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第1部 第2章 雑用係とハチャメチャラビット
04 勝利の味
しおりを挟む「情けねえ、泣くな。泣き止め、アウラ」
「ううぅぅ、うううううっ」
「殿下、これ、俺が悪いみたいになっちゃってるんで、どうにかできません?」
「知らねえよ。だが、上出来だな。フェイ」
「話し変えましたね? でも、どーも。殿下の言葉思い出してやってみただけなんで。というか、俺が魔法の練習しているの見てましたね。このストーカー」
「主人に、ストーカーなんてひどいこと言っていいのか? まあ、努力は報われてもいいだろ。よくやった、フェイ」
殿下はそういいながら俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。いつもなら、そんなことするな! と手を弾いていただろうが、その時はなぜか撫でられたい気分だった。もちろん、疲れていて、指の先まで動かなかったというのもあったが、純粋にほめてくれる殿下の声が、言葉が心にしみてしまったのだ。
そんな俺たちの傍らで、グレーセさんになだめられながら子供のようにアウラはピーピーと泣いていた。かれこれ、十五分ほどは泣き続けている。声も大きいし、もうさすがに泣き止んでほしいのだがよっぽど悔しかったらしく泣き止む気配はなかった。
「おい、アウラ」
「なん、なんでしゅか、アーベントしゃまあ」
「三週間ぶりに帰ってきて、負けた挙句、さらに醜態さらすのか? お前は」
「ぴぇええん。だって、だって、僕、負けちゃったんですよ!? あんなやつに、あんなぁ、ええええんんっ」
「うっせえな……お前が舐めてかかったのが悪いんだろうが。が、三週間修行に行ってきたこともあってその太刀筋はよくなったな。剣が苦手っつってて心配したが、問題ねえみたいだな」
「あ、アーベントしゃまあ」
まるで飴と鞭だ……と、殿下とアウラの会話を聞いて思った。三週間いなかったのは修行に行っていたためと判明したが、どこにいっていたのだろうか。そして、やはり普段から剣ではなく斧を使っていることが判明し騎士とは? とハテナが飛ぶ。
だが、殿下がしっかりと部下を見て、口悪いけれど、褒めるという一面を知ってなんだか安心した。だからこそ、彼を慕う人がいるのだろうと。嫌われている、危険な皇子というのは本当にただのうわさに過ぎないと改めて思わされた。
「でも、アーベント様の前で醜態さらして負けたので、クッ、僕、切腹します」
「いや、おい、待て。やめろ。後処理が面倒だろ」
「え、そっち……?」
剣を首筋にあてて、本当に自害しようとしているアウラをグレーセさんが後ろから羽交い絞めにして止め、地面に落ちた剣を殿下は横へと蹴っ飛ばした。思った以上に幼稚で手のつけようがない獣人ということもわかり、俺は顔を引くつかせることしかできなかった。
これからアウラとも生活を共にすることになるのだろうが、やっていける自信が全くない。
その後も、十分ほどアウラは泣き続け、コック長が焼きたてのマドレーヌを持ってきたところで彼の機嫌は直った。ちなみに、殿下は人よりも多くマドレーヌを食べ、そのままズボンに突っ込もうとしたので止めさせ、コック長にお皿だけもらって殿下の部屋へ戻ることになった。
「……はあ」
「人の部屋についてため息をつくな。気が滅入るだろ」
「いや、疲れたんですよ!? 初めてあんな強い人と戦って、魔法もバンバン使って。明日また筋肉痛になりそうなんですけど」
「知らねえよ」
ベッドの上にゴロンと寝転がり、持ってきたマドレーヌをそのうえで食べ始めた。食べかすがぼろぼろと白いシーツの上に落ちていく。それを洗濯するのは誰だと思っているんだ、と思いながらも、俺は殿下の様子を見守っていた。
「熱烈な視線だな」
「疲れたんで、何も考えたくないんですよ。あと、明日それ洗うことになるんだろうなーっていう絶望ですかね」
「それがお前の仕事だろうが」
「いや、皇族としてベッドで菓子食べるってどうかしてますって」
わざわざお皿ももらってきたのに。
この人に皇子様らしいことをさせようと思っても無駄だ、と思いながら俺はそこら辺にあった椅子を持ってきて腰を掛けた。
「アウラ……さん、なんかヤバかったですね」
「アウラはいつもあんな感じだぞ?」
「でも、殿下の趣味なんですよね」
「俺の趣味がヤベえとか言ってたな。はったおすぞ」
「だって、手のつけようのない……全然かわいくもない兎の獣人ですよ? グレーセさんや、コック長と違ってムキムキではないですけど……」
「兎の獣人だからな、筋肉はつきにくいんだよ……まあ、クソほど怪力だが。ああ、気をつけろよ? あいつ、素手でスイカ砕けるからな」
「いや、近づきたくないですって。金輪際……」
といいつつも、それは無理なんだろうなと思う。
勝負には勝ったものの、完全に目をつけられてしまった。これからやっていける自信は全くない。まぐれで買ったんじゃないか、魔法を使われなかったら勝てたとかいちゃもんをつけてきそうだ。
「……あいつはいちゃもんつけるほど弱くねえよ。騎士として、負けは認める。それに、俺が言ったんだろ? どんな手を使ってでもいいって」
「い、いいましたけども」
「アウラは、魔法が使えない。それを馬鹿にされて騎士団で騒ぎ起こして追い出されたんだよ」
残りのマドレーヌを口に放り込み、ごくりと大きな喉ぼとけを上下させる。ぺろりと口の周りについた食べかすを赤く長い舌が拭う。
スッとこちらに向けられた鮮血の瞳は、アウラの過去に同情するような色が見えた。
「貴族は基本的に魔法が使える。だが、まれに魔力を持たず生まれてくるやつがいるんだよ。それがアウラだ。つっても、獣人は魔力自体あまりねえし、身体能力が優れてるっつうのが売りなんだが。だが、まあ、帝国騎士団獣人騎士団の団員ともなれば、それなりに魔法を使えるやつらばかりだ。入団試験で魔法ゼロ、剣術、武術百で入ったのがアウラだった。もちろん、拍車の推薦もあったがな。んで、そういうやつは疎まれるし、妬まれる。標的になって、あの短気で脳筋兎は騒ぎを起こして追い出されて……自業自得だが、才能を恨んでいるやつにつぶされた星っていうのであれば、それは……」
と、殿下は言って俺のほうを見た。
言わんとしたいことはわかった。そして、そういう過去があって、殿下に拾われたというのも納得した。殿下はそういう人を見過ごせないタイプなのだろう。
「殿下が優しいっていう話ですか」
「ああ? ちげえよ。俺は使えると思ったから手を差し伸べただけだ。それで、なつかれちまっただけだ」
「俺とは違うんですね」
「何だ? 手を差し伸べてよしよししてほしかったのか?」
殿下はそういって笑うと俺にバターで汚れた手を差し出した。俺はそれを見ながら、アウラのことをもう一度考える。
俺は人を嫌いすぎているところはあるし、好き嫌いははっきりと分かれるほうだ。けれど、人の過去や生い立ちには同情するタイプだ。そればかりは、自分の力でどうしようもないものだから。
しかし、そういうタイプの人間は、自分の過去に同情されるのを嫌う。苦しみを知っているのは本人だけだからだ。
殿下もそれはわかっているだろうし、だからこそ、殿下も自分自身の過去に同情してほしくないのだろう。
「いえ。まあ、やっていこうと思えば、やってけると思うんで、頑張りますけど……」
「アウラとか?」
「それ以外誰がいるんですか。それに、一度剣を交えた仲なんで。嫌でも、この屋敷にいたら会うでしょうし。殿下の護衛なんで無下にできないでしょうから」
「面白いこと言ってやろうか?」
「何ですか、急に……その顔、めっちゃ悪そうな顔してますけど。俺、アウラみたいに『キャー悪そうな顔すきー』とかなりませんからね?」
「あいつがおかしいだけだ。んで、面白いことっつうのは、アウラはお前より年下だ」
「おな、じぐらいだと思ってたんですけど……え、生意気?」
貴様! とか、ミンチにしてやる! とか言っていたのに年下というのか。別に、舐めた口を利かれるのはいいし、おこりはしないが、それでも自分のほうが立場が上だと主張してきている態度はちょっとばかり腹が立った。
そして、年下だと。
「ちなみにいくつで?」
「十五だ。最年少で騎士団入りを果たしたのも周りから嫉妬された原因だろうな」
「ま、じですか……はあ~~~~絶対、殿下の悪影響だ」
「俺は何もしてねえよ。はじめからあんな感じだ。まあ、昔よりは丸くなったか」
「あれでですか!? 信じられませんけど!?」
「まっ、チビ同士仲良くやってくれよ」
「だから、チビじゃないんですけど!? アウラより十センチほど高いですし!? というか、殿下が股下長すぎるだけでは!?」
「誉め言葉だな。俺からしたら、みんなチビなんだよ」
と、また新しいマドレーヌを手に取って食べ始めた。
チビと言われたが百七十ほどはあるはずだ……はかっていないからわからないし、それでも四捨五入したらあるはずなのだ、百七十ほどは。それでも、成長期に食事をとれなかったというのもあって、身長が伸びなかっただけで、本来ならもっと伸びていたと思う。グレーセさんも、コック長もみんないい体をしていて、確かに自分が小さくは思うが、俺以下はみんなチビなんていう横暴が通っていいのだろうか。
長い足を見せつけるように組み替えた殿下を横目に、俺は痛む体に鞭うって仕事に戻ろうと思った。
「おい、フェイ。もう行くのか?」
「行きますよ。仕事があるんで」
「ふーん……まあ、行く前にこっちにこい」
「何ですか、俺は忙しくって……っ」
「――ご褒美だ。勝利の味」
まだ何かあるのかと、引き留めた殿下のほうへと向かうと、襟を掴まれそのまま唇を押し当てられた。一瞬何が起こったかわからなかったが、すぐに襟から手を離され、嬉しそうに笑う殿下と目が合ってしまう。
「で、殿下、また!」
「ほーら、いけ。仕事があるんだろ? さぼるなよ。減給するぞ」
「……くそぉ」
勝ったご褒美なんていらない。なぜキスするのか。これも、俺を惚れさせようとしている作戦なのだろうか。
いたたまれなくなり、心臓がぎゅっとしまって早鐘を打つので、俺はその鼓動がばれないようにと部屋を出た。口の周りにはバターの脂がついていて、それがまた俺を腹立たしくさせる。
「むかつくなあ、勝利の味って……甘ったるいバターの味じゃないですか」
ごしごしと汚れた服の袖でそれをぬぐって、俺は掃除道具を取りに一階へと速足で降りた。
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