元没落貴族の俺が、嫌われ者の第三皇子に執着されるなんて何かの間違いであってくれ

兎束作哉

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第1部 第2章 雑用係とハチャメチャラビット

05 アーベント様大好きファンクラブ

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「はーやっぱり、筋肉つけたほうがいいよな」


 洗濯も掃除もすませ、ついでにコック長に安く仕入れたスパイスをもっていって喜ばれた。次の仕事は、殿下に夕食を持っていくなのでそれまで休憩時間だ。休憩時間といってもやることがこれといってなく、アウラとの一件からもっと自分を鍛えようと、訓練場のほうへ足を運んでいた。
 普通の屋敷ならここでその家の騎士団が訓練に励んでいるのだろうが、この屋敷には騎士団などなくガランとしている。アウラがいないことを確認し、俺は近くにあったほこりの被った木剣を手に取った。


「俺、どっちかっていったら長い剣よりも、短剣のほうが向いてると思うんだよな……」


 素早さを生かして攻撃するのであれば、短剣のほうがいい。そこに毒とか塗って相手に攻撃を当てられれば、足止め人もつながるのではないか。そんな暗殺者みたいなことをしようとは思っていないのだが、自分の思い描く戦闘スタイルはまさにそれだった。盗みを働いていた時代の名残か、そういう小癪な手を使っての攻撃というのを考えてしまう。
 軽く木剣を振ってみて、そのひと振りだけでもかなり手が震えぶれてしまっていることに気づいた。今度は片手ではなく両手で振ってみるが、まっすぐと振り下ろすことができない。向いていないのかもしれない、なんて思いながらもう一振りしようとしたときに、ザッと、地面をするような音が聞こえた。


「姿勢がなってない」
「あう……ら」
「何だ。僕がいちゃダメなのか」
「いや、気づかなかった……なあ、と思って」


 声で分かった。振り返れば、そこには少し機嫌が悪そうな白兎が立っていた。耳を逆立てて、睨むように俺を見ている。


「僕に勝ったやつが、基礎もできていないようなド素人だっていうのがなんかむかつく」
「いや、そりゃ本職と比べたら……」
「練習するのか」


 と、アウラは小首をかしげて聞いてくる。


「そりゃ、練習したほうがいいって……アンタとの戦いでいろいろ痛感したし。アンタの言っていたことは正論だった。殿下が守ってくれるわけじゃないし、殿下を守らなくちゃいけない。あの人に、敵が多いことは知っていたのに」


 敵というか、なんというか。
 さすがに毒を盛られてそれに気づいて食べさせないようにするっていうのは、また話が変わってくるけれど。グレーセさんに聞いたところ、刺客はかなりこの屋敷に入ってくるそうだ。四六時中防御魔法をかけられるわけでもないし、三週間ほどアウラが明けるなんてことも普通にあると。殿下は、自分を殺せる人間はそういないと、自信があるそうだが、隙を見せれば殿下であっても殺されるだろう。
 殿下は一人でも大丈夫だし、強いし、俺が強くなくてもいい……そう思っていたが、なんとなく守れるくらいにはなりたいと思ってしまった。周りが強いせいで、自分の弱さが浮き彫りになることもなんとなく嫌だった。はじめこそ、そこまで肩入れしないようにと決めていたのに、ここ数週間の間に、殿下のことを知ってしまって世話を焼いてしまった。気になってしまったのだ。自分の生活からは、殿下が死なない限り切り離せないと。


「そう……アーベント様には敵が多い。今だって、一年後の処刑は決定事項なのに殺そうとしてきている」
「……だから、少しくらい殿下の役に立てればって思ったんですよ。強いアウラにはわからないでしょーけど」


 アウラみたいに強くない。実績もない。だからこそ、努力でしか埋められなかった。それでも埋まらないかもしれないが。
 練習の邪魔をするなら出ていってほしかったのだが、アウラは一向に出ていこうとしなかった。それどころか、俺を観察するようにじっと見つめて、何か言いたげに俺の周りをウロチョロと回る。


「え、何。何、アウラ」
「貴様のことは気に入らないが」
「あの、一応俺年上だから、貴様とかいうのやめない?」
「貴様がアーベント様に気に入られているのは気に食わないが、アーベント様を思いやる気持ちはいいと思う。めちゃくちゃいいと思う!」


 ずずずっと、俺のほうによって来たかと思うと、耳をぴょこぴょこと動かして、目を輝かせた。そのまま俺の手を取るんじゃないかって勢いで近づいてこれば、うんうんと一人納得したようにうなずく。何かのスイッチが入ったらしい。


「アーベント様は本当に素敵なお方。あの悪い顔も、めっちゃ足長いところも、そりゃ皇族だからあの黄金の髪も鮮血の瞳もきれいだけど! でも、アーベント様のいいところってそういうところじゃなくって! あの行儀の悪さも、飴と鞭を使い分けるあのSっけあるところも、あああ! 全部いい。アーベント様のいいところめっちゃ語られる。一日? いや、一年ほど語れる! 出会いから!」
「ちょ、ちょーと待って。アウラ。俺、そんな……」
「アーベント様に色目使ったら、僕が許さない。その穴も、竿も使い物にならなくしてやる」
「竿はわかる、穴は……」


 ギチギチと歯を鳴らして威嚇してくるので、俺は降参と両手を上げるしかなかった。


(めんどくさ……)


 薄々勘づいててはいたが、まさかここまでとは思わなかった。
 アウラはいわゆる、オタクというやつだ。しかも厄介な、殿下のオタク……
 殿下のことを語りだすと止まらず、目をそれはもう輝かせて、体をくねらせ、耳を動かし、ぴょんぴょんとその場を走り跳ね回る。


「アウラが殿下のこと好きなのは分かったけど、いや、俺に対抗心燃やすのは違うと思って」
「はあ? 何言ってんだ、貴様。アーベント様が過去に、一度としてあの距離まで許した人間はいないんだからな? グレーセさんは既婚者として、執事として距離が近かい。それは仕方ない。だが、男も女も、貴様ほど近づかせた人間はいないぞ?」
「ええ……」
「どうやって取り入ったか知らないし、好かれている理由も知らない。けど、貴様はもっと自分が特別だって思ったほうがいいい」


 トン、と指先で胸を刺される。その後、トントントントントントンと高速で心臓辺りを突っつかれ、痛くなって俺はその手を振り払う。


「アーベント様が結婚するとか、恋人出来るとか解釈違いにもほどがある。それに、貴様に向けるあのあっまい顔、なんだよ。何なんだよ。はー発狂する」
「してるじゃん……別に、俺と殿下はそんなんじゃ」
「そう、そうなんだよ! きーっと、アーベント様も無意識なんだ。でも、意識的にやっているところがあるって僕は気づいているんだからな。クッソ、マジで……貴様死ねばいいのに」
「どういう言葉……」


 貴様死ねばいいのに、なんて初めて聞いた。
 そして、妄想だけとは思えない事実も言うので、俺は頭が痛くなってきた。殿下が俺を特別に思う理由なんてこっちが知りたい。そもそも、特別だったのかもあいまいだ。だが、アウラがいうので妙に説得力があるのだ。
 賭けをしているからだろうか。それともほかに理由があるのだろうか。
 理由が何であれ、アウラからは嫉妬され、殿下には絡まれと俺は散々だった。


(それに、あんなキス……)


 無意識に唇に指が伸びる。ファーストキスから、セカンドキスまでの間は空いていなかった。そして、流れるようにキスするものだから、あれはキスし慣れているものとばかり思っていたのだが、違うのだろうか。


「いいか。貴様は僕の好敵手だ。ライバルだ。最後にアーベント様の寵愛を受けるのは僕なんだからな」
「いや、そんな勝負したくないんだけど……アウラが、好きなようにすればいいんじゃないかな。あと、何回も言ってるけど、俺のほうが年上だから」
「年は関係ない。ふん、僕がアーベント様に抱かれるのを指をくわえてみてるといい」
「……別に、抱かれたいとか願望ないんだけど」


 また面倒なのに絡まれた。そう思いながらも、最悪の関係からは脱却できたようで胸をなでおろす。とはいえ、変な対抗心を持たれたので面倒ではある。
 けれど、アウラが殿下を思う気持ちは本当らしい。抱かれたいという感情は全く思わないのだが、それでもそこまで誰かの心を動かせる人なんだと、評価が変わる。未だ、俺の前で見せる姿は皇子らしくないが、そこを評価している人もいるのだと、なんだか不思議な気分になるのだ。


「それで、練習するんだろ? しかたない。僕がみてやろう」
「なんで上から……」
「アーベント様を守りたいという気持ちに偽りないのなら、僕のスパルタにもついていけるはずだ。ビシバシ叩いてやる」
「頼んでもないことを……でも、アウラに教えてもらったらうまくなるかも、しれない」
「当然だ。僕は教えるのがうまいからな」


 と、胸を張る。小さい子が胸を張っているなあ、なんて感じながら、俺は思わずぴょこぴょこと揺れる耳を触ってしまった。すると、ブルブルっと体が大きく揺れ、アウラは後ろに大きく飛びのいた。


「な、何をする!」
「いや、獣人の耳気になって……」
「性感帯だ! 触るな無礼者! 尻尾と、耳はダメだ。絶対にダメだ!」


 兎なのに、シャーと威嚇して、足をだんだんとしていた。そのしぐさを見て、小さいからかわいいだけなんだよな、という感情しか抱けず、さらにアウラの気を害してしまったようだ。早く持て! と木剣を投げつけられ、構えるよう命令される。自力では、うまくならないと思っていたので、師匠ができるのは嬉しかった。
 俺は木剣を構え、まだプルプルと震えているアウラと手合わせをし、結果ぼろぼろに負けたのはまた別の話だった。


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