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第1部 第1章 無一文と嫌われ者の第三皇子
06 初めてのお仕事
しおりを挟む「――えー次はですね」
「グレーセさん、まだあるんですか。てか、この屋敷クッソ広いし、仕事量が……」
「何分、使用人が少ないもので」
「わかってましたーはあ」
服に着替えてからの説明は早かった。
グレーセさんの後をついて、屋敷を案内してもらった。使用人が少ないといっていたが、ほこりをかぶっているところはなく、きれいに掃除された室内は居心地がよかった。だが、人がいないせいかがらんとした寂しさもあった。そして、盗みに入ったときも思ったがあまりに物が少なかった。殿下がミニマリストか何か知らないが、貴族の屋敷によくある意味の分からないオブジェやツボといったものも何もない。極端に物が少ない、引っ越しが終わった後のような屋敷だった。しかしながら、本当にきれいで掃除が行き届いており、庭も美しく整備されていた。
それから、残りの使用人と顔を合わせることになったのだが、コック長は俺が思っていた人物とはかけ離れており、スキンヘッドのマッチョで、庭師は幽霊のような影の薄い眼鏡をかけた人だった。しかし、庭師もガタイがいい。殿下の趣味かと思ったが、強くないとすぐに殺されてしまうのだろうと、なんとなく納得できた。グレーセさんも年のわりに、服の上からでもわかるいい筋肉のつき方をしていたし。
「洗濯と、掃除と、食材調達と……殿下の機嫌とり?」
「はい。殿下の機嫌取りがフェイさんの最重要仕事となります」
「待ってくださいって。だから、何で俺が。殿下がいったんですか?」
「それは、私の独断と偏見で決めた仕事です」
「殿下じゃないんですか……」
「ですが、フェイさんが殿下に好かれているのは事実ですので。それと、殿下は暴れると私でも手が付けられないほどでして」
と、一通り仕事内容を説明してもらった後、グレーセさんは疲れたようにそういった。ずっと近くで見てきた人でも、手の付けようがないとなると、俺が何をやっても無駄なのではないかと思った。そして、決まって「殿下のお気に入り」、好かれているというので頭が痛くなる。よっぽど殿下が変わっているか、殿下が男色家なのかわからないが勘弁してほしかった。
そして、思った通り仕事量は半端なかった。一人でこなせる量ではなさそうで、使用人を後一人か二人雇ってもいいのではないかと思った。
(でも、雇ったら殺されるんだよな……理由は知らねえけど、自分の家族に)
使用人といえど、家がない人間じゃない。それこそいいところの貴族が使用人として雇ってもらっているという感じだろう。だが、そうなると殺されたとき責任を、人殺しと言われるのは守れなかった主人、すなわち殿下になる。それもあって、殿下はいい家柄の使用人を雇わらないのだろう。
(俺は、家無し無一文で、戸籍もないから勝手がいいって?)
そう考えると笑えてくる。もし、そうなのであれば俺は気に入られているというよりかは、気を使わなくていい、いい手ごま程度にしか思われていないんだろう。むかつく。
「説明は以上となりますがわからないことがあればお申し付けください。働いた分の給料は払わせていただきますので」
「給料……ああ、えっと、直接もらえるんですか?」
「はい。フェイさんは、その……先ほど聞いてしまったのですが、家がないと」
「はあ……」
「別に珍しいことではないですので。災難でしたね、としかこちらからは言えませんが」
「大丈夫です。気を使ってもらわなくても。あ! なので、直接もらえると嬉しいです」
俺は、喜んでもらえるようにニカッと笑ってみた。グレーセさんは俺を驚いたように見るとすぐに笑顔に戻った。
「わかりました」とだけいうと、まだ紹介していない部屋があったと、ついてくるようにと歩き出した。
「ああ、それと、フェイさんの部屋は先ほど寝ていた部屋になりますので」
「ええ!? あそこって、客室とかじゃないんですか!?」
「部屋は有り余るほどあるので。あと、殿下があそこでいいとおっしゃっていたので。どうぞ、ご自由にお使いください」
「し、使用人に与えるような部屋じゃねえ……というか、殿下本当に適当すぎませんか?」
「無頓着ですから」
「無頓着っていうんですか、それ」
使用人の部屋はもっと小さいだろうな、なんて想像していたのだが、その想像をはるかに超えてきた。変化球でなぐられ、現実が受け止められなかったのだが、あのふかふかシーツを使えるのならと、それ以上は何も考えないことにした。
「殿下の部屋は、三階の一番端にあります。ですが、時々屋根裏部屋で寝ているときがあるので、もし起こしに行くときその部屋にいなければ、屋根裏部屋のほうにいってください」
「本当に、聞けば聞くほどあの人のことが謎になるんですけど。本当に皇子様なんですよね?」
「はい。皇族の血はながれています……ですが」
と、グレーセさんは途中で話の腰をおった。何か訳ありなのか、と、すぐに話したくないことなのだろうと察して聞くのをやめた。あまり人の過去を掘り返すものじゃないし、グレーセさんの空気がそうさせるのだろう。しかし、あれで殿下が皇族というのはさらに不思議になった。
(屋根裏部屋で寝るって、ほんと、あの皇子様どうなってんだよ……)
詮索はしない。あくまで使用人と、主人。その関係でいいと俺は思った。グレーセさんはそれをどうにかしたいらしいが、今俺は気に入られているだけであって、あの気まぐれ皇子様がいつ俺のことを見限るかわかったものじゃない。だからこそ、俺は深入りしないようにしようと思った。
グレーセさんから、屋根裏部屋の鍵を受け取って、場所だけ教えてもらい、自分でそこに足を運ぶこととなった。
屋根裏部屋につながる道は薄暗く、か細く差し込む光は七色で、虹色のガラスのモザイクガラスだった。この道は誰も使わないのだろうと容易に想像ができた。まるで、秘密基地のように。
そして、階段を使い上った先にあった、少し他とは違った簡易的なつくりの扉に鍵をさしこむ。しかし、鍵はかかっていなかったようで、抜いて、ゆっくりと扉を開けた。扉の先には、先ほどまでいた部屋とは比べ物にならないほど平凡で質素な空間が広がっていた。天井は低く、大きな天窓からは太陽の光が降り注ぎ、その光に照らされるような形で机や椅子などが置かれていた。また、本棚もいくつかあって、その奥の窓辺に黄金の塊が寝転がっていた。
「アンタ、本当にここにいたんだ」
起こさないようにと近づいて、長い足を少し折りたたんで寝ている殿下の顔を覗きこむ。眠っていれば、幼く見えるし無害に見えるのに、起きたら意味の分からないことを言う皇子なので気が抜けない。このまま黙って眠っていれば、彫刻として見物料をとれるかもしれないのに。
(下まつ毛ながいんだよな……てか、髪の毛も長くて)
黄金の髪はもったいなく無造作に伸びている。それを無理やり縛っているため少し痛んでいて、枝毛も寝癖もつき放題だった。猫のように丸まって寝ているその姿は、なんだかかわいいけれど、悲しくも見えるから不思議だった。もしかしたらずっとこんなふうに……
それからしばらく様子を見ていると、殿下はんん、と小さくうなって体を起こした。まだ寝ぼけているようでぼーっとしているようだったが、俺を見つけると軽く背伸びをして起き上がる。
「なんだ、ここまで教えてもらったのか」
「アンタの機嫌とる係に任命されたんで。あと、鍵をもらったので」
「……チッ」
寝起きは機嫌が悪いタイプなのか、盛大に舌打ちを食らってしまい、その態度に俺はかちんときた。
「寝起き悪すぎませんか」
「……お前、変わってるな。寝起きが悪いっつう思うなら、普通機嫌とるだろ。機嫌とり係さんよぉ」
「あーあー、そういうところが嫌いです。出会ってばっかりですけど、アンタみたいな上から目線の俺様、俺の好みじゃないんですよね。で、アンタが俺を気に入っている理由なんて知りたくもない」
「別に教えねえし」
「はいはい。で、このまま二度寝するんですか。アンタ、仕事はないんですか?」
「国境付近の調査と、魔物退治。だが、今はやる気じゃねえ……押し付けられた上に、魔物を退治してやれば悲鳴を上げる。戦闘狂なんてひでえこと言いやがるんだ。やらねえよ」
と、ゴロンとまた体を横にして寝る体勢に入る。まるで猫のようだと思い、こんな自由気ままなところも猫に似ていると感じた。しかし、本当に二度寝をするつもりのようで殿下は目を閉じていた。このまま寝ているのを放置するのもよかったのだが、すこしだけ心配になったので声をかけてみた。
自分でもなぜ声をかけたのかわからないが、無視することができなかった。すると、殿下は重そうに瞼をあげて俺を見るものだから少しドキッとしてしまった。
「んだよ。まだ何かあんのか」
「ああ、いや。おやすみなさい……? とだけ。はい」
「変なやつ」
そういって、殿下はふっと笑って俺に背を向けて目を閉じた。
(アンタにだけは言われたくないけどな……!)
本当に寝るやつがあるかと思ったし、一応皇族なんだから公務とかいろいろあるだろうに、それをやる気じゃない、押し付けられたからやらない、なんていうりゆうでけっていいものなのかと。だが、やっても嫌われ、やらなくても嫌われるのであれば、やらないという選択肢を取ったほうがいいのかもしれない。
この人のことを何も知らないが、何かあるから今の性格になったことだけはわかった。
(寂しい人だな……)
殿下が眠ったことをいいことに俺は、ぐぐっと伸びをした。
「さーて、俺は仕事に戻りますか」
とりあえず、洗濯からすればいい。教えてもらった通りにやればお金がもらえて、食事がもらえる。はじめから働いていればこんなことにならなかったのかもしれないが、これもまた何かのめぐりあわせか。ここにきて絶望していたときよりはやる気に、俺は屋根裏部屋を後にした。
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