はされていない」


 いわゆる素股というやつだった。用意もしていない、解してもいない尻穴にぶち込まれたらたまったもんじゃない。でも、それも覚悟で言ったつもりだった。だが、殿下はそれを強要しなかったのだ。もちろん、それなりに俺を脅してきたのだが、彼は俺に挿れることなく吐精した。それでも、気持ちよがっていたし、欲が発散できたのなら、あれで方法は間違っていなかっただろう。
 アウラはそれを聞いて、絶句、というようにさらに眉間に眉を寄せる。


「貴様、大切にされすぎじゃないか」
「いや、大切にって。殿下だって、野郎の尻の穴に突っ込むよりは、素股のほうがいいだろ」
「そうじゃない。はあ……本当に貴様は何もわかっていない。アーベント様がどれだけ貴様に気を使って優しくしたのか、貴様はわかっていないんだな!」
「アンタたちいつも言葉が足りなくて、こっちが理解できないんだけど」


 優しかったかと言われたら、少し荒々しかったが、挿れなかったという点では優しかったのかもしれない。
 確かにそれは優しさだ。と、それについてなのだろうかと納得してみる。そのそぶりを見せれば、少しだけアウラは顔の筋肉を緩める。それでも、ずるいという嫉妬や、殿下の手を煩わせやがって的な憤怒がひしひしと伝わってくるのだ。
 だったらアウラがその役を買って出ればよかったじゃないかと思ったが、きっと殿下はアウラは択ばなかったんじゃないかと思う。とはいえ、どう考えてもアウラのほうが可愛くて、小さくて女役にはぴったりだと思うのだが。
 失礼なことを考えていると、それが分かったらしく、アウラは俺の頭をぽこんと木剣でたたいた。


「いたっ……アウラ、何」
「今、卑猥なことを考えただろ!」
「卑猥って……いや、アウラでもよかったんじゃないかって思ったんだよ。アンタのほうが殿下のこと好きだし」
「……アーベント様はそんなんじゃない。もちろん、そういう願望もないことはないが、僕はあくまでアーベント様の護衛で、騎士で。そういうのは望んでいない。それに、きっと僕を抱こうなんてアーベント様は思わない」
「かわいい兎としてふるまったらワンチャンあるんじゃない?」
「バカにしているのか、貴様‼ 僕は、かわいくない!」


 耳が避けるほど大声を出して怒鳴るので、俺は耳をふさぎながらアウラのほうを見る。
 アウラもアウラなりのプライドがあって、そして、殿下のことを理解しているようだった。


「貴様だったからだろう」
「俺が出ていかなかったから……ひかなかったからじゃない、かな。殿下は」
「そんなのでアーベントが抱くと思うのか、野郎を」
「アンタも野郎だけど」
「……アーベント様が貴様のことをどう思っているわからない。でも、少なくとも特別だと思っているからこそ、許したんじゃないのか」
「体を許したのは俺だけど」
「貴様、本当に減らず口叩くな。僕のほうがアーベント様に仕えて長いんだぞ!」


 と、対抗心を燃やしてきた。

 気を使っているのか、気を使っていないのかわからず、俺は困惑しながらも、殿下が俺のことをどう思っているかなんてこっちが知りたいと手を握り込む。殿下との出会いは、俺が盗みに入ったあの夜だった。殺されるんじゃないかってそう覚悟したが、隙をついて逃げることができた。だが、二回目の逃亡は失敗に終わりつかまってしまったのだ。思えば、殿下はあれから一週間俺を探していたとも言っていた。それが、特別という定義に当てはまるのかどうかはよくわからないが、何かがあることは確かだった。知りたくもない、と言ってしまったので、教えてくれるとは思わないが。


「ともかく、そのもやもやっとした感じやめろ。こっちの気が滅入る! そんなに気になるのであれば、アーベント様に直々に聞けばいいじゃないか! この弱虫雑用クソ野郎」
「すごく長くなってるんだけど……アウラ、俺のことはフェイでいいっていってるじゃん。あと、俺のほうが年上だし」
「年など関係ない! 僕のほうが精神的に熟している」
「どこが……」


 弱虫雑用クソ野郎なんて、とんだ暴言だった。どこが、精神的に熟しているだ、と思いながらも彼の言っていることは正しいとうなずくことしかできなかった。でも、実際殿下に聞こうなんて気は起らなかった。悶々としている。もちろん、効いたほうがいいことだってわかっている。けれど、それを聞いてしまったら、もし俺がちょっとうぬぼれていたら。


(いまさらだよな。殿下は俺のこと好きじゃないですかっていったの俺なのに……)


 こんなにも気になってしまうということは、俺が殿下を意識しているということ。認めたくないし、あの事故のようなどうしようもない場面で。


「いや、なかったことにはできなくても気にするほうがあれだし、俺はきかないでおくよ」
「だったら、しゃんとしろ、しゃんと。この僕が稽古をつけてやっているんだから、そろそろ強くなってくれなきゃ困る」
「いや、でもアウラの教え方ってどっちかというと感覚派で……」
「ほら、武器を持て。もう一回叩きなおす」
「ええ、さっきので終わりじゃなかったのかよ……」


 木剣を片づけたのに、もう一度持って帰ってきて、アウラは俺に再び剣を突きつける。
 アウラの稽古の後は動けなくなってナメクジのようになってしまうのに……そう思いながらも、少しでも意識をそらすため、俺は手渡された木剣を手に取り、再び彼に向かって剣を構えたのだった。


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