元没落貴族の俺が、嫌われ者の第三皇子に執着されるなんて何かの間違いであってくれ

兎束作哉

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第1部 第1章 無一文と嫌われ者の第三皇子

07 風呂が共有なんて盲点だった

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「つっかれたあ……一人でやる仕事量じゃねえよぉ。明日これ、絶対に筋肉痛じゃん」


 チャポンと、温かい湯に体をしずめる。それだけで一日の疲れが癒された……が、筋肉は悲鳴を上げていた。
 広すぎる浴槽に一人とはとても贅沢で、泳げるんじゃないかってくらい広かったのだ。グレーセさんに聞いたところ、風呂はここを使うようにと言われ、食事はキッチンでコック長に頼んで作ってもらうようにと言われた。普通の屋敷であればそんなこと絶対にないのだろうが、この屋敷のルールは思った以上にガバガバだった。人が少ないというのもあって基本的に自由で融通が利く。コック長は見た目に反して関わりやすく、細い俺を心配して豪華な料理を作ってくれた。それをお腹いっぱい食べたあと、こんなに広いお風呂で疲れを癒やしている。一言でいえば最高だった。


「俺の雇い主が、あーんな俺様じゃなければ、もっと最高だったんですがねえ」


 そう、あの皇子様のことを思い出すと腹が立って仕方がない。未だに、どんな人間なのかつかめずにはいるが、こちらのことを馬鹿にするような態度、おもちゃをどう壊そうか考えていそうな悪人面、誰も信用していなさそうな目が嫌いだった。過去に何があったかは知らないが、それでもあんな態度を取られたら誰でもカチンとくるだろう。
 無理やりここに連れてこられて、働けといわれて。俺がそもそも、この屋敷に盗みに入ったことが始まりで、天罰だと思えばそれまでなのだが……


「おい、先客がいるじゃねえか」
「ひっ⁉」


 ガラガラ、ピシャン! なんて、派手な音を立てて風呂のドアが開けられた。ペタペタとこちらに近づいてくる足音が聞こえ、まさかと思い俺は慌てて湯船に体を沈めた。


「なんで隠れるんだよ。貧相な身体を見せたくないってか? 同性だろ、恥ずかしいこと何にもねえって」
「いや、そういう問題じゃないんですけど。てか、俺出ますから。あとは一人で……痛い! 腕掴まないでもらえます!?」


 腰にタオルを巻いた、黄金の髪の男が入ってきた。さっきまで、ぐーすか寝ていたはずの殿下がそこにはいた。主人が入る風呂に先に入っているなんて重罪じゃないだろうか。そう思って、出ようとすれば、殿下に腕を掴まれ、身動きが取れなくなってしまった。思わず睨みつけてしまえば、殿下の鮮血の瞳と目があった。また楽しそうにニヨニヨと口元を動かしている。
 俺をおちょくって、からかって何が楽しいんだろうか。


「そんな顔で睨まれても怖くねえよ」
「うるせえ、離せよ! 離してください! 一番風呂入ったの謝るんで」
「別に怒ってねえ。話は変わるが、俺を起こしにきてくれなかったじゃねえか」
「話変わりすぎましたね⁉ 起こしに行くのは朝だけだから。そんな、昼寝までカウントしてもらったら困るんだが!? てか、俺、今日が初日なんですけど!? 働き始めてすぐに、アンタの思い通りに動けないんですけど!?」


 怒鳴りつければ、殿下は何がおかしかったのか、大口を開けて笑い出した。本当に人の神経を逆なでするのがうまいと思った。
 本来であれば、使用人が主人にこんなふうにたてついていいわけがない。だが、相手が危険な第三皇子だと知っても俺は態度を改めることができなかった。それで殺されかけたことは、この一日だったがなかったからだ。かといって、この態度を続けていいものかとは思っている。
 初日でできるはずがないといえば「初日でもできるやつはできるんだよ」と意味が分からないことを返してきたので、頭が痛くなってきた。そして、とりあえずここから俺を出す様子はなかった。


「まあ、いい。一人で起きられるしな」
「なら、一人で起きてください。俺を巻き込まないでください」
「気分次第だな」


 そういいながら、俺の手を引いて湯船に入る。結局手は離してくれないし、何が楽しくて男二人で風呂に入ることになったのか理解できない。
 しかし、グレーセさんの殿下は機嫌を損ねたら手が付けられないという話を思い出し、俺はそのまま大人しく従った。まるで、時限爆弾みたいな人だ、と思いながら俺は殿下のほうを見る。やっと手を離してはくれたが、俺が出ようとするとすぐに睨みつけてくるので大人しく湯船の中で丸まるしかなかった。


(てか、顔もよければ、めちゃくちゃいい体してるんだよな……)


 断じて、男が好きとかそういうのではないのだが、自分にはないものを持っている、男らしい体をしているというのを羨ましく思う。鍛え上げられた、無駄のない筋肉に少し見惚れてしまうのだ。こんな体だったら今よりもっと女には困らなかっただろうなと思ってしまうくらいには羨ましいと思う。それに、一応湯船に髪はつけていけないと思っているのか、高い位置で髪を団子にしてくくっていた。しっとりと湯船でふやけた髪も美しかった。目が合わないようにと、ちらりと横顔を覗き見るがその横顔さえも愁いを帯びて、男でも惚れてしまいそうな色気を放っていた。


(……って、俺、何考えてんの?)


 ないないと、首を横に振ろうとしたときちょうど殿下と目があってしまった。どこか、熱を帯びた赤い、赤い瞳がこちらを見ている。しばらくぼぉうと見惚れていたが、相手が殿下だったことを思い出し、俺はのけぞった。


「うわあっ⁉」
「うわあっ、てなんだよ。人のこと、エロい目で見やがって」
「え、えろ……違いますし? いい体してんなあーって思っただけで。俺の体ヒョロガリなんで、うらやましいって思っただけですよ。それに俺、別に男が好きとかそういうんじゃないんで。え、もしかして、殿下はそっち系なんです?」


 何か突っ込まれそうだったので、先に弄ってやろうと思い、冗談交じりに殿下の体を見ながら言ってやれば、殿下はふっと笑った。バカにしたようにまた大口空けて笑うものだか、よくわからない。


「悪い悪い。お前みたいなガキには手を出さねえよ」
「へえ、じゃあ、男が好きって認めるんですか?」
「俺はどっちでもいけるからな。別に、性別にこだわりねえよ……って、おい。何隠してんだ」
「身の危険を感じたので」


 サッと殿下から離れ、俺は体を隠した。男も女もいけるということは、可能性はあるということだ。いや、こんな貧相な身体誰が喜ぶんだという話で、手は出さないと宣言したので出さないとは思うが。念のためというやつだ。
 殿下は、白けたというようにため息を吐いた。吹っ掛けてきたのは、そっちだというのに、こっちが悪いみたいな空気を出されるのは嫌だった。だが、それは飽きたとか、面白くない、興ざめだというような感情ではない気がした。


(避けられたことに対して、悲しかったとか?)


 この人が? と失礼なことを思いながらも、顔をそらして再びため息をついた殿下を見ているとあながち間違いじゃない気がしたのだ。
 よくわからない人すぎる。関わらないでおこうと決めたが、この屋根の下、関わらないということは不可能だとあきらめ、少しだけ歩み寄る努力をしようかとも思った。


「あの、殿下」
「俺は、危険なんじゃねえのかよ」
「いや、危険ですよ? 危険ですけど、アンタ、なんか寂しい人だなって思って」
「ああ?」


 と、あまりにもドスの利いた声がかえってきてこれ以上踏み込んではいけないと思った。なのに、俺は不思議と体を前のめりにして殿下と目が合うように体と顔を向けていた。


「怖いとか言いながら、俺のほうによって来るなんて。お前、物好きだな」
「それが俺を気に入った理由なんじゃないですか。どうでもいいですけど。アンタ、もしかして悪い人じゃないんじゃないですか?」
「何だそれ。それだと、俺が悪い人に見えていたってことになるが?」
「……実際、悪人面なので」


 皇子様にしては悪そうな笑みを浮かべるというか、キラキラというよりも夜の月のような光り方をしているというか。説明はうまくできなかったが、皇族であるのは確かだが、光りあるところに生きている人じゃないように感じたのだ。
 俺がそういうと、ハンと鼻を鳴らして、頬杖をついた。すぐに機嫌が直ったので身構えすぎたか、と俺は胸をなでおろす。本当に悪い人ではないのだろう。ただ、態度はむかつくけれど。


「んで? 俺が、悪い人じゃないって言って給料上げてもらおうって魂胆か?」
「いやいや。俺、そんなお金に困っていないので。最低限の生活ができればいい、それくらいに思って生きているんで。ここで、働こうと思ったのは、どっちかっていったら、アンタが強制したからで……」
「じゃあ、どうして俺に突っかかる?」


 そう、殿下は言うと先ほどよりも眼を鋭くさせた。
 これ以上踏み込んでくるなといっているようにしか見えないその眼に、また寂しさの色が見える。
 俺は、この人のことを噂でしか知らない。そして、一日しかまだこの人のことを見ていない。
 どういう人なのか、嫌われている理由も本当のところ何も知らない。少しだけ、知りたいと思ってしまった。好奇心というのか、仕事の責任か。どちらでも理由はよかった。


「アンタが嫌われている理由知らないのに、嫌うって変だと思って。性格は嫌いですよ。でも、アンタがここにいる理由とか、アンタのこととか、知っておいても……少しだけ知りたいと思ったんです」
「……っ。物好き」


 そういいながらも、殿下の鮮血の瞳が大きく見開かれたことを俺は見逃さなかった。ほんの少しだけ、彼が嬉しそうに笑ったのも、俺は見逃さなかったのだ。

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