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第1部 第2章 雑用係とハチャメチャラビット

03 バーサーカーラビット

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 手渡された剣は、俺の体格を考慮してか少し軽く、細いレイピアのようなものだった。


「フェイさん、無理をしてはいけませんよ」
「わ、わかってますって。でも、やるって、受けて立つっていっちゃったので腹くくります」
「ちなみに、剣をふるった経験は」
「貴族だったころに教養としてやっていたんじゃないですかね? 体が覚えていればって話ですけど」
「私は、とても心配です。しかも、アウラ様が相手など……」


 審判は殿下が務めることになっており、遅い、と睨みつけてきた。
 俺は、孫を心配するおじいさんのようなグレーセさんに、頑張りますとだけ言って剣を受け取る。何度か剣をふるってみたが、感覚がいまいちつかめず困惑した。貴族の教養としてやっていたはずなのに、体は十年の間に忘れてしまっていたらしいのだ。これでは、勝てる見込みがない。今度こそミンチにされるんじゃ、とアウラのほうを見れば、彼はこの決闘用に違う剣を手渡されていた。さすがにあんな馬鹿でかい斧を振り回されたら近づこうにも近づけないだろう。だからといって、アウラは要注意人物だ。騎士団にいたということはどんな武器でもそれなりにこなすはず。
 勝ち目がないのに証明する、とは本当に無謀だと思った。


「逃げてもいいんだぜ。フェイ」
「逃げませんよ。それに、逃げたら殿下は俺を見限るでしょうから」
「どうだろうな。賭けをしてるんだから、さすがにお前を見捨てることはねえと思うが」
「疑問形なのが一番怖いです。俺はやるだけですよ。ま、ぼろぼろに負けたらそのときは甲斐甲斐しく、俺をお世話してくださいね」
「誰が他人の世話なんかやるか。ほら、いってこい」


 と、殿下に背中を押される形で、俺はアウラが待つ決闘場へと足を踏み入れる。

 先ほどの庭から場所を移動し、騎士の訓練場のような場所へと移動する。地面も石畳ではなく、堅く荒い砂地であり、練習のためか白い線が引かれている。その線の内側には入り、俺たちは向き合う。別荘とはいえ、普通の貴族の屋敷のような作りなので、それなりに施設は整っている。だが、この訓練場を使うのはきっとアウラだけだろう。
 騎士服を正し、剣をさやから抜くアウラ。その姿は、騎士そのものであり、まったく隙がなかった。黙っていれば、彼はそれなりに騎士っぽく見える。
 俺は、剣を抜いてはみたものの、やはりどう構えればいいのかわからずに困ったまま突っ立っていた。


「逃げなかったのだけは、評価してやります。けど、僕に勝とうなんて百年早いってこと教えてあげるからな」
「……いや、勝とうとは思ってないというか。まじめにやったら勝てないでしょうよ、本職なんですから。アンタには」


 騎士でもない人間をいたぶって楽しいのだろうか。だが、自分から受けた決闘である。逃げることは許されない。
 自信に満ちた、兎の獣人を前に逃げるなんて草食動物よりも価値がないと烙印を押されるようなものだ。


「時間は無制限。どちらかが降参というか、剣が手から離れ地面についた時点で終わりだ。審判は俺がやる。つまらねえ試合はすんなよ。チビども」


 殿下は、これが催し物かなにかと思っている。どっちに賭けるか、それを楽しんでいるような顔をしていた。チビ、なんていわれても息を荒くして喜べるのはアウラの才能だろうと思う。いくら、殿下が足が長くて身長が高いといえ、俺とアウラをまとめてチビというのはどうかしている。 
 殿下には、メロメロなのに対し、俺と向き合ったらすぐに切り替えるのもアウラの才能だと感じた。自分に向けられた剣は、確実に喉元を狙っていた。


「僕が負けたら、ここで働くことを受け入れてあげてもいい。でも、もし、貴様が負けたら……そのときは、ミンチ決定です」
「俺みたいなヒョロガリは、ミンチにするような肉ないですって。兎肉のシチューのほうがおいしいでしょ?」


 剣の握り方すら危ういのだから、簡単に負けてしまうだろう。そうなったら俺は死ぬしかないようだ。そんなくだらない死に方はごめんだ。
 殿下の、はじめ! という低い声とともに、アウラは俺にもう突進してきた。あまりにも安直なその攻撃に俺は、反応が遅れ剣で受けることもできないままアウラの剣をもろに受けてしまう。はらりと、胸元の服が裂かれ、わずかに傷ができる。だが、痛いだけで血は一滴も出ないことに驚いた。避けるのは得意だと自覚するが、よけてばかりではいられない。それに、たった一歩で間合いを詰めるあの跳躍力を前にどうしたものか。 


「――って、頭で考えていても遅い! かっ!」


 次の隙をついて、アウラは攻撃を仕掛けてくる。彼の攻撃は素早く、俺の首を狙ってくるのでそれをなんとかかわす。しかし、アウラの剣は重くて早い。そして何より、この攻撃が本気であることが恐ろしかった。


「ほら! ほら! 逃げてばっかじゃ、勝てないんだけどぉ!?」


 ガンギマリの兎獣人に、俺は徐々に追い詰められていく。兎なんてかわいいものだと思ったが、このバーサーカーラビットはそんなんじゃない。肉食動物よりも恐ろしいだろう。それに、戦闘を楽しめる、そんな才能も持っている気がした。


(持っているものが違いすぎる……!)


 なぜこの決闘を受けようと思ったのだろうか。勝ち目なんてなかったはずなのに。
 こんなに追い詰められていても、殿下は助けてくれない。はなから、そんなことを期待していたわけじゃないし、これが決闘である以上、部外者が手を出すことはない。グレーセさんも、庭師も、コック長も、俺のことを心配していた。勝てるわけないと、目に書いてあった。当たり前だ。こんなの気を抜いたらチビってしまいそうなほど、怖いのだから。
 盗みを働いていた時よりも、殿下に一度殺されるかもって思ったときよりも、全身の毛が逆立つ。死の間際に立っているくせに、命が燃えているような感覚があった。これまで、死んだように生きていたくせに、こういう死を感じたときだけバカみたいに命は輝くのだ。


(ばかばかしい……)


 アウラの攻撃は別に単調じゃない。受け流すのも簡単ではないし、見切るなんてもっと難易度が高い。けれど、癖はある。


「これで終わり……なっ!?」
「俺、一つ気づいちゃったんですけど……どうやら、俺、人の動きをまねするの得意みたいで」
「はああああ!?」


 防げたのはまぐれだったかもしれない。でも、そこからはアウラの攻撃をまねて体を動かしてみようと思った。
 何せ、盗むのは得意だったから。
 力では負けるため、アウラが放った攻撃は力のかけられている方向に流して無に帰す。そして、できた隙をついて、アウラが俺に仕掛けた攻撃を仕掛け帰してやる。まさか俺に反撃されるとは思わず、アウラの体勢が崩れた。


(とはいえ、真似してばかりじゃ互角……いや、力差では負けるのは目に見えてるんだよな)


 それと、剣術は無理だ。俺にはセンスがないらしく、やってみても簡単に捌かれたり避けられたりする。そのうえ、筋力はないものだから力負けしてしまうだろう。このままでは、五分五分の試合にすら持っていけない。それに、俺が持っている細身の剣では切れ味もないのだから切れるわけもない。だから、狙うべきなのは首でも心臓でもない部分だ。
 殿下のどんな手を使ってでも勝て、という言葉が頭に浮かぶ。本当にあの人は、人をよく見ていると思った。


(まあ、これも苦手だけど……)


「……早い!?」
「獣人は、人間よりも優れた身体能力を持っているみたいだし、普通じゃ追いつけない。なら、こっちも自分を強化するしかないんじゃないかって、話!」
「……クソッ」


 魔法の応用――といっても、これまであまり魔法を使ってこなかったこともあり、この三週間で身に着けた付け焼刃だったが、魔法の才はないわけではなかったらしい。自身に、風の魔法を付与して体を軽くさせる。そして、加速と、相手の攻撃を受け流しやすくする防御魔法。いっきにいくつもの魔法を使い、維持するのは相当体力がいった。だが、魔法に慣れていないのか、それとも魔法を使うことは騎士道に反するのか、アウラは俺の攻撃についてこれないようだった。これで、形勢逆転。


「クソッ、何で、魔法!」
「俺は、元貴族だったんで。まあ、没落して家門ごとなくなっちゃったみたいですけど。ああ、あと、どんな手を使ってもいいっていったのは、アンタのだーい好きな、アーベント殿下ですから。小言いうなら、殿下にどうぞッ!」
「クソオッ!」


 カキンッ! と、剣を弾く。すると、アウラの手から剣が抜け、クルクルと空中で円を描き、そして地面に刺さった。
 アウラは、茫然とした様子で落ちた剣の柄を呆けた顔で見ている。
 俺はといえば、魔法の二重使用による負荷に耐えきれず膝をついてしまった。勝ったというのに膝をついたので、どちらが勝者か、これじゃあわからない。けれど、自分が今目の前で起こした事実は理解していた。勝敗の基準は満たした。


「……勝った」


 膝をつきつつも、喜びのあまり、俺は拳を握った。柄にもなく、拳を突き上げて、その勝利をかみしめる。
 グレーセさんは、俺が勝つとは思ってもおらずアウラと同じく目を丸くして俺を見ていた。ただ一人、俺の勝利を確信していたような顔で、フンと鼻で笑い、左口角を上げていた殿下を除いて――


「俺の……勝ち」
「……っ! ああっ……!」


 剣を地面に突き立て、どうにか立ち上がり、その剣を再び引き抜いてアウラの喉元へ突きつける。別にこんなことをしなくてもいいのだが、勝者の気分を味わいたかったため、ニコリと笑う。
 剣を突きつけられ、ようやく現実が受け入れられたらしいアウラはそれを見て、ぶわっと目を潤ませた。


(あ、やべ、これ泣く……)


「えぇえええんんっ! 僕、僕が負けるなんてえええっ!」


 わんわんと先ほどまでの威勢はどこ行ったやらの、バーサーカーラビットは人目も惜しまず悔し涙を流したのだった。


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