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第1部 第1章 無一文と嫌われ者の第三皇子

04 わーふかふかベッド(棒読み)二度寝します、おやすみなさい

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「――んんん……ん-、んん、ん?」


 ふかふかとした肌触り、おひさまの匂い。差し込む光は優しくて、外からは小鳥のさえずりが聞こえた。まだ、頭は夢の中にいるような感覚で、ボーとした目であたりを見渡す。体を起こしたとき、痛みも走らず、安っぽいベッドからなるようなスプリングがきしむような音も全然しない。ポヤポヤとした頭が、ここは天国です、なんて阿呆なことを言っていた……が、あたりを見渡して、一度も来たことがない場所であり、知らない光景、宿屋でもないことを認識すると、頭に電流が走ったように覚醒した。


「んん……んんん!? ここどこ!?」


 奇声に似た声を上げながら、俺は勢い余ってベッドから落ちた。腰に痛みが走って、これが夢ではないことを自覚させられる。


「知らない部屋! めっちゃきれーなシーツに布団! てか、ベッドでっか! 質素、でもめっちゃ高そうな家具!」


 部屋には高級感あふれるロッキングチェアと、小さなテーブル、クローゼットくらいしかなく、盗めるものは何もなかった……じゃなくて、質素だが、そこが貴族の部屋らしいことだけはわかった。記憶を思い出してみて、血の気が引いていく。そして、状況を理解したと同時に、トントンと最悪のタイミングで部屋の扉が叩かれた。


「ひいいっ」
「おい、起きたかよ。ドロボー」
「…………わーふかふかベッドー二度寝します、おやすみなさい!」


 見間違いだ。
 腕を組んで入ってきた金髪、赤目の人相悪そうなイケメンは見間違いだ。俺はそういって、ベッドにもぐりこむ。羽毛布団が優しく俺を包み、優しい夢の世界へといざなってくれ――


「待て、クソ、寝るな!」
「いぎいぃいいいっ! 二度寝させてください。この毛布最高なんです。もう、ここは俺のベッドなんだよ!」
「はあ!? 意味わかんねえこと言ってないで、さっさと起きろ!」
「ひいいいいっ」


 ばさっと容赦なく毛布が奪い取られ、寒さに鳥肌が立つ。強奪に近い剥ぎ取り方だった。


「やっぱり、夢じゃない?」
「ああ?」
「アーベント・ヴォルガ第三皇子殿下」
「ああ」
「はあ……死んだ……ほんと、人生つんだ」
「だーかーら! なんで、そう、人の顔見て死んだとかいうんだよ。失礼なやつだな」
「だって……」


 俺の感情につられてかはしらないが、殿下もカッなって、冷静になってを繰り返していて少し笑えた。だが笑ったら殺されそうなので笑うことはできず、俺はベッドの上で正座をする羽目になった。
 殿下は俺のことを腕を組みながら見下ろし、ため息を吐く。こんな俺のこと早く失望してここから出してくれればいいのに。


(……多分、殿下の家……皇宮なんだよな)


「言っておくが、ここは皇宮じゃねえからな」
「はあ!? アンタ、まさか心読めるんじゃ」
「読めねえよ。顔に書いてあんだよ……はあ、ここは皇宮じゃねえ。お前があの夜、忍び込んだ別荘だよ」
「べ、別荘? なんで、皇宮じゃない? ああ、あれか、俺が無一文の家無しで、素性がわからないから隔離……」
「何一人でぶつぶつと言っているか知らねえが、そんな理由じゃねえよ。俺が嫌われているのは知ってるだろ?」
「それで、家を追い出されたとか?」
「自主的に出ていったんだよ。あんな居心地の悪いところ誰が住んでられっか」


 と、殿下は吐き捨てるように言った。
 確かに、殿下の素行は悪いが……腐っても第三皇子。その第三皇子にそんな仕打ちはどうだろうか。追い出されていないにしろ、自主的に出ていかなければならなかった状況にあったということは、かなり殿下の立場というのは。


「そう、だったんですね……」
「何も知らねえなら、同情するな」
「はあ」
「で、ここは別荘だ。一応、皇族の別荘だからな」
「はあ」
「お前には、今日からここに住み込みで働いてもらう」
「はあ……って、ええ!?」


 いやいや待ってくれ。
 俺はさっきよりも腹から声を出して叫んだ。殿下はうるさそうに耳をふさいでいたが、俺が動揺していることに気づいたのか面白そうに口角をニヤリと上げていた。


「いや、待って、え、何で俺働くことになってるんですか」
「俺が決めた」
「俺がきためじゃないですよ。俺、家無し無一文で……」
「都合がいい」
「あの、人の話聞いてもらっていいですか?」


 俺が決めたとか、都合がいいとか全く人の意見を聞かない人だなということが分かった。もとから、そう噂されていたのだからそれ相応の覚悟を持っていたつもりだったのだが、ここまで突飛な発想で、しかも思い付きで行動するような人だとは知らなかったのだ。人のことをおちょくって楽しんでいる、性悪。


(だから、何で人手が足りなくて、俺を雇うとかいう話になってんの!? 意味わかんねえんだけど!)


 殿下の考えていることなど一生わからないし、わかりたくもないのだが、勝手に決められるこちらの身にもなってほしい。
 ちらりと殿下のほうを見てみれば、左口角が意地悪気に上がっている。


「でも、ほら、俺何もできませんよ。働いたことないんで」
「盗みで食いつなげてきたのか?」
「ははは」
「笑ってごまかすな。別に職歴も履歴書も何もいらねえよ。ただ、俺が雇いたいから雇う」
「じゃあ、お金が発生すると」
「……」
「お金、給料」


 働きたくなくて、盗みを働いていたのは事実だった。だが、もう逃げられないならこの際、お金をもらって住み込みで働かせてくれるのであればそれもそれでいいと思ったのだ。もちろん、この人を好きになることはないし、この人のもとで働くなんて死んでも嫌だったが、逃げられない以上はしたがって逆手にとれるならとも思ったのだ。
 切り替えが早いのは専売特許! そう思いながら、俺は金、と連呼し殿下を見た。殿下はそれはもう嫌そうに、そして困惑気味に眉を動かしていた。どんな顔をしていても、そこら辺のイケメンとは違う顔立ちなので、オーラは消えない。悩ましい姿も絵になる人だった。むかつくほどに。


「金のためならなんだってするってか?」
「何でもはしたくないです。したいことだけ、できることだけで」
「……却下だ。何でもしろ」
「うぅぅう……」
「唸ってんのか、しょげてんのかどっちだ。まあ、どっちでもいいが……ドロボー」
「ドロボーじゃないです。盗んでないので」
「不法侵入した時点で罪人だろ。んで、名前は?」


 と、殿下は俺にぶっきらぼうに聞いてくる。
 本当にどこまでも腹が立つ人だと俺は、偽名でも言って困惑させてやろうかとも考えた。だが、そんなことしてあとから騙したななんて言われても面倒なので名前を口にする。


「……フェイ」
「聞こえねえよ。腹から声出せ」
「……フェイ! 家無し無一文のフェイ!」
「名前は、家無し無一文か」
「フェイだよ。フェイ! ああ、ほんと、アンタ腹立つな!」
「威勢いいなあ、お前」


 俺が噛みつくようにいえば、殿下はフッと鼻で笑って「フェイか、覚えた」と呟いた。
 俺はもう頭を抱えてしまいたかったが、我慢をする。


(――けど……ああ、言い返したい)


 憎たらしいほど整った顔をぶん殴ってやりたくなってもそれはできないし、この人が俺よりも強いことは身をもって知っているから手も足も出ない。そして、ひとしきり笑ってすっきりしたのか、殿下はベッドサイドに腰を掛け、ずいっと俺のほうに顔を向けた。膝に肘をついて、鮮血の瞳がこちらを見ている。


「まあ、どうでもいいが……フェイ。お前、家とか頼る場所ないのか?」
「は? アンタに心配されたくねえんですけど。てか、関係あります? 履歴書いらないって言いましたよね?」
「……口が悪いな。履歴書はいらねえといったが……はあ、その口の悪さ直せよ? 今の俺は気にしねえが普通の使用人なら、不敬だって首飛んでるぞ? それとも、それがご所望か?」
「ああ! もう黙れって!」


 思わず声を荒らげて殿下の胸元を掴むと、グイっと手首をつかまれた。俺よりも背が高い分力は強いのだと再認識したと同時にまたムッとして、俺は殿下を睨み付けた。というか、やってしまったと思ったのだ。一番触れられたくないところに踏み込んできたから。


「チッ……分かってるよ。不敬だって! ああ、ああ、分かってますよ。俺が今していることは大問題だってことは!」
「そうだな」
「うっぜえ……」
「……で?」


 と、殿下は俺の手首を放して、俺を見た。
 その目が本当に俺の心配をしているのかわからなくて、俺はまたも舌打ちをしたくなったがなんとか我慢する。ここで喧嘩しても何にもならないからだ。


「家はない……す」
「家族は?」
「……いない」
「母親は? 父親は?」
「……いた、と思う。けど、みんな死んじゃって……多分」


 俺は目を泳がせて、殿下から目をそらした。
 覚えていない、というのが本音だった。八歳くらいまでは貴族で、屋敷に住んでいた。だが、家族構成どころか、使用人の顔すら思い出せない。十年たったから朧気、というにはあまりにも不可解なほどに。記憶がごっそりと抜け落ちているのだ。
 だからもちろん、帰るところも、頼れる人もいない。俺には何も残っていないのだ。


「ずいぶんと曖昧なんだな」
「知らねえですよ。ほんと、覚えていないんで」
「まあ、いい。別にお前の過去に興味はねえ。ただ、俺が面白そうだと思ってお前を雇おうって思っただけだ」
「皇子様の気まぐれってやつですか?」
「どうだろうな。目が似ていた」
「目?」


 そういったかと思うと、殿下は立ち上がりひらひらと手を振って俺から離れる。そして、机の上に置いてあった小さなベルをチリンと鳴らした。すると、ものの数秒で外側から扉がノックされ、殿下の入っていいぞという指示を受け、中に灰色の頭の老人が入ってきた。


「わからねえことがあったら、執事長に聞け」
「ちょ、殿下!」
「俺は寝る」
「ちょっと!」


 くぁあ……と大きなあくびをし、殿下は頼んだ、と老人に指示を出し部屋を出ていってしまった。まだ聞きたいことも山ほどあったのに。俺は本当の意味でここで働くなんて決めたわけじゃなかったのに。


(クソ皇子……本当に意味わかんねえんだけど!)


 腹が立つ。だが、それよりも、これが決定事項ということに俺は焦りも感じていた。だって、俺は何もできないから。


「えーっとあのぉ……お、おはようございます」


 殿下が出て行ったあと、またすごい目で見られているなと感じ、俺は作り笑みを浮かべながら執事長といわれた老人にひきつった顔であいさつをした。


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