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第1部 第1章 無一文と嫌われ者の第三皇子
08 嫌われ者の第三皇子
しおりを挟む(物好きっていうんなら。アンタのほうが物好きだよ)
素性もわからない、盗みに入った人間を雇おうなんて普通は思わない。不法侵入だって突き出せる人がいなかったとかそういうのが理由じゃないだろうし。かといって、気に入られる要素はない。ただの暇つぶし程度にしちゃ、あまりにも待遇が良すぎるのだ。お金を使うところもないから有り余っているのかもしれないが、そんな慈善活動をするようなタイプにも思えなかった。
俺が彼に気に入られ、雇われた理由はいまだにわからない。
「それで、何だったか。俺が嫌われている理由が知りたいって言ってたな。物好き」
「フェイです。アンタ、名前覚えられないんですか」
「そうだった、フェイ。フェイな」
「はいはい。もう呼びやすいようにどーぞ」
からかうのは忘れない。調子がいいというように殿下は湯船から上がって、腰を掛ける。ほどよく筋肉がついたふくらはぎ、少し細い腰、がっしりとした下半身に目がいきそうになり、俺はバッと顔をそらす。自分は、ノーマルだと言い聞かせて、よこしまな考えを振り払いながら殿下のほうを見ると、ニタァ、と嬉しそうに俺を見ていた。
だが、俺がそれに対して言い返す前に殿下はスンと顔から感情を落としたように低い声で話し始めた。
「嫌われている理由はいくつかあるが……生まれたその瞬間に俺は嫌われ者になったんだ。俺が生まれてすぐ、前皇后陛下が死んだからな」
「皇后陛下が……?」
「ああ、俺を生んだ後すぐに死んだ。だから、母親の顔は覚えてねえよ。今の皇后は、側室から繰り上げられたようなもんだしな。ともかく、俺の母親、前皇后陛下はそれはもう国民に好かれていた。だからこそ、俺を生んで死んだから、俺が皇后陛下を殺したんだって騒ぎ始めた」
「は、でも、それは仕方ないことじゃないですか。出産なんて、命がけで……」
命を削って、命を生む、そんな行為だ。それに、これまでもそういった事例はいくつかあるだろう。でも、それ以上に前皇后陛下が好かれていたということであり、その皇后の命を奪った殿下に矛先が向くと。産まなければ死ななかったという可能性があるとすれば、そうなるのかもしれないが、それでも理不尽であることに変わりない。
殿下と俺では年が離れているので、俺が生まれたときには現皇后になっていたから前皇后陛下のことは何も知らない。だが、殿下の口ぶりからして、皇后陛下は皇帝陛下にも国民にもそれはもう好かれていたのだろうと想像がつく。しかし、それだけで嫌われるのだろうか。
「理不尽じゃないですか。それって」
「ああ、理不尽だな。生まれてこなければよかったとすら思う」
「……」
「だが、それだけじゃねえよ。ただそれだけで嫌われてると思ってんなら大間違いだ」
母親のことを悼むと同時に、殿下は目の色を変えた。悲しみから怒りに、鮮血の瞳が染められていく。
「俺を気に食わないやつがいる。そいつの策略にまんまとハマって、嫌われ者の第三皇子として仕立て上げられたんだよ」
「それが、家族だと?」
「正確には、第二皇子な。俺は第二皇子よりも魔法の開花が早かった。皮肉にも、前皇后陛下が持っていた魔力をすべて譲り受け、そのうえ魔法の才能もあったみたいだ。だからというもあって、俺は第二皇子よりも、皇太子よりも早く魔法を習得した。それは、歴代でも初めてのことで、それに第二皇子は嫉妬したんだろうな」
と、どこかバカにするように殿下は言った。
第二皇子というと、頭脳明晰で軍事にも関わっている戦略家だと聞く。文武両道で馬術も得意、非の打ち所がない性格であるといわれていて隙がない、完璧皇子と……殿下と比べると、スペックは同じなのかもしれないが周りの信頼度が違う。殿下をねたむなんてことをする必要がないくらいに、彼の信頼は厚いだろう。それでも、生まれた順番で皇太子には勝てるわけもなく、皇太子が死なない限りは、その皇位継承権は第二皇子が一位になることはない。
そしてなによりも、皇太子ルシア・ヴォルガ殿下は第二皇子レーヴェン・ヴォルガ殿下よりもさらに優れ、民から次期皇帝としてすでに支持を集めている。民に好かれた皇太子なのだ。それは噂で知っていた。
であれば第二皇子が憎むべきは、皇太子なのではないかと思った。継承争いのことを考えれば、殿下を狙う理由なんてないだろうし。
「今、お前の考えていることを教えてやろうか」
「また、心読むんですか。ああ、そういう魔法は使えないんだっけ……いーや、貴族しか魔法使えないんですもんね……って、何でそんな顔で見るんですか?」
「いや、あってる。心は読めねえけど、顔に出てる。継承争いのことで、俺じゃなく皇太子を狙うっていう話だろ? それも間違ってねえよ。だが、自分の脅威となるものから排除する、そんな奴なんだよ。第二皇子は」
「そうなんですか。で、どんな策略にハマったと?」
そう聞けば、思い出したくもないというように舌打ちしたのち、殿下はグイッと前髪をかき上げた。
「食事に毒が盛ってあった」
「へえ……え?」
「だが、その毒に気づいた皇太子が俺が食べるはずだった食事を交換して食べたんだよ。それで、倒れたんだ。毒殺未遂つうことで、俺は謹慎。その後、証拠は出てないがそれまでの素行不良のせいでお前だろって決めつけられたんだよ」
「最後のは自業自得って思うんですけど……皇太子は?」
「今も倒れたままだ。幸いにも意識は戻っている、が満足に動ける状態じゃない。だから、政治のことは第二皇子がやっている。それとな、皇位継承権のことだが、俺にはその継承権がない」
「はあ!?」
その前までの怒涛の話が吹き飛ぶぐらい衝撃を受けた。
皇位継承権がないと、殿下は言ったのだ。第三皇子なのに。
「は、は、え、でも皇族で、皇后陛下から生まれて……」
「この国で大切にしているものはなんだ?」
「え、あーえっと、神竜リーブンですか?」
「そうだ。その神竜の血を引いたものが皇族と言われている。そして、皇族は二十歳になる前に、神竜の加護を受けた証として体のどこかに聖痕と呼ばれるあざが現れるんだよ。だが、俺にはそれが現れなかった」
と、殿下はひらひらと手を振って見せた。
多分これは教養なんだろうな、なんて思いながらも聖痕がなければ皇族ではないというように疑われるということだろうか。皇族の証である黄金の髪と、鮮血の瞳を持っていても。それにプラスして聖痕がなければ、皇位継承権を得られないと。
殿下は続けて、血が半分しかつながっていない第四皇子には聖痕が現れたと語った。殿下は、魔法の開花が早かった分期待されていたが、聖痕が現れなかったことによってその信用を失ったということなのだろうか。悲劇に悲劇が重なり、そして皇太子が倒れたことで、毒殺の犯人に仕立て上げられそうになって。
思っていた通り、嫌われている理由というのは、不幸が重なって膨らんだ噂だったのだと思った。
それを否定しても、きっと殿下の評価は変わらない。誰も信じてくれないのだろう。殿下の寂しい瞳に浮かんでいるのは、そういうあきらめじゃないだろうか。
「ちなみにだ、俺は二十歳になるまでに聖痕が現れなければ戸籍から名前を消されるらしい」
「はあ!? アンタ簡単に言うけど、それって……」
「んで、そのあかつきに俺は皇太子毒殺未遂の犯人として処刑されるんだとよ」
「……はあ~~~~」
何も言い返す気にはならなかった。
それを受け入れているわけではないのだろうが、まあこうなった、みたいな事後報告……ではあるのだが、語る殿下を見ていると、こっちの心配とか驚きとかすべて置いてけぼりにされる感じだった。本人からしたら最悪なことだろうに、それを面白話のように語るのだ。嫌われすぎて頭がいかれたのではないかと思うくらいに。
「それで、アンタは……殿下はどうするんですか」
「どうもこうもしねえよ。最後のは、第二皇子との賭けだな。俺は、第二皇子が皇太子を殺そうとしていた動機も証拠もつかんでいる。だから賭けたんだ。俺が二十歳までに聖痕が現れなければ、皇太子の毒殺未遂の犯人として名乗り出るってな」
「なんで、そんな賭けをしちゃったんですか……」
バカだ。バカすぎる。
命がかかっているし、最後まで汚名を被って死ぬ必要はないのに。どうしてそんなことをしようと思ったのか、俺には理解ができなかった。それに、証拠をつかんでいるのならそれを突きつければいいだけだろう。だが、それすらも嫌われているという理由で聞いてもらえないとでも思っているのだろうか。
諦めもここまで来ると愚かに見える。
「ここまで話を聞いてどうだ? 俺の印象は変わったか?」
「殿下が、めちゃくちゃ不幸で不遇すぎてかわいそうってことはわかりました」
「かわいそうか。初めていわれたな」
「……俺にできることなんてないでしょうけど、その、聖痕、現れるといいですね」
「どうだかな。こればかりは運か」
と、殿下は息を吐くように言った。仮にも賭けているというのであれば、それなりの動きをしてほしいところなのだが。聖痕が現れる条件などはきっとないのだろう。普通なら発現するものであるためか、殿下もそういった動きを見せないらしい。
でも――
(俺は、なんとなくこの人にその賭け、かってほしいと思うし、生きてほしいと思うんですよね……)
話を聞いて印象は変わった。嫌われるに値しない理由ばかりで不遇だと思った。かわいそうなんて言葉で表すにはちゃっちいかもしれないし、あっていないと思う。そんな絶望ではないだろう。
覆ることがあるのであれば、覆してあげたいが、俺にはどうしようもないことだ。祈るなんてちんけなことしかできない。
それでも、諦めてしまっているような、嫌われていることに慣れてしまっているようなその態度だけは気に食わなかった。もちろん、上から目線な俺様態度も、だが。
「生きたいとか、好かれたいとか思わないんですか?」
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