10 / 45
第1部 第1章 無一文と嫌われ者の第三皇子
09 やっぱり、絶対俺のこと好きじゃねえですか⁉
しおりを挟む「生きたい? 好かれたい?」
「だって、皇族として生まれて、勝手に嫌われて、それに尾ひれついて誰も自分を信じてくれなくて、最後には汚名被って死ぬって嫌じゃないですか? 俺だったら嫌だ」
「盗んで明日につなげているやつに言われたくねえけどな」
「いや、マジ正論ですけど。アンタのその態度嫌だなあって思うんですけど。諦めてるその態度が」
「……」
「いや、いいんですよ。俺の人生じゃないんで。聖痕の発現の仕方とか知らないし、協力できないかもしれないけど。殿下は、俺をここで雇ったわけじゃないですか。あと、一年? 半年? 知りませんけど。殿下が死んだら俺、また家無し無一文に戻るかもしれないんですよ」
最後のは本音だった。それまでもかなり本音ではある。
諦めなくてもいい人が、諦めているというのが気に食わなかった。俺は、諦めるしかない人生で、殿下に拾われなければずっと家無し無一文のまま生きていたかもしれない。明日なんてどうでもいい。とりあえず、それなりにそれっぽい生活をしたかった。野垂れ死にとか、誰かに殺されるとか、強姦されるとかそういう人生じゃなければいいと思っていた。寿命を全うする、というのはちょっと難しいかもだけど。
でも、殿下は違う。
殿下のそれは、勝手に着せられたものであり、いつかどうにかすれば覆せるものだと思った。俺にかまって一日を無駄にするくらいなら、少しくらい努力してくれてもいいんじゃないかと。
本当に、たった一日ほどしか殿下を見てきていないし、今の話を聞いてもきっとそれまでに積み上げてきたものがあって、それを知らない俺からしたら、まだ殿下は知らない人。それでも、初めて見たときからこの人は――って思っていたからこそ、どうでもいいように自分の人生を語るこの人が、皇族として生き残る方法を探してほしいと思った。
俺のほうがバカみたいだ。
「ハハッ、本当におもしれえこというな。お前は」
「殿下のためを思っていっているんですけど」
「そうだな。俺のため。それは、俺を好いているからか?」
「は、はあ!? なんでそんな発想になるんですか!? 人の話聞いてました!? 俺は、殿下に同情しただけなんですよ! かわいそうなんて言葉、殿下に似合わないなあとも思ってますけど。とにかく、あとちょっとの人生だっていうならあがいてみてもいいんじゃないですか。俺になんて構わずに」
「……そうだな、じゃあもう一つ賭けないか?」
「は、賭け?」
殿下は、左口角を上げてふっと笑う。また、余計なことを考えている悪い顔だなあ、と嫌な予感がしつつも、俺は湯船の中で正座して殿下のほうを見た。
「この一年、お前が俺を好きになるのが先か、俺が死ぬのが先か賭けないか?」
「なっ、はあ!? だから、賭けの内容がおかしいんですよ! 第二皇子殿下のときの賭けもそうですけど。なんで、俺が殿下を好きになるなんて!」
「好きになるさ。だって、俺はハンサムだからな」
「うっわ、きっつ……これ、十九歳の皇子様が言っていると思うとマジできついんですけど」
確かにハンサムではあるが、それを自覚したうえで振りかざしてくるのは、もう暴力なんじゃないかと思う。というか、好きになるなんてどんな賭けだろうか。今の時点で、同情票があっても、好感度はマイナスだというのに。
「さっき、好かれたいって思っていないかって聞いただろ? もちろん、好かれたいと思っている。同性でも、異性でもいい。俺をずっと好きでいてくれる人が欲しい」
「ほしいって……というか、そういう願望あるなら、顔だけならだれでも寄ってくるんじゃないんですか。素性隠して……とか」
「いや、お前がいいんだよ。なんとなく」
「だからなんで……はあ。好きにならないと思いますよ。だって、俺は貴族とか皇族嫌いですから。殿下はそれにプラスして、上から目線の俺様なので。俺は、どっちかっていったらかわいいタイプが好きです。俺に甘えてくるタイプが好きです。以上です」
きっぱり言えば、殿下は何がおかしいのかまた笑いだした。
そもそも、同性を、嫌いなタイプの同性を好きになるほうがおかしいと思った。その賭けは俺が勝つかもしれないが、死んでは欲しくない。そんなことを思いながらもう一度殿下のほうを見れば、殿下は、俺のほうをまっすぐ見て言ったのだ。
「俺はな、自分の人生に意味を持たせたいんだ。ああ、いっとくが、お前が意味を持てといったんだからな? 全部お前のせいだ」
「……」
「だから賭ける。お前が俺を好きなるってな」
「……はあ。まあ、好きにすればいいんじゃないですか?」
俺がどうこう言ったところで変わらないだろうなあと思っていれば、殿下は立ち上がって湯船から出て行った。その背中を見て思うのは、本当に皇族らしくない人だなあということと、この賭けが不毛なものだということだった。
体も洗わずどこに行くんだ、と思いながらも、早く出ていってくれと思いながら殿下を見つめていれば、ぴたりと足を止め、殿下がこちらを振り返った。
「ああ、あとお前、隠しているみたいだが、元貴族だろ?」
「えっ……は?」
「さっき、自分で言ってただろ? 魔法を使えるのは貴族だけだって。墓穴掘りやがって」
「は、え、俺、ええ!?」
むなしくも、自分の声が風呂場に響く。広いこともあって反響し、いつもよりも大きく聞こえたそれに驚いて、俺は殿下から顔をそむけた。
隠していたかったことが秒でバレた。というか、殿下のいう通り確かに墓穴を掘ったのだ。
「気づいていなかったのか。俺から逃げる際に魔法を使っただろ? だいたい予想はつくが、魔法を使えば俺から逃げられるっつう思って使ったんだろうがそのせいでバレちまったな」
「あ……え?」
「んで? どこの貴族だよ。家から追い出されて家無し無一文になったっつうなら、まだ家門は残ってるのかもしれねえが……」
「いやあ、俺貴族じゃないです」
「嘘つけ、さすがにわかる。魔法を乱用させないために、魔法が使えるのは貴族か皇族しかいねえ。だから、貴族は貴族か皇族かとしか結婚できねえんだよ。魔法が使える人間が交配したら片方が使えなかったとしても、高確率で魔法が使える子どもが生まれちまうからな」
「じゃあ、そういう可能性は? 俺は、そういう目を盗んだ貴族から生まれた子供って説は?」
やばい、何も知らない。十八、九年生きてきたというのに、そういう知識が全くなかった。幼少期、貴族だったころの記憶が抜け落ちているせいかあまりにも教養を覚えていないのだ。殿下がカマかけている感じもないし、それは本当なんだろう。
逃げる際に魔法を使ったせいでバレたなんて、どんなドジだ。今になって数時間前の自分を呪いたくなる。
「往生際がわりぃな。別に貴族だろうが、元貴族だろうがどうでもいい。で、どこだ?」
「ええっと、し、シックザール……多分、シックザール男爵家?」
「シックザール?」
「え、知らないんですか。俺、貴族じゃなかったんですか!?」
「知るか。そうか、シックザールな……調べておいてやる」
「いや、別にいいです。知らないってことは、没落して、家門ごと消えた家でしょうし、帰る場所はないので」
抜け落ちた記憶には多少なりに興味はあっても、家のこととかはどうでもよかった。この人と賭けをした以上、一年間は拘束されるだろうし、何よりも、そんなことに殿下の時間を割いてほしくなかった。
殿下は、シックザールと、俺がもう捨てたファミリーネームを何度も口で唱えていた。それが何とも言えない感覚で、いわれるたび、自分のファミリーネームだったんだよなあ、なんて感傷に浸る。だが、何も覚えていない。
「そもそも、その様子だと何も覚えていないようだな。お前」
「それまでわかっちゃうんですか。すごいですね。殿下」
「バカにすんなよ? お前が分かりやすいだけだ」
と、殿下はまた俺のほうまで来て、指をさす。
これ以上いろいろと探られるのも嫌だなあ、なんて思ったのでポーカーフェイスを習得しようと俺は考えた。
そんなふうに考えていれば、殿下が何かに気づいたようにまたこちらに向かってきて、俺の体に触れた。ピクンと過剰に反応してしまい、慌てて違うと言い訳しようとしたとき、殿下の鋭い目が俺を射抜く。
「おい、お前後ろを向け」
「ええ、嫌ですよ。何かしそうなんで……」
「いいから向け。何もしねえよ。貧相な身体野郎」
「だから、フェイですって……ああ、はいはい。殿下のいう通りに」
また気に障ることをしただろうか。そんなことを思いながら殿下に背を向ければ、ぴたりと殿下の冷たい手が俺の背中を撫でる。後ろに刺さる視線がむずがゆくて今すぐに立ち上がりたかったのだが、殿下はそれを許してくれなかった。
「この傷」
「傷? 傷なんてあるんですか? 背中なんて自分で見れないので」
「いや……傷じゃねえ…………まあ、いい。俺は先に上がる」
そんなところに傷があっただろうか? 傷がつくようなことはしていないし、盗みも完璧で殿下以外にはバレたことがなかった。だから体はヒョロガリであっても、傷はないきれいな身体なはずなのだが……
殿下は何か考えるように俺の背中を撫でた後、ペシンと叩いた。じんじんとした痛みが背中をかけていき、何するんだと顔を上げたところで、さらりと黄金が俺の顔を包んだ。まるで、それは金でできたカーテンのように。
「……っ」
「間抜け面だな」
「ちょ、ちょっと。殿下!」
ちゅ、なんて可愛らしいリップ音のあと俺は慌てて殿下を見た。だが、すでに彼は俺に背を向けて出口のほうに向かって歩いていったのだ。そして、相変わらず荒々しく扉を閉めて風呂場を出ていってしまった。
殿下が出て行ったあと、風呂場に静寂が訪れる。へにゃへにゃと俺は体の力が抜け、湯船に体が沈んでいった。
「お、俺のファーストキス」
好きになるのは俺じゃなくて、俺を好きなのが殿下なんじゃないか。
体が熱くなったのは、湯船には使っているからだと思いながら、俺は両方頬に手を当て、それからゆっくり自分の唇に手を当てた。ファーストキスは、かわいい女の子と決めていたのに、ハンサムな俺様皇子に捧げることになるなんて誰が思っただろうか。
「……クソバカ皇子覚えてろよ」
やっぱり嫌いだ。同情はするが、好きにはならない。これは、俺が賭けにかったも同然だ、なんて俺は一人恥ずかしさをごまかすために、ブクブクと泡を立ててのぼせるまで湯船につかったのだった。
77
お気に入りに追加
329
あなたにおすすめの小説
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
執着男に勤務先を特定された上に、なんなら後輩として入社して来られちゃった
パイ生地製作委員会
BL
【登場人物】
陰原 月夜(カゲハラ ツキヤ):受け
社会人として気丈に頑張っているが、恋愛面に関しては後ろ暗い過去を持つ。晴陽とは過去に高校で出会い、恋に落ちて付き合っていた。しかし、晴陽からの度重なる縛り付けが苦しくなり、大学入学を機に逃げ、遠距離を理由に自然消滅で晴陽と別れた。
太陽 晴陽(タイヨウ ハルヒ):攻め
明るく元気な性格で、周囲からの人気が高い。しかしその実、月夜との関係を大切にするあまり、執着してしまう面もある。大学卒業後、月夜と同じ会社に入社した。
【あらすじ】
晴陽と月夜は、高校時代に出会い、互いに深い愛情を育んだ。しかし、海が大学進学のため遠くに引っ越すことになり、二人の間には別れが訪れた。遠距離恋愛は困難を伴い、やがて二人は別れることを決断した。
それから数年後、月夜は大学を卒業し、有名企業に就職した。ある日、偶然の再会があった。晴陽が新入社員として月夜の勤務先を訪れ、再び二人の心は交わる。時間が経ち、お互いが成長し変わったことを認識しながらも、彼らの愛は再燃する。しかし、遠距離恋愛の過去の痛みが未だに彼らの心に影を落としていた。
更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です
X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl
制作秘話ブログ: https://piedough.fanbox.cc/
メッセージもらえると泣いて喜びます:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?
桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。
前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。
ほんの少しの間お付き合い下さい。
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる