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第1部 第1章 無一文と嫌われ者の第三皇子

09 やっぱり、絶対俺のこと好きじゃねえですか⁉

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「生きたい? 好かれたい?」
「だって、皇族として生まれて、勝手に嫌われて、それに尾ひれついて誰も自分を信じてくれなくて、最後には汚名被って死ぬって嫌じゃないですか? 俺だったら嫌だ」
「盗んで明日につなげているやつに言われたくねえけどな」
「いや、マジ正論ですけど。アンタのその態度嫌だなあって思うんですけど。諦めてるその態度が」
「……」
「いや、いいんですよ。俺の人生じゃないんで。聖痕の発現の仕方とか知らないし、協力できないかもしれないけど。殿下は、俺をここで雇ったわけじゃないですか。あと、一年? 半年? 知りませんけど。殿下が死んだら俺、また家無し無一文に戻るかもしれないんですよ」


 最後のは本音だった。それまでもかなり本音ではある。
 諦めなくてもいい人が、諦めているというのが気に食わなかった。俺は、諦めるしかない人生で、殿下に拾われなければずっと家無し無一文のまま生きていたかもしれない。明日なんてどうでもいい。とりあえず、それなりにそれっぽい生活をしたかった。野垂れ死にとか、誰かに殺されるとか、強姦されるとかそういう人生じゃなければいいと思っていた。寿命を全うする、というのはちょっと難しいかもだけど。
 でも、殿下は違う。
 殿下のそれは、勝手に着せられたものであり、いつかどうにかすれば覆せるものだと思った。俺にかまって一日を無駄にするくらいなら、少しくらい努力してくれてもいいんじゃないかと。
 本当に、たった一日ほどしか殿下を見てきていないし、今の話を聞いてもきっとそれまでに積み上げてきたものがあって、それを知らない俺からしたら、まだ殿下は知らない人。それでも、初めて見たときからこの人は――って思っていたからこそ、どうでもいいように自分の人生を語るこの人が、皇族として生き残る方法を探してほしいと思った。
 俺のほうがバカみたいだ。


「ハハッ、本当におもしれえこというな。お前は」
「殿下のためを思っていっているんですけど」
「そうだな。俺のため。それは、俺を好いているからか?」
「は、はあ!? なんでそんな発想になるんですか!? 人の話聞いてました!? 俺は、殿下に同情しただけなんですよ! かわいそうなんて言葉、殿下に似合わないなあとも思ってますけど。とにかく、あとちょっとの人生だっていうならあがいてみてもいいんじゃないですか。俺になんて構わずに」
「……そうだな、じゃあもう一つ賭けないか?」
「は、賭け?」


 殿下は、左口角を上げてふっと笑う。また、余計なことを考えている悪い顔だなあ、と嫌な予感がしつつも、俺は湯船の中で正座して殿下のほうを見た。


「この一年、お前が俺を好きになるのが先か、俺が死ぬのが先か賭けないか?」
「なっ、はあ!? だから、賭けの内容がおかしいんですよ! 第二皇子殿下のときの賭けもそうですけど。なんで、俺が殿下を好きになるなんて!」
「好きになるさ。だって、俺はハンサムだからな」
「うっわ、きっつ……これ、十九歳の皇子様が言っていると思うとマジできついんですけど」


 確かにハンサムではあるが、それを自覚したうえで振りかざしてくるのは、もう暴力なんじゃないかと思う。というか、好きになるなんてどんな賭けだろうか。今の時点で、同情票があっても、好感度はマイナスだというのに。


「さっき、好かれたいって思っていないかって聞いただろ? もちろん、好かれたいと思っている。同性でも、異性でもいい。俺をずっと好きでいてくれる人が欲しい」
「ほしいって……というか、そういう願望あるなら、顔だけならだれでも寄ってくるんじゃないんですか。素性隠して……とか」
「いや、お前がいいんだよ。なんとなく」
「だからなんで……はあ。好きにならないと思いますよ。だって、俺は貴族とか皇族嫌いですから。殿下はそれにプラスして、上から目線の俺様なので。俺は、どっちかっていったらかわいいタイプが好きです。俺に甘えてくるタイプが好きです。以上です」


 きっぱり言えば、殿下は何がおかしいのかまた笑いだした。
 そもそも、同性を、嫌いなタイプの同性を好きになるほうがおかしいと思った。その賭けは俺が勝つかもしれないが、死んでは欲しくない。そんなことを思いながらもう一度殿下のほうを見れば、殿下は、俺のほうをまっすぐ見て言ったのだ。


「俺はな、自分の人生に意味を持たせたいんだ。ああ、いっとくが、お前が意味を持てといったんだからな? 全部お前のせいだ」
「……」
「だから賭ける。お前が俺を好きなるってな」
「……はあ。まあ、好きにすればいいんじゃないですか?」


 俺がどうこう言ったところで変わらないだろうなあと思っていれば、殿下は立ち上がって湯船から出て行った。その背中を見て思うのは、本当に皇族らしくない人だなあということと、この賭けが不毛なものだということだった。
 体も洗わずどこに行くんだ、と思いながらも、早く出ていってくれと思いながら殿下を見つめていれば、ぴたりと足を止め、殿下がこちらを振り返った。


「ああ、あとお前、隠しているみたいだが、元貴族だろ?」
「えっ……は?」
「さっき、自分で言ってただろ? 魔法を使えるのは貴族だけだって。墓穴掘りやがって」
「は、え、俺、ええ!?」


 むなしくも、自分の声が風呂場に響く。広いこともあって反響し、いつもよりも大きく聞こえたそれに驚いて、俺は殿下から顔をそむけた。
 隠していたかったことが秒でバレた。というか、殿下のいう通り確かに墓穴を掘ったのだ。


「気づいていなかったのか。俺から逃げる際に魔法を使っただろ? だいたい予想はつくが、魔法を使えば俺から逃げられるっつう思って使ったんだろうがそのせいでバレちまったな」
「あ……え?」
「んで? どこの貴族だよ。家から追い出されて家無し無一文になったっつうなら、まだ家門は残ってるのかもしれねえが……」
「いやあ、俺貴族じゃないです」
「嘘つけ、さすがにわかる。魔法を乱用させないために、魔法が使えるのは貴族か皇族しかいねえ。だから、貴族は貴族か皇族かとしか結婚できねえんだよ。魔法が使える人間が交配したら片方が使えなかったとしても、高確率で魔法が使える子どもが生まれちまうからな」
「じゃあ、そういう可能性は? 俺は、そういう目を盗んだ貴族から生まれた子供って説は?」


 やばい、何も知らない。十八、九年生きてきたというのに、そういう知識が全くなかった。幼少期、貴族だったころの記憶が抜け落ちているせいかあまりにも教養を覚えていないのだ。殿下がカマかけている感じもないし、それは本当なんだろう。
 逃げる際に魔法を使ったせいでバレたなんて、どんなドジだ。今になって数時間前の自分を呪いたくなる。


「往生際がわりぃな。別に貴族だろうが、元貴族だろうがどうでもいい。で、どこだ?」
「ええっと、し、シックザール……多分、シックザール男爵家?」
「シックザール?」
「え、知らないんですか。俺、貴族じゃなかったんですか!?」
「知るか。そうか、シックザールな……調べておいてやる」
「いや、別にいいです。知らないってことは、没落して、家門ごと消えた家でしょうし、帰る場所はないので」


 抜け落ちた記憶には多少なりに興味はあっても、家のこととかはどうでもよかった。この人と賭けをした以上、一年間は拘束されるだろうし、何よりも、そんなことに殿下の時間を割いてほしくなかった。
 殿下は、シックザールと、俺がもう捨てたファミリーネームを何度も口で唱えていた。それが何とも言えない感覚で、いわれるたび、自分のファミリーネームだったんだよなあ、なんて感傷に浸る。だが、何も覚えていない。


「そもそも、その様子だと何も覚えていないようだな。お前」
「それまでわかっちゃうんですか。すごいですね。殿下」
「バカにすんなよ? お前が分かりやすいだけだ」


 と、殿下はまた俺のほうまで来て、指をさす。

 これ以上いろいろと探られるのも嫌だなあ、なんて思ったのでポーカーフェイスを習得しようと俺は考えた。
 そんなふうに考えていれば、殿下が何かに気づいたようにまたこちらに向かってきて、俺の体に触れた。ピクンと過剰に反応してしまい、慌てて違うと言い訳しようとしたとき、殿下の鋭い目が俺を射抜く。


「おい、お前後ろを向け」
「ええ、嫌ですよ。何かしそうなんで……」
「いいから向け。何もしねえよ。貧相な身体野郎」
「だから、フェイですって……ああ、はいはい。殿下のいう通りに」


 また気に障ることをしただろうか。そんなことを思いながら殿下に背を向ければ、ぴたりと殿下の冷たい手が俺の背中を撫でる。後ろに刺さる視線がむずがゆくて今すぐに立ち上がりたかったのだが、殿下はそれを許してくれなかった。


「この傷」
「傷? 傷なんてあるんですか? 背中なんて自分で見れないので」
「いや……傷じゃねえ…………まあ、いい。俺は先に上がる」


 そんなところに傷があっただろうか? 傷がつくようなことはしていないし、盗みも完璧で殿下以外にはバレたことがなかった。だから体はヒョロガリであっても、傷はないきれいな身体なはずなのだが……
 殿下は何か考えるように俺の背中を撫でた後、ペシンと叩いた。じんじんとした痛みが背中をかけていき、何するんだと顔を上げたところで、さらりと黄金が俺の顔を包んだ。まるで、それは金でできたカーテンのように。


「……っ」
「間抜け面だな」
「ちょ、ちょっと。殿下!」


 ちゅ、なんて可愛らしいリップ音のあと俺は慌てて殿下を見た。だが、すでに彼は俺に背を向けて出口のほうに向かって歩いていったのだ。そして、相変わらず荒々しく扉を閉めて風呂場を出ていってしまった。
 殿下が出て行ったあと、風呂場に静寂が訪れる。へにゃへにゃと俺は体の力が抜け、湯船に体が沈んでいった。


「お、俺のファーストキス」


 好きになるのは俺じゃなくて、俺を好きなのが殿下なんじゃないか。
 体が熱くなったのは、湯船には使っているからだと思いながら、俺は両方頬に手を当て、それからゆっくり自分の唇に手を当てた。ファーストキスは、かわいい女の子と決めていたのに、ハンサムな俺様皇子に捧げることになるなんて誰が思っただろうか。


「……クソバカ皇子覚えてろよ」


 やっぱり嫌いだ。同情はするが、好きにはならない。これは、俺が賭けにかったも同然だ、なんて俺は一人恥ずかしさをごまかすために、ブクブクと泡を立ててのぼせるまで湯船につかったのだった。

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